「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2017年06月09日

世界よ、これが英国の選挙だ(爆笑)

英国の総選挙が「おもしろい」結果になった。「Brexitのため、EU残留派を排除して足元を固めたい」という理由から、「2020年まで選挙はしない」としてきたのを撤回して議会を解散し、2017年6月に総選挙を行なうとテリーザ・メイ首相が宣言したのが4月の下旬で、そのときは誰もが「解散総選挙は予想してなかった」と驚いていたわけだが、その結果がさらにまた(少なくとも4月にメイが選挙に打って出たときは)予想外の「ハング・パーラメント(どこも過半数を制することがないという結果)」だ。あんまり有権者をナメくさってるとこういうことになるんだよ、と、爆笑というよりは、ニヤニヤ笑いが止まらないのだが、結果がどうとかいうまじめな話はあとで書く。何しろ、1つ前のエントリで「投票所が締め切られてから3時間、開票が進んでいる」と書きはしたが、そのまま開票が順調に進められても結果が全部出揃うことなく朝を迎えるほどの接戦となっていて、徹夜で票の数え直しを繰り返して朝を迎え、集計人が疲労困憊してしまったのでいったん休憩となり、結果確定が保留となっている選挙区があるような状況だ(しかもそれは、「青」の牙城、ロンドンの超ハイソ地帯のケンジントンだ! ケンジントンが赤くなるなどと、誰が予想しえただろう!)。

というわけで、ずっとメイを支持してきたThe Sunが、「MayではなくDismayだな、こりゃ」と一面ででかでかと書きたてるようなことになっているのだが、そのメイ本人は、当然ながら、比較的早い段階で当選を決めている。彼女の選挙区は、ロンドンから少し西に行ったところにあるバークシャーのメイドンヘッドという選挙区だ。このあたりはイングランドでも保守党が安定して議席を獲得できる安全区。区割り変更で今の選挙区が創設されたのが1997年(20年前、トニー・ブレアの労働党がバカ勝ちした選挙のとき)だが、そのときからずっとテリーザ・メイをウエストミンスターに送り出してきた。

で、ウィキペディアを見ればわかるのだが、前回(2015年)までのこの選挙区の選挙は、至って普通の「保守党の安全区」のそれだった。何もしないうちから当選が確実な保守党の候補に対し、労働党とLDが、特に積極的に勝ちに行くふうでもない候補者を擁立し、この3党が大方の票を集め、そのほかに、候補者1人につき数百票が入るような小政党やシングル・イシューの党の候補者が出る、といった感じだ。2015年、メイが内務大臣として迎えた選挙でも、極左の小政党の候補が55票を持っていったのが目立つくらいで、別に面白みもない選挙だった。

DB15_e3XgAAaKtb.jpg「面白み」と書いたが、英国には、全国ニュースで批判的に取り上げられるような大物政治家の選挙区には、仮装して出てくる系の冗談みたいな立候補者が出てくることがある。それから、何もなくても冗談みたいな「オフィシャル・モンスター・レイヴィング・ルーニー党 (the Official Monster Raving Loony Party)」、つまり「バカ党」の候補者も来る。例えば、イラク戦争後の2005年に当時のトニー・ブレア首相の選挙区がどういう様相だったかを見るのがわかりやすいだろう。主要3党と、イラク戦争で息子が戦死したレジー・キーズさん(反戦を訴えて立候補したが、当選することが目的というより、ブレアと同じプラットフォームに立って反戦を訴えることが目的だった)のほかは、当時はまだ泡沫政党扱いだったUKIPと、UKIP分派のVeritas、そして英極右といえば外せない存在のナショナル・フロント(このときはBNPはここはいなかったのか。細かいことはもう覚えてないが当時はBNPはかなり勢いがよかったのだが)、あとは「ブレアは辞任せねばならない党」とか「高齢者党」、「年金受給者党」に「バカ党」、無所属……といった顔ぶれだ。ブレアが首相でなかったらこの選挙区で立候補などしていなかったであろう候補者がたいへんに多い。

