「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年02月28日

「国家テロ」の真相に光は当てられるのか――パット・フィヌケン殺害事件に関し、英最高裁判断

30年前の1989年2月12日、北アイルランドは「紛争」のさなかにあった。その日、北ベルファストの「カトリックの地域」のある家に銃を持った男2人が押し入り、一家の主を14回撃って殺した。日曜日の晩のことで、カトリックの一家は揃ってサンデー・ディナーのテーブルを囲んでいた。テーブルの下に隠れた子供たち3人は、父親が目の前で無残に撃ち殺されるのを目撃した。

殺害されたのはパット(パトリック)・フィヌケン。39歳で、職業は弁護士(ソリシター)。弁護士といっても紛争時のことだ。彼は多くのリパブリカンの弁護士を務めた。クライアントのなかには、ボビー・サンズをはじめ1981年のハンストで落命した者たちもいたし、警察に問答無用で撃ち殺された人の遺族もいた。パットの3人の兄たちはIRAのメンバーとして知られる存在だった。(ただしパットは、弁護士としてロイヤリストをクライアントにしたこともあり、ダブリンの大学で法律を学んでいるときに知り合ったプロテスタントの女性を妻としていた。)

というわけで、パット・フィヌケンの殺害はただの「殺害」ではなく「暗殺」だった。事件後、UDAが実働部隊UFFの名義で犯行声明を出し、「パット・フィヌケンはIRAの幹部だったので殺害した」と述べた。しかし、彼がIRAの一員だと裏付けるものはなかった(それでも今なお、ネット上ではロイヤリストたちがその主張を繰り返している)。

Killing Finucane: Murder in Defence of the Realm
Killing Finucane: Murder in Defence of the Realm




書いてると長くなって書き終わらないのではしょるが、この暗殺事件は警察(当時の北アイルランド警察、つまりRUC)とロイヤリスト武装組織との結託 (collusion) が背景にあった。1998年の和平合意(ベルファスト合意/グッドフライデー合意)のあとで紛争を「過去」として扱い始めたころ、英国政府とアイルランド共和国政府が「まったくの部外者」である引退したカナダの判事ピーター・コーリー氏を責任者とし、フィヌケン事件をはじめとする殺人事件について、警察と武装組織との結託に関する調査を開始した。コーリー氏は2004年に調査の結果を報告書にまとめ、フィヌケン事件など4件の殺人事件について、パブリック・インクワイアリーの実施による真相究明を勧告した。

しかし2005年、英国政府(当時は労働党ブレア政権)がパブリック・インクワイアリ実施法を改訂し、フィヌケン事件など4件についてパブリック・インクワイアリを行なうことが事実上できないようにしてしまった。その後、いろいろあったが3件についてはパブリック・インクワイアリという形を取らずに最終的な結論が出されたが、フィヌケン事件だけは、パット・フィヌケンの遺族(目の前で父親が殺されるのを見た息子は長じて父親と同じ弁護士となった)がパブリック・インクワイアリの実施を求めてきた。

その件でひとつ、大きな節目となることが、2019年2月27日にあった。以下、ちゃんと文章を書いている余力がないのでTwitterの貼り付けだけだが、リンク先も参照すれば話の内容はわかると思う。


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2019年02月26日

Twitterが自動で表示してくれる「重要なツイート」が、なかなかポイントを押さえている件

Twitterでは基本的にHomeはlatest Tweetsを表示させるようにしてあるのだが、しばらくHomeを見ずにいると勝手にリセットされて、top Tweetsが表示されていることがある(スマホのアプリの場合)。

Top tweetsというのは、自分が見ていなかった間(ログインしていなかった間、アプリを立ち上げていなかった間)、自分がフォローしている人たちがツイートしたりリツイートしたりしたものの中で、システムが「重要」と判断したもののことだ。私の場合、私が寝てた間とか仕事してた8時間くらいの間になされた米英のジャーナリストや学者、活動家の発言のうち、その日の主要なトピックに関連したものが表示されていることが多い。

定番としては英国ではBrexitの話(私がTwitter見ていられる時間にうんざりするほどフォローしてるんだけど、それでもまだ見落とされるツイートが大量にある)、米国では、少し前になるが連邦政府機関閉鎖の話や国境の話が目立っていた。ほか、アフリカ特派員がツイートしているDRCなどの情勢など、ガーディアンやロイター、BBCのウェブサイトをチェックしてても目にしないようなトピック(それも6時間前にツイートされたもの)が流れてきていたりしてて、機械的処理にしては精度が高く、なかなか実用的だ。私がフォローしている人のなかには、例えば「アメリカ人の軍事系ジャーナリストで、ツイートの半分くらいは雑談やスポーツの話」という人もいるのだが、雑談やスポーツの話がtop Tweetsとして表示されることはまずなくて、そのアカウントからは地政学や国際関係についての話がtop Tweetsとして表示されている。

というわけで、(日本語で見たときにはどうなのかわからないが)英語で見る限り、Twitterはなかなかがんばっているという印象を抱いていたのだが、昨日は「なかなかがんばっている」どころか、「有能な秘書がついている」ような感覚になった。

個人的にBrexit関連に気を取られているので、米国、というか米大陸の話題はあまりよく見ていないのだが、ここ数週間でベネズエラ情勢がかなり緊迫してきていて、この数日はいよいよアレな感じになってきていることは把握している。これについてTwitterのような場で下手に発言するとロックオンされたり「CNNを信じているアホ」と罵倒されたりすることになるから、自分からツイートはほとんどしていないが、見出し程度は見ているし、ツイートされてきた報道記事のURLをクリックしたりもしてはいる。だからTwitterでは、「@nofrillsのアカウントの中の人は、ベネズエラ情勢について少しは関心がある」というくらいには把握していることだろう。私がTwitterに渡している情報(閲覧履歴など)で十分解析できる範囲で把握できることだ。

そうやってウェブサービスの運営側に自分の情報を渡した場合、少し前まではフィードバックといえば「表示される広告が『あなたの関心にあったもの』になります」とかいう程度だったのだが(しかし私のネットでの調べものは、例えば翻訳の作業で「人体の部位の名称を調べる」とかいうことがほとんどだから、それに基づいて「関心」を判断されて「膝のサポーター」のようなものの広告がガンガン表示されても、個人的な関心とは関係ないというオチがついている)、Twitterのような場ではもっとダイレクトに「自分のフィルターバブルの中に入ってくる情報で、なおかつ自分が見落としているもの」になってきている。私はFacebookは使っていないからFBのことはわからないが、FBではTwitterと同様かそれ以上に、この感じで物事が動いているだろう(しかもかなりエグいものがバンバン飛び交っていることだろう……日本語圏でも「ダ○○クト出版」なる広告主がGoogleの広告でやたらと出てきて、その陰謀論めいた文言にはうんざりさせられているのだが、FBではああいうのが普通に飛び交っているはずだ)。

ともあれ、私が「有能な秘書がついている」ような感覚になったのは、下記キャプチャにあるような一連のツイートが表示されていたことによる。Twitterでは「親ツイート」に対する反応を簡易的にまとめたような画面で表示してくれるのだが、その「親ツイート」は私にとっては観測範囲外、米共和党のマルコ・ルビオ議員の発言だ。

その発言は、現在のニュースとしてはベネズエラ情勢の文脈にあるのだが、テクストではそれが明示されていない。というか、ルビオ議員は写真をツイートしただけだ。そしてその写真に対し、私がフォローしている人たちが反応している。そこに、通例コンピューターの自動処理にはあまり期待できないような「文脈」があったので、感心してしまった。

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2019年02月20日

根拠のない楽観論を吹き飛ばしたはずのホンダのスウィンドン工場閉鎖が、よりいっそうのプロパガンダの機会となっている件。

自動車メーカーのホンダ(本田技研)が、欧州唯一の生産拠点である英スウィンドンの工場を2021年に/2022年までに閉鎖するということが、おとといSky Newsなどで報道され、昨日、ホンダの正式なステートメントで確定された



スウィンドンはイングランド南部、ウィルトシャーにある都市で(ただし「シティ」の格は持っていない)、人口は2011年のセンサスで18万人程度。お手軽にウィキペディアによるとホンダのほか、ミニ(BMV)の工場があり、さらにドルビーやインテルといった企業が拠点を有しており、金融機関やエネルギー企業の英国本部が置かれていたりする。

2016年6月のEU離脱についてのレファレンダムでは、スウィンドンは54.7%が「離脱」に投票していた

「離脱」という選択の背景には、「エリートたちにお灸を据えてやろう」という動機が大きかったこと(「離脱」に投票した人が必ずしも本気で「離脱」するなんて思ってたわけではないということ)や、UKIPがずっと前から喧伝していたような右翼的ファンタジーによる「(彼らの言う)主権回復」という《物語》(あるいは《神話》)があったことは確かであるにせよ、実際に票を投じる人々が「国がEUから離脱しても、自分たちや子供たちの生活には影響はないか、あるいはもっとよくなる」と楽観していなければ、「離脱」に投票するという行動にはつながらなかっただろう。

