kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年01月20日

"Post-truth" によって形作られる時代に、それが1日でも早く終焉を迎えることを祈りつつ。

「ポスト・トゥルース post-truth」、つまり「事実以後(脱事実)」とは、つまり、「すべてを疑え」ということだ――そのように、自分の中で言語化されたのは、実はほんの少し前のことだ。陰謀論者たちのいう「すべてを疑え」が「ポスト・トゥルース」なのだ。

「疑う」、「懐疑的である being sceptical」ということ自体には別に問題はない。むしろ、大学に入ってすぐに教えられたのが、「高校までは教科書どおりでよかったかもしれないが、大学における学問においては、"懐疑的な態度で臨むこと" が必要とされる」ということだった。(ちなみに私のこういった基本的な教育のバックグラウンドは社会科学系である。)

その「懐疑的な態度」云々というのもまた、あまり「わかりやすい」ものではない。見るもの全てを疑ってかかるということでは、断じてない。またそれは、何かを必ず否定することを前提とするものでもない。(ここに含まれている「全て」とか「必ず」とかいったこと自体、非常におかしなものなのだ。)

こんなことを書いていたら、いつまでたっても書き終わらないので話をはしょる(と書くと「逃げた」などと言いがかりをつけてくる人もいるのだが)。

2016年6月に英国で行なわれたEU離脱可否を問うレファレンダム後に急速にリアルなものとして立ち現れてきた「ポスト・トゥルース」の流れにおける「全てを疑え」というのは、「エリートやオーソリティの言っていることは、全て疑え」ということだった。

「エリートやオーソリティの言っていることは、疑え」ではなく、「全てを疑え」だった。

単に「全てを疑え」ではなく、「エリートやオーソリティの言っていることは、全て疑え」だった。

それが何を意味したか。それまで「エリートやオーソリティ」とされていたものを全否定し、それまで「エリートやオーソリティ」とされていなかったものを全肯定するということだった。

今、自分で書いてても「そんなバカなことがあるか」、「どこのカルト教団だよ」と思うのだが、実際に起きたことはそういうことだった。だからこそ、Breitbertのような嘘と煽動しかやらないような「ネットメディア」(10年前ならブログだったようなものだが)が勃興してきたし、そういうのが「ウケるし売れる」とわかったら既存のメディアもどんどんそっちに流れていったのだ。

日々Twitterで流れてくる一面しか見ていないような状態だが、「保守系」の新聞の様子を見ると「うげっ」という声が喉の奥で鳴る。デイリー・メイルがああだったのは昔からだが、今のデイリー・テレグラフやタイムズは、逆側に対置されうるのが(ガーディアンやインディペンデントではなく)モーニング・スターだと思ってたほうがよいくらいに極端にふれている。また、ソーシャル・ネットのおかげで、新聞の紙の束を離れて、目玉記事の見出し(と写真)だけでもがんがん流通するようになったあとで起きたことは、あのデイリー・エクスプレスが「まともなメディア」的に振る舞い始めるということだった。デイリー・エクスプレスですよ。ザ・サンどころじゃない。(ザ・サンはあれはあれでものすごくひどい、めっちゃ問題のある媒体だが。)

「ポスト・トゥルース」を形作り、引っ張っているのは、メイルとエクスプレスとタイムズとテレグラフ、そしてネットメディア。BBCも、少なくとも国内政治(英国の中央政府の政治)に関する報道の軸足は、明らかにそちらにある。(BBCの政治部は、元々、2015年の総選挙で保守党がバカ勝ちしたときに感涙したような人が重鎮で、決して「不偏不党」ではない。)

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2017年01月18日

オバマの理想化と、チェルシー・マニング

2016年が2017年になって、ブラウザの中に私が見る世界は、「さよなら、バラク・オバマ大統領」のムードに満たされている。私が見ているのは英国の大手メディアのごく一部だが、特にBBC Newsには、米国のメディアでもないのにここまで……と思うことが何度かあった。その「さよなら」ムードの盛り上がりには、この次の大統領に就任するあの人物が「とんでもない」の一言では片付けられないくらいにとんでもない、ということが大きく寄与しているのだろう。つまり、「さようなら、まともなアメリカ」ということだ。(日本語圏ではどうなのか、知らない。書店の雑誌コーナーなど見たところ「相場」だの「トランプ・バブル」だのといった話ばかりが目に付いて、うんざりした。)

「この先への不安」が広く共有されるとき、大きな流れとして「過去への郷愁」だとか「現状への愛着」が起きるし、それが支配的になるのが常だ。バラク・オバマ大統領の任期2期8年の終わりに際し、「過去への郷愁」は生じているようには見受けられないが(さすがに誰も、オバマの前を懐かしんだりはしていない)、「現状への愛着」は日を追うごとに強まっているように見えた。そのピークが先週(1月9日から15日の週)の前半で、私は完全に、見てるだけで食あたりを起こすような状態となって、ニュースサイトにアクセスすることすらほとんどやめていた。バラク・オバマというまっとうな人を正当に評価することは必要だし、当然のことだ。しかし、次がひどいからといって、美化はいけない。次がセクハラじじいだからといって、今のオバマ・ファミリーを理想化しつくすようなことをして、「バラク・オバマの8年」を語ってはならない(確かに理想的な家族だろうが)。しかし、目に見える(狭い)範囲では、そういうムードが横溢していた。

そのときに、ブログに書いておこうと思って、メモ用紙に殴り書きした単語の群れがあるのだが、見事に意味不明、ダダイストの自動書記かと思うくらいに意味不明だ。私は何を思って、何を言語化しようとしていたのだろう。うん、「エジプト」はわかる。2013年、モルシ政権を転覆させたタハリール広場の「デモ」で、国際メディア(すでにアルジャジーラは追い出されていたが)のカメラに常に移る場所に掲げられた大きなバナー。それは、エジプトとはほとんど関係なく、基本的に「すべてオバマが悪い」というもの、バラク・オバマを批判する「反オバマ」のものだった。でも、そのことを今思い出して、私は何を書こうとしていたのだろう?

そんなふうにぼんやりとしている中、任期の終わりまであと2日というときに飛び込んできた超ビッグニュースがこれだ。

日本のメディアではどうだか知らない。BBCやガーディアンではトップニュースだ。

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記録はとってある。全体から見れば、ごく少ししかとれていないが、どうせこんな程度でも「長い」とか文句を言われるのだろう。(私はこれを作成するにあたり、これの何倍の文字情報を見ていることやら。)

ウィキリークスに情報を流したマニングの恩赦について、日本の大手報道が報じていそうにもないことの記録
https://matome.naver.jp/odai/2148471362598559001

「恩赦」といっても、チェルシー・マニングについては、「刑の取り消し」「即時釈放」ではなく「刑期の大幅短縮(減免)」であり、マニングが釈放されるのは5月17日とまだまだ先だ。それに、そもそもマニングはあんな長期の刑(35年)に処せられるべきではなかったし(35年はdispropotionateとしか言いようがない)、収監中にあんな目にあわされるべきではなかった。彼女が自殺未遂で病院に運ばれたと報じられたのはかなり最近のことだが、自殺未遂に追い込まれたこともひどければ、その情報が外部に出された経緯もかなりひどかった。彼女はあまりにつらい思いをさせられた。それは第一義的には、バラク・オバマ政権の内部告発者を敵視した政策ゆえだ。だが、それでも、任期最後にオバマが行なった「チェルシー・マニングの刑期の大幅短縮」は、正しいことであると讃えられており、オバマへの感謝の言葉が多くウェブ上にアップされている。