2017年6月の総選挙で、テリーザ・メイにもそういうことが起きた。彼女の選挙区は、前回までのまるで凡庸な様相とは打って変わり、着ぐるみだのかぶりものだのが登場する選挙区になった。選挙管理委員会が定められた形式にのっとって結果を公表し、壇上に並んだ立候補者全員の前で、当選者が「この地区の代表者となることを受諾します」とスピーチを行なっているのを映し出すテレビの選挙速報の画面が、Twitterにいくつも流れてきた。「これだから英国の政治はすばらしい」「民主主義っていいね」といった言葉をともなって。

……と書いているここの右側に示している写真は、それら「面白」候補のものだ。白いスーツに白いテンガロンハットのおっちゃんは「バカ党」の名物オヤジでもある同党党首、「ハウリング・ロード・ホープ」ことアラン・ホープ(同党創設者のスクリーミング・ロード・サッチの没後、同党党首となったのだが、元々バンド仲間だった)。そして右側の黒いかぶりものの人は「バケットヘッド卿」。宇宙のかなたからやってきたスペース・ロードで、これまでにマーガレット・サッチャー(1987年)、ジョン・メイジャー(1992年)の選挙区で立候補したことがあるそうだ。

ちなみに英国と日本の時差は8時間(夏時間)。みなさん、これを夜中の12時過ぎてから、3時とか3時半といった時間帯にやっている。候補者やキャンペーンスタッフは、その30時間ほど前までは選挙運動をしてきていて、自分たちの結果がどうなるかとテンションもMAXという状態だし、テレビで開票速報番組を見ている有権者は全体の結果がどうなるのか、ポップコーンを抱えて興味津々(だが眠いし、明日も仕事)という状態にある。

結果告知を前に、開票センターに続々と候補者たちがやってくる。「メイドンヘッドでは、テリーザ・メイの対抗馬たちが会場に到着しはじめた。あとはバケットヘッド卿を待つだけだ」とジャーナリストのリチャード・スーシェさん。



「メイドンヘッドの開票センターにバケットヘッド卿が到着。出口調査の結果は、首相にとって悲惨なことになるとコメント」とBBCソフィー・ロングさん。


だからなんで真顔でインタビューできるの。(・_・)


「真ん中にいる候補者(テリーザ・メイの選挙区だが)は、バケットヘッド卿という。英国の政治に神のお恵みあらんことを」とアルジャジーラ・イングリッシュのバリー・マローンさん。


「メイ首相が、ライバル候補者のバケットヘッド卿が見守る中、スピーチをおこなっている。実に、民主主義とは美しいものではないか」とCNNのネイサン・マクダーモットさん。


「バケットヘッド卿に票が入り、生中継のTVでポーズを決める。これが英国の政治だ」。2枚目の写真の周囲の真顔っぷりがすばらしい。


「BBC記者の発言。『テリーザ・メイ首相は、バケットヘッド卿とスクリーミング(原文ママ)・ロード・ホープの間に立っています』。僕はこの国が大好きだ」


「テリーザ・メイは全力を尽くしてバケットヘッド卿と距離を置いている」と冷静な観察眼を見せ付けるBuzzFeed UKのジム・ウォーターソンさん。



この珍妙な光景に面食らった英国外の人が「これは何なのか」と尋ね、ウォーターソンさんは「これは、私たちの総選挙でメイドンヘッド選挙区において立候補した候補者たちである」と淡々と答え、特にバケットヘッド卿についてBuzzFeedが書いた記事を示す。真顔で。


むろん、BuzzFeed記者界隈以外でもこの写真は大人気だ。「英国の政治とはどのようなものかと聞かれたら、首相がエルモと同じ壇上に並んで結果告知を受けているこの写真を見せるがよい」


このエルモは、「エルモを返せ党」のボビー・スミス氏。今回、3票を獲得している。前回は2016年のトゥーティングの補選(ロンドン市長となったサディク・カーンが下院議員を辞したのを受けて行なわれた選挙)で9票を獲得したそうだ。ただのふざけたお兄さんではなく、かのFathers 4 Justice (F4J) 系の活動家である(F4Jについては、最も活動が盛んだったころに当ブログで書いているので検索を。過去ログのほうにあるかもしれない)。


「赤い服を着た道化がいるね。あ、あとエルモもいる」


「赤い服の人が2人いますね。一方は冗談で、この国を任せられるような人ではありません。もう一方はエルモです」


「総選挙のもうひとつの結果。バケットヘッド卿、249票。バカ党、119票。エルモ、3票」。この写真のロード・ホープ氏、クリオネみたいでかわいいぞ。


バケットヘッド卿とハウリング・ロード・ホープのガチンコ。さらにその周りをうろうろしているキャンペーンスタッフのじいちゃんたちがいかす。Vote for insanity...



