「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年11月27日

「We are one. わたしたちは、ひとつである」

本稿は、元々、10日ほど前にアップしようとしていたのだが、肝心の絵が見つからず、またほかにいろいろ起きたので、後回しになってしまった。これを今更アップすることで、ネット上で赤の他人が「今更」などと書き捨てていくかもしれないが、改稿の上、アップしておく。

もう随分前のことになるが、13日の夜(日本時間では14日朝)にパリでの同時多発攻撃(同時多発テロ)が、ネットでリアルタイムで実況されたあとすぐ、下記のような風刺画がTwitterで話題になっていた。私はこの絵を見たときにすぐFavするかRTするかしたはずなのだが、最初に本稿を書いたときにはログの中に見つからなくなっていたので、ツイート主がツイートを消してしまったのだろう。



シリア、ベイルート、ケニア、アフガニスタン、パレスチナ、イラクに爆弾が降り注いで炎上している。シリアに落ちてきた爆弾が跳ね返って飛んでいった先に「塔」が立っている。その塔だけにカメラを向けている「世界のメディア(国際メディア)」。(この絵ですら抜け落ちている場所はある。イエメン。バングラデシュ。ビルマ/ミャンマー。……)

この絵は、私の見ている範囲には、アラブの文脈で流れてきた。「ガザ」(パレスチナ)か「イラク」か「シリア」のいずれかのリストの画面に表示された。この絵が「アラブ世界やアフリカには目を向けない報道機関」を皮肉ったものであることは、その文脈がなくても、誰にでもわかるだろう。

しかし、日本語圏の少なくとも一部では、これは「パリについて騒ぐことを批判するもの」として流通した。



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2015年11月23日

今行なわれている「サイバー戦」は、「アノニマス対ISIS」とかいう単純なものではない。

表題の通り。単純な検索、Twitterの閲覧で調べられるギリギリのところまで行ってきたので。

【アノニマスを名乗る勢力だけじゃない】対ISISサイバー戦で、どんなことが行なわれているのか。
http://matome.naver.jp/odai/2144822133879692001


今のネットには、「アノニマス」を名乗る「アノニマスのにせもの」(としか思えないもの)もいるし、あまりにあからさまで嘘みたいなプロパガンダも横行している。

その中で、なるべく正確さを期すならば、「実際にどんなことが行なわれているのか」を見ることが必要だ。伝聞情報ではなく。

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2015年11月22日

Twitterは「情報戦」の戦場。「アノニマス」、「テロ情報」といったわかりやすい記号に振り回されないように

土曜日(21日)、ベルギーの首都……というより、EUの中枢であるブリュッセルが、テロ警戒が最高レベル (imminent threat) になって、地下鉄は閉鎖され、街中に軍隊のごっつい車両が展開し、人々が行き交うなかに重武装で迷彩服の兵士が大勢いるという状況が現地から報告されてきている。

世界各地のメディアがこの「厳戒態勢」を大きく取り上げているときに、「22日(日)に、ISISが世界各地で攻撃を計画しているということを、アノニマスが突き止めた」的な話が流れてきた。いくつかのオンライン・メディアが話題にしているようだが、私が見たのは米ワシントンDCの政治メディア、The Hillのフィードだ。

だが、これが「その『アノニマス』って誰?」というところから、めちゃ怪しい。

調べたことは全部、下記に書いてある。

【情報戦】「11月22日にISISが世界各地を攻撃計画とアノニマスが述べている」説に釣られないで。
http://matome.naver.jp/odai/2144815106720914301



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2015年11月21日

「なぜパリのことは大ニュースになるのか」論 (2・続): ラッカより。「爆撃が続く30分間は、ISISは逃げることで頭がいっぱいになり、私たちは自由になる」

空爆の様子を伝えるラッカからのツイートの紹介のページが、分量が一杯になってしまっているので、その続きをこのページで書く。

先行エントリ:
2015年11月19日 「なぜパリのことは大ニュースになるのか」論 (2): では、シリアの人たちの声を、聞こうとした人は、いるのだろうか。
http://nofrills.seesaa.net/article/429914312.html


以下、ISISに占領され、「厳格な」と形容される体制下に置かれているラッカで、ISISがシリアに来る前から反宗教勢力(世俗主義)の立場で活動してきた反アサド政権の「革命」活動家集団、「ラッカは静かに殺されつつある Raqqa Is Being Slaughtered Silently」のツイッターから、英語のツイートを貼りこみ、その下に対訳をつける(「対訳」の形式にはするが「逐語訳」はしない。全部を並べると重複が多いためであり、何かを意図的に省いているのではない)。このようなことをする場合は「NAVERまとめ」を使ったほうが作業が早いのだが、本稿はブログにする。

この活動家たちの英語はときどき危うくなるので、そういうところは当方が推測して妥当と思われる解釈をしている。そういう点について翻訳上の異論はあるかと思うが、その場合、Twitterで本稿のURLを含めてご指摘いただければ幸甚である。なお、全般的にあまり厳密な翻訳にはしていないが、言ってもいないことを言っていることにしているなどの作為的な解釈はしていないつもりである(していたらご指摘いただきたい)。

なお、日本とシリアの時差は7時間である(現地で0時=日本で7時)。
http://www.time-j.net/WorldTime/Country/SY

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2015年11月19日

「なぜパリのことは大ニュースになるのか」論 (2): では、シリアの人たちの声を、聞こうとした人は、いるのだろうか。

いや、シリアに限らず、イエメンの人たちの声も、トルコでイスイス団の爆弾の標的とされた人々の声も、エジプトの、イスイス団の「集団処刑の映像」の素材にされてしまったコプト教徒の人々の声も、リビアで「革命」をイスラミストや軍閥に奪われた世俗主義の若者たちの声も、チュニジアでイスラミストのガンマンが観光客を襲ったために収入が得られなくなっているであろう観光業関係者の声も、イラクでスンニ派武装勢力・サダムの残党の暴力におびえながら政府側のシーア派民兵の暴力にさらされている人々の声も、パレスチナでイスラエルに家屋を破壊されながらイスラム主義への抵抗を呼びかける人々の声も、etc, etc.