あとで書き足すかもしれない。今はこれだけ書くのが精一杯だ。

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2016年12月31日

2016年が終わる。

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例年のごとく、12月31日の日没時にその辺を歩いてみる。その辺といっても、頻繁に歩く道ではない。普段はまっすぐ行って右に曲がるところを、左に曲がってめぐったりしてみる。そうすると、「ここからは確か、大きな木が見えたはずだが……」などと思うこともしばしばある。さらに歩いてみると、ちょうど視界をさえぎるように家が建てられていたりもするのだが(それまでは駐車場だったところが宅地になったり、家が建っていたところが駐車場になったりすることが、ここらへんではよくある)、木が切られてしまっていることも少なくない。

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2016年12月27日

エドワード・スノーデンの「暴露」についてのドキュメンタリー映画のオンライン配信が始まっている。



ドキュメンタリー映画『シティズンフォー (Citizen Four)』の各配信業者でのオンライン配信が、12月23日に始まっていた。日本ではギャガが配給しており、2017年1月6日にはDVDがリリースされるが、それに先立って2016年12月2日にはiTunesで、23日にはAmazon楽天Gyaoなど各配信業者でのオンデマンド配信が開始された。配信業者により条件はいろいろあるが、スマホやタブレット、PCで見るだけなら楽天の「標準画質」が安上がりだ(税込み432円)。ついでに言うと、楽天の配信では28日14:59までは、税込みで1,500円以上を一度に会計すると50%がポイントで還元されるというセールもやっている(424円の映画を3本と324円の映画を1本レンタルすると、798ポイントが返ってくる)。

この映画は、2013年にエドワード・スノーデンが米NSAのやってることについての内部告発(彼は「元CIA職員」ということが日本語圏では異様に強調されているが、この「暴露」に関してはCIA云々は直接は関係なく、NSAの業務請負業者の社員として知ったことを表に出したのであり、「内部告発」者である)をしようと考えたときに最初に接触した調査報道分野のドキュメンタリー作家でジャーナリストのローラ・ポイトラスによる記録映画である。ポイトラスがカメラを持ち、最初の報道記事を出したガーディアンの記者2人(うち1人のグレン・グリーンウォルドはその後、ガーディアンを離れているが、スノーデンが直接接触をしたジャーナリストである)が香港のホテルでスノーデンと対面して話を聞く場面から映像に収めている。

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2016年12月10日

ドナルド・トランプ支持者、今年もまた、『スター・ウォーズ』の新作をボイコット。そのためにすごいデマをばら撒いている。

昨年の今頃、映画『スター・ウォーズ』シリーズの新たな連作の第一弾、『フォースの覚醒』の公開が迫るころ、ネット上で「スター・ウォーズの7作目(新作)をボイコットしよう」というハッシュタグ運動が起きた。そのときのことは当時書き付けてある。書くときはたるかったが、今は、書いておいてよかったと心の底から思っている。

当該のハッシュタグを見たとき、私は「何じゃそりゃ?」と思ったし、だからこそそのハッシュタグの背景を調べてみようと思ったのだが、調べてみた結果は、「…… (・_・)」だった。Twitterでそのハッシュタグ運動をやってる人たちが主張していたのは、端的に言えば、「黒人が重要な役回りで出ているから」ということだった。そのハッシュタグのツイートの数々は、トランプ支持を声高に叫んでいるアカウントから発していた。中でも主要なアカウントは、私でも把握しているような「アメリカのネオナチ・白人優越主義者」のもので、「人種的多様性」を「文化的マルクス主義」と呼んだりするような活動家アカウント。言い出した本人たちは、自分たちの主張することが世間一般では「トンデモ」であることはおそらく十分に認識している。そして、その上であえてそれをやり、見事、「炎上商法」に成功した。その経緯は、Vox.comのジャーナリストの記事を軸として、去年書いたエントリに入れてあるので、それをご参照いただきたいが、少し抜粋しよう。

ギネヴィアさんの記事は続く。ハッシュタグが、少数の賛同者の間でのやり取りによってトレンドして、彼らの小さな輪の外に出ると、彼らのメッセージに反対する人たちの目にも留まり、「とんでもないことを言っている」というような批判的なツイートが増える。そうして言及数を増やしながら、ハッシュタグは批判の声だけでなく元々のメッセージをも拡散していく。……

「スター・ウォーズ新作ボイコット」のハッシュタグが拡散したことで、実際に、大元のアカウントは大喜びしていることをギネヴィアさんは指摘している。そうしながら、「こう書くことで、私もまた、彼らの望みどおりの情報拡散に寄与している」とも述べている。

http://nofrills.seesaa.net/article/428177297.html


2015年に「スター・ウォーズ新作ボイコット運動」をやったのは、いわゆるAlt-Rightの人たち(ざっくり言えば「トランプ支持者」)だった。

そして、2016年12月、スター・ウォーズは『フォースの覚醒』に続いて、スピン・オフの第1作(ややこしいな)である『ローグ・ワン Rogue One』が米国などで封切られる。(日本での公開は2017年になってから。前作『フォースの覚醒』は全世界同時公開だったが、今回はそうではない。)

Rogue One will premiere at the Pantages Theatre in Los Angeles on December 10, 2016. It is scheduled to be released in certain European countries on December 14, 2016 before its North American release on December 16.

https://en.wikipedia.org/wiki/Rogue_One


ドナルド・トランプの当選で波に乗ってるalt-Right的には、「あれが去年成功したんだから、今年も成功するだろう」と見込んだのだろう。「スター・ウォーズの新作の封切」は自分たちの主張を拡散してくれる社会的装置にすぎず、どんな主張を乗せるかは後から考えたのかもしれない、とすら思う。ちょうど、「買いたいものがあるから100均へ行こう」ではなく、「100均の前を通りがかったらつい入ってしまったので、何か買おう」となるように、「炎上商法が効果的にできるスター・ウォーズの新作があるから、何かやろう」ということではないか、とすら。だって、選挙運動はもう終わっている。彼ら・彼女らはもう、ドナルド・トランプの当選のために尽力しなくてもよいのだ。回線切ってクソして寝てればいいご身分だ。

だが、彼ら・彼女らは寝ていない。

swrott.pngというわけで、日本時間で12月9日(金)の夜、 #DumpStarWarsというハッシュタグが、UKでTrendsに入っていたのだ(英国では金曜日の昼間のことだ)。

『ローグ・ワン』は、『フォースの覚醒』以上に「人種的多様性」に富んだキャストを迎えている。メキシコ人もいれば、パキスタン系英国人もいる。Alt-Rightが「ボイコットせよ」と叫ぶための材料はごろごろしている。つまり、逆から見れば、映画製作陣は昨年の「ボイコット」騒動にビビって今回の作品を白人だけで進める物語にしたりはしなかったということになるが、まあ、この規模の映画で1年前の「ネットでの騒動」によってキャスティングや登場人物の設定を変えるということはないだろう。そのことが気に食わなかったのかもしれない。こういう連中に主導権を握らせてしまったことについて、「ガクブル」なんて言葉では表現しきれない気持ちで見ているのだが(Brexit後の英国がどうなっているかを見れば、それが大げさなことではないのはおわかりいただけるだろう)。

ともあれ、その#DumpStarWars(「スター・ウォーズなんかもう見るのをやめよう」)のハッシュタグだが、Twitterの画面で上から順繰りに見ているだけではよくわからない。何がしたいのか、何が言いたいのか。

