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※ゲッティのキャプションが間違っている。 Ada Hegerbergはスウェーデンではなくノルウェーの人だ。
だが彼女は、フットボーラーとしてのこの最高の日の最高の舞台で、公然とセクハラを受けた。「黄金のサッカーボール」をかたどったトロフィーを彼女に贈呈したフランスの著名人(DJでシンガーソングライターだそうだが)が、壇上で彼女に「トゥワーキングのやり方はご存知ですか」と、へらへら笑いながら言い放った(「トゥワーク」「トゥワーキング」というのは、わかりやすく言えば「尻振りダンス」。女が男に向かって尻を突き出し、くねらせるという動作を行なう)。
瞬間、アーダ・ヘーゲルベルグは凍りついたような笑みを浮かべ、一言「ノン」と答えてその場を離れた。
右から左へ受け流した。
彼女は授賞式の前、「サッカーという男社会と女性プレイヤー」についてインタビューで語っていた。下記ガーディアンの映像は全部で1分程度だが、後半はそのインタビューの映像だ(彼女は英語で語っている)。
The DJ presenter asked the first ever women's #BallonDor winner, Ada Hegerberg, to twerk. Her reaction said it all https://t.co/wzTniR9Sig pic.twitter.com/dV6nrO4sS4
— The Guardian (@guardian) December 4, 2018
Ada Hegerberg had just become the first woman to win the prestigious Ballon d’Or soccer prize. Then she was asked if she knew how to twerk. https://t.co/uWkpqYqhuZ
— The New York Times (@nytimes) December 4, 2018
DJ氏はアーダ・ヘーゲルベルグの前にトロフィーを受け取ったキリアン・ムバッペに対しても「Drakeで踊ろう」的なことをやって、そして盛大にスベっている。下記映像の後半参照。しかしムバッペに踊らせたのを「スベった」と思っていなかったようで、ヘーゲルベルグにもその「踊り」のネタをふったようだ。で、その「踊り」が「トゥワーキング」である必然性は? 単にお前の頭の中にある「女の踊り」がそれだ、というだけだろ、っていう。これは笑いとして最低の類の笑いだ。
ムバッペの映像もヘーゲルベルグの映像も、この式典の音楽担当であるDJ氏が「どうよ、俺の冴え渡るセンス」的に場を盛り上げようとしたが、ことごとく滑った……ように見える。失敗した歌番組の司会みたいな感じだが、歌番組じゃなくてバロンドールなわけよ、これ。一時はFIFAとくっついてた国際的な賞なのに、なんでこんな内輪ノリなことになったのか。取材班は現地に飛……ばない。でもDJ氏はヘーゲルベルグと一緒に月に飛ぼうとしたみたい。
After Ms. Hegerber dismissed the twerking comment, Frank Sinatra’s “Fly Me to the Moon” began to play, and she and Mr. Solveig slow-danced briefly.
https://www.nytimes.com/2018/12/03/sports/soccer/ada-hegerberg-ballon-dor.html?smid=tw-nytimes&smtyp=cur
シナトラの『私を月に連れてって』を踊る前に壇上でアーダ・ヘーゲルベルグに「トゥワーキングできます?」と訊いた失礼極まりないDJ氏は、「ジョークを意図していた」「ジョークだということはアーダにも伝わっていた」と言い訳した上で、「気分を害された方には申し訳ない」的な謝罪をしている。
なるほど、「ジョーク」。このDJ氏は、男の受賞者に賞を贈呈するときにも、その類の性的な「ジョーク」をぶちかます下品な人物なのだろう。(・_・)
ムバッペにそういう無茶ぶりをしなかったのは、ムバッペがまだ21歳にもなってないからだろうね。 (・_・)
授賞式の締めくくりの集合写真(上でエンベッドしたもの)を見る限り、アーダ・ヘーゲルベルグ自身は、自分のやってきたこと、積み重ねてきた努力が評価され、「バロンドール」という最高の栄誉を手にしたという喜びを、知性に欠けたプレゼンターの愚かな「ジョーク(自称)」によって台無しにさせてはいないようだし、実際に「気にしていない」と発言しているが(NYT)、こういう振る舞いがあれば、当人よりむしろ観客がブーイングを浴びせるのは自然なことで(日本で澤さんたちになぜか「化粧筆」が贈られたときのことを思い起こそう)、Twitterでのこの件についての発言は、ブーイングの言葉に満ちていた。多くの人が、DJ氏の言動にまゆをひそめていた。それはