それまでは、「デマ・誤情報・印象論による煽動」が「民主的な意思決定」の末の勝利につながるということは、少なくとも表向きは、現代の英国のような文明世界の盟主たる国で起きるようなことではなかった。フレデリック・フォーサイスなどの小説家が物語の舞台とする「アフリカの小国」(植民地主義的な見方でいえば「辺境」)や、政府が情報統制をがっつりしている社会主義人民共和国的な国でならば起きる、というようなことだった。
Brexitの英国の政治は、いちいち日本語になりゃしないようなニュースを見ていると、実にカオティックで非生産的で、何にもならないことを延々とやってきた。レファレンダムの結果が出た瞬間、保守党の政治家たちは内部分裂と権力闘争を開始し(ドラマ "House of Cards" そっくりと評された。現在では米国版が有名な作品だが、オリジナルは90年代の英国政界ドラマだ)、労働党の政治家たちは野党 (the Official Opposition) として「離脱派の嘘」を追究するどころか、「EU残留に全力を尽くさなかった党首」(彼は「トニー・ブレアのような勝利を収めることはできない」人物とみなされている。実際、そうだろうと思うが)を下ろすことに全力を傾け始め、労働党の党員たちはますます党首ジェレミー・コービンへの支持を固めて、9月の党首選挙ではコービンがバカ勝ちした。これを私は個人的に「労働党の自殺」と呼んで、そのようにTwitterには投稿している。
そういった非生産的な流れを、いかにも英国らしく静かにしめくくったのが、「コービン下ろし」で活発に動いていたトリストラム・ハント議員の華麗なる転職というニュース(1月13日)だろう。
彼は元々ケンブリッジ大学で歴史学を修め、ロンドンのクイーン・メアリ&ウエストフィールド大で教鞭をとっていた学者である(専門はヴィクトリア朝の社会史。そういう人がマイルエンドにある大学で教えるなんて、マンガか、というようなことだ)。学者時代から、BBCの歴史番組をやったり、大手メディアにコラムを書いたりしていた。親が労働党の人で、功績を認められて2000年にトニー・ブレアによって一代貴族に叙せられているのだが、その親も学者だし、トリストラム・ハント自身パブリック・スクール出のエリートである。若いころから労働党で活動してきたが、政界入りしたのは2010年の総選挙のとき。健康に問題があって引退する議員のあとを受ける労働党候補として、唐突にストーク・オン・トレントの選挙区から立候補した(このときの候補者選定の経緯にはいろいろありそうで、地元の元々の労働党の組織が「反発して対抗立候補」ということにまでなっている)。最近では、2014年の大学教員組合のストライキを破って講義を行なったこと(しかもテーマが「マルクス、エンゲルスとマルクス主義の成立」って、すごいジョーク)で批判にさらされ、大穴のコービンが当選した2015年の労働党党首選では、候補4人のうち最も強くトニー・ブレアの路線を継承していると見られたリズ・ケンドールを支持し、ネットで個人が何の遠慮もなく発言できる場では、トリストラム・ハントをめぐる批判は、私が見るに、「怨念」とか「瘴気」といった域に達していた(今のカジュアルな日本語では「ハントへのヘイトがすごい」などと表されるかもしれない)。
その彼が、このたび、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の館長となるため、議員をやめるそうだ。これは、お茶ふくのも忘れて真顔で「そうですか、それはようござんした」とカップの中のお茶を一口含んで熟考の間を取って反応せざるをえないくらい、英国的なニュースである。ヴィクトリア朝の研究者にとって、V&Aの館長は、まさに最高の仕事、dream jobだ。
トリストラム・ハントが元の畑に戻ったようだ。正直、あの人が国会議員というのもミスマッチな感じはあった(育ちのよい学者なので)。https://t.co/0ZdVjDnAwM
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) January 13, 2017
しかしこの議員辞職で引き起こされる補選が…選挙区ストーク・オン・トレントだよ…(((( ;゚Д゚)))
The @UKLabour MP @TristramHuntMP is quitting to become director of the V&A Museum. https://t.co/N77KjYUb4Y
— Moments UK (@UKMoments) January 13, 2017
Tristram Hunt has quit as a Labour MP prompting a by-election in the 'Brexit capital of the country' https://t.co/scU92ypemU pic.twitter.com/9OLKqhqQCP
— The Telegraph (@Telegraph) January 13, 2017
A flavour of some of the comments underneath @TristramHuntMP Facebook post explaining his reasons for quitting... pic.twitter.com/JhfC3Xvf0P
— Sophy Ridge (@SophyRidgeSky) January 13, 2017