もっとも、6月の英国でのEUレファレンダムから、米大統領選前の選挙運動が激しくなってきた時期に、あまりにもトランプ支持者がうるさいので(ありとあらゆる話題、それこそ関係のないサッカーのEuroの話題にまで乗り込んできて演説してた)、目立っていたアカウントはすべてミュートするかブロックするかしてしまっているので、私には話の流れが追えない(話の流れがわかるようなアカウントをミュートしてしまっている)だけかもしれない。ログアウトして改めてハッシュタグを見ればよいのかもしれないが、そこまでは……っていう。

ハッシュタグをクリックしたときに私が見た画面は、下記のようなものだった。(タブを開いたまま数時間放置していたので、新着の数がすごいことになっているが、そこは無視していただければと思う。)

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2016年11月17日

『誰が音楽をタダにした? 』(早川書房)を読んで、私が端っこから見ていたあの「革命」の時代を回想する。

それは、カネの流れを変えるはずだった。一方的に価格を設定し、暴利をむさぼり、著作者たちを囲い込み、契約で縛り、他人の著作物を我が物として扱い、それをネタにカネを儲け、重役たちに高給を出している大手企業に入っていくカネの流れを変えるはずだった。少なくとも、語られていた「革命」はそういうことだった。しかし実際には、カネの流れを止めてしまった。行き先が大手であれインディであれ、録音された音楽にカネを出す人は激減してしまったのだ――読後、そのことを改めて思った。

The Pirate Bayが挑発的な態度で注目を集め、Kim Dotcomがその巨体に匹敵するような富を蓄えているとわかったあのとき、何が起きていたのか。

スティーヴン・ウィットの『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(関美和訳)は、膨大な文書を調べ、何十人もの人に話を聞き、5年近くの歳月(「あとがき」による)をかけてまとめられた本だ。

4152096381誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち
スティーヴン・ウィット 関 美和
早川書房 2016-09-21

by G-Tools


話は1980年代から始まる。「ネット上の音楽ファイル」の標準規格となったmp3がどこでどのようにして開発されたかを描く第一章は、しかし、「mp3の死が宣告されたのは、1995年の春、ドイツのエアランゲンの会議室だ」という一文で始まる。いきなり主人公が死んでしまった! だが実際には、彼は生き延びていたのである……という展開なのだが(それをそう書いても「ネタバレ」にはなるまい。じゃなきゃ、うちら、mp3なんて使ってないわけで ^^;)、この本においては、この「ドイツの技術者たち」の苦闘は、Aメロ、Bメロ、Cメロのうちの1つにすぎない。

第二章は、米国の非都市部(今回の大統領選で青くならなかったほうの「アメリカ」)でCDのプレス工場で単純労働にいそしんでいる青年の物語。黒人で労働者階級、祖父・父ともに機械いじりが得意、1989年には高校生ながらPCを購入し、そのローンのためレストランの厨房で単純労働を経験する。まじめにこつこつ働いていれば評価されるということを身をもって知った彼は、1994年に地元のCDプレス工場で誰でもできるような仕事についた。この時代、米南部の製造業は(一時的に)活況を呈していた。職場の友人とは、肌の色も性格も違っていたが、「パソコン好き」という共通点があった。……と、こういう青年なのだが、彼が後に、音楽産業を「ぶっ潰す」ためのハンマーをがんがん振り下ろすことになる(本人はそこまでのことをしているとは思っていなかったにせよ)。「初めからグローバーの動機はちょっとした物欲だった。もっといい車が欲しかった」。(ただし、彼は盗んだ音楽を直接的にカネに変えたわけではない。音楽ファイルのシェアは、直接的にはカネは絡んでいない。そのことが、いろんな意味を持っていた。)

第三章で登場するのは、音楽産業の超大物ビジネスマンだ。彼は元々はミュージシャンになろうとしていたがうまくいかず、レコード会社お抱えのソングライターとなった(1960年代あるある)。その後、クリエイティヴ職から経営方面にシフトし、1970年に立ち上げた自分のレーベルが、1978年にアトランティック・レコード傘下に入り、アーメット・アーティガンと……って、こりゃ60年代以降のポピュラー音楽史ですがな。ともあれ、このビジネスマンは「よい音楽より売れる音楽」という方針でビジネス的に成功をおさめ(そして世間にゴミをばらまいたのだが)、「CDを売る」というビジネスモデルが確立した1990年代には、ワーナー・ミュージックを率いていた。「そこに大金が転がっていた。ひと世代がまるまるレコードからCDに移り、ウィスコンシンあたりの少年がツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』のリマスター版CDを買えばそのたびに、モリスにも儲けが入る」。1995年、ワーナー傘下の「インタースコープ」が、女性蔑視やら犯罪自慢やらしょーもないことばかり満載されたギャングスタ・ラップ専門のレーベルと契約を交わしたのも、その「売れる音楽」を追求する経営方針ゆえのことだった。ただしそれは、自身の立場を危うくすることでもあり、最終的には彼はインタースコープごとワーナーという大企業をお払い箱になった。

昔のSFで「家庭用ジュークボックス・システム」的に夢見られた音楽のインターネット・ストリーミングを現実化するために必要な圧縮の技術の開発者、ありふれた物欲と、インターネットへの関心の持ち主だったCD工場の労働者、「CDへの切り替え時期にCDが売れに売れたこと」を忘れられない才覚ある商売人……この3つのメロディが、絡み合うようで絡み合わず、別個に流れながら、ひとつの物語を語る。実際にコーラス・グループでそんなふうだったら、多分前衛的すぎて聞いていると頭が痛くなってくるだろうが、書物の場合はそれがスリリングである。『誰が音楽をタダにした?』は、そういう本である。脇役としてシーグラム・グループのCEOだとかFBIの囮捜査官なども出てくる。もちろん、アップルのスティーヴ・ジョブズも。

電子書籍版なら、「前書き」から第三章まで(紙の本では73ページまでに相当)、出版元(早川書房)が「無料拡大お試し版」としてネットで公開しているので、まずはそこからどうぞ。Amazon (Kindle), 楽天KOBO, Book Walkerなど、各電子書籍書店にある。

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パリ同時多発テロから1年、最愛の妻を殺された人は、「悲嘆は私とともにある。私はそれを望んでいる」と語る。

今週日曜日は、「あの日」から1年の日だった。

1年前の11月13日。金曜日の夜を楽しむパリの普通の人々を、イスイス団の戦闘員たちが襲った。日本時間では14日の朝、早い時間帯だった。Twitterでタイムラグが極小に抑えられた形で流れてくる140字以内の断片的な情報から、それが「(ほぼ)同時多発」で複数個所を攻撃するという形での暴力だと気づくには、少し時間がかかった。その前、例えばカナダのオタワでの銃撃事件の際、パニクった人々の間での伝言ゲームで、ありもしない「ショッピングセンターでの銃撃」が発生するなどしていたので(オーストラリアのシドニーでの事件のときも見られた現象だが)、パリでも同じようなことになっているのだろうと身構えたのだ。実際には、流れてきた「攻撃」情報の一部は正確で、一部は勘違いだった。私の場合は、最初に目にしたのがパリ中心部での「銃撃」の情報だったので、郊外の「爆発」の報告で少々混乱してしまった。逆に、郊外での「爆発」を先に聞いて、2005年のバンリュー暴動のような事態を即座に思いついたという人の話も聞いたことがある。いずれにせよ、その日、パリという西欧社会の中心的な都市は、それ自体が標的とされ、高度に組織化された戦闘員によって攻撃された。