「A」という事象について何か発言をしている人や機関に「Bについては取り上げないのかー」と意見する、ということはよくある。それが俗に言う「脊髄反射レベル」でなされるようになった場合、"とにかくwhat aboutと言ってみせるだけの簡単なお仕事" 的な意味で、whatabouteryと言う。特に、議論において非生産的な場合に用いられる。北アイルランドで「IRAのテロの犠牲者」について述べると、「UDAのテロの犠牲者のことはどうなんだ」という反応がある、というようなものだ。

今回のパリでの同時多発テロについての報道や発言に対し、「なぜパリのことばかり」とか「ベイルートはどうなんだ」などと述べるというのは、Twitterなどのお手軽な「思ったことを書ける場」では、多くの場合は大して中身のない、whatabouteryだろう。

しかしすべてがそうではない。

「なぜパリにばかり注目が」という、一見とても正当でわかりやすい「指摘」が日本語圏でもなされている(というか大流行している)が(下記参照)、そういう「指摘」の中には「素朴な疑問」ではないものもあるし、今のネットはプロパガンダがあふれているということを前項で書いた。



本稿では、ラッカからの声を集中的に見ていく。最近、英語圏のメディアでも「情報源」として参照されることがぐんと増えてきたラッカの反アサド・反ISISの活動家集団、「ラッカは静かに殺されつつある Raqqa is Being Slaughtered Silently」のアカウントからいくつかツイートを紹介する。

以下、ツイートを貼りこみ、その下に対訳をつける(「対訳」の形式にはするが「逐語訳」はしない。並べてみると、重複が多いためである)。「NAVERまとめ」を使ったほうが作業が早いのだが、本稿はブログにする。

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「なぜパリのことは大ニュースになるのか」論 (1): 今のTwitterは情報戦がすごいということと、プロパガンダについて。

これはTwitterでのことで、TwitterでのことはTwitterに書くべきというのが自分の中では原則としてあるのだが、これはこちらで。

sdshsml.png話は長くなるが、この図(←)のようなアカウントに遭遇した、という件について。

パリの同時多発テロのあと、Twitterは非常に大変な混乱の場となっている。

いや、攻撃進行中の不確実情報や流言飛語(「レアールで発砲があった」など)の《拡散》の舞台となったこととか、ドイツでのサッカーの試合が中止になった際の当局側のぐだぐだに翻弄された大手報道機関のフィードが《拡散》を重ねつつますます曖昧化していく場となったというようなことを言っているのではない。

「情報戦」としか言いようのないことが進行中だ、ということである。

例えば、フランスがラッカに対して激しい空爆を加えたとき(日本時間では月曜日の朝)、RaqqaというワードがTrendしていた。そこを(私がログインした状態で、つまり私の「フィルター・バブル」内で確認できる範囲で)閲覧したときに画面を埋めていたのが、「民間人被害」の写真だった。すでに日が落ちた街路で、瓦礫の山となった建物のところでオレンジ色の炎が燃えていて、平服の男の人たちが駆け出していく、というような連続写真だ。ツイート本文として「一般市民の家に対する誤爆」であることを示す情報が英語で書きそえられ、「戦争反対」系の人たちというか、英国のStop the War Coalition系の人たち(つまり、アサド政権の自国民の殺戮については何も問わない「反戦」活動家たち。日本にもいっぱいいますね。2012年の段階でFSAのことを「アルカイダの味方」と呼んでいたような人たち)の間でもかなり拡散されていたようだった(あの人たちの《拡散》の威力はやはりすごい)。

そして、検索結果での画面には、その「誤爆」の光景の写真とは別に、非常に厳しい写真がどかどかと流されていた。個人的に、そういう写真の許容量を超えているので、視界に入っただけでブラウザのタブを閉じたのだが、瓦礫の中の死体の写真だった。それも、正視にたえないような。「血を流して倒れている大人の男性」と即座にわかるような写真もあった。「坊主でヒゲ」という風貌だったが年齢などはわからない。ヒゲが黒かったから高齢者ではないだろう。

それらの写真は昼間、明るいところで撮影されたものだった。ひょっとしたら明るい時間帯に行なわれた攻撃が民家を直撃した例があったのかもしれない。そもそも今回のフランスの攻撃だとは言っていなかった写真が、回覧されているうちに「今回のフランスの攻撃で」ということになっていたのかもしれない。しかし、この状況は……

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2015年11月17日

'Pray for Paris' と 'Meme pas peur' とピース・シンボル、そしてSave a Prayer

書きたいことがたくさんありすぎて、どこから書いていいのかわからずにいるあいだに、その「書きたいこと」が消えてしまっている(しかも変換がバカになっていて「可着たいこと」などという変換結果をしれっと出してくる。IMEリセットしないといけないのか……)。

Twitterでは先週土曜日(日本時間)以降、#PrayFor... が大ブームである。なぜか日本もお祈りされちゃったりしていて、私は「全世界で報じられた地震なら何ともないです」と英語で書いたりしていたのだが(その点はごばるちょKOさんという方の「まとめ」に事情が説明されている)、パリの事件のあとすぐに #PrayForParis が(見ればわかるように)英語圏から出てきて、それから、「パリで何かが起きたからってみなさん大騒ぎしてますけどー」的な反発が出て、#PrayForSyria などが出てきた。(パリの事件の前日に起きていたベイルートの爆弾テロは、もはや #PrayFor... するタイミングではなかったが、いくつか見かけたような気はする。そもそもベイルートの住宅街がISISのボムにやられたのは何度目だろうか。また、心配するならベイルートだけではなくシリアから逃げてきた人たちの難民キャンプでのあれとかこれとか……なんて書いてるとますます先にいけなくなるので切り上げる)

