本文の前にまず、「解散総選挙」についてのまとめのようなチャンネル4ニュースの映像クリップ。
※メイ首相のスピーチの文字起こし:
http://www.telegraph.co.uk/news/2017/04/18/theresa-mays-early-general-election-speech-full/
このスピーチについては、「その目的ならArticle 50発動前にやる(英国民が納得した上でArt 50を発動する)のが筋では……」というのが私の個人的感想。あと、「野党がー」がやたらと多いので、本当の目的はここで語っていることよりむしろ、「自身の足元固め」と「野党つぶし」、「長期安定政権」だろうなと思う(Brexitは交渉だけでは終わらない。その後、軌道に乗せるところまでやらねばならない。何年ものスパンで見ていかねばならない)。
さて、メイ首相が「抵抗勢力」に退場してもらう機会を欲しているということをよりはっきりさせるもう1つの事例が、ハートルプール選挙区のイアン・ライト議員の不出馬表明である。ライト議員は保守党ではなく労働党の人だが、この選挙区で起きていることは、Brexitというものが英国の政治にとってどういうものかをわかりやすく示す一例だと思う。
Iain Wright MP, chair of the BEIS select committee, is leaving parliament https://t.co/jTdvlyW7EG pic.twitter.com/Jtfn2FWDpf
— City A.M. (@CityAM) April 19, 2017
Labour's Iain Wright jokes "I feel like I'm at my own funeral" after being lavished with praise by a gleeful Tory SoS Greg Clark
— steve hawkes (@steve_hawkes) April 19, 2017
ハートルプールのLabour終了だろう。今回出馬しないことを宣言した現職は、2004年にピーター・マンデルソンのあとを受けた議員。https://t.co/amajDxNPrChttps://t.co/sgBcODhaMV 前回選挙ではUKIPと労働党の差が3,000票くらい
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 19, 2017
ハートルプールなどという地名を私が覚えたのは、スキャンダルまみれの「暗黒王子」ことピーター・マンデルソンの選挙区だったからだが、ライト議員は2004年にマンデルソンが下院議員を辞したあとを受けた労働党の候補者で、以降2005年、10年、15年と3度の選挙で議席を獲得してきた。また、このイングランド北東部の重工業&原発に支えられた都市の議席は、1974年にこの選挙区が創設されて以来ずっと労働党が保持してきた(1974年の区割り変更前も、1945年以降は、200票あまりの差で議席が保守党に行った1959〜64年の1期を除いてずっと労働党である)。
この選挙区の2005年以降の数値を見てみると:
General Election 2005: ※イラク戦争後、トニー・ブレア労働党の最後の選挙
Labour (Iain Wright)......18,251 (51.5%)
Liberal Democrat (Jody Dunn)......10,773 (30.4%)
Conservative (Amanda Vigar)......4,058 (11.5%)
General Election 2010: ※ゴードン・ブラウンの労働党が勝てなかったが単独過半数の政党も出ず、保守党とLDの連立政権が誕生した選挙
Labour (Iain Wright)......16,267 (42.5%)
Conservative (Alan Wright)......10,758 (28.1%)
Liberal Democrat (Reg Clark)......6,533 (17.1%)
ちなみに、このときに全英規模で注目されていた「極右旋風」の中心、BNPは2,002票(5.2%)で5位、主要3政党とBNPの間に割り込んで4位となったのが2,682票(7.0%)を獲得したUKIPだった。
General Election 2015:
Labour (Iain Wright)......14,076 (35.6%)
UKIP (Phillip Broughton)......11,052 (28.0%) ←大躍進
Conservative (Richard Royal)......8,256 (20.9%)
この選挙では、福祉切り捨てと緊縮財政を進めてきたデイヴィッド・キャメロンの保守党が「労働党はカオスをもたらす」というキャンペーンを行ない、予想に反してバカ勝ちしたのだが、選挙戦で最もメディアの注目を集めたのはUKIPだった。UKIPは元からの右翼だけでなく、「保守党には反対だし、LDは信用できないが、イラク戦争を引き起こしサッチャリズムを受け入れた労働党にも入れられない」という左翼の間にも支持者を得ているという事実が、遅まきながらようやく労働党のやんごとなき界隈(フェイビアン・ソサイアティ筋)にも認識されたのは、ハートルプールのような選挙区が実際にあったからだろう。
この選挙のあと、労働党は「ブレアの労働党」という夢を見続けている人々と、「ブレアが壊した労働党を取り戻す」という夢を信じている人々との争いの場となり、議員たちの多くが何か機会があるたびにジェレミー・コービン党首を退陣させようと発言したり画策したりするばかりで、より大きな敵である保守党に対する有効な批判などは二の次になってしまった。そういう中で迎えたのが2016年6月のEUレファレンダムで(この時点で、EU離脱・残留という議題とは別に、「労働党には完全にうんざりだ」と思っていた人々は、具体的な数値などを見たわけではないからはっきり言えるわけではないが、少なくはないだろう)、ハートルプールは次のような結果を出した。
Hartlepool
Voter turnout eligible: 65.5%
Remain: 14,029 (30.4%)
Leave: 32,071 (69.6%)
つまり、ダブルスコア以上で、「離脱」が「残留」を上回った。
しかしこの地区選出の国会議員、イアン・ライトは、ウエストミンスターで「残留」の立場をとっている。
これは、ハートルプールの人々から見れば、「選挙区の有権者のマジョリティの考えを、政治家が反映していない(反映しようとしない)」ということになる。この状態では、現職のライト議員が今度の選挙に出馬したところで、当選は至難の業だろう。
Hartlepool Labour MP Iain Wright, who voted Remain at EUref, will not contest GE2017 reports City A.M. Hartlepool voted Leave.@prwhittle