それだけでも十分に衝撃的なことだっただろう。フランスの情報当局や警察はいろいろとぐだぐだで、通り抜けられる網の目はいくらでもある、なんて話を聞いてた人でも、「まさかこんなことが行なわれるとは」と思わずにはいられないような攻撃だった。だが、個人的に私に口もきけなくなるほどの衝撃を与えたのは、その標的として、大バコのライヴハウスが選定されていた、ということだった。

日本語の報道記事では「コンサート会場」と言われたが、「コンサート会場」という言葉からは、座席のある施設が想起される。東京で言えば渋谷公会堂やNHKホールのような施設だ。一方で、2015年11月13日にテロリストによって襲撃されたパリの施設、Le Bataclanは、東京で言えばStudio CoastやLiquidroomのような位置づけだろう。元は19世紀の劇場で歴史のある施設だが、現在は音楽のライヴ会場で、出演するのは名前のあるロックバンド、特に「オルタナ」系が多い(NINも1994年のTDSのツアーでこの会場を使っている)。襲撃されたときにステージに立っていたのは、米国のオルタナ系ロックバンドのEagles of Death Metal(EODM: 「デスメタル界のイーグルス」というふざけた名前で、別に意味はないし、やってる音楽も「デスメタル」ではない)だった。

EODMのライヴが襲撃されたこと、EODMのライヴを見に行っている人たちが攻撃対象とされたことは、「衝撃」という言葉では語り尽くせないものがあった。私は個人的にはEODMは特に好きではない。何曲かは知っているが、アルバムは聞いたことないし曲を買ったこともなく、ライヴも見たことはない。それでも、そういう「系統」の音楽はよく聞いているし、EODMのライヴを見に行くような人とは、いろいろと音楽的趣味も合う部分が多いだろう。イスイス団のカラシニコフが向けられたあの人々は、たぶんある程度は「私のような誰か」であり、それ以上に濃厚に、「私の友人のような誰か」だ。

私は私が殺されることは別にかまわない。しかし、私の大切な友人があのような暴力の標的とされることは、耐え難い。その友人に守りたい、守らねばならない人々がいるとなればなおさらだ。EODMはそういう、「守らねばならない人々」がいる年齢層のオルタナ系のロック好きが見に行くようなバンドだ。

エレーヌはそのひとりだった。

エレーヌのことを、私は事件後に、彼女の夫が書いた文章で知った。

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2016年11月10日

アメェーリカァ〜〜

今言うとバカみたいなんですが、特に根拠なくぼんやりと、こうなるとは思っていました。投票前にそれを文字にすると、本当にそうなったときに「文字にしたから現実化した」などとオカルトめいた考えを呼びそうなので書かずにいたのですが、「トランプ支持」に意味があったというより、「ヒラリーだけは絶対にやだ」という強い「ヒラリー不支持」に意味があったのではないかと思うのですよね。何となくぼーっと見てただけですが、バーニー・サンダースが勢いづいていたころからの流れで。ただ、選挙戦の終盤でトランプがあまりに「わが道を行く」態度だったので、微妙なトーンの「アンチ・ヒラリー」の票を積極的に取りに行くわけでもないのかなとは思いました。その頃にはもう、そういうのは終わってたんですね。

しかし民主党は「クリントン」というブランドで押し切れると思っていたようですね。共和党が、「ブッシュ家」や「期待の新鋭」ではなく、政治家としては全くぺーぺーの新人を候補者とすることになったときに、民主党の選対は安堵していたんじゃないかと思います。「クリントン」を相手に太刀打ちできそうにもないような政治経験ゼロの「リアリティTVのホスト」が共和党候補者になったんですから。夫が2期8年を務めた元大統領、本人は上院議員を務め、国務長官も経験している政治家。そんなすばらしい候補者が、トンデモ発言を連発する「リアリティTVのホスト」に負けるはずはないと。

今回の米大統領選は、Brexitを決めたEUレファレンダムとの類似もさんざん指摘されていますが、要するに、「アンチ・エスタブリッシュメント」というのは、「アンチ・ネオコン」、「アンチ・リベラル・インターナショナリズム (liberal internationalismは固有の概念を表す名詞)」であり、「アンチ・ネオ・リベラリズム」、「アンチ・国境を否定するインターナショナリズム」(雇用から犯罪まで、幅広い分野で国境を重視するナショナリズム)です。「エスタブリッシュメント」は、「俺たち・私たち」の生活を破壊し、その上で繁栄しているものとして認識されているんです。地元の製鉄工場をつぶし、漁民を失業させて、金融街の資本家・投資家だけが金儲けのゲームにいそしんでいる。Brexitの背景はそういう、情け容赦のない新自由主義です。それについて「反グローバリズム」を叫ぶためのバックグラウンドのある層(インテリ)と、より直感的で単純な理想主義的・ユートピア的ナショナリズムを信じる層(非インテリ)というような違い・分断はあるけれども、大変に多くの人が、同じものに、同じような「怒り」を抱いている。それをうまく自分たちの政治的ゲインにできる人々がいるということです。

個人的には、「オキュパイ」運動の、極めて白黒はっきり単純化された「99%対1%」の世界観の行き着くところはこうだと思ってました。つまり「1%」に泡を吹かせてやることが、少なくとも一部では、よりよい社会の実現のための手段でなく、それ自体が目的化するということ。そのことは、「オキュパイ」が流行っていた当時、どこかで書いたと思います。

最も頭が痛いのは、UKでBrexitが決まったとたんに、それまで周縁にいた極右の移民排斥論者(議員を銃撃して殺害するような奴や、「ポーランド人狩り」をやっちゃう連中を含む)が我が物顔をしだし、「ここは俺たちの国だ、お前ら移民は出て行け」という発言を公然としはじめたように、USAでも「極右の我が物顔化」が現実になるだろうな、ということです。「極右」だけならまだチャールストンの教会襲撃事件後のあれこれで、いわゆる「免疫」があるかもしれませんが、ドナルド・トランプの支援者には「極右」と「突き抜けた極右」(KKKのようなファンタジーの世界の住民)と、「陰謀論者」(アレックス・ジョーンズ系、Infowars系、ほか)が大勢います。彼らが「我が物顔」をしだしたときのことを考えてみてください。それを、国際政治という文脈で考えてみてください。(ちなみに「陰謀論」はある国が積極的にばらまいている情宣の一部でもあります。)

頭が痛いなんてもんじゃないと思います。

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2016年11月09日

2015年11月のパリ攻撃、2016年3月のブリュッセル攻撃双方に関わったと思われる人物を情報機関が特定した。

2015年11月13日から、そろそろ1年が経過する。金曜の夜のパリの街を血で染めたあのすさまじい暴力を計画し組織化したのは誰だったのかという点について、新たに進展が報じられている。

Belgian jihadist Atar 'co-ordinated' Paris and Brussels attacks
http://www.bbc.com/news/world-europe-37906961

BBC Newsは記事のタイムスタンプを廃止してしまったので記事が出た正確な時間がわからないが、今これをアップしようとしている時点で7 hours agoとなっている。