実際、スウィンドンの「EU離脱」派は、その雇用を支える重要な一部となっているホンダの工場が閉鎖されるなどということは、想定していなかった。それは、投票結果を報じるBBC News記事にも出てくる「EU離脱」派の国会議員の発言にも見て取れる(同記事には「EU残留」派の議員の発言も引用されている)。

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2019年02月07日

BBCは嘘をつく。そしてしれっと修正する。(「情報として最小限で必要不可欠な限定句を省略する」という手法について)

1つ前のエントリが、結局は、メディアがview数を目当てにスピンした(ミスリーディングなことをわざと書いた)という事案だったかもしれないのだが、6日に、同じようなスピンが行なわれている現場にリアルタイムで遭遇した。

どちらにしても、実際にあった発言の一部を、狭いスペースに入る程度に切り出して(ここに「編集判断」が働く)、そのいわば「短縮版」を、「放流」すれば勝手に「拡散」されていくようなSNSという場に放り投げるだけの簡単な(それでいて手法としては計算されているような)お仕事。1つ前のエントリは、内容としては多少は「社会」的な面もあるにせよ、カテゴリーとしては「芸能ニュース」だったが、ここに書くのはもろに「国際」「政治」のカテゴリーで、つまり「フェイクニュース」という表現で語られるべきことだ。

Screenshot_2019-02-06-21-43-25.jpgさて、何があったか。2月6日の夜、本を読んでいた私は何気なくBBC Newsのアプリを立ち上げてみた。そこで目にしたものに、思わず崩れ落ちた。

先日も書いたが、今の英国――というよりイングランドのBrexit支持界隈のムードは基本的に完全に "Us vs Them" になっている。 "Us vs Them" はすべてを敵味方に分ける考え方で、「我々に賛成・同調しない者は、みな敵だ」という状態。世界のすべての国を例えば「反日か、親日か」で分けて考えるようなことは、便宜的に、考えや状況を整理するためにやるのならまだましだが(それでも私はそういう考え方はとらない)、実際に何か対立や争いがあるときにその枠組みで考えることは、極めて危険なことだ。「自分たちの思い通りにならないのは、敵のせいだ」という思考で物事をみるとき、そこに見えてくるのは「解決すべき問題」ではなく「叩き潰すべき敵」であるだろう。

そういうのが煽られているときに、「敵」が「暴言」を吐いて、我々を「侮辱」している、というストーリーがあれば、煽られている人々はますます感情を高ぶらせて怒りを募らせるだろう。

ここで見出しになっているドナルド・トゥスクの発言も、それを伝えるBBCの見出しも、絶望的なまでにひどいものだと私は見てとった。こんなの、感情を煽ることにしかつながらない。



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posted by nofrills at 08:50 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リーアム・ニーソンの発言の炎上、そしてウィンストン・チャーチル――あるいは「誰の人種主義がどのように、どこまで、人種主義と認められるのか」。

(Twitterだけで終わらせようかと思ったけど、ジョン・バーンズがウィンストン・チャーチルを持ち出してきたのは記録しておくべきだと思い、ブログを書いている。)

映画俳優が不用意な発言をして炎上しているだけだったら、見出しを見るだけで終わっていただろう。だが今回炎上しているのはリーアム・ニーソンだ。しかも炎上の中身が「人種差別」。

リーアム・ニーソンについては、日本では特に「ハリウッド俳優」と見なされているし、「米俳優」と呼ばれることもあるが(実際、米国在住だし米市民権は持っているはず)、出身は北アイルランドである。それも、プロテスタントが多数の地域に暮らすカトリック、という立場にあった人だ。北アイルランド紛争下で個人を常に「集団の一員」と見なすのが当たり前という環境の中に身を置いて、それを体験している人が、今ここで「人種差別」で炎上しているというのはどういうことなのか――記事を読まずにはいられなかった。そして読んで、唖然とした。

私が読んだのは、英国の通信社Press Association(日本で言えば「共同通信」のようなところ)の記事である。これをただの「芸能人の問題発言」とはとらえていなさそうな媒体だからという理由でベルファスト・テレグラフを見に行ったのだが、中身はPAだった。

Liam Neeson: I walked streets hoping to kill black person after friend was raped
The actor has said he wanted revenge for the attack.
February 4 2019
https://www.belfasttelegraph.co.uk/entertainment/film-tv/liam-neeson-i-walked-streets-hoping-to-kill-black-person-after-friend-was-raped-37781066.html

PAの記事は、別の媒体(英インディペンデント……あとでリンク)の記事内容をかいつまんでまとめたような記事で、どういう発言があったのか、それがどういう文脈でなされたのかはよくわかる。

いわく、公開を間近に控えた新作映画(またいつもの復讐もの)の主人公の行動について、インディペンデントのインタビュアーが質問したのに対し、ニーソンは「実際にあったことです」と前置きして、自分の体験を語った。発言内容は、次のようなものだ。
「以前のことですが、自分が遠方に行っている間に、友人がレイプされまして。旅から戻ってきてからそういうことがあったのを知ったのです。レイプという状況に、本人は見事に、それは見事に対処していたのですが、私はといえば……まずは彼女に、犯人は誰なのかわかるかと訊いたのですが、わからないと。そこで何色だったのかと (What colour were they?)。彼女の答えでは黒人だと」

「私はコッシュ(棍棒)を持って街を歩き回りました。誰かがちょっかいを出してくるのを待って――こんなことを言うのは、恥ずかしいことなのですが――。1週間くらい、そうしてましたね。黒人のクソ野郎がパブから出てきて、私に言いがかりをつけてきてくれるんじゃないかって思いながら。そういうことになれば、そいつを殺せる、と」

「1週間か、1週間半か、そのくらいずっとその調子でした。彼女に行き先を尋ねられれば『ちょっと散歩にね』と答えていましたよ。『何、どうしたの?』『いや、別に何ともない』というやり取りもありました」

「恐ろしいことでした。今思い返せば、自分がそんなことをしたとは、実に恐ろしい。今まで誰にも明かしたことのない話ですよ。それを(よりによって)ジャーナリストにこうして語っている。実にとんでもないことです (God forbid.)」

「ひどい体験でしたが、そこから私は学んだのです。最終的には『おまえは何をしてるとんだ』思って」

「私はああいう社会の出身で――紛争期の北アイルランドで育ちまして、ハンストで死んだ人たちも数人知ってますし、紛争に深く絡め取られていった知り合いも何人もいます。復讐の必要性というものは、私は理解している。けれどもそれは、さらなる復讐を呼ぶだけです。さらなる人殺しがまた人殺しに。北アイルランドは、それを証明しています。世界中で起きているそういうこと、そういう暴力がその証明です。しかし、初期衝動的に(復讐が)必要だと感じることは、私は(身をもって)理解しています」


一読して、「何と正直な」と感嘆しつつ、呆れかえってしまった。こういうことを、新作映画のプロモーションで、インタビュアーに喋るということの意味がわからなかった。しかもその新作映画が、またいつもの「復讐劇」なんでしょ。私は常々「あの路線つまんないし、リーアム・ニーソンの無駄遣いだからやめれば」と思っているのだが、「復讐」をドラマチックでロマンチックな、一種の「男のロマン」に仕立て上げるお芝居をしながら「復讐はよくない」と言ったところで、説得力ないじゃんね。しかも北アイルランドのベルファストでは、紛争が終わって20年経過してもいまだに、現実にパラミリタリー絡みの殺人事件が発生して、家族が「報復はやめてください」と訴える、ということが起きているのだ。

例えば『スリー・ビルボード』みたいにして「復讐」を描いた作品のプロモーションなら、ニーソンの発言の意義も一応わかると思うけど、事実上シリーズ化している「リーアム・ニーソン主演の復讐もの」にそういうの期待できるかっていうと……。

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2019年02月05日

妄想に規定された、Brexitをめぐる風景(2019年1月以降現在までのざっくりとしたまとめと、覚え書き)

私の見るパソコンの画面の中で、妄想が現実を侵食している。その「妄想」は何も新しいものではない。過去にも見かけはしている。そのときはドン引きしつつ「あー、はいはい」と流したりしていたものだ。しかし、最近――英国会下院でのテリーザ・メイの "meaningful vote" 以降は目に見えて――ドン引きしながらも生温かく見守ることができるという限界を超えている。目にしたら「何これ!」と叫んでしまう。あるいは見なかったことにしてそっ閉じして、その後は近寄らないようにしてしまう。(それがどういうののことかは本稿もっと下の方に書いてある。)