だけど、個人的には、私はパリからの言葉や写真を見て、うちら外野がPray For ...するというセンチメンタルな欲求(私、信仰持ってないんで、何か失礼なことを言っているかもしれませんが、どうかスルーしてください。私の正直な認識がこうだということに過ぎません)など、この人たちのエネルギーで吹き飛んでしまうな、と思った。それは、私個人がまったく賛同しなかった今年1月の "Je suis Charlie" ブームのときと同じだ。パリは強い。

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アイルランド共和国の「結婚法」が発効、「婚姻の平等」が実現され、同性間の結婚の手続きが可能に(11月16日から)

半年前の5月、世界を感動の渦に叩き込んだニュースがあった。世界で初めて、議会ではなく、国民が直接の投票で賛否を決定するという形で、「婚姻の平等(同性カップルも異性カップルと同じように結婚できる)」への筋道がつけられた。アイルランド共和国でのことだ。このような形での婚姻を可能にするためには、憲法を改める必要があったので、憲法改正の是非を問うレファレンダム(国民投票)が行なわれ、6割を上回る賛成で「是」の結果が出た。
https://en.wikipedia.org/wiki/Thirty-fourth_Amendment_of_the_Constitution_of_Ireland

このときは、「年内、早ければ9月にも同性間の婚姻が開始される」と言われていたが、実際には、レファレンダムのあとが、少し難航した(想定どおりかもしれない)。
The bill was signed into law by the President of Ireland on 29 August 2015. The signing into law had been delayed to allow for two legal challenges regarding the conduct of the referendum. The Court of Appeal dismissed the petitions on 30 July 2015.

https://en.wikipedia.org/wiki/Thirty-fourth_Amendment_of_the_Constitution_of_Ireland


……というわけで、異議申し立てが2件あって憲法改正は少し遅れたが、8月29日に大統領が署名して、続いては国会での「結婚法」の改定の作業が行なわれることになった。これも、まったく関係ない事件のために(武装した男が家で暴れて、出動した警官を射殺して自殺した事件で、殺された警官を国葬で送った)、議会で予定していたスケジュールが少し押したが、最終的には11月10日にすべての手続きを終えて「2015年結婚法」が成立した。
https://en.wikipedia.org/wiki/Marriage_Act_2015

そして、この法律が発効するのが11月16日(月)だった。

昨年3月末にイングランドで同様に法律が発効して同性間の結婚ができるようになったときは、日付が変わる瞬間に各地方自治体の登録オフィス(宗教色のない結婚式場)で結婚の手続きがとられ、新婚カップルを祝福する友人たちのカメラや、取材に訪れていたマスコミのカメラでその様子が記録され、ネットやテレビなどで伝えられるという「大イベント」になっていたが、レファレンダムのときは世界的に大ニュースとなったアイルランドでは、法律発効の日はとても静かだった。

そのことを、5月のレファレンダムのときに作成した「まとめ」に書き加えた。



法律の発効の日がなぜ静かだったのかというと、「この日を待って結婚する」人が誰もいなかったからだ。なぜそうだったのかは、私にはまったくわからない。一般のメディアでは、報道記事もなさそうだ。(学術的なものや、LGBTの運動に関わっている媒体を探せば、何かあるのかもしれないが。)

そんなふうに静かだったので、たぶんどこでも、ほとんど話題にもなっていないだろう。ただ「法律が発効した」ということは伝えるだろうが、あとは、「まとめ」に入れたアイリッシュ・タイムズの記事のように、キャンペーン団体の人の意見を聞くくらいしか記事の材料がない。なので、5月のレファレンダムのときは騒がしかった日本語圏も、たぶんとても静かなのではないかと思う。

それでも、「法律がちゃんと発効しましたよ」ということは、伝わってほしい。宗教国家だったアイルランドがここまで来るのは、並大抵のことではなかったのだ。それでも、必要な「憲法改正」の手続きを踏んで(「解釈改憲」ではなく)、これを実現させた。

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2015年11月16日

「ことば」の余地などない、この現実の中にそっと投げ込まれた1枚の絵について

1月のシャルリーエブド編集部襲撃事件は、絶対に許容されえないことではあったが、それでも、その背景にある感情や襲撃者の側の理由付けを、外部の者が考えてみる余地は、ごくわずかとはいえどもあった(と書くと、「CH襲撃を支持するアポロジストめ」という事実無根の罵倒が飛んでくるかもしれないが気にしない)。あの攻撃を支持する人々の意見を聞いたうえで、「なるほど、お前らの言い分はわかった。しかしそれは間違っている」という《対話》が可能なのではないか、という希望は、そこでは殺されていなかった。英国政府が行なっている「脱過激化」のプログラム(←リンク先に貴重な事例報告)は、そういった《対話》可能性を前提としたものだ。

CH編集部襲撃とほぼ同時に起きたコーシャ・フード店立てこもり事件は、それもまた典型的に「凝り固まった思想」に根ざしたもので、それゆえ、共感者との《対話》の糸口について過去の事例は蓄積されているだろう。

また、CH編集部集積の事例では、攻撃者の側を離れても、「表現の自由に対する攻撃」であると主張される以前に「挑発的な発言を続けて他人をいやがらせること」の是非を考えてみてはどうかという議論になったし(そうするとあの連中は「挑発的になる権利」の話に摩り替えるので厄介なのだが、あの反論は「こういえば論敵は動揺する」といったマニュアル的テンプレでしかない。影響されそうになったら、人間のcivilisedな態度というものについて2秒程度考えてみればいい)、とにかく1月のあの事件のあとは、《対話》や《議論》がたくさん起きていた。