結果告知の映像:


選挙速報番組 (・_・):

これのエリック・アイドル(速報キャスター役)、ロバート・ペストンに似てる。



実は「面白」候補者はまだいる。LibDem党首ティム・ファロンの選挙区(イングランド北西部のウエストモアランド&ロンズデール)だ。前回(2015年)は得票率51.5%、得票数25,194でかなりの楽勝だったファロンは、今回は得票率45.8%で23,686票とじれったい展開となった。2位の保守党候補との差も、前回は8,949票あったのに、今回はわずか777票だ(保守党が支持を伸ばしている)。

この選挙区で注目されていた候補者が、彼だ。


手前の若い男性(保守党のスタッフ)ではなく、右奥の着ぐるみ……彼はMr Fishfingerとしか名乗っていない。「フィッシュフィンガー」は、白身魚を細長い形状に成形して衣をつけた加工食品で、油で揚げて食べるのが一般的だ(オーヴンで焼く人もいる)。英国人と白身魚にはいろいろと歴史があるようだが、そんなところまで踏み込んでいる余裕はないので、単に「庶民的な冷凍食品の定番」という説明にとどめよう。

上記の写真をツイートしている保守党スタッフ氏はよほどフィッシュフィンガー氏が気に入ったようで、一挙手一投足をツイートする勢いだ。


見てわかるとおり、全員が真顔である。

ガーディアンも掲載する。もちろん真顔だ。


票の集計を見守りながら、誰かの写真におさまるフィッシュフィンガー氏を、上の階から激撮。


そして結果告知の瞬間。



ファロンの受諾演説でも存在感ありまくりのフィッシュフィンガー氏。



よく訓練された英国ヲチャにとってはこういうのが「普通」なので、真顔はゆるみません。こういうのが出てこないと不安になります。

以上、まとめ。

この2枚目の写真(バケットヘッド卿)、すごい。英国式茶道真顔流のポスターにしたい。

悪ノリが止まらないガーディアン。



バケットヘッド卿のマニフェスト、けっこうおもしろい。Tridentは「ですよねー」ってニヤニヤできるよ。





6月10日午後追記:
本エントリ、当ブログにしては反響が大きい。Twitterで私のアカウントからのフィードはかなり多くRT, Likeされている(ありがとうございます)。

最初のフィード:


更新時のフィード:



後刻、RSSを拾っての自動フィード:


みなさん、楽しんでいただいているようでブログ書いてよかったと小躍りしているが、一件、至極まっとうなご指摘をいただいた。


まったくそのとおりである。真顔のBBCを拝借して、謹んでお詫び申し上げたい。脳内の吹き替えは広川太一郎にしてみちゃったりなんかしちゃったりして。


もっと反応できればしたいのだが、そんなことよりまじめなことを書かねばならないのに時間と私のパワーが有限であることが残念でならない(別に胸のライトがぴこんぴこんと光っているわけではないが)。Twitterでの本エントリへの言及はこちら:
https://twitter.com/search?q=http%3A%2F%2Fnofrills.seesaa.net%2Farticle%2Fuk-general-election-maidenhead-elmo-buckethead.html&src=typd

一方はてブ。10日夕方の時点でトップページにあった。

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Twitterでのはてブのフィード系アカウントの痕跡から、本エントリは最初はいつもどおり「IT系」として勝手にカテゴライズされていたようだが(当ブログはなぜかはてな的には「IT系」ということになってるらしい。前にもこの話書いたな)、その後親切などなたかがカテゴリーを「政治・経済」に修正してくださったようだ。ありがとうございます。