2019年1月15日の "meaningful vote" でメイがEUとの間に取り付けてきた合意(協定)案が歴史的大敗北を喫して以降、Brexit(ブレグジット)をめぐる英国内の論点としては、選択肢は「Brexitしない(英国がArticle 50の発動を一方的に取り消す)」、「期限日(3月29日)の延期」、「合意なし(no-deal)のBrexit」、「再度のレファレンダム(People's Vote)」、そして「メイが持ってきて否決された合意案の修正」の5つになっている。

「Brexitしない」という選択肢は、事実上、理論上のものにすぎない。与党保守党のみならず、最大野党(the Official Opposition)の労働党もEUからの離脱は実行する構えだからだ(2018年12月の時点で、労働党のジェレミー・コービン党首は「総選挙をやって政権交代しても、Brexitは実行する」と明言している)。

同じ理由で、「再度のレファレンダム(People's Vote)」もほぼ可能性はない。2018年10月には、ロンドンでPeople's Voteを求めるデモが、すさまじい規模で行なわれたし、それは日本語圏でもニュースになっていたが、何十万人もが街頭に出たからといって、それがウエストミンスターの議事堂内で討議されることにはならない。労働党は、かなりの数の議員たちがPeople's Voteを支持していても、党執行部は「断固Brexitを推進」の方針を貫いている。そもそも、再度レファレンダムを行なったところで、Brexitしない(EUに残留する)という結論が出るという保証もない(世論調査では「今実施すればEU残留になる」という結果が出ているとたびたび報じられているし、1月以降は企業が次々と英国から出て行くというニュースが続いているので、論理上は「こんなことになるならEUに残留したほうがまし」と考える人が増えていると考えることはできるが、「もうここまできているのだから」と考える人も増えているかもしれない。そもそも「事前の世論調査」があてにならないことは、近年の選挙結果が示している通り)。

というわけで、現時点で現実味のある選択肢として残っているのは、「期限日(3月29日)の延期」、「合意なし(no-deal)のBrexit」、「メイが持ってきて否決された合意案の修正」の3つと言えよう。

そのうち、現政権がやろうとしているのは、「メイが持ってきて否決された合意案の修正」である(当たり前といえば当たり前だが)。その「修正」を要求しているのは、保守党内のBrexit過激派(昔は「欧州懐疑派 Eurosceptics」と呼ばれていた人たちが、今は「Brexit過激派」になっていると思ってだいたいよさそうだ)で、どこをどう修正しろと言っているかというと、例の「バックストップ」である。つまり「バックストップを除去せよ」と。

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2019年01月29日

英語の実例を淡々とメモるだけのブログを始めました。

このブログでも時々やっていたし、以前は「はてなダイアリー」(現在は非公開)で時々書いていたのだが、日々ニュースを読んでいるときに「学校で習ったような英文法や熟語の実例」とか、「習わなかったものの実例」とか、「イレギュラーな表現の実例」といったものを、私はネットを使うようになってから、間歇的にではあるが、ネット上で記録している。

今回、「はてなダイアリー」がサービス終了となるので、昔のログを移転かたがた、それをブログとして復活させようかとも思ったのだが、それより、長く中断していたことだしここですっぱりと新しいものをアップしていったほうがよいかなと思い、新規にブログのスペースを確保した。最初はWordPressでも借りようかと考えていたのだが、結局新規で登録したりするのが面倒で、今もっているはてなのIDでもう1つ別のブログを開設することにした。

URLは下記。
https://hoarding-examples.hatenablog.jp/

現状、毎日1記事のペースで更新している(更新ペースはそのうちに落ちるかもしれない)。100件か200件くらい実例がたまったら、いったん更新は停止するかもしれないが、現状では未定。

記事は下記のような感じ。

h-e-blog.png

まずタイトルでそこに含まれている文法項目を羅列し、参照する「実例」(誰かのツイートだったり報道記事だったり)を埋め込んで、(多くの場合「続きを読む」の下に)その「実例」に出てくる文法項目を解説している。解説はある程度勉強している高校2年生が読んでわかるように書いている(学習参考書のような感じ)。広く一般に英語をブラッシュアップしたい人だけでなく、受験生・高校生、特にいわゆる「難関校」の受験を考えていて、分量のある英文を正確に速く読む練習をしたいという方に参考にしていただけると、とても嬉しい。

各記事の末尾には「英文法」といったらこれ、という文法書を毎回しつこく埋め込んでいるが、それは私がその文法書をよく参照しているからである。

また、標題に列挙してある文法項目それぞれを「カテゴリー」にしてあるので(seesaaブログやBloggerでいう「タグ」)、もう少し数がたまってきたら、その「カテゴリー」が真価を発揮してくれるだろうと思う。ちなみに現時点でも「仮定法」は何とか形になっているので、関心がある方は参照していただきたい。



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posted by nofrills at 02:00 | 英語/実例 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月20日

北アイルランド、デリーで自動車爆弾が爆発した。The New IRAと見られる。

「久しぶり。でもあのまま消えててくれて、よかったのよ?」的なニュース。デリーの中心部でカーボムが爆発した。場所はビショップ・ストリートの裁判所前(ビショップス・ゲートのすぐ内側)。爆発があったのは19日(土)の午後8時過ぎ。

「友人の家に行ってて、外に出たら異様なことになってる」という人の映像レポートがYouTubeにアップされていた。何が起きたのかがまだよくわかっていない段階、「第一報」の段階で、警察の封鎖のテープが張られる直前だ。



15分前にサマリタンズに予告があり、その前に警察が不審車両に気付いて一帯のレストランやバー、ホテルなどアコモデーションや家屋などから人々を退避させており、大きな爆弾だったわりには、負傷者は出ていないし、近隣の建物に特に大きな被害が出たという様子も伝わってきていない。警察の人も脅威を過大評価はしていない。




久しぶりだったせいか、日本語圏でも共同通信記事として配信されている(中身は「BBCなどが報じた」の形式だが)。

そして、久しぶりだったせいか、ことのほか、私個人がショックを受けている。記録をとっておくために、何度も繰り返し同じ写真を見てしまったのがよくなかったのだろう。全然ショッキングな写真ではない。「道路の向こうの方で何かが燃えている」だけの写真や「夜になって暗い街が警察に封鎖され、誰もいない」という写真だ。しかしそこに見えているものに、自分の頭の中で勝手にいろいろ補ってしまい、自分が(何度も)遭遇したボム・スケアを思い出して――それも生々しく――気分が悪くなってきた。すぐにおさまったけど。

自分が管理するTwitterの北アイルランド(NI)のリストを見て、記録しておくべきと感じたものは、記録してある。下記。

北アイルランド、デリーで自動車爆弾が爆発(2019年1月19日)
https://matome.naver.jp/odai/2154796398782735701

試行錯誤して何とか制限字数(150字)に落とし込んだリード文:
北アイルランド紛争期に最もひどい暴力が見られ、和平合意後も和平に反対する武装勢力の活動が見られる都市のひとつ、デリー(ロンドンデリー)中心部で、かなり大きなカーボムが爆発しました。事前に警察に予告があり人的被害はありませんでしたが、彼らの活動はまだ続いているということが見せつけられました。


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2019年01月16日

英国、「議会における政府の大敗」で参照されている「1924年」、そして当時の捏造文書 #MeaningfulVote

howdideachmpvote15janguardian.pngというわけで、テリーザ・メイ首相が長い時間をかけてようやくEUとの間に成立させた合意案が、英国会で採決にかけられたわけだが、結果はとんでもない大差での「否決」だった。ガーディアンに各議員の投票一覧の記事があり、視認性のよいチャートがついている。労働党で党の方針(「反対」)と逆の投票をしたのは3人、保守党では党の方針(「賛成」)と逆の投票をしたのは118人。2日前くらいまでは「棄権者が多いのでは」との観測もあったが、ガーディアンの一覧を見ると、実際には投票していない議員はほとんどいない。議長と、議会非出席主義をとるシン・フェインを除けば、保守党で1人、労働党で3人のみだ。

全体で、「反対」432票対「賛成」202票と、ダブルスコア以上の結果。あまりにとんでもない差がついて、Twitterの画面にはhistoricとか1924とかいった単語が乱れ飛び、早朝の東京で私はついていけなくなってしまった(一度その時間帯に目を覚ましたのだが、Twitter見てるうちに寝落ちした)。