— Robert Kimbell (@RedHotSquirrel) April 19, 2017
そしてライト議員の引退を受けて、労働党としては、党執行部にまともに思考する能力があってなおかつ適切な候補者がいればだが、Brexit支持でなおかつ(コービンの)労働党への支持を呼び込める候補者を立てて選挙に臨む(臨みたい)ところだろう。
実際にはどうなるか……この選挙区では、前回(2015年)に支持を大きく伸ばしたUKIPの候補者が、いち早く出馬を表明しているようだ。
UKIPは、(英国の小選挙区という原始的な制度のもとでのことだが)元々2015年総選挙でもまともに議席が獲得できておらず、2016年EUレファレンダム後にずるずると崩れてきて、現在は「所属する国会議員がひとりもいない政党」になっている。
『ストーク・オン・トレント補選(2月23日)結果……あれでもまだ、議席を取れないUKIPは注目に値する政党なのか?』tnfuk [today's news…|https://t.co/Lmx3Qfg1u2 ※ブログ更新
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 2, 2017
Today in politics: Arron Banks gets publicity for being 'kicked out' of UKIP.
— Jim Waterson (@jimwaterson) March 14, 2017
Last month: Paul Nuttall tells everyone Banks isn't a member. pic.twitter.com/V3kND2Z4bW
Douglas Carswell quitting UKIP https://t.co/feJAGTx5kY ほう。パトロンのバンクスが手を引いた次はカーズウェルが抜けたんすか。1年後には跡形もなく消えてるね。デマを吹聴しまくってEU離脱を現実にするだけの簡単なお仕事終了ってこと
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 25, 2017
ダグラス・カーズウェルは出直し選挙するんすかね(「離党したので改めて民意を問うための選挙」。この人、前はそうしてたはず。ザック・ゴールドスミスの惨状を見たらそうはしたくなくなるかもしれないけど)。当面無所属で、ほとぼりが冷めたら保守党に戻るんじゃないかな。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 25, 2017
カーズウェルは保守党に復帰するって話、とっくに出てたんだ。 https://t.co/NWzaFleXuy 28 February 2017
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) March 25, 2017
UKIP loses its only MP and will lose £217k of Commons opposition funding 'short money' https://t.co/oC92ygjZi9 pic.twitter.com/M0v8L8zOtq
— Faisal Islam (@faisalislam) March 25, 2017
#BREAKING: Conservative defector Mark Reckless quits Ukip and rejoins Tories, party confirms https://t.co/OFtXUkCbv9 pic.twitter.com/n64RDgAqJI
— The Telegraph (@Telegraph) April 6, 2017
国会議員(下院議員)だったときに保守党を離党してUKIPに入ったマーク・レックレス(現在は国会議員としては落選し、ウェールズ自治議会議員)が、UKIPを離党し、保守党に舞い戻った。ダグラス・カーズウェルの離党に続き、これですよ。 https://t.co/LHCcgGl1w7
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 6, 2017
さらにいえば資金源のアーロン・バンクスのこともある。2014年以降、EUレファレンダムの実施とBrexitを煽動してきたUKIPが、議席という点ではまったく意味をなさない程度の勢力でありながら、デマをばら撒き、Brexitという「勝利」を勝ち取ったあとはこの消滅具合。実に英国的。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 6, 2017
「欧州連合と英国の関係」なんてのは、英国の政策・外交にとってそんなに重大な問題ではなかった。それを「重大な問題」に引き上げたのが、ゴードン・ブラウンの「bigoted woman」発言が問題となった2010年の総選挙後にメディアの寵児となったUKIP党首のナイジェル・ファラージ。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 6, 2017
日本語圏で「UKIPの_台頭_」と表現されているのは、2014年の欧州議会選挙 https://t.co/uNuGMD4SYA と、同時に行なわれた地方選挙(カウンシル・レベルでスコットランドなどの自治議会ではない) https://t.co/lZdIVu47x7 のことか。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 9, 2017
続)それは「大量議席増」なので、「躍進」ではあるが、国政とは関係ないんだから、「台頭」とは言わないだろう。いずれにせよ、そうやって「台頭」的に派手に書き立てたのはUKのメディアも同様で、そのことがその後(2014年以降)のムードを決めたのは間違いない。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 9, 2017
続)「台頭」と囃し立てられたUKIPは2015年総選挙でも国政で議席を取ることは事実上できず(前任期中に保守党からUKIPに移った議員2人のうち1人だけ当選。その議員も2017年3月にUKIPを辞め、現在UKIPは議席ゼロ)、17年は喧伝されたストークの補選でも負け、その後溶けた
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 9, 2017
UKIPも、今回の解散総選挙でどうなるかわからなくなってきた。
