英国では、薬などの認可は英国全体レベルで決定されるが、実際の医療行政はイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの各地域 (それぞれの地域のことはnationと呼ぶが、北アイルランドについては単独でnationとは呼ばない。理由は、以前から当ブログをお読みの方ならおわかりの通り) 別におこなわれ、今回のワクチン接種も地域別にどういう人を優先するかが定められている。イングランドでは入院中の高齢の患者さんが最優先とされ、初日は各地から高齢者の注射の映像が次々と届いた。最初に接種が行われたのは、イングランドのウエスト・ミッドランズ(バーミンガムのあたり)の都市、コヴェントリーの病院で、接種第一号となったのは、北アイルランドのエニスキレン出身で60年前からコヴェントリーに暮らしているマーガレット・キーナンさんという90歳の女性だった。今年はほとんど子供や孫に会えていないというキーナンさんは、接種翌日にはもう退院し、翌週の91歳のお誕生日は家族と一緒に迎えることができるという(注射してすぐに免疫ができるわけではないので、生活はかなり制限されると思うが)。ちなみにキーナンさんの次に接種を受けたのは、ウィリアム・シェイクスピアさんという80歳の男性で、お名前ゆえにTwitter上の英国圏では国語の時間の復習みたいになってた(シェイクスピアは英国では「国語の教材」である)。
全世界で156万人近くが犠牲となっている(9日の数値)このパンデミックを引き起こした新型コロナウイルスの症状が、初めて中国の武漢の医療現場で認識されてから1年経つか経たないかという段階で、ワクチンの開発から治験、接種までこぎつけたことは、「すごい」としか言いようがないことである。もちろんワクチンが実用化されたからといって、すぐにこのパンデミックが終わるわけではないけれど、これは確実に、「終わりの始まり」だろう。
とはいえ、このニュースで「よかった、もう終わったんだ」みたいなムードになったら一気に感染が拡大してしまうわけで、うちらにできることといえばこの何か月かと同じように慎重な行動パターンをとり続けることだけだ。ただし、今はもう、それが「いつまで続くのかわからない」という不安によって受け止められる事態ではなくなり、「いつかは終わる」という具体的な希望を抱いてもよくなったということだ。
しかしながら、このワクチンを最初に認可したのが英国だからといって、英国で閣僚がナショナリズムというかパトリオティズム丸出しになっているのは、正直、理解できない。このワクチン、開発にも製造にも英国はほぼ関係ない(開発がドイツの企業、製造が米国の企業で、工場はベルギーにある)。
最初にこのわけのわからないモードに突入していることを露呈したのは教育大臣のガヴィン・ウィリアムソンで、ワクチン認可についてLBCラジオで「わが国の医療監督にあたる省庁はフランスやベルギーやアメリカのそれよりずっと優れているから。なぜならばわが国は最も優れているから」という意味不明のたわごとを述べた。
Full quote here: pic.twitter.com/DDIuXaPKHt
— Rachael Venables (@rachaelvenables) December 3, 2020
続いて、保健大臣のマット・ハンコックが、初のワクチン接種を受けて朝のTV番組で「イギリスに生まれてよかった」的なことを、涙を浮かべながら語った。
Health Secretary Matt Hancock becomes emotional hearing the words of the first man in the world to receive the vaccine, William Shakespeare.
— Good Morning Britain (@GMB) December 8, 2020
He tearily says ‘it makes you so proud to be British’.@piersmorgan| @susannareid100
Watch the full interview👉https://t.co/fzcHkA6S4k pic.twitter.com/IxzfZ3GAVs
ハンコックは自身、春に感染して、けっこうつらい症状を体験しているので、いろいろと思い出されたのかもしれないが、事実として、英国はこのワクチンにはほとんど何も関係していない。英国で開発が進められているのは別のワクチンであり、このワクチンは、単にいち早く認可しただけである。
Dry your eyes, Matt Hancock, the UK had almost nothing to do with this vaccine | Joel Golby https://t.co/I3y4OEg2AL
— The Guardian (@guardian) December 8, 2020
ボリス・ジョンソンの保守党政権がここまでパトリオティズムの陶酔を煽動しているのは、Brexitがあってのことだろう(英国のEU離脱は、この12月末に移行期間を終える。つまり今度こそ本当に英国は欧州連合からexitする)。「わが国は欧州とは違うのである」ということを言いたくて言いたくてたまらない心理状態なのだろう。実際にはこのワクチンを開発したのは、アメリカの会社とドイツの会社で、ワクチンそのものも国外から(というかベルギーの生産拠点から)運ばれてきたものだというのに。
ともあれ、そういう的外れな方向で熱狂的なムードの中で始まったワクチン接種プログラムは、2日目にはもう特にニュースになることもなく淡々と進められていたように見えた。「え?」という話が流れてくるまでは。
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