ちなみに1924というのは、「政府は1924年以来の負けっぷり」という文脈で言及されていた数字だが、改めて検索してみると、労働党マクドナルド内閣(第一次)に対する不信任決議のことを言っていると確認できた。このときの結果は「不信任」が364票、「信任」が198票。政府(the government)側のボロ負けの結果、同年10月に行なわれた総選挙では、労働党から保守党へ政権が交代した(議席数はボールドウィンの保守党が412、マクドナルドの労働党が151、アスクィスの自由党が40)。このころ英国は選挙が頻繁だった。1922年11月の定例の総選挙でボナー・ローの保守党が再度政権をとったあと、わずか209日で病気のためローが辞任してボールドウィンが保守党党首となり、1923年12月に再度総選挙が行なわれて、保守党が大幅議席減で258議席、労働党が大幅議席増で191議席、自由党も大幅増で158議席(定数615)とどこも過半数を取らないというhung parliamentの結果に終わり、自由党が労働党を支援したため労働党が数的に不十分な状態で政権を取った(少数内閣)。これが労働党初の政権だったのだが、それが1年ももたず、上述の不信任決議が行なわれて、1924年10月に総選挙となり、労働党が政権を失った。この政権交代劇の背後にあったのが、新聞に掲載された反共主義の偽造文書(今でいう「フェイク・ニュース」)だったというのも何とも言えないというか、「まあそりゃ英国ですから」としか(こんな英国が「モデル」と崇められてきたのが現実ですが)。

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2019年01月15日

英国会、Brexitに関するテリーザ・メイの合意を支持するかどうかの採決が、今日行なわれる。 #MeaningfulVote

先日、立ち寄った書店で、「マンスプレイン」という行為への欲求とはこういうものか、と思い知らされた。Twitterに書いたが、「時事問題」の棚の前で真剣な面持ちで『ブレグジット秘録』(著者のクレイグ・オリヴァーはデイヴィッド・キャメロンの側近で、2016年のレファレンダムの際に「EU残留派」の広報を担った人物だが、その活動は、先日Channel 4で放映されたTVドラマ――「表面的で無責任」と酷評されているし、「離脱派」の不正を追求してきた調査報道ジャーナリストのCarole Cadwalladrは「事実とあまりにかけ離れている」と厳しく批判しているのだが、ドラマの主役となった「離脱派」のストラテジストをベネディクト・カンバーバッチが演じていたので、日本でも何らかの形で見る機会があるかもしれない――でも描かれていたようだ)のページを開いている人に、「Brexitが今ああなってるのは、アイリッシュ・クエスチョンが原因ですと」と教えてあげたいという気持ちになったのだ。もちろん、書店の店頭でそんなことをしてするほど私はエキセントリックではないからそんなことはしなかったが、仕事でその方面の知識が必要な勤め人というよりは、卒論を書く準備をしている大学生か、論文準備中の大学院生のように見えたその人が、私なんかよりもずっと一連の事情に詳しいという可能性もあったにもかかわらず、「教えてあげたい」という善意そのもののような気持ちを抱いたのだ。実際、これがパブか何かで、隣に座った人があの本のページを開いてため息をつくなどしていたら、雑談が始まっていたかもしれない。私自身、あのくらいの年齢のときに、そのようにして見知らぬ人に話しかけられて、それまで知らずにいた知識を得たこともあったのだ(ただし書店の店頭でではなく、パブで、あるいは飛行機や列車のコンパートメントの座席で)。

ブレグジット秘録 英国がEU離脱という「悪魔」を解き放つまで
ブレグジット秘録 英国がEU離脱という「悪魔」を解き放つまで

ともあれ、クレイブ・オリヴァーの『ブレグジット秘録』は、日本語版は2017年9月に出ているが、原著が出たのも2017年6月と、EUレファレンダムから1年ほども経過したあとのことで、そのころには私の関心は「なぜBrexitなどということになったのか」ということからは離れていたため、この本は書店で中をぱらぱらと見た程度で未読である。読めばおもしろいに違いないが、正直、現に毎日目の前に流れてくる「最新のニュース」の前では、「キャメロン政権の内幕」はかなりどうでもよかった。

それら「最新のニュース」は、大きく分けて、4つの要素に分類されえた。1つはメイ政権とEU27カ国の交渉、およびメイ首相のEU離脱の手続き。2つ目は2016年6月のレファレンダム実施に至るまでの「離脱派」のキャンペーンにおいてどのような不正がおこなわれたかという調査報道(これは、ドナルド・トランプが米大統領に選ばれたとんでもない選挙の経緯とともに、主に「Facebookは何をしたのか」「Cambridge Analyticaという企業の果たした役割は」といった観点からなされていたが、2018年を終えた今、わかっている「離脱派」の不正はそれだけではない)。3つ目は、ニュースとしての重要度がぐっと下がるのだが(BBCに至ってはほぼシカトしてるし)EU離脱への抵抗の動き。そして4つ目が、アイルランドだ――「アイルランド」というか、英語での報道でいう「メイのbackstop」だ。

私の関心をひきつけてきたのは、この4つ目である。「アイルランド」だけど、中身は「北アイルランド」のことだ。もっと詳しく言えば「北アイルランドのユニオニスト」だ。北アイルランド自体は、2016年6月にレファレンダムで「残留」が過半数となったが、このとき「離脱」を支持したのがユニオニストの強硬派(つまり、「アイルランド共和国とのつながり」を全力で否定しようとする人々)だった。そして、さらに悪いことに、テリーザ・メイが党内をまとめようとして愚かにも行なった2017年解散総選挙で保守党が単独過半数を割り込んでしまったため、議会での数を維持するために保守党が頼らなければならなくなってしまった相手が、この「北アイルランドのユニオニスト強硬派」、つまりDUPだった。

この事態、決して「ニヤニヤしながらヲチできる」ようなものではない。

第一、北アイルランドは全体としては「EU残留」が過半数だったのに、北アイルランドを代表して下院に議席を得ているのは「EU離脱」の強硬派のDUPだけである。なぜこうなっているかというと、2017年の総選挙で北アイルランドの議席は(元北アイルランド警察トップの夫人で、元UUPで現在は無所属であるシルヴィア・ハーモンの1議席を除いては)DUPとシン・フェインに二分されており、シン・フェインは100年以上続く「議会非出席主義」のため、ウエストミンスターの議席を取っても議会には出席しない。北アイルランドの政党で「EU残留」のスタンスだったUUP(ユニオニスト)もSDLP(ナショナリスト)も、アライアンス(そういう枠組みの外)も、2017年の総選挙では議席数がゼロになってしまい、したがって北アイルランドで「EU残留派」の英議会議員は、ウエストミンスターの議場にいない。そればかりか、「EU離脱派」のDUPの10議員は、キャスティング・ヴォートを握る存在として、保守党メイ政権に協力する立場にある。逆に言えば、DUPの発言権はとても大きい。

北アイルランドはアイルランド共和国とつながっている。かつて「北アイルランド紛争」の時代には、両者の間のボーダー(境界線)に検問が置かれるなどしていたが、「紛争」が終わったあとはシームレスに行き来できる。そのこと自体は、アイルランド島の問題というか、北アイルランドというエンティティの帰属の問題(コンスティテューショナルな問題)でしかなく、つまり、たぶん永遠に解決しないけど、別に解決しなくても曖昧なままそこに置いておいて、解釈次第でどうとでも見えるというふうにしておけばよいというものだったのだが、「人によっては存在しない境界線で、人によっては国境線である」という曖昧な存在のままでいることは、Brexitによって、できなくなってしまった。北アイルランドは英国の一部なのでEUの外、アイルランド共和国はEU加盟国なのでEU内になるからだ。その2つの地域をシームレスに行き来することができたら、「EUから離脱した英国」は、北アイルランドといういわば「裏口」を使って、EUにシームレスにアクセスできることになってしまう。

その「境界線」の問題が、ずーっとひっかかってここまで来ているわけである。途中で「95%はカタがついていて、残るは5%」などと言われていたが、その「残る5%」が(申し訳ないけど)事実上解決不能な「アイリッシュ・クエスチョン」なのだから、もう真顔。その真顔を維持したまま、月日は経過し、今日2019年1月15日はいよいよ、テリーザ・メイがEUと交渉して英国に持ち帰ってきた合意について、英国会下院で採決が行なわれる当日だ。

その採決は、「意義ある採決 Meaningful Vote」と呼ばれているのだが(まるで「明治 おいしい牛乳」のようなセンスである。いや、むしろ「骨太の方針」ってのがあるから、そっちか……)、要するに、「議会で形式的な採決を取り手続きだけを整えるつもりではなく、本気で採決します」ということが表明されている。にもかかわらず、政府 (the Government) に対して議会 (the Parliament) が主導権をとるという(民主主義としては正常な)状態が「英国的なクーデター British coup」と呼ばれるなどし、当然それに対する反論もなされ、めっちゃカオスになってるのが現時点の最新ニュース。