今回は全然そうではない。《対話》や《議論》はおろか、「ことば」そのものの余地がほとんどない。フランス大統領が今回記憶されるのは、立派な言葉を出し理念を示したことではなく、非常事態を宣言し、国境を閉ざし、パリ一帯の夜間外出禁止令を出したことだ。ブレイヴィクの事件のあとのノルウェー首相や、2005年7月7日のあとのロンドン市長とは違う。今年1月の彼自身とさえ違う。

実際、私は日本時間で朝の6時から9時ごろまで(占拠されたライヴハウスを治安当局が制圧するまで)、Twitterの英語圏で何が起きているかをフォローしていたのだが(フランス語圏とは少しは時差があっただろうが、そのおかげで混乱をダイレクトにこうむらずに済んではいるはずだ)、そうしながら思い出されたのは、Twitterで英語を使うジャーナリストたちによってカブール(アフガニスタン)の現場から伝えられてくる「タリバンの組織的な攻撃」だった。

ただし、終わってみれば、「これがカブールからのニュースでも驚く規模」と言わざるをえないようなことだった。

「ことば」の余地などなかった。個人的に、(ブラウン管なり液晶なり)画面の向こうで起きているであろうことを、こんなに「ぽかん」とした状態で、ただ見続けていたのは、2001年9月11日のニューヨーク(それを伝えるNHKのテレビニュース)以来だ。誰かのことばの伝言はできても、自分から出てくることばは、ほとんどなかった。

そこに、1枚の絵が流れ着いた(Twitterでは、文字通り「流れ着いた」感覚を抱く)。

jean-julliens-eiffel-tower-sketch-becomes-paris-peace-symbol.jpg見慣れた「CNDのピース・シンボル」と、エッフェル塔が組み合わさっている。いや、この図案を「エッフェル塔」と即座に読み解けたのも、今の文脈があるからなのだが。

この迷いのない、力強い線に、私は勇気付けられた。この絵に「勇気付けられた」ことに気づいて、自分が傷ついていたことをさとった。単に画面を見ていただけなのに。

パリ同時多発テロのあと、追悼と連帯のシンボルとなっているあの絵……。
http://matome.naver.jp/odai/
2144754222607812301



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2015年11月14日

今朝、東京で起きだした私は、ネットにつないでいきなり、いやなニュースを見ることになった。パリ、同時多発テロ

さっきからうなっているのだが、どうしても「ブログの本文」に相当するものが書けない。

書けないのでリンクだけ……というのもバカみたいなので言い訳みたいなことだけ書いておこう。「Twitterを使うのをやめる」と言ったばかりなのだが、自分の見るTwitterの画面は、「Twitterだけで完結する作業」(RTとか引用RTとかFave...いや、Likeとか)のスピードに最適化された情報量が流れてくるので、いちいちブログの画面を開くとか、はてブを使うとかいったページ遷移をしているだけで、もう話が追えなくなる。なので、こういう特大の緊急ニュースのときは、Twitterで作業せざるを得ない。その方法しか、今の私には取れない。決して「Twitterを使い続けていく」ことにしたわけではないということはご理解いただきたい(正直、かなりうんざりしている。それでも、知らない人とまともなやり取りができて嬉しいという経験も今日もあったのだが)。

つい先日、フランスのジャーナリスト、アンナ・エレルの本(下記)を読んで、これはとびきりやばいんじゃないかと改めて思った点がある。特にどのページのどの記述というのではなく、全体的に、「女ごときが、男をコケにしている」ことだ。

4822250911ジハーディストのベールをかぶった私
アンナ・エレル 本田 沙世
日経BP社 2015-05-20

by G-Tools


西洋の男女平等が前提の現代社会で生まれ、なおかつ/または育ってきて、ある程度の年齢になってから「女は外に出るものではない」とか「夫の言うことにはすべて従え」とか「ブルカの下はセクシーなランジェリーを着るんだ」などといった価値観を自分のものとしている人物が、そのことをすべてあのように全部暴露されたときに抱く歪んだ復讐心はいかほどのものか。そしてさらに、連中はそれを、めちゃくちゃにはぎ合わせたような「信仰」で正当化しているし、彼らの世界の中ではそれが「正しいこと」(神の意思にかなうこと)だ。

そういった「西洋社会に対する復讐心」が、「同志」たちの間で増幅され、武器・弾薬・爆発物を含む「周到な準備」というみっちみちに軍事的・技術的なものと重なり合って現実のかたちを与えられたときに、どのようなことになるか。

それを見せられたのだと思う。

パリ同時多発テロ(2015年11月13日夜)、初報から1時間の英語圏報道の記録
http://matome.naver.jp/odai/2144746429043746601


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2015年11月10日

今日はどういうわけか「ビアフラ」もトレンドしていて……

twttrt10nov2015.png1つ前の、Ken Saro Wiwaについてのエントリに入れてあるUKのTrendsに、もうひとつ、UKとは関係のないワードがあることにお気づきの方も少なくなかっただろう。

現地朝9時ごろ(日本時間で18時ごろ)のTrendsだ。私は朝のBBC Radioの番組(Today)で、それについての話があったのかなと思った。「歴史秘話」が語られているとか、あるいはあの戦争を取材したジャーナリストか誰かが本を出したとか亡くなったとかいったことでニュースになっていて、人々がその名前をツイートしているとか……。

ビアフラ共和国。

"1967年にナイジェリアの南東部に置かれていた東部州が独立宣言したことに伴い樹立されたイボ族を主体とした政権・国家。1967年5月30日から1970年1月15日まで存続した。