なお、ブレアの労働党がイラク戦争という愚かな違法行為で支持者をなくしたように、キャメロンの保守党もまた福祉削減・緊縮財政・銀行&大企業の優遇という政策で支持者をなくしている。EUレファレンダムは、英国とEUの関係についてだけでなく、キャメロンのリーダーシップを問うものでもあった。で、そのキャメロンの保守党で「ナンバー2」だったジョージ・オズボーン(前財務大臣)は、先日、現職の国会議員でありながらロンドンの『イヴニング・スタンダード』紙(歴史ある新聞だが、現在は無料で配っている)の編集長になっており――ちなみに、英国の政治家にはジャーナリストの経験者がけっこういるが、オズボーンにはジャーナリストとしての経験はない――、今回の解散総選挙で政治家としては引退するのではないかと見られている。
……って書いてるうちに「引退」確定報道があった。
George Osborne quits as MP https://t.co/v4yx44XGEI pic.twitter.com/V2oIDfAZqJ
— Evening Standard (@standardnews) April 19, 2017
キッパーのジョーンズ氏が大喜びしている。
George Osborne will not stand in the general election! great news he won't be an MP anymore
— David Jones (@DavidJo52951945) April 19, 2017
2015年の総選挙で極右に屈して「EUレファレンダムの実施」を約束し、その後UKをカオスに叩き込んだデイヴィッド・キャメロンは、もうとっくに政界を引退して「公人」ではなくなっている。彼の2015年の発言は、「ねこのラリー」さん(パロディ)が言う通り、年月が経つほど味わい深くなっている。
Britain faces a simple and inescapable choice - stability and strong Government with me, or chaos with Ed Miliband: https://t.co/fmhcfTunbm
— David Cameron (@David_Cameron) May 4, 2015
「カオス」を作り出すはずだったエド・ミリバンドは、「1人ミリ・バンド」を結成したようだ。
Introducing @Ed_Miliband and The Ed Mili-Band... #Milibanter #TheLastLeg pic.twitter.com/eucHTrHTDa
— Channel 4 (@Channel4) April 7, 2017
PRTs, エド・ミリバンドがチャンネル4のコメディ・バラエティ番組に出て、お手本のような「英国式自虐ギャグ」を含め、いろんなセンスを遺憾なく発揮したようだ。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 8, 2017
「エドがこういう人だともっと早くに広く知らされていたら、英国は今のようになっていなかったかもしれない」という意見があり、爆笑しながら深くうなづく。そうしていれば、右翼メディアによるあの汚い攻撃を受けても(父親を「反英活動家」呼ばわりするものまであった)弾き飛ばせただろう。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 8, 2017
Ed Milliband should have done #thelastleg ages ago. Without sounding over-dramatic, it might have changed the direction of the country.
— Lisa (@ell_jay) April 7, 2017
※ログは http://twilog.org/nofrills/date-170408 を参照。
ところで水曜日は下院でのPMQs(首相討論)の日で、19日は当然、解散総選挙が議題となっているようだが、メイ首相は投票日前の「各党党首によるテレビ討論」はやらないそうだ。「私はポピュリストではない」という態度表明かもしれないが、ここまで時代に逆行するのは、有権者をなめてるんじゃないかというようにも見える。元々、この人に「討論が上手」という印象はないし(キャメロンのディベートは、言ってることに賛成できない人も自然と耳を傾けてしまうという技術の高さがあったが、メイは……)
May confirms she won't take part in TV debates https://t.co/ailNNhoXRX これはひどいな。Brexit前の総選挙ではテレビ討論でUKIPにしゃべるだけしゃべらせて流れを確定させておいて、Brexit後はこれか。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 19, 2017
ガーディアンのトップ。"Theresa May confirms no TV debate with leaders ahead of general election". pic.twitter.com/Mc94nSzvhN
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 19, 2017
She'd rather knock on doors... The PM rules out taking part in television debates #r4today pic.twitter.com/7GLOfzi9eL
— BBC Radio 4 Today (@BBCr4today) April 19, 2017
If she's "constantly debating with her opponents", having another debate would be nothing to refuse. https://t.co/AYl12isXsE
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 19, 2017
1つ前のエントリの投稿(アップロード)がうまく行かなかったのは文字数がオーバーしていたのだろうと思っていたが、そうではなかったようだ。このエントリも、ここまで全文を一度に投稿しようとしたらうまく行かなかった(これまでseesaaの投稿画面では見たことのない「アップロード中…80%」みたいな表示が出た状態で止まっていた)。そこで、全文を一度にではなくいくつかに分割して少しずつアップしてみたら、問題なくできた。何だろう……ブラウザ(普段はFirefoxだが今Chromeを使っている)のせいか、こちらのPCの問題か。
(?_?)
※この記事は
2017年04月20日
にアップロードしました。
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