そういうことについてブログに書こうとしていたのだけど実現できぬまま、1月15日の採決当日になってしまった。Twitterではちょこちょこ書いているので、Twilogを参照されたい。
https://twilog.org/nofrills


現在のガーディアン(UK版)トップページ。

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2018年12月31日

共訳書が出ました(ウィリアム・ブルム『アメリカ侵略全史』作品社)

10年以上前に翻訳に携わった共訳書が、今月、店頭に並びました。著者は米国人の元国務省職員でジャーナリストのウィリアム・ブルム氏、訳者は益岡賢さんと大矢健さんと私(いけだよしこ)で、原著のタイトル(原題)はKilling Hope: US Military and CIA Interventions Since World War II(直訳すると「希望を殺すこと: 第二次世界大戦以降の米軍とCIAによる介入」)、邦題は『アメリカ侵略全史』。版元は数々の重要な本を出してこられた出版社さんで、Twitterでも注目を集めている株式会社作品社さんです。

内容はタイトル通りで、全56章プラス序章や補章からなる、全部で700ページを超える分厚い本です。しかも上下二段組。原注もそのまま入れていますし、訳注もがっつり入れたので、みっちり詰まってます。むしろ、詰まりすぎ。こういうクリスマスのお菓子が中欧にあるよね、的な詰まり具合です。私の担当は中東(特にイラン、シリア……翻訳作業をしたのはイラク戦争の時期だったのですが、訳稿が塩漬けになっている間に中東の情勢がああなって、よりによって2018年、一番ホットなところじゃないですかー、的な地域。レバノンも入ってますけど)とドイツですが、本全体から見ればそれはごくごく一部にすぎず、中南米、アフリカ、アジア(東南アジア)、西ヨーロッパと満遍なく、表題の件が胸焼けするほどの密度で詰め込まれています(表題の件はペラ1枚でも胸焼けしますが)。

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装丁はソフトカバーなのですが、持った感じはハードカバー。というか辞書。出版社さんから送っていただいた出来本を受けとったとき、思わず「ぐは」と声が出たほどです。今日立ち寄った書店さんでは棚に表紙を出して並べてくださっていましたが、分厚いので2冊載せればスペースいっぱい。という具合ですから、書店でのお買い上げ、ご自宅でのお読みの際は筋肉痛にご注意ください。

ご参考までに、今年初めに出た同様のテーマの本、ジョン・ダワー『アメリカの暴力の世紀』(ハードカバー)との比較写真です。ダワーの本が理論的なまとめとすれば、ブルムのこの本は実証的というか資料を丹念に読み込み、細かく引用した検証と言えるかもしれません。

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米国の外交政策(というか国際的な軍事政策)について、私は個人的に「オバマ大統領の時代はよかった」とは思っていないのですが(やっぱドローン攻撃のこととか、ちょっとひどすぎるんですよね)、それでもトランプ大統領の今の時代……特に「イスイス団終了のお知らせだぁ、ひゃっはー。これで米軍はシリアから引き揚げますっ!」的な、あまりに単純すぎ性急すぎる判断が出てしまうという現実(そしてそれがあっというまにひょっとして取り消しになんの? とすら思ってしまうような展開を見せるという不安定で不確かな現実)の中では、「オバマは少なくともまともだった」と思ってしまうし、そう書いてしまう。その「まとも」はあくまで「ポリシーの継続性」とかいった政権運営のノーマリティという意味でしかないのですが、あまりにたびたびそう思わされることがあると、たまにオバマ前大統領のニュースがあると「オバマの時代はよかった」的なことを思ってしまいます。でもそれはイリュージョンなんです。

そういうことがわかる一冊です。

もちろん、「アメリカはこういうことをしている」は、「こういうことをしているのはアメリカだけ」という意味にはなりません(「みかんは果物である」は、「果物はみかんだけである」にはならないし、「みかんだけが果物だ」にもならない)。けれども「アメリカはこういうことをしている」ことにかわりはないわけです。そしてアメリカは実際問題として「唯一の超大国」。

まあ、この情勢下、個人的には、アメリカ以外のcovert operationの当事国についてもどんどん調査・記録が進んでほしいと思っているのですが。【続きを読む】
posted by nofrills at 23:58 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【訃報】サイモン・リケッツ(ジャーナリストにして、Twitter landの良心)

30日、尊敬していた書き手が亡くなったとのニュースがあった。そのニュースの重さを消化しながら、その書き手のブログをまとめて読んだ。「また訃報を聞いてからようやく、その人の成し遂げたこと・遺したものに接するというナンセンスなことをしているな」と思いつつ――その書き手はガーディアンのジャーナリストで、Twitterでの発言も活発だったから、個人的なブログまでは私は読んでいなかった。ジャーナリストなど文章を書き、言葉で生きてきた人の訃報があれば、半ば反射的にいつもしているように彼の(「彼の」というどこかパーソナルな響きのする日本語を使うことに、私はここで違和感を覚えているが、台所できれいにすべきものを重曹やらクエン酸やらにつけている合間の時間に、言葉を精査することは不可能だ)Twitterアカウントを見てみようとしたが、彼のアカウントはきれいさっぱり消えていた。Googleのキャッシュは残っているのでキャプチャを取った

最後のツイートは12月23日。訃報の1週間前だが、時差があるから正確に「1週間前」なのかどうかはわからない。彼のTwitterは大人気だったから(最後のGoogleのキャッシュでは、フォロワー数は49.4kとなっている)、Twitter上での人々の発言には彼のアカウント名への言及が少しはありそうなものだが(訃報の場合、多くの人がリプライを殺到させないように配慮するのか、あるいはほかのマナーのためか、@をつけてのアカウントへのメンションは少なくなるのが通例。でも少しは@での言及があるものだ)、訃報を受けてTwitterでなされる数々の発言には、彼のアカウント名が入ったものはまるで見当たらなかった。最後の投稿から訃報までの1週間ほどの間に、本人がアカウントを消したのだろうか。英国伝統のウィットとユーモアと深い洞察を凝縮し、人間というものについてのかなしみという土台の上に盛り付けたようなあれらの言葉の数々が見られなくなることは、大きな損失だ――広く一般の人々にとって、それ以上に私にとって。

こんなことなら、全部保存しておくのだった。彼の死はいわば「予告された死」であった(末期がんで先が長くないということを、彼は明らかにしていた)。しかし「遺された言葉」の集積体、いわゆる「跡地」になると思われていた場所が消えてしまうことなど、誰が想像していただろう。そう思ってみても、あとの祭りだ。

それを噛み締めながら、彼が消さずに残していったブログを読んだのだ――人々に、Twitterで満足させずにブログを読ませるために、Twitterアカウントを消したのかもしれない。そこには140字/280字の英文には不可能な、饒舌ともいえるストーリーテリングがある。

その中に、こんな言葉があった。
I want everyone to have those same choices I do. I want everyone to be able to live with the freedom that I have. It really is the most simple and basic equality.


「これだ」と思った。何が「これだ」と思ったのかはよくわからない。私の中に出てきた言葉が「これだ」だった。

何が「これ」なのか。「これ」は何なのか――この書き手が一貫して持ち続けていたヒューマニティ。

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2018年12月22日

あれから1年(骨折記)

主人がオオアリクイに殺されたわけではないが、前方不注意の自転車に衝突されて骨折してから1年が経った。長い話を短くすると、昨年12月、当方が自転車で歩道の左側を徐行中に、左側の真横の本来自転車が走行しているはずのない通路(駐輪場からの出口)から、猛スピードで前方不注意の自転車が出てきて、フレームのペダルのすぐ前の部分に激突され、私は吹っ飛ばされて右手から着地し、右肘の中のほうを骨折した。(骨折の診断にはレントゲンでなくCTが必要になるような場所だった。)

pic21dec2018.jpg骨折自体は1ヵ所で、骨の回復は順調に進んだし神経も全く問題なく、日常動作にはほぼ支障はないが、骨折した周囲の筋肉のstiffnessが残っているため、今も2週間に1度、リハビリのために通院し続けている。近所のマクドナルドにいた女子高生八百屋のおかみさんの話では、同様に自転車事故で腕を骨折した人は2年以上通院しているというし、私のリハビリを担当してくれている理学療法士さんも「ぶつかられて骨折した場合、自分で転んだのとは違うように力が加わるようで、リハビリには時間がかかるもの」と元気付けてくれているのだが、まだしばらく、通院は続きそうだ。