私がこの記事に気づいたのは、11月9日の朝8時ごろ(日本時間)、PCを立ち上げて、米大統領選の結果がそろそろ入り始めるころかとBBC Newsのサイトを見たときだったが、その時点でも大して目立たない位置に配置されていた。米大統領選の特設コーナーは別として、この時点でのトップニュースはインドの唐突すぎる500ルピー札と1000ルピー札の廃止で、これはトップニュースになって当然だ。次の、オーストラリアのテーマパークの遊具の話はこんなに扱いが大きいのがちょっと不思議だが「ビジネスニュース」的な意味はあるのだろう。その他、いろんなニュースが並んでいるが、少なくとも、昨年11月のパリ攻撃と今年3月のブリュッセル攻撃のマスターマインドについてのニュースは、ハリー王子が付き合ってる彼女についての英マスコミの扱いがひどい(蔑視的である)と述べたという話より重要なように思えるのだが(しかもこちらのほうが記事が新しいのに)、ハリー王子のニュースより下位に配置されている。

bbcnews09nov2016s.png


Twitterに記事URLを投げてみても、あまり注目されている様子はない。URLでひっかかるのは全部で15件。私が日本語で内容をメモっているのを除けば、ジャーナリストのアカウントもbotのアカウントもみな、基本的に、ヘッドラインをただ淡々とフィードしているだけだ。

tw37906961.png

※キャプチャに使っているソフトウエアの仕様が原因で、一部、はしょったようにしかキャプチャされていないところがある。

という次第で、非常に地味に見えるニュースだが、内容は濃い。

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2016年11月07日

「ユーフラテスの怒り」……ラッカ奪還作戦が始まった。 #シリア

表題どおり、ラッカ奪還作戦が始まった。

2014年6月にイラク軍が逃げ出したことによってイラクのモスルを掌握した「イスラム国」を自称する勢力(ISIS, ISIL, またはIS。ネットスラングで「イスイス団」)が「国家樹立」を勝手に宣言し、「サイクス・ピコ協定で定められた国境線の終わり」をアピールする写真をSNSを含むネット上に大量に流した次に大きな(彼らにとっての)「進展」を見たのが、同年8月のラッカの掌握だった。

ユーフラテス川に面したシリア北部の都市ラッカは、同名の県の県都であり、人口20万人を超える規模があるが、シリア国内のほかの大都市からはかなり離れている。2011年の「革命」勃発後、この都市でも民主化要求の平和的運動が起きたが、ホムスやダルーアなどとは異なり、勢いは続かなかったという。2012年、シリア各地で激しい武力行使が見られるようになったあと、ここには各地から避難してくる人々が集まり、シリア政府はラッカは比較的平穏であるとみていた。しかしその状態も長くは続かず、ラッカもまたシリア政府軍(アサド政権軍)と反政権の諸勢力の間の戦闘と陰惨な暴力の場となっていく。そして2013年3月、シリア自由軍(FSA)、ヌスラ戦線(JaN)、イスラミック・フロントなどによる反政権勢力によって政府軍が放逐され、ラッカ県は完全に反政府側の掌握するところとなった(ソース)。このときに「ラッカ解放」を祝う声があったことは覚えているが(ジーンズにスウェットシャツに、髪を覆うヒジャブというような服装の女性が「自由シリア」の旗を壁にかけていた)、その後、ラッカでは世俗主義者より宗教勢力が支配的となり、「解放」を祝った世俗主義の平和的民主化運動の活動家たちは地下に追いやられていく。そして、JaN・アルカイダとイスイス団の離反(2014年初め)を経て、2014年8月にはイスイス団がラッカを掌握し、やがては彼らの自称する「国家」の「首都」としてしまった。ちなみにラッカは796年から809年にかけて、アッバース朝の首都だったことがある。

ラッカを掌握したイスイス団は、市内のキリスト教教会やシーア派のモスクを破壊し、クリスチャンを処刑また追放し、市民たちには「ぼくたちのかんがえるただしいイスラム」を強制し、「市民はわれわれを歓迎している」というプロパガンダをぶちかまし、西欧諸国を含む世界各地の共感者に「きみも理想国家の建設に参加しよう」と呼びかけた。輝かしい光の戦士となることを夢み、また「新たな国」の子供たちを生み育てることを理想とする男女が大勢、ラッカの住人となった(彼らが「国」から与えられる家は、イスイス団に追い出されるなどした元々のラッカ市民の家だったが)。「ジハーディ・ジョン」と呼ばれた西ロンドン出身の男もそうだし、ロンドンのイーストエンドの学校に通っていた10代の女子3人組もそうだ。フォーリーさんもソトロフさんも、ヘインズさんもヘニングさんもカッシグさんも、カサスベさんも湯川さんも後藤さんも、この町のどこかか、あるいはその近郊で殺された。ミュラーさんはこの町の標的に対して行なわれた米国を中心とする連合軍の空爆で殺された。そういった「外国人の犠牲者」は国際的に報道されるが、元々のラッカ市民や、イスイス団による掌握前にラッカに避難してきていたシリア人の死や苦境は、報道という形では極めて限定的にしか接することができない。そもそもラッカには、イスイス団の息がかかっていない報道はない(そういう映像を、あたかもうちらの感覚でいう「報道の映像」であるかのように、日本のメディアがそのまま流したこともあった。後藤健二さんがとらわれていたときだ)。そもそも「報道」と呼べるものなのかどうかはさておき、ラッカ内部での/からの報道は、インターネット上の彼らのチャンネルで流されるイスイス団のプロパガンダ以外にはないといってよい状況だ(フォーリーさんたちと同じように拘束され、イスイス団の「広報」担当にされてしまった英国人ジャーナリストのカントリーさんの例などを参照)。そういうわけで、時おりラッカから逃げてきた一般市民の話に基づく記事が国際メディアに出ているが(リンク先はアルジャジーラ、2015年1月)、ラッカはほぼ「密室化」の状態にある。

ネット上でアラビア語と英語の2言語で活動する組織、「Raqqa is Being Slaughtered Silently (ラッカは静かに息の根を止められつつある: Raqqa SL)」は、基本的に、2011年の「革命」期の平和的活動家たちによる、ラッカを「密室化」させまいという取り組みである。ウェブサイトとTwitterは下記。
http://www.raqqa-sl.com/en/
https://twitter.com/raqqa_sl



その彼らのTwitterアカウントで最初に動きが報告されたのは、日本時間で6日(日)の早朝だった。現地では土曜の夜。「ラッカ: 昨晩、どの勢力かは不明であるが軍人たちが、ラッカの南にあるカスラット村に(たぶん空から)入り、数人のイスイス団戦闘員を拘束した」。
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2016年10月13日

「その『デマ』を流した奴は、ただのノンポリですよ」……そうであるとして、だから、何?

昨日の東京での停電の際、またネットで(Twitterで)「デマ」が流れたという。取材と記事化の機動力がずば抜けて高いBuzzFeed Japanが報じている。

停電時に中国人が火事場泥棒? Twitterでデマ広まる
https://www.buzzfeed.com/keigoisashi/power-outage-burberry

はてブ:
http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/keigoisashi/power-outage-burberry


最も多くの「スター」を得ているid:kiku-chanのコメントがすべてだと思う。
災害時は「外国人が犯罪を犯す」ではなく「アホがデマを広げる」というのを常識とすべき

http://b.hatena.ne.jp/entry/304090292/comment/kiku-chan


そう、これ、元の「デマ」(ありもしないことをでっちあげ、実際に起きていることであるかのように述べたもの)の創出者は、多くの人の印象とは異なり、「ウヨ」ではなく、「アホ」である。

政治的な立場や主義主張、信念から出たものではない。「そういう発言をすれば、騒ぎになり、自分が目立てる」ということから出たものだ。そして問題は、そうやって「目立てる」機会を「アホ」に与えてくれるものとして、排外主義言説がいかにもお手軽に使えるようになっているということである。

その場合、発言者本人には、必ずしも、排外主義の思想も意図もないかもしれない。単に「そう言えば、反応があるだろう」ということで出てくる言葉なのだから。(しかしそうであっても、発言者本人は確実に「排外主義者たちからの反応」を予期・期待しているわけで、排外主義と無縁なイノセントなぼくちゃんであるわけでもない。)