@SophyRidgeSky Hunt's predecessor Mark Fisher was the son of a Tory MP and went to Eton, so I'm not convinced these views are representative
— anya (@anyabike) January 13, 2017
It's certainly a head scratcher why Tristram Hunt wants to stop being an MP and run a world class museum. https://t.co/GXW3YBHYkv
— Peter Smith (@Redpeter99) January 13, 2017
My story on Tristram Hunt crossing a picket to lecture on Marxism is getting an airing today so here's the original: https://t.co/IdmMduZ6iz
— Luke James (@LEJ88) January 13, 2017
@LEJ88 Here’s the front page for that Hunt picket line story: pic.twitter.com/TsOl3nwgxQ
— Rob Wells (@robjwells) January 13, 2017
My slightly intemperate farewell to Tristram Hunt: https://t.co/Ad2VwiL1cX https://t.co/2JejMSAOEL
— Plashing Vole (@PlashingVole) January 13, 2017
Reading some reaction to Tristram Hunt quitting it suggests some Labour members hate their MPs so much they are working to avoid having any
— Gavin Esler (@gavinesler) January 13, 2017
Hard choice for Tristram Hunt between being insulted by Corbynistas on a daily basis, or getting £200,000 a year and doing his dream job.
— Miss Politics (@Pooolitics) January 13, 2017
Tristram Hunt says he doesn’t intend to “rock the boat”, although commentators point out that technically it's a sinking ship.
— HaveIGotNewsForYou (@haveigotnews) January 13, 2017
Anyaさんはまともだし、Gavin Eslerは真顔でよくこんなことを言うなと思う(わかってるくせに。ナッジナッジ)。そして一番的確なのはHIGNFYのアカウントの発言内容だろう。
そしてこれが爆笑。ようやくお茶ふけた、的な。
Never sure which one is Tristam Hunt and which one is Zac Goldmith.
— Gavin Jackson (@GavinHJackson) January 13, 2017
Zac Goldsmith is the one who keeps losing elections. Tristram Hunt is the one who keeps ducking them. https://t.co/kGTPzIBoNE
— Jonn Elledge (@JonnElledge) January 13, 2017
まあ、お茶ふいてる場合ではなく、ザック・ゴールドスミスが議席を失ったことを書かないとね。いつから積み残してるんだよ、というトピックだが。
2016年5月、トリストラム・ハントが母校ケンブリッジ大で行なったレクチャーが、同大学の政治学系YouTubeアカウントでアップされている。トピックも興味深いし、あとで聞いてみようと思う。
※ジェレミー・コービンは「ポピュリスト」ではなく「筋金入り」です。だからこそ、彼がポピュリズムの流れに乗っかっている(乗っかれている)というのは、(以下、言語化しません)
※この記事は
2017年01月14日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
- 英国での新型コロナワクチン認可と接種開始、そして誤情報・偽情報について。おまけに..
- 英ボリス・ジョンソン首相、集中治療室へ #新型コロナウイルス
- "Come together as a nation by staying ap..
- 欧州議会の議場で歌われたのは「別れの歌」ではない。「友情の歌」である―−Auld..
- 【訃報】テリー・ジョーンズ
- 英国の「二大政党制」の終わりは、「第三極の台頭」ではなく「一党優位政党制」を意味..
- ロンドン・ブリッジでまたテロ攻撃――テロリストとして有罪になっている人物が、なぜ..
- 「ハロルド・ウィルソンは欧州について中立だった」という言説
- 欧州大陸から来たコンテナと、39人の中国人とされた人々と、アイルランドのトラック..
- 英国で学位を取得した人の残留許可期間が2年になる(テリーザ・メイ内相の「改革」で..