普段はもう湿布薬なども貼っていないのだが、ちょっと疲れていたりすると腕がだる〜っと重くなり痛みが出る。折れたのは肘の関節の中だが、主にだるくなるのはその先、手首にかけての部分で、時には肩から肩甲骨にかけてずーっと張っていることもある。台風など大きな低気圧のときもつらくて、タイピングする高さまで右腕を上げられなくて左手だけでタイプしてたこともある。今年はいつまでも暑かったが、気温が下がっていきなり冬になったあとは、寒さと冷えで腕が痛むこともあり、アームウォーマーが欠かせなくなってしまった。あと、何かの拍子で痛みがひどくなることもあり、そういうときは湿布を貼っている。今日は何も力仕事などしていないのにかなり痛い。寒さのせいかもしれない。


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2018年12月07日

フランス、ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)の抗議行動を伝える英語圏に関するメモ(含: 情報戦について)

ネット上の日本語圏ではなぜか「イエローベスト」という英語で語られたりもしているフランスの「黄色いベスト」(現地語で「ジレ・ジョーヌ gilets jaunes」)をシンボルとする大規模な抗議行動について、というかそれが英語圏でどう語られているかについて、1本ブログ記事を書こうとしていたのだが、あいにくその気力も体力も知力もないので、ツイートしたものをお手軽にまとめておこうと思う。こんな記録でも、自分のブログに何もないよりはましだ。

簡単に今回の抗議行動についてまとめておこう。抗議行動のシンボルとなっている「黄色いベスト」は車を運転する人が車に載せておくことを義務付けられているものである。車が故障した際に赤い反射材でできた三角形の表示を出すと同時に、運転者はこの黄色いベストを着用することになっている。つまりこのベストといえば「車を運転する人」の意味になる。特に「トラック運転手」とか「農業従事者」とかいった区別なく、「車を運転する人、すべて」だ。

彼らが抗議しているのは、少なくとも発端としては、政府がディーゼル燃料にかかる税金を増税し、燃料が大きく値上げされたことだ。増税は、化石燃料への課税を大きくして非化石燃料への転換を促すために行なわれたもの。依然、ディーゼル燃料への依存が高いフランスにとっては、環境負荷を小さくしていくことは大きな課題だ。そのためにマクロン大統領はエコカー購入に補助金を出すと同時に、ディーゼル燃料にかかる税金を増やすという手を打った。やりようによってはうまくいったのかもしれないが、マクロンのやり方は完全に悪手だったようで、全国的な抗議行動を引き起こした。

BBCの映像報告(BBCのナラティヴは気になるが)。車がないと生活が成り立たない人の声。「ミドルクラスが消え去って、社会は富裕層と貧困層に両極化した」。「1968年5月の再来だと言う若い人たちもいる」:


この直接行動が始まったのは11月17日(土)で、初日に死者が出たのでBBCなど英語メディアでも少し大きく報じられていたが(でもそのときには日本語での大きな報道はなかったようだし、日本語圏で事態を注視している人もあまりいなかったかもしれない)、国際的トップニュースの扱いを受けるようになったのは2週目の土曜日に「暴動」っぽい状況になったあとだった。日本語でもその段階で「デモ隊が暴徒化」というお決まりのフレーズで報じられるようになり、そうなると今度はニュースを見た人の「これはひどい」という伝言が加速する。初日に死者が出ていることも知らずにいて、「暴徒化」云々で騒げる人たちは、よほど「デモ」が嫌いなのだろうと思う。あるいはパリについて旅行雑誌の描くようなイメージで決めてかかっているか。

とはいえ私も、17日のニュース記事を見たとき、最初は「はいはい、フランスのデモ、フランスのデモ」で終わると思っていた。BBCなどにおいて、「フランスでのデモ」は一過性のニュースで終わるのが常だ(だから英語圏でも最初は扱いが大きくなかったのだと思う。道路上のバリケードに関連した事故が原因で不幸にも亡くなってしまった方々がおられるが、「国家の暴力装置」などニュースになる背景があったわけではなかった)。だから今回もまた、デモを組織している労組なり何なりが「人々の怒り」を政治家たちに見せ付けたあとで、交渉の局面に入るのだろうと思い込んでいた。それにタイミング的にBrexitをめぐるあれこれが(特に北アイルランドで)進行していたし、個人的な関心はフランスには向かなかった。

しかし翌週(24日の週末)もフランスからのニュースは続いた。シャンゼリゼがデモ隊に封鎖されるなど事態はますます激しくなり、警察によって催涙ガスやウォーターキャノンが使われた。「デモ隊(の一部)が暴徒化」という定型表現に落とし込めるようになっていたからか、日本語での報道もなされているようだった(ろくに見てないけど)。デモが暴力的になり、マクロンはそれら「暴徒」を非難するという反応を見せた。後のマリー・アントワネットである。

そのときのBBC News記事が下記。よくまとまっている。

France fuel unrest: 'Shame' on violent protesters, says Macron
25 November 2018
https://www.bbc.com/news/world-europe-46331783

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2018年12月06日

ナイジェル、UKIP辞めたってよ。

2016年6月のEU離脱可否を問うレファレンダムで「離脱」陣営の(非公式の)顔としてすさまじい存在感を(メディアのおかげで)発揮しておきながら、レファレンダムから10日ほど後にはUKIP党首という責任ある立場を辞めていたナイジェル・ファラージが、このたび、UKIPをすっぱり辞めたという。

その「辞めた」という宣言を、テリーザ・メイがEUとの間でやっとのことで合意し、英国会に持ち帰った離脱プランに関する討議の初日(予想されていた以上の、すさまじい荒れ具合を見せている)にぶつけてくるあたり、おぬしもワルよのう……なんだけど、ナイジェル・ファラージがどんなことを画策してきたところで、今さら驚くには値しない。ああ、そうですか、という程度だ。

しかし、UKIPと手を切ることにした理由が、UKIPの現在のリーダーシップが、「トミー・ロビンソン」という活動家名で知られるEDL創設者(実名はスティーヴン・ヤクスレイ=レノン)を党に招じ入れ、彼の「反イスラム」のレトリックを党のレトリックとしようとしていることだ、という辺り、「驚く」とかじゃなくて何というか、ただ呆れて言葉を失うよりなくなってしまい、逆に言葉が大量に噴出するという感覚だ。

ともあれ、この件を私が知ったのはロイターの速報で、そのあとでガーディアンの記事を読んだのだが、ロイター記事とガーディアン記事が「ナイジェル・ファラージとは誰か」という点においてまるで違うので、それをここに書きとめておこうと思う。


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2018年12月05日

「化粧筆を贈呈」のレベルではない、バロンドール授賞式での公然たるセクシュアル・ハラスメント

フランスのサッカー誌(紙)が主催するサッカーの最優秀選手賞、バロンドール(英訳すれば「ゴールデン・ボール」)で、女性部門が今年から新設された。「女性初のバロンドール受賞者」となったアーダ・ヘーゲルベルグ(リヨン)は、男性部門受賞者のルカ・モドリッチ(レアル・マドリード)、若手部門と言える「コパ・トロフィ」受賞者のキリアン・ムバッペ(エムバペ)と並んで、最高の笑顔を見せていた。

Embed from Getty Images
※ゲッティのキャプションが間違っている。 Ada Hegerbergはスウェーデンではなくノルウェーの人だ。

だが彼女は、フットボーラーとしてのこの最高の日の最高の舞台で、公然とセクハラを受けた。「黄金のサッカーボール」をかたどったトロフィーを彼女に贈呈したフランスの著名人(DJでシンガーソングライターだそうだが)が、壇上で彼女に「トゥワーキングのやり方はご存知ですか」と、へらへら笑いながら言い放った(「トゥワーク」「トゥワーキング」というのは、わかりやすく言えば「尻振りダンス」。女が男に向かって尻を突き出し、くねらせるという動作を行なう)。

瞬間、アーダ・ヘーゲルベルグは凍りついたような笑みを浮かべ、一言「ノン」と答えてその場を離れた。

右から左へ受け流した。

彼女は授賞式の前、「サッカーという男社会と女性プレイヤー」についてインタビューで語っていた。下記ガーディアンの映像は全部で1分程度だが、後半はそのインタビューの映像だ(彼女は英語で語っている)。

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2018年11月27日

ジャッキー・チェンとピアース・ブロスナンの「北アイルランド紛争もの」映画の劇場公開決定とのことで、本棚の本を紹介したときのログをまとめてアップする

2019年GWの公開が決まった映画について、「北アイルランド紛争(北アイルランド問題)について知ってないと難しいかも……」という感想がちょこちょこあるようだが、うちの本棚の中身の一部のリストは、少しはお役に立てるだろうか(→本エントリについて、「前置きは不要」という方向けのショートカット)。

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話は少しさかのぼる。もう1年ほど前のことだが、ある新作映画をめぐり、私が観測するネット上の英語圏で一斉にお茶ふき大会となったことがある。当時の報道のヘッドラインを並べてみよう。

The film where Pierce Brosnan plays a Gerry Adams type figure is coming to Netflix - here's what the critics made of it
https://www.dailyedge.ie/pierce-brosnan-gerry-adams-netflix-3712273-Nov2017/