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2016年10月03日

コロンビアの「歴史的和平合意」は、レファレンダムで僅差で否決された。

今日は、「コロンビア和平が成立した。今年のノーベル平和賞は確実だろう」と書いて、関連のニュース系フィードをクリッピングするつもりだったが、予想外の結果が出た。しかも、ここ数年で「僅差で決まった」と描写されたレファレンダムや選挙の中でもとりわけ「僅差」度が高い。

BBC Newsは既にトップニュースからは落ちているが(「賛成」で決まっていたらたぶん延々とトップニュースにしていたはずだ)、ガーディアンのインターナショナル版では今もトップニュースだ。



Colombia referendum: voters reject peace deal with Farc guerrillas
Sibylla Brodzinsky in Bogotá
Monday 3 October 2016 12.10 BST
https://www.theguardian.com/world/2016/oct/02/colombia-referendum-rejects-peace-deal-with-farc

President Juan Manuel Santos fails to win approval as voters balk at an agreement that included amnesty for war crimes


ガーディアン記事は、この和平を進めたサントス大統領が当選した2014年の選挙での投票状況と今回のレファレンダムでの投票状況のマップを並べて比較している。

Santos, who watched the results come in at the presidential palace in Bogotá, said he would send his negotiators back to Havana to meet with Farc leaders on Monday. “I will not give up,” he said in a televised address. “I will continue seeking peace until the last day of my presidency.”

He added that the bilateral ceasefire that has been in place since 29 August would continue.


(これは「エクストリーム交渉」のフラグ……ついに北アイルランドに強敵出現か)

日本のメディアの報道の例:
コロンビア和平、国民投票で「反対」が勝利
朝日新聞デジタル 10月3日(月)8時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161003-00000010-asahi-int&pos=4
or http://www.asahi.com/articles/ASJB32J25JB3UHBI00D.html

選管当局によると、開票率99・59%で、和平合意の内容に「反対」は50・23%、「賛成」は49・76%だった。


事前の世論調査では「反対」は4割弱だと言われていた(上記朝日記事にもあるが、英語圏の報道でも見た)。

コロンビア和平のプロセスは、北アイルランド和平をひな型のひとつとして進められてきた。北アイルランドの当事者(IRAおよびシン・フェインも、ロイヤリストの側も、また武装主義を拒否してきた政治家たちも)がコロンビアに行ってパネル・ディスカッションを行なったりしている。

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2016年09月16日

「個人」として、「戦争にさよなら」するために……映画『クワイ河に虹をかけた男』

タイの首都バンコクの高架鉄道(ほんの数年前のデモのときに駅が閉鎖されたりしてTwitterで現地のデモ参加者が様子を報告していたことを思い出す)を、DAIKINというアルファベットが書かれた列車が走っている。大阪に本社のあるエアコンで有名なあの企業のラッピング広告だろう。

非都市部にある、私の目から見れば「掘っ立て小屋」と呼んでしまうような、おそらく電気も通っていない家。曾祖母が暮らしていた家のように広い土間の空間があり、居室空間は人が腰掛けたときの高さで作られた床の上。高齢となった男性が一人暮らすその居室空間の片隅に、NISSINという、非常に見慣れたロゴが印刷された段ボール箱が置かれているのをカメラはとらえている。薄暗い場所にぽかっと浮かぶ赤い企業ロゴ。日本企業のロゴ。

その家に暮らす男性は、元労務者だ。日本語での「労務者」は、日常の語彙ではあまり使わないが、「肉体労働者」の意味だ。しかしこの男性は――つまり「ロームシャ」として現地の言葉の語彙にも入っていることばで言う「労務者」は、第二次世界大戦中、日本軍の占領下で肉体労働に狩り出された人々のことだ。英語では "forced labourer" と表す。このような "forced" を「強制」と訳すと、所謂「厳しいご意見を頂戴」することになりかねない昨今だが、ともあれ、日本語ウィキペディアの「労務者」のページを見て、私は今、どうしたらいいのかわからないという気持ちにもやもやと包まれて、画面を見ている。これは「曖昧さ回避のページ」であり、「事典のエントリー」ではない。ここには「これは、かつては差別的なニュアンスで使われていたが、今は使われない用語である」と一般的な語義があり、「華人労務者」のエントリーへのリンクがあり、「労務者(映画)」へのリンクがある。しかし、肝心の、(「華人」以外の))「労務者」(第二次大戦中に「労務者」として狩り出された占領下の人々)について何かを調べようと思ったら、英語版ウィキペディアのRomushaのエントリーを見なければならない。



今、この文章を打ち込んでいるキーボードの横には、今日見てきた映画のパンフレットを開いている。映画を見ながらノートにとっていたメモの、めちゃくちゃな文字(暗い中で、手元を見ずにペンだけ走らせているので、自分で書いたとはいえ解読が大変である)に目をやる。カギカッコつきで、こういう言葉を書き付けている。

「こういうことを我々は平気でしてるわけ。後始末もしないで」


この言葉の主は、永瀬隆さん。英語話者。日本陸軍の通訳者として、「労務者」として連れてこられた東南アジアの人々と同じ場所にいたことがある日本人。

そして、日本軍の元で死ぬまで働かされ、集団で埋められた「労務者」を弔うということをしてきた日本人。

苛酷な環境を生き延び、戦後は「元労務者」となった人々と、個人と個人としてつながり続けた日本人。

語るべきこと、公にすべきことを持ち、そのために何十年間も活動してきたひとりの日本人。

今日見てきたのは、ドキュメンタリー映画、『クワイ河に虹をかけた男』である。監督は、KSB瀬戸内海放送の満田(みつだ)康弘さん。満田さんは、テレビのドキュメンタリーとして永瀬隆さんの活動を取材するようになってから20年以上にわたり撮りためてきた映像と、そして無数の言葉から、119分の映画を作った。





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2016年08月29日

いわゆる 'alt-right' がメインストリームの話題になっている。「トロール」とあわせて。

「インターネット・トロール」……北欧神話の「トロール」(「悪鬼」のようなもの)に語源があるという「ネット上の『荒らし』」が、米誌TIMEの8月29日号のメインの記事になっていた。今はもう号が変わってしまったかもしれないが、先週、私が調べもののために出向いた英語圏の雑誌をたくさん所蔵している図書館や、TIMEを置いている書店の店頭では、これが「最新号」だった。図書館ならバックナンバーに入ったあとも閲覧はできるし、ネット書店では普通に購入することもできる。メインの記事は、一部、ネットでも読めるようにはなっているが、記事も図版なども本誌でないと見られないものもあったので、図書館で読むだけ読んできた私も買おうと思っている。この号の目次はこちら(誌面・ネット購読でしか読めないリビア情勢についてのJared Malsinの記事など、この号は読むところは多い)。

B01KNC0XN8Time Asia [US] August 29 2016 (単号)
Time Inc. 2016-08-23

by G-Tools


ともあれ、で、実はこの号を買ってからブログに書こうと思っていたのだが、それではいつになるかわからないので、TIMEの「トロール」の記事を受けてBBC News Magazineの記事が出ていることと合わせて、ざっと書いておこうと思う。

参照先の記事は:
How Trolls Are Ruining the Internet
Joel Stein @thejoelstein
Aug. 18, 2016
http://time.com/4457110/internet-trolls/

Trump’s shock troops: Who are the ‘alt-right’?
By Mike Wendling, The Briefing Room, BBC Radio 4
26 August 2016
http://www.bbc.com/news/magazine-37021991

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2016年08月13日

いわゆる "slow news day" なのかもしれない。それにしても……(ああ、「国際関係」は生臭い)