"ナイジェリア政府は直ちにビアフラを経済封鎖し、(67年)7月6日にビアフラ戦争へと突入した。……

戦争末期に内陸部へ封じ込められたビアフラでは200万人といわれる餓死者を出し……"


だが、実際にページを見てみると、そうではなかった。これこそが、ケン・サロ=ウィワについて私が思ったような、「ナイジェリアでの話題がなぜかUKでのトレンドになっている」ケースだったのだ。

Twitterでトレンドしていたときの画面は下記の通り。

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私の知らない名前がTrendsに入っていたので調べてみたら、ナイジェリアで20年前に起きたことを知ることになった。

前にも書いたのだが(リンクしてもどうせ誰もクリックしないからリンクは探さないが、過去ログにあるはず)、TwitterではUKのTrendsに、なぜかナイジェリアのTrendsが紛れ込んでいることがよくある。知らない名前がTrendsにあるので見てみたら、UKのアカウントは誰もツイートしておらず、ツイートしているアカウントは「ボゴダ」や「ラゴス」を居場所として設定している、というようなことがある。Trendsしている名前をウェブ検索してみればナイジェリアの芸能人だった、ということもある。UKには「移民」が多いし、UKでは数百人が一度に同じ語句をツイートした程度でもTrendsに入ってくるので「移民」が一斉にツイートするなどすればそういうこともあるのだろうが、それならばパキスタンやバングラデシュについても同様の現象が確認されてもおかしくないのに、なぜか私が気づくのはナイジェリアのことがほとんどだ(パキスタンについてTrendsに入ってる場合は、「BBCが記事にしているので」といったケースが多い。ナイジェリアでは英メディアが記事にしていようがしていまいがあまり関係がないように見える)。

というわけで、なぜそういう「混線」が起きるのかはわからないが、UKのトレンドを見てるはずなのに、ナイジェリアのトピックについて読んでいる、ということがある。

twttrt10nov2015.pngだから、今日(11月10日)の日本時間午後6時台(英国では午前9時台)に、Ken Saro Wiwaという、いかにも「アフリカっぽい」(←無知でバカな私の貧困な認識ではこの大雑把さが現実なので取り繕わずに書いてます)文字列がTrendsに表示されているのを見たときも、「たぶんまた、ナイジェリアのトレンドが紛れ込んでいるのだろう」と思っただけだった。「今度は俳優だろうか、あるいは歌手か、それとも政治家か」と。

全然そうではなかった。確かにKen Saro-Wiwaはナイジェリアの人だった。しかし芸能人でも政治家でもない。名前をウェブ検索するとウィキペディアの日本語ページがあるような人で、「作家、テレビプロデューサー、環境活動家」で、「1995年11月10日、……サニ・アバチャ軍事政権により絞首刑で処刑された」。

つまり、今日はケン・サロ=ウィワが(同じ組織の人々8人と一緒に)殺されてから、ぴったり20年という日だ。彼の名前がUKでTrendsしていたのは、「ナイジェリアでの話題がなぜかUKのTrendsになっていた」のではなく、英国で彼の死を記念する集会などが行なわれるからだった。

Twitterでトレンドしていたときの画面は下記の通りだ。

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「サジダ・リシャウィ」を覚えていますか? 10年前に、彼女らが標的とした人々のことは?

「リシャウィ」という名前を、何の苦もなく思い出したのが、自分でも不思議だ。

"I'm a survivor. I'm surviving every day" 10年前、2005年11月9日のヨルダン、アンマンのホテルへの自爆攻撃(ISISの前身組織が計画し、後藤さんとの身柄交換要求が出されたリシャウィらの起こした事件←リンク先に当時の写真などあり)の標的となった結婚式。夫婦の現在。

http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20151110#bookmark-270995508
re: http://www.bbc.com/news/world-middle-east-34745196


リシャウィ……サジダ・リシャウィ。イラクのアンバール県出身の女性。夫と一緒に自爆テロを行なおうとして、生き残り、死刑判決を受けて収監されていた爆弾犯。

2015年01月29日 ISISはヨルダン人パイロットと後藤さんと何を天秤にかけているのか(サジダ・リシャウィとは誰なのか)
http://nofrills.seesaa.net/article/413137710.html


後藤健二さんが無残に殺され、後藤さんのビデオのあとに「処刑」ビデオが公開されたヨルダン人パイロットのカサスベ中尉が、身柄交換要求が出されたときにはとっくに殺されていたと明らかになって、ほどなく、サジダ・リシャウィもまた吊るされた。語られている限り、彼女は「わけもわからず、夫に巻き込まれた哀れな女」で(彼女には発達障害があったという)、「だからといって彼女の罪が少なくなるわけではない」という言葉で批判される彼女の行ないが、2005年11月9日のヨルダンの首都、アンマンでのホテルを標的とした攻撃(テロ)である。

それから10年が経過し、事件当時、現場に取材に入ったBBC記者が、自爆の標的とされた結婚式の主役(新郎・新婦)を訪ねたときの模様が、5分ほどのビデオにまとめられている。

Surviving the 2005 suicide bombings on Jordan hotels
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-34745196


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2015年11月07日

連続ツイートの1つだけ抜き出されることには懲りてたんだが、「英国の帝国主義のアポロジスト」扱いされたっぽいので黙っていられない。

11月6日、下記のような投稿を行なった。(画像では読めないという方はTwilogでご確認ください。)"President el-Sisi Is Not Welcome in Britain", つまり、《意訳》するとしてもせいぜい「エジプト大統領は、英国にとって歓迎されざる客人である」という程度の見出しの英語の記事が、掲載媒体の日本版で、「残虐非道のエジプト大統領がイギリスで大歓迎」という見出しで配信されたことについてである。