Pierce Brosnan as Gerry Adams: the movie you need to see now
https://www.irishtimes.com/culture/film/pierce-brosnan-as-gerry-adams-the-movie-you-need-to-see-now-1.3327490

(・_・)

(この時点で「人名わかんないよ」って方は、まずはこっちからどうぞ

この映画のポスターやトレイラーが公表されたのはさらにその数ヶ月前、2017年夏のことで、そのときにも私が観測するネット上の英語圏では一斉お茶ふき大会が起きていた。



Pierce Brosnan as an ex-IRA government official in The Foreigner film poster looks even more like Gerry Adams than Gerry Adams
https://www.independent.ie/entertainment/movies/movie-news/pierce-brosnan-as-an-exira-government-official-in-the-foreigner-film-poster-looks-even-more-like-gerry-adams-than-gerry-adams-35857696.html

その時代(2017年)を生きていないと、単に「役者ってすごいな」という話になってしまうかもしれないが、2017年夏といえば、3月にマーティン・マクギネスがこの世を去り、11月にジェリー・アダムズが党首の座を退くまでの間に位置しており、何というか、手を血で染めまくった世代のIRA/シン・フェイン指導部が退いて(「IRA/シン・フェイン」という表記には問題があるが、ここでは便宜的に使用する)、同年年頭にマクギネスが退いたあとシン・フェインの北アイルランドのリーダーを引き継いだミシェル・オニールのような「紛争を知らない子供たち」の世代、手に血がついていない世代が、「アイルランド全島規模の政党であるシン・フェイン」を率いてアイルランド政治に深くかかわっていこうとするようになるまでの間の時期だ。

2017年夏には、ジェリー・アダムズの声を日常のニュースで聞かなくなる日々なんて、想像できなかった。同年11月の党首引退から1年経過した現在、それは何の違和感もない日常の一部になっている。むしろ、たま〜にアイルランドの議会関連のニュースなどで久しぶりに声を聞くと、ぎくっとなってしまう。時間が経過するということは、そういうことだ。接点がなくなって、日常の中では忘れていても、きっかけさえあれば、リアルタイムの流れとは別に自分の中に流れている「記憶の流れ」が、再度表面に出てくる。あの声を聞くと、グッドフライデー合意 (GFA) 後にIRAの武装解除をめぐってもめていた2000年のニュース(私がロンドンにいて直接TVで見ていたニュース)を思い出す。そのころはまだ、Real IRAがロンドンで活動していたし(彼らの最後の実行された爆弾攻撃は2001年8月のイーリングのパブ爆破だった)、Real IRAはIRA(Provisional IRA)とは別の団体ではあるが、GFAからまだ2年で、「北アイルランド紛争は本当に終わったのか」という疑念が支配的だった。その不安。

ともあれ、「アダムズの声をニュースで聞かない日常」について想像しようとしても想像できないという段階にあった2017年夏、ジェリー・アダムズという人物が既に「歴史化」されていく過程にあるということを見せ付けたのが、この「有名な映画スターが、アダムズの容姿をコピーしている」という現実だった。

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2018年11月07日

戦没軍人追悼の赤いポピーの季節に絡み合う、Brexitとアイルランドと「英国の二枚舌」

「本決まりになる前」という予想していなかったタイミングで動きがあったので、何か(何が)あったのだろうとウォッチしていたら、伝統芸「二枚舌」が出てきた――本エントリをまとめるとこんな感じか。そこに戦没軍人追悼の赤いポピーなども絡んでくる。まるで一篇の物語のようだ。

英国のEU離脱 (Brexit) をどのようにやるかについての交渉で「最後の5%」が決まらないということは日本語でも報じられているが(リンク先参照。「5%」について「定量的になんちゃらかんちゃら」と言いたい人は、私にではなくリンク先の記事元であるNHKにどうぞ)、動きがあったのはその「5%」の部分だ。つまりthe Irish borderがかかわる部分。

「アイルランドのボーダー」については先日、ざっくりと書いてある(が、「ざっくり」なので、厳密な正確性についてはあまり期待しないでいただきたい。正確なことは各自本を読むなりしてご確認のほど)。それがBrexitの交渉のボトルネックとなっているということは、「関税同盟と英国」で説明したがる日本語圏ではあまり知られていないかもしれないが、英語圏(というかUK語圏)では常識だ。この数ヶ月ずっと、どのメディアを見てもthe Irish borderが焦点となっている。(私はBrexitが決まったすぐ後に「アイルランドどうなるの」と気になりだしたクチだから私の感覚では当てにならないと思われるかもしれないが、その場合、実際に英メディアの記事を見ていただければ、それが事実だという確認が取れるはずだ。)

「アイルランドのボーダー」に関する話し合いは、Brexitに関するほかの分野・項目の話し合いとは異なり、英国とEUだけで行なわれるわけではない。そもそもアイルランド島に「ボーダー」が存在している原因である北アイルランドの代表者(といっても、今は民主的な手続きで成立しているはずの北アイルランド自治議会が機能を停止しているので、法的には非常に曖昧な立場の「代表者」だ)も、アイルランドの代表者も加わる。そのシステムのベースにあるのが1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意、以下その略称を使って「GFA」と表記する)である。

GFAは「北アイルランド紛争を終わらせた」と武力・軍事面で語られることがほとんどだが、実はそれと同様に重要なのは、北アイルランドの問題を北アイルランドだけの問題とすることをやめた(がっさり言うと成立時には北アイルランドは「自治領」で、独自のパーラメントを持っていた。それについても以前書いているが、北アイルランドというのはそういう存在なのだ。じゃあ独立すればと思わずにはいられないのだが、北部6州を他の26州から切り離した人々は「独立国家」になることには興味はなく「英国の一部」であることを求めた――でもロンドンの支配は受けないという)だけでなく、英国政府とアイルランド政府が協議するという手続きを確立したという点だ。つまり、北アイルランドは当面(つまり、帰属について住民の意思を問うレファレンダムが行なわれるまで)「英領」ではあるが、英国の一存で動かせることばかりではない、ということになった。

だからBrexitという「英国とEUの問題」に、必然的に「北アイルランドの問題」もついてきて、それに関してアイルランドが当事者として関わっているのである。

さらに言えば、アイルランドは憲法を普通に明文化していて、だから1998年のGFAのときに「島全体でひとつの国」とする条項、すなわち北アイルランドの領有権を主張する条項を消すということができたのだが、一方で、英国は明文化された憲法を持たない。北アイルランドの帰属の問題は英語ではconstitutional problemと言うが、そのconstitutionが、英国の場合、どこにあるどういうものなのかがよくわからないと言ってもよいような存在で、つまり交渉のときに「だってほら、ここにこう書いてあるじゃないですか」と詰め寄る、的なことができない。

そういう中で、「残り5%」は、いつまでたっても「残り5%」のまま固まっていて動かないのだが、とにもかくにも何とかしなければならないので、北アイルランドの国技である「エクストリーム交渉」が、北アイルランド、アイルランド、英国、EUを巻き込んで続いている、というのが現在の状況である。

しかしそれがようやく動くか、という報道があったのが、アイルランドのお祭り、ハロウィーンが過ぎたあとのことだった。


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2018年11月05日

米中間選挙直前、仕事の雑な詐欺師が跋扈し、ネットでは「デマ」がばら撒かれている。

11月6日の米国の中間選挙の投票を前に、ヘイト・クライムが立て続けに発生したのと同時に、ネット上の英語圏は「デタラメ」が横行し、その「デタラメ」を暴くとか潰すとかいったことが次々と行なわれて、かなりにぎやかだった(その時期、日本語圏は「渋谷のハロウィーン」とか「英雄扱い」とか「フェミがぁぁぁ」とか「移民がぁぁぁ」で盛り上がってただけかもしれないが)。

中でも「すごいな……」と唖然としたのがこれ。

MeToo便乗デマ: トランプ支持者がでっち上げた「特別検察官の疑惑」が、あまりにも雑すぎて唖然。
https://matome.naver.jp/odai/2154101196908466101

「元モサド職員が設立した調査会社」を名乗る会社(?)が、ドナルド・トランプのロシアとの関係の真相を明らかにしようとしているロバート・ムラー特別検察官(「ムラー」は日本語圏では「モラー」「マラー」などとも表記される)にセクハラ疑惑が! と言い出し、極右陰謀論者や極右の情報サイト(ヲチャは知ってると思うけど、例の「パンディット」のところね)がそれに乗っかって、ネット上でやんややんやと騒ぎ始めたが、そっこうでその「元モサド職員が設立した調査会社」に実態がないことが暴かれた、という顛末。「笑い話」としてまとめておいた。