※以下は「BBC Newsへの批判」ではない。「流れが変わった」ことについての記録を意図したものである。

先ほど、BBC Newsのトップページをチェックしたら、トップニュースが「シリアの戦闘地域で結合双生児が生まれた」というものだった。

少しあとになってしまったので、二番手、三番手のニュースが変わってきているが、下記のキャプチャのようになっていた。



このヘッドラインと写真を見たとき、私はBBCお得意の「BBC独占」で救急車に密着取材したのかな、と思った。しかし、常識的に考えてそれはありえないので(アサド政権がそういう取材を許すとは思えない)、病院を取材した記事なのだろうと思い、それはぜひ読みたい記事だと期待感を高まらせてクリックした。

だが、その先にあった記事は、「こんなのがなぜトップニュースなのか」と驚くべき内容、驚くべきクオリティだった。

いわゆる "slow news day" なのかもしれない。ほかにトップニュースになるようなトピックがないのかもしれない。が、それにしたってこれがトップというのは理解できない、という中身だ。

だって、自分たちで取材していないのだから。「独自入手」した映像などもないのだから。ネットに書かれていることをまとめただけの記事なのだから。そこらへんのネット媒体のようなこと、あるいは個人でもある程度の能力があればできるようなことを、あのBBC Newsがやっているのだから。

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2016年08月06日

「あの戦争」は過去のひとつの戦争であり、もう終わったものだ。でも「戦争」は終わってなんかいない。核兵器も。

「毎年、8月になると戦争戦争と騒ぎ出す」と人は言う。私は「そうか?」と思う。なぜなら、私の見ている世界は、少なくとも2001年9月以降は、何月だろうとどの季節だろうと、「戦争」であふれかえっているからだ。一見「戦争」とは無縁そうな、大いに話題になっている「楽しいゲーム」に関しても、日本語圏でも取りざたされている「祈りの場」の尊重というような「過去の、終わった戦争」に関するニュースだけでなく、地雷原の話は出てくるし、現に戦火の中にいる子供たちへの視線の必要性を訴えるキャンペーンのことも出てくる。だが「毎年、8月になると……」論の人には、その人の文脈があるわけで、はあ、そういうものかもしれないですね、と黙って聞いておく。聞いているうちにその人の文脈がわかってくる。そのことで、私はそう発言する人の文脈を、多少なりとも(ただの「知識」としてであっても)共有できていると思う。これは、多くの言語コミュニケーション(音声であれ、文字であれ)に伴うプロセスのひとつだ。「はぁ? 8月だけとか、どこを見てたらそんなネボけたことを言えるんっすか」と全否定してかかることもできるのだろうが、そこから生じるのはコミュニケーション・ブレイクダウンでしかないだろう。

ともあれ、そういう時期(時季)になり、日本語圏でぱっと目に付く範囲で「あの戦争」への言及が増えてきた。これから15日まで、それが続く。

普段は気の向いたときにしか見ないYahoo! Japanのトップページを、7月26日の相模原での凄惨にして陰惨極まる大量殺人事件後は、日に何度か見るようになっているのだが、8月6日の朝、少しスクロール・ダウンしたところに、「未来に残す 戦争の記憶」というバナーがあることに気づいた。「ウォー・アーカイヴ」とあるそのURLを見てみると、「戦後70年」、つまり2015年(昨年)作成されたページで、その後も更新が続けられている。



今、この「アーカイブ」のトップにあるのは、7月28日の青森空襲についてのページだ。
http://wararchive.yahoo.co.jp/airraid/detail/15/

1945年7月28日夜、62機のB-29爆撃機が青森市を襲いわずか1時間余りの空襲で、1,000人を超す犠牲者が出ました。

前日に空襲を警告するビラが撒かれたにもかかわらず、消火の人手がなくなることを恐れた行政当局が避難を禁じたことと、投下された焼夷弾に燃え広がりやすい「黄燐」が混ぜられていたことで被害が拡大しました。


2016年6月に行なわれたインタビューで、この空襲で叔母とその幼い子供たちを亡くした(殺された)82歳の富岡せつさんという女性が、次のようなことを語っている。

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2016年08月03日

ふつうじゃない。(米大統領選、というか共和党)

米大統領選に関しては、少なからぬ人が、もう口にする言葉も失っている。

先週金曜日、民主党の党大会でスピーチを行ない、常套句でいう「全米が涙した」状態を現実のものとした人がいる。いや、「人たち」がいる。大切な息子を、イラク戦争で戦死という形で失ったカーン夫妻だ。アメリカにとっては「国を守って戦って死んだ」軍人の親である。

そのカーン夫妻に、信じがたいことに、共和党の候補者となったドナルド・トランプは、敬意のひとかけらも見せず、ただ侮辱をしてみせた。発端は、カーンさんのスピーチで「ドナルド・トランプは国のために何も犠牲にしていない」というようなことを言われてカチンときたことらしい。実に子供じみているが、子供じみたことをすることによって注目が集まり、票がかせげるということに気づいた人物なので、今後も同じような、到底大人とはいえないふるまいをし続けるだろう。(トランプと兵役についても、報道記事が出始めているが。)

トランプの侮辱に、カーンさんは反論した。「ステージには夫婦揃って立っていたのに、しゃべったのは男だけ。女の人はしゃべることを許されてないんですかね」というあまりにひどい発言に、息子を亡くした母親であるガザラ・カーンさんは、「私がしゃべらなかった理由」を説明した。ワシントン・ポストがその反論の場を提供した。

一連の経緯は下記にまとめてある。カギは「イスラム教」だ(カーンさんたちはイスラム教徒である)。
http://matome.naver.jp/odai/2147011961211761301

この「戦死者家族への侮辱」というとんでもない事態を受けて、オンライン・メディア、Vox.comの創設者であるエズラ・クラインさんが、「あまりのことに、私は言葉を失ってしまいました I'm speechless」と書く代わりに、どうspeechlessなのかを説明した長文記事を書いている。
http://www.vox.com/2016/7/30/12332922/donald-trump-khan-muslim

この記事に、次のようにある。
This isn't partisan. This isn't left versus right. Mitt Romney never would have said this. John McCain never would have said this. George W. Bush never would have said this. John Kerry never would have said this. This is what I mean when I write that the 2016 election isn't simply Democrat versus Republican, but normal versus abnormal.


これは、「民主党の党大会でのスピーチは、共和党の人たちはけなす」という党派的な問題ではないと述べ、クラインさんは「2016年の選挙は、単純に民主党対共和党という選挙ではない。ノーマル対アブノーマルの選挙だ」として、7月28日付の記事にリンクしている。
http://www.vox.com/2016/7/28/12281222/trump-clinton-conventions

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2016年07月24日

ミュンヘン銃撃事件: ブレイヴィクを崇めていた18歳の銃撃犯は、「テロリスト」ではないのか、という問い。

ミュンヘンのショッピングセンターでの銃撃事件の発生から24時間以上が経過し、詳細が明らかになってきている。この事件については1つ前のエントリでも書いたが、実は、それはまだ書こうとしていたことの半分だ。残り半分と、もろもろアップデート分をここに書こうと思う。

この事件は、当初、「またイスイス団のテロか」と思われたので(現地警察も「テロである」と宣言し、非常事態宣言を出していたのだが)国外の大手報道機関のイスイス団を専門とする記者がドイツに派遣されるなど、各報道機関が「イスイス団のテロ」であることを前提として報道していたし、ドイツの政治家も、外国の政治家も、「テロ」のときの対応をし、そういう場合の言葉を発していた(例えば米オバマ大統領や、アイルランド共和国のマイケル・D・ヒギンズ大統領)。しかし結局のところミュンヘン警察は、「イスラム過激派(ジハディスト)のテロではなかった(関連は認められなかった)」と結論した。