個人的なことだが、今週は何一つとして予定していた通りに進んだことがなく、Firefoxは42.0になってからやたらとフリーズを繰り返すようになり、何時間もかけて書き込んでいるDVDは99%でエラーとなり、金曜日に時間を作った予定もドタキャンで、今日はすこぶる機嫌が悪い。なので、というのも変だが、気分転換になるかということで、何となく、月に2度くらいしか見ていないFavstarのページを見てみた。(Like-starになってるんじゃないかという期待があったことは否定しない。)

すると、2004年にイラク戦争に関してオンラインでやっていた活動のつながりで、ネットを介して(たぶん直接言葉を交わすということはなかったと思うが、あるブログをハブとして)つながっていた人のハンドルと同じハンドルがあった。わたしはTwitterは日本語ではほとんど見てないし、その人がツイッターをやっているかどうかも知らなかったが、「ひょっとして、あの○○さんかな」と思って何となくクリックしてみた。したら、やっぱその「○○さん」だった。

その「○○さん」のTLを見ていくと、私の上記の連続ツイートの1つだけがRTされていて(それがFavstarに現れていたものだ)、その後、○○さんによるツイートが添えられていた。それが……




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2015年11月05日

エジプトでの航空機墜落は「事故」ではないのではないかという雲行きに。

エジプトのシナイ半島の南端にあるリゾート地、シャルム・エル・シェイクは、4年前には、大統領の座を明け渡したあとのホスニ・ムバラクの滞在地としてニュースに出てきたものだが、それ以前に(それ以上に)、「欧州から飛行機で数時間で行ける南国のリゾート」として知られている。今年の2月、スティーヴ・ストレンジが亡くなったのもこのリゾート都市でのことだった(亡くなる前、彼は寒い冬の英国から脱出して、陽光降り注ぐ海岸に来てますよー、と写真入りでSNSで報告していた)。日本での感覚でいえば、グアムのような旅行先だろう。

そのシャルム・エル・シェイクから、飛行機の墜落のニュースが伝えられたのは、10月31日のことだった。Kogalymavia(コガリムアヴィア)という、私は聞いたことがないロシアの航空会社の便で、サンクト・ペテルブルクに向かってシャルム・エル・シェイク空港を飛び立って20分かそこら、シナイ半島から出ないうちに墜落したという。乗客だけでも200人以上。



「全員絶望」、「現地は悪天候で捜索難航」といった厳しい状況が、英語の速報ニュースで伝えられていたが、基本的にこういう「事故」に関するニュースはもう書き留めないでおこうと思うようになっていたので、最初に見たのがどの報道機関のどんな速報だったのかはわからない(たぶんAFPかロイターだ)。季節の変わり目で、急な気流の変化があったのだろうか、などと思っていた。また、当初は、上記NHKの記事にもあるように「エジプトの国営メディアによりますと、この旅客機のパイロットは離陸後に『技術的な問題が発生したため近くの空港に着陸したい』とエジプトの航空当局に連絡してきたということです」と報じられており、航空機事故として一般人が特に注目すべきものではないのではないかと思っていた。

そのころにも既に、「イスラム国」を自称する勢力(ネットスラングで「イスイス団」、本稿では「ISIS」と表記)につながっている現地武装勢力は、「われわれがやった」と述べていた。確かにISISはMANPADSと呼ばれる地対空ミサイルを持っているということが知られている。が、機体が急に下降し始めたときの高度が高く、仮にそれで攻撃したところで届かないということが指摘され、「また、あの連中はやってもいないことをやった、手柄だとフカしているのか」と冷笑的に扱われていた。私も無条件に、そう思っていた。彼らのような勢力の大げさな発言は、「フカし」と扱うのがデフォだからだ。

しかし、墜落から3、4日が経過するうちに、何か怪しいな、という感じになってきた。比較的早い段階で「ブラックボックスをエジプト当局が回収した」と伝えられていたのに、その解析結果がニュースにならない。ただ、通常ではない音が記録されていたとロシアのメディアが報じたとか、副操縦士は当該機のテクニカル・コンディションについて不満をもらしていたと妻がロシアのメディアに語った(←いろいろフラグ立ってると私は思うんですが、冷戦期のスパイ小説の読みすぎかもしれません)などという話が聞こえてくるばかりだ。そもそも、墜落から12時間ほどの段階で、エールフランスやルフトハンザが「シナイ半島の空域を避ける」という決定を下していた。旅行業界には大きな影響を及ぼすにも関わらず、段階的にではなく一気に大きな決定がなされたことは意外なように思われた。


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2015年10月31日

ハロウィンに寄せて(「本場イギリス」ではありません)

日本での「ハロウィン(ハロウィーン)」の定着の速度がハンパない。節分のときの、何だっけ、巻き寿司1本丸ごとの(自分がその行事のある文化圏とはまったく縁がないので注意を払っておらず、名称を覚えていない)、あれの定着の速度もすごいなあと思ったが、ハロウィンもすごい。「ハロウィン仕様のロゴ」はもうありふれたものになっている。レシピ検索の大手サイトは「かぼちゃ」で持ちきりで(冬至かよ)、背景の壁紙はおばけだのコウモリだのが飛び交っている。通販の大手サイトもあちこちに「魔女の帽子」などの記号がある。

http://cookpad.com/

レシピ検索No.1/料理レシピ載せるなら クックパッド via kwout
※なお、このスクリーンショットは、壁紙を画面内に入れるために、画面右側の広告を非表示にしてとったものである。