さて、当ブログは常に見える場所にリンクしてある通り、はてなブックマークの「ブコメ一覧」は非表示としている。それは他の人の発言を封じたいためでは断じてなく、本文を読みもしないで無根拠な「感想」を書いて当方への印象操作を行なう連中、ひどい場合には誹謗中傷ブチかましてくる連中や、「炎上させてやる」と火付けにくる連中の攻撃をあらかじめできる限り無力化し、それに対処するための余計な労力を節約するためである(今のネット社会、誰かが「デマ」を書けば、それを疑う人よりも真に受ける人のほうがおそらく多くいて、拡散された「デマ」は、いとも簡単に「オルタナティヴな事実」となる。自分の手に負えないことになりそうなことは、起きないほうがよい)。

はてブの「ブコメ一覧非表示」の機能は、最初からそういうものとして提供されているし、こちらもそういうものとして利用している。なお、当方は幸いにして、今まで10年以上はてブを使ってきて(だから「非表示機能」の導入の経緯も知ってるよ。「○ねばよいのに」タグのことも、そのタグで自由に発言していたユーザーのことも)、「はてなへの通報」が必要となったことはないので、「ブコメ一覧非表示」という「華麗にスルーするための装置」の機能だけで十分だが、深刻な目に遭われている方がもしいらしたら、ちゃんとはてな社に相談したほうがよい。SNSの発達で "targeted abuse" と呼ばれるようになった行為については、自分だけでは対処しきれない。

ともあれ、そのように「一覧を非表示」にしてあるものでも、各ユーザーのページでは普通に閲覧できる。私も、はてなにログインしてさえいれば、自分だけで一覧を見ることができる。

で、これまでも「一覧を非表示」にしはじめてから、ブクマ数が「たくさん」と思われる程度について、多くのブコメがついたときには、私が見ることのできる一覧の画面をキャプチャしてアップしてきたのだが、今回も80件以上のブクマがついているのでそれをやろう。

けっこう手間隙時間がかかるんだけどね。実際、こういうこと言ってる人がいるし。

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「ザル」っていうか、そういうものとして提供されているし、そういうものとして利用してるんだけどね。はてな社でもそういう説明してるでしょ。

ブクマしてくれているユーザーさんの中には自分のユーザーIDがこういう形で「さらされる」ことを望んでいない方もひょっとしたらおられるかもしれないので、以下、キャプチャ画面内でIDとアバター(アイコン)にはぼかしをかけた。

「開票センターに候補者全員が集まって、壇上に一列に並んで結果告知を受け、スピーチをする」という英国の選挙のやり方は、やはりあまり知られてないっすよね。私も知らなかった(いつどこでどのように調べて知ったのかはもう覚えてないけど、ネットを使って英語で調べたことは確か。別に誰からも教えてもらってない)。

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スクリーミング・ロード・サッチは、はい、あのスクリーミング・ロード・サッチです。彼が「風刺」のために始めた政治団体が「バカ党」。でも日本のいわゆる「泡沫政党」と違うのは、「バカ党」は地方議会に議員を出し、いくつかの政策(発端は「風刺」「冗談」であったとしても、まじめな政策)は実現しているということ。あと、90年代には国会議員選挙では主要三党に次いで4番目の得票を得るのが当たり前になっていたとか(90年代が狂ってたことは私はよく知ってますw)。「風刺」と「まじめな政治」の境界がゆるいんですよね。

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あと、モンティ・パイソンへの言及が多いのですが、モンティ・パイソンはドキュメンタリーですから、当然のことと思います。 (・_・)

以上。なお、元々非公開設定ではてブを使っている方(プライベート・アカウント)や、個別に非公開でブクマしている方は、私のこの画面でも見ることはできません。なのではてブトップページなどで表示されている全ブクマ数と、キャプチャ画面にあるブクマ数は一致してないと思います。

※追記。上記書いてる間に20件くらい増えていたのでそちらも。ロード・バケットヘッドはすっごいいい声でしゃべってますよね、見る側の脳内で。

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大人気のバケットヘッド卿、Twitterもやっておられるのでフォローしてみては。かつてはバーミンガムを破壊して宇宙基地を建設するという野望を抱いていたようです(80年代、バーミンガムが「ネタ都市」だった時代。Brummieというと何であんなにバカにされていたのか、実は私はいまだによくわからない……その点も名古屋に似てるんだよなあ。バーミンガム弁は名古屋弁みたいだし←よく「よくわからない」、あるいは「よーわからん」と言われる)。





※この記事は

2017年06月09日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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