「イスラム過激派」とは関係なかったとしてもなお、動機が解明されていない以上は、厳密にいえば、「テロである可能性」は残っている――「イスラム過激主義」以外にもテロの動機はいくらでもあるからだ。それに、「テロ」は定義次第だ(アメリカなどは「自軍が外国を占領しているときの自軍、つまり占領軍に対する現地の人々の武力抵抗」を「テロ」と呼んで恥じない)。;-P

でも、英国の報道機関の記事を見ている限り、あの銃乱射は、単なる――「単なる」とかいうとまた言葉尻をとらえて「不謹慎だ」と絡んでくる人がいるかもしれないが――「卑劣な無差別攻撃」であり、「テロ」ではないとほぼ断言されている状態だ。豪州の司法長官は「攻撃があれば何でもかんでもテロテロテロテロと言い立てるのはいかがなものか」といった発言をしている。個人的にも、日本でときどき発生する「通り魔殺人事件」が「テロ」ではなく殺人、傷害といった「刑法犯罪」であるのと同じく、鬱積を募らせた個人の暴力の爆発は、「テロ」ではないと思う。

英語圏で話がややこしくなるのは、ひとつには、「テロ」イコール「卑劣な無差別攻撃」という言い換え(セット思考)があるからかもしれない(実際には、テロリストは無差別ではなく標的を定めた攻撃(暗殺、誘拐など)も頻繁に行なってきたのだが)。Twitterなどを見ていると、「無差別」な攻撃というだけで「テロ」と呼ぶ条件を満たしているかのような発言を見ることが多いように思う(「IRAのテロ」のころはそんなでもなかったような気がするが、そのころアメリカでは「テロはわが国では起こらない」ことになってた)。また、日本語で俗に「無差別」とか「不意打ち」の攻撃を「テロ」と呼ぶが、そのような性質のものをすべて本当に「テロリズム」として扱っていたら、あれも「テロ」、これも「テロ」ということになってしまい、意味がなくなる。(秋葉原の通り魔事件を、その意味で「テロ」と呼んだ人もいたが、そこまで拡大解釈が許されたら、議論は成立しなくなるだろう。)

ともあれ、英語圏のジャーナリストなどが(警察が「テロではない」と結論している)ミュンヘンの銃撃事件を「テロではない」と断言することにためらいを覚えているように見えたのは、おそらく、ミュンヘンの18歳の銃撃犯と、5年前の同じ日にノルウェーで大量殺人を起こした極右テロリストのアンネシュ・ブレイビクとの「つながり link」を考えなければならなかったからだろう。つまり、「テロリストのシンパ」は「テロリスト」なのではないか、ということだが。

18歳の銃撃犯はブレイヴィクに非常に高い関心を抱いていて、ミュンヘン警察が記者会見で "obvious link" か "apparent link" がある、ということを述べたようだ(これはlost in translationを呼ぶよね)。BBCはここに注目してセンセーショナルに「ブレイヴィク」という名前を見出しにして、トップニュースとして扱っていた。(ブレイヴィクが大喜びしているだろうし、どこかにいるかもしれない「予備軍」みたいな人が「これか!」と思っているだろう。)

bbcnews23july2016b.png


だがミュンヘンの銃撃犯とブレイヴィクとでは、大きな違いがあるのではないか。

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2016年07月23日

ミュンヘンの銃撃事件は、「テロ」なんかじゃなかった。



「イスラムのテロ」だという声が上がった。「白人優越主義者・ネオナチのテロ」だという声が上がった。

「ニース、ヴュルツブルクと来て、これだ」という感情の吐露のようなことが言われた。「そういえば今日は、5年前にノルウェーでブレイヴィクが大量殺人をおかしてから5年目だ」という指摘があった(誰が忘れようか、7月22日という日付を)。

「犯人は『アッラー・アクバル』と叫んでいた」という目撃者の話がCNNで報道された。銃を持っている犯人を撮影した映像の中で、「犯人は『俺はドイツ生まれのドイツ人だ』と叫んでいる」という報告が相次いだ。

「情報が混乱しているな」、「どっちなんだ」と多くの人が思っただろう。「どちらかは、誤認か聞き間違いだろう」と思った人も少なくなかっただろう。

正直、私は「情報が混乱している」と思った。犯人が単独でしゃべっている映像で「俺はドイツ生まれのドイツ人だ」と言っているのなら、「アッラー・アクバル」は銃撃に巻き込まれた群集の中から上がった叫びではないのか(英語なら「オーマイガッ」だ)。

違っていた。「俺はドイツ生まれのドイツ人だ」も、「アッラー・アクバル」も、銃撃犯の言葉だった――ということだろう。



ドイツのミュンヘンで痛ましい事件が起きた。警察は当初「テロ」と宣言していた。しかしそれは間違っていた。初期の混乱した状況の中で、混乱した目撃者の証言を元に事態を最大限に深刻に見積もっていたので、まったく見当はずれの見立てをしていたのである。それは人命を最優先にしたためなので、批判されることはないだろう。私もそのこと自体に、批判すべき点があるとは思わない。

でも警察が「テロだ」と言っていたあいだ、ずっと、Twitterのような個人の発言の場では、イスラモフォビアがぶちまけられていた。「イスラムに決まってるだろ」というろくに根拠のない決め付け(根拠となりうるのは、CNNだけが報道している「目撃者証言」のみ)が横行していた。(→キャプチャ1キャプチャ2

全体の経緯は下記に記録をとってある(英語情報だけだが)。

ミュンヘン銃撃事件、情報はどう流れたか(現地2016年7月22日)※最終的に「テロ」ではないとの結論
http://matome.naver.jp/odai/2146923417885619401


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2016年07月21日

バングラデシュの過激主義に関するニュースのメモ

Twitterでメモを取ってたんですが、閲覧数、RT数が多いので、一箇所にまとめておきます。その前に前置き。

バングラデシュは「わが国ではイスイス団やアルカイダの活動はない」といい続けてきました。「わが国で活動している武装組織は、ナショナリストの野党勢力である」と(あと、実際、バングラデシュには以前から活動している武装勢力はあります)。同国内でのイスイス団の活動を指摘したアメリカのテロ専門家には、誹謗中傷が殺到していました。ダッカのカフェ襲撃事件が起きてもしばらくは――イスイス団が犯行声明的なものを出しても――「国内の武装勢力の犯行である」といっていました。2日後には「イスイス団の可能性も視野に入れて捜査」とかいうことになっていたのですが、ダッカの事件ではイタリア人と日本人が大勢殺害されており、特に根拠はありませんが、両国の外務省などからツッコミがあったのではないかとも思います。インド亜大陸でのアルカイダやイスイス団の活動の伸張については、すでにかなり広く知られていたことでもあり、バングラデシュ政府だけがstate of denialの状態でいるわけにもいかなくなってきたのでしょう。

ダッカの事件は、日本の人々の認識・態度も変えたようです。つまり「日本人なら安全」という《神話》が崩壊した――そんな神話、エジプトのルクソールでの銃乱射(1997年……20年近く前!)のときに崩壊してたんじゃないですかね、と私は思うんですが、何か基準的なものが違うのでしょう。

それと、「日本人だからといって見逃されない」ということは、「日本人だから標的にされた」ということを意味するわけではありません。

以下、メモの本体。

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posted by nofrills at 23:45 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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