「実態がない」ってほんとに実態がない。携帯電話のワン切りやスパムメールで行なわれる「あなたのアダルト番組の使用料金が未納になってますよ」詐欺で使われる「○○省何とかかんとか部」みたいな架空のお役所と同じくらい、実態がない。何しろ、本当にネット上にしか存在しない。サイトで「調査会社の職員」として並んでいる人々の写真は、ネット上から拾い集めたものだ。それも写真の見栄えがよい人を選んでいるのか、モデルとか俳優とかが入っている。Google画像検索ではひっかからなかったらしいが、Yandexを使えば一発でバレる嘘だったようで、間抜けすぎて実話とは思えない。昔よくあった「3バカの珍騒動」の映画みたいだ(身内で「博士」とか呼ばれて「あったまいーな、お前!」と褒められる奴がやってそう)。

「笑い話」ではあるのだが、「アミナ」こと「ダマスカスのゲイ・ガール」や、ブラジルの非実在「イケメン戦場カメラマン」や、議員をひっかけるためにネット上の美女の写真を使って「ネカマ」戦術を用いた記者のことなどを思うと、笑えない。

でもやっぱり、雑すぎて笑える。

そして、CNNなどに対し「フェイクニュース!」と叫んでいる側の連中がこういうことをやっているという事実には、やはり、笑えない。




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2018年11月01日

ハロウィーンの日、本場アイルランドについて、今熱い「ボーダー(境界線)」について、改めてまとめてみる

ハロウィーンの日、本場、デリー(アイルランド)/ロンドンデリー(北アイルランド・英国)の毎年恒例のパレードは今年もネットで中継されるようだ。本場のパレードがどういうものか、見たい人は、チェックしておいていただきたい。ごく最近になってハロウィーンというものが入ってきた日本では「仮装してバカ騒ぎができる日」という変な受容がされているが、元々は死者が帰ってくるというケルト(キリスト教以前)の「お盆」のような日だ。仮装するのは、そのときに一緒にやってくる悪霊をびっくりさせて追っ払うためだそうだ。

今年、2018年は1993年から25年(四半世紀)の節目の年だが、1993年の10月といえば、北アイルランド紛争で最も血なまぐさく陰惨な「暴力の連鎖」が起きている。あとから見ればそれが「最終盤」だったのだが、当時、暴力の真っ只中にいた人たちは、それが「最終盤」だとは思っていなかっただろう。

その1993年の「暴力の連鎖」については、5年前(20周年のとき)にまとめてある。

20年前の1993年10月、シャンキル・ロードからグレイスティールへ、暴力は連鎖した。
https://matome.naver.jp/odai/2138320196046648301

そして25年経過した2018年、北アイルランド紛争とは直接関係のないことで、また、北アイルランドが前景化している。いや、正確には「北アイルランドが」ではなく「アイルランド島にあるあのボーダー(境界線)が」と言うべきだろう。

その「ボーダー(境界線)」は、日本語では「国境」と呼び習わされているが、あれを「国の境」と呼ぶことができるかどうかはとてもデリケートな問題で、私個人は「国境」とは呼びたくない。その理由は、しばらく前(「パレスチナ国」が、名目だけであるかもしれないが、できる前)のイスラエルとパレスチナの間のボーダーを「国境」と呼ぶことはできないことの理由(パレスチナが「国」ではないから)とは、似ているようで違う。アイルランドはさほど大きくない1つの島であり、1つの島が1つの国であるのが当然だという考えに、私が寄っているからだ。

その「1つの島が1つの国」の考え方をするのが、20世紀以降のアイリッシュ・ナショナリズムである。彼らは「アイルランドの統一」、つまり「統一アイルランドの実現」を望んでいる。IRA(を含むリパブリカン)の政治的暴力の大義はそれであった(彼らが求めていたのは「北アイルランドの独立」ではない、ということは、何度も書いているとおりである)。

周知の通り、アイルランドは、1921年のアングロ・アイリッシュ条約で「南」の26州と「北」の6州に分断された。両者の間に引かれたのが、2018年の今問題になっている「ボーダー(境界線)」だ。

アイルランドは古くから、アルスター、マンスター、レンスター、コノハトの4つの地域に分かれていたが、1921年に確定された現在の「ボーダー」はそれに従っているわけではない。アルスターのうち、一番北にあるドニゴールと、南に近いキャヴァン、モナハンの3州は切り離され、「南」の一部ということにされた。その理由は、「北」はプロテスタントが数的優位に立っていなければならなかったことにある。「プロテスタントの住民たちが望んで、カトリックのアイルランドではなくプロテスタントの英国の一部として留まることになった」という形式が、絶対に揺らいではならなかったのだ。

「アイルランド問題」は20世紀のものだが、その実、本質的には19世紀の植民地主義の積み残しだ。そして英国は「好き勝手に境界線を引くこと」について、間違ったことだとか問題だとかいった見方は全然していなかった。彼らの思う「合理的」な境界線を、現地を無視して引くことに、何も問題は感じていなかった(最もわかりやすい例としては中東を見よ)。「アルスター」の歴史は英国の恣意的な境界線によって一貫性を断ち切られ、「北」の6州と「南」の3州に分けられて、さらに「アイルランド」全体が「北」の6州と「南」の26州に分けられた。そして「南」は、「アイルランド自由国 the Irish Free State」となり、「アイルランド共和国 the Republic of Ireland」となった。

そのままだったら、「アイルランド共和国」は「南の26州から成る国家」で確定されていただろう。しかし現実にはそうはならなかった。アイルランド(南)には常に、「1つの島で1つの国家」という理念があった。ざっくり説明すれば、26州から成る「アイルランド共和国」は仮のもので、いつかは「アイルランド国」として32州から成る国家になるのだ――という理念だ。アイルランドの憲法(アイルランド共和国の憲法、と言うと不正確になるのだが、実質的にはアイルランド共和国の憲法と考えておいてよい)は、そのために、「アイルランドは36州から成る」ということを明文化していた。「1つの島が1つの国」という形式を明文化していたのでる。

一方の英国は、明文化された憲法というものを持たない、とてもややこしい存在である。

1990年代、「北アイルランド紛争」が武装勢力の武装活動停止という大きなモメンタムを得て交渉交渉また交渉の日々の末に「和平合意」という形で終わったとき、当事者は北アイルランドの各武装勢力と各政党と、英国政府と、アイルランド(アイルランド共和国)政府で、それぞれが譲歩した。

北アイルランドの武装勢力は活動停止と武装解除という譲歩を行なった(武装解除すべき勢力が武装解除し終わったのは11年後だったが)。政党は武装勢力の代弁者である政党にも政治の場を与えることに同意した(この同意をしなかった政党がDUPである)。

英国政府は「北アイルランドは絶対に何があろうともずっと英国の一部」という立場をさらに少し緩め、「そのうちにそういう風向きになったら、実際にアイルランド島に住んでる人たちで投票をして、帰属を決めていい」というスタンスを明示的に取るようになった(英国が譲った部分がとても小さいということに留意)。

そしてアイルランド(アイルランド共和国)は、憲法から「アイルランドは36州から成る」という条文を削除した(憲法修正。レファレンダムで支持を得て決定された)。

これが1998年の和平合意、すなわち「ベルファスト合意」もしくは「グッドフライデー合意」である(英語圏の報道などでは「グッドフライデー合意」の呼称が一般的で、略称はGFAである)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Good_Friday_Agreement

そしてこの合意の結果、「北アイルランド」は将来的にはどうなるのか、結論できていない、ということになった。

The agreement acknowledged:

- that the majority of the people of Northern Ireland wished to remain a part of the United Kingdom;
- that a substantial section of the people of Northern Ireland, and the majority of the people of the island of Ireland, wished to bring about a united Ireland.

Both of these views were acknowledged as being legitimate. For the first time, the Irish government accepted in a binding international agreement that Northern Ireland was part of the United Kingdom. The Irish Constitution was also amended to implicitly recognise Northern Ireland as part of the United Kingdom's sovereign territory, conditional upon the consent for a united Ireland from majorities of the people in both jurisdictions on the island. On the other hand, the language of the agreement reflects a switch in the United Kingdom's statutory emphasis from one for the union to one for a united Ireland. The agreement thus left the issue of future sovereignty over Northern Ireland open-ended.

https://en.wikipedia.org/wiki/Good_Friday_Agreement#Status_of_Northern_Ireland


この点の理解が、日本語圏では十分でないようで、「あー、あのー、ちょっとそれは……」という記述に遭遇することは、珍しくない。

以下、書きかけ。

とりあえず、いい本あるから読んでちょー。見て楽しく、読んで勉強になるすばらしい1冊:

図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)
図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)



posted by nofrills at 00:50 | northern ireland/basic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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