ハロウィンは都心の「外国人が多い」ような娯楽・飲食系施設(クラブ、パブなど。なおこの「外国人」という用語は主に「西洋人、つまり欧米人」を指す)などでは随分前から定着していたが、住宅街である「うちの駅前」のような場所でもあたりまえになってきたのは、たぶんおととしか去年くらいからだ。何より「子供が喜ぶ」ので、小さなお子さんがいらっしゃる環境ではもっと早くから一般化していたかもしれないが、「町で見かける」レベルの話としては、本当にこの2年かそこらだ。

節分の巻き寿司(あ、思い出した、「恵方巻き」だ)は全国チェーンのコンビニのポスターやのぼりで広まったと思うが、ハロウィンは、自分の体感では、何と言っても全国チェーンの100円ショップの威力が大きかった。90年代には、スーパーマーケットの催事スペースなどで洗濯ばさみの類や「便利グッズ」が移動販売されている程度だった「100円均一」のお店は、90年代末にはあちこちの商店街に個人経営の店舗として出現し、2000年代にはダイソーやキャンドゥといった大手の全国チェーンができて、今では駅前の便利な(賃料の高そうな)ところに大手チェーンが店を構え、「商店街の個人経営の100円ショップ」はほとんど見かけなくなってしまった。で、それら大手チェーンの100均が、夏休みが終わるころになるともう、店頭に「ハロウィン・グッズ」の特設コーナーを設けるようになる(オレンジと紫が基調のあのコーナーは、8月に見ると、北アイルランド脳の恐怖ゆえ、私には宗教団体の何かに見えてぎょっとすることもあるのだが)。

で、そのハロウィンについて、ざっくりと「欧米の行事」という認識が広くなされているようで、非常にもにょることが多いというか、「本場イギリスでは」云々とか言われてる/書かれてるのを見ると、"Somebody is WRONG on the Internet" モードに入らないよう、自分を抑えなければならない。

……という話から始めて、Twitterに連続投稿した。

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2015年10月30日

「人道、何それw」という開き直りの中で、私たちの目の前で徹底的に破壊されたガザのあの町で、TEDxが行なわれ、ウェブで中継されていた。

http://chirpstory.com/li/290916「背筋が伸びる」というのは、まさにこのことだ。小じゃれた「ブログのタイトル」を考えるのさえおこがましい。これを企画し、実現させた彼ら・彼女らに心からの敬意を抱かずにはいられない。

TEDxTalksというイベントがある。TED (Tecnology, Entertainment, Design) Conferenceの理念を世界各地で実践しているイベントで、ネットで英語圏に片足突っ込んでればしじゅう「開催のお知らせ」や「ストリームしてます」の情報が流れてくるだろう。北アイルランドのベルファストから、エジプトのカイロから、レバノンのベイルートから流れてくるツイートやストリームの映像を、私も見てきた。「グローバル的に最先端」のイメージもありつつ、開催地の地域性が濃厚な、けっこう地に足のついたインスパイアリングなイベントだという印象だ(先進国のは知らないけど)。TEDxの「パレスチナ」での講演ビデオの一覧もご参照いただきたい。

そのイベントが、ガザ地区で開催された。それも、2014年夏のイスラエルによる過剰な武力行使で徹底的な人道無視が行なわれ、めちゃくちゃな包囲戦と破壊にさらされたシュジャイヤ地区で。

TEDxShujaiyaという名称のそのイベントは、日本時間では2015年10月29日の夜から30日の早朝にかけて行なわれた。ガザでは29日の午後だ。ブルースをいい感じで演奏するバンド(ヴォーカルが入るとパレスチナの伝統的な感じの音楽になる)、アルジャジーラのジャーナリスト、そしていつもTwitterで発言を拝読しているガザ地区の英語教育の「中の人」……彼は本当は比較文学者なのだけど。彼ら・彼女らの声が聞こえてきた。

ハッシュタグの検索結果を全部アーカイヴしておいた。アラビア語と英語が半々だろうか。アラビア語は残念ながら私は読めないのだが、みな、このイベントを歓迎しているのだと思う。

#TEDxShujaiya (archive)
http://chirpstory.com/li/290916


(キャプチャ画像は via kwout

「シュジャイヤ地区」は、この地区だ。

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2015年10月29日

「ネオナチが『言論の自由』を主張している」という事実の指摘が、「『言論の自由』を主張するのはネオナチだ」に読み替えられるのは、極めて深刻に危機的である。

『言論の自由』が危機的な状況だと「騒ぐ」ことはあまりにありふれていて、ほとんど誰も関心を払わないのではないかと思うが、「今どき、『言論の自由』などと言っているのは、『言論の自由』という名目で言いたい放題やっている "ネオナチ" だけだ」などと言われている場合、それは『言論の自由(フリースピーチ)』という《用語》とそれが表すものにとって、本当に危機的なことである。何しろ、『言論の自由』というcivil rights, civil libertiesの最重要概念を言い表す言葉を使っただけで「"ネオナチ" 認定」される/されうる/されかねないのだから。

私自身、何年も前にインターネット上の日本語圏で、そういう「"ネオナチ" 認定」めいたことをされるという体験を実際にしているのだが、その当事者から「言及禁止」を申し渡されているので(「引用」をするなというのですらなく、「言及」をするなと言われている)、それについて個別具体的に言及することはしない。法的拘束力があるような指示ではないので、言及ができないわけではないが、しない。面倒なことになったらいやだからだ。個人ではそんなリスクは取れない。(ここに書いていることが虚偽ではないことを示すためにリンクなり何なりを示したいのだが、この文脈とはまったく関係のないところに生じた事由により、それを書いた場を「非公開」にしたので、参照先を示すことができないということをおゆるしいただきたい。)

「ネオナチ(や極右)が『言論の自由』を主張し、言いたいことを言っている」のは事実だ。それについては私は「問題である」という立場から何度も書いてきているし、『言論の自由』の無限適用みたいなのはおかしいと考えている。

それでも、言うまでもないことだが『言論の自由』は社会の根幹(のひとつ)だし、原則的に(大原則として)誰についても拒否できないものだというのが私の考えだ。さすがにACLUにはついていけないと思うことはあるが、「ネオナチ(や極右)を含む万人に『言論の自由』はある」というACLUの理念を、信奉はしている。それは「事実の記述」というより、掲げておくべき理念、理想の状態である。

「"ネオナチ" が『言論の自由』を主張している」というのは、単なる事実の指摘だ。しかしながら、その事実の指摘の記述は、時として「『言論の自由』などと言う奴(『言論の自由』という用語を使う奴)は、"ネオナチ" だ」という《偽》のロジックの記述にすりかえられる。単に「すりかえられうる」のではなく、実際に「すりかえられる」。

「犯罪者の99%がパンを食べたことがある」という記述が、「パンを食べた者は99%犯罪者になる」を意味しないということは誰にでもわかるだろう。「"ネオナチ" が『言論の自由』と言っている」という記述が「『言論の自由』を言うのは "ネオナチ" だ」を意味しないのも、同じことだ。

しかし、どうやら(少なくとも日本語圏の一部では)「『言論の自由』を言うのは "ネオナチ" だ」という《偽》のロジックが「定説」化しているか、しつつあるように見受けられる。ほっとくと、「日本には美しい四季がある」が「美しい四季があるのは日本だけ」論になったように、「『言論の自由』を言うのは "ネオナチ" だけ」論として堂々と通るようになるかもしれない。そしてそれは、極めて深刻に、危機的なことだ。

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2015年10月27日

ディナモ・キエフが「人種差別の問題に対処するために、黒人の観客を隔離」と言い出したがそのきっかけがCFCとの試合という……

今年はいつにも増して「レイシズム(人種主義、人種差別)」についての報道記事を目にすることが多いように感じている。あるいはそう「感じている」だけで、件数はいつもと変わらないのかもしれない。いずれにせよ、アメリカから流血をともなった「レイシズム」のニュースが何度も流れてくる中で、流血はなかったけど記憶に残り続けているのが、パリの地下鉄での一件である。そう、「チェルシーFCのサポーター」(チェルサポ)としてパリに試合を見に行った集団が、地下鉄で現地の黒人男性に「黒人はどっか行け〜♪」的なチャントを浴びせかけ、男性を公衆の面前で辱めた件。

思わぬ形で「北アイルランド」が絡んできたこの一件は、最終的には「騒動」を起こした人々をクラブが出禁にして決着しているはずだが(ひょっとしたらそれを不服として申し立てが行なわれているようなことになっているかもしれないが、ニュース記事をチェックしてるだけでは気づいていない)、この件について話をするうえで、チェルシーFCの「レイシスト」な側面があれこれ取りざたされた。ジョン・テリーのこととか、ヘッドハンターズのこととか。

そういうことがまだ記憶に新しいときに、こんなニュースが出てきた。

Dynamo Kyiv official suggests segregating black fans ‘to combat racism’
http://www.theguardian.com/football/2015/oct/27/dynamo-kyiv-supporters-black-sector-segregation-racism-chelsea-uefa


いわく、ディナモ・キエフ(ウクライナ)の観客席でレイシスト・インシデントが発生し、スタジアムの担当者が「じゃあ、今後そういうことが発生するのを避けるために、黒人の観客は特別のセクションに行ってもらったほうがいいのでは」ということを述べている(純粋に本人の考えというより、ウクライナのジャーナリストに言われて賛同したとかそういう話のようだが)。これは「痴漢被害を出さないために、女性専用車両を作る」という、到底フェミニズムの思想とは相容れない発想と同種の、「隔離すれば問題は生じない」という発想で、フットボールの世界ではうちと鶏とか、マンチェスターの赤と青とか、グラスゴーの緑と青のような「ライバル」のサポ同士を引き離すというクラブ間の通常のやり方を「人種」間にも当てはめてOKというところからして、「欧州の『化けの皮』」感すごいと思うのだが(ウクライナはEUではないが、UEFAではあるので)、ウクライナについて「国内のフットボールが基本的にレイシストである」ということが指摘されたのは2012年のことで、別に目新しくはない。

皮肉なのは、この「ウクライナのレイシズムを浮き彫りにするニュース」のきっかけが、チェルシーFCとの試合だった、ということだ。

というわけで……


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2015年10月26日

この平和。

東京は、木枯らしが吹いて唐突に寒くなった。空は冬の空の青い色をしていた。引っ張り出してきたウールとアクリルの混紡のセーターを着てスーパーまで歩くが、商店街の角のねこさんは姿が見えない。かわいい、かわいいといつも人になでなでしてもらっているねこさんが、いつもいる時間帯でもそこにいないということが、季節の変わり目を物語る(ような気がする。単にどこかでごはんもらって食べてるのかもしれないが)。

帰ってくると、すぐお向かいの家の長毛のねこさんが、目が合うやにゃーんと甘い声をあげて寄ってくるのでもふもふしていると、近所の犬さんが通る。「こんばんは」、「こんばんは、急に寒くなりましたね」。お散歩のことしか頭にない犬さんがぐいぐいと引っ張って角を曲がっていく。ねこさんは背中に枯葉の切れっぱしなどをくっつけている。「どこでこんなのくっつけてきたの」と言っても「にゃーん」とも言わず、地面をごろごろしておなかを見せる。そのやわらかい毛に指を立てると、後ろ肢で私の手首の内側を蹴ってくる。よく見ると、鼻の頭のあたりがすりむけている。喧嘩でもしてきたんだろうか。尋ねても答えはない。ただ頭をすりつけてくる。

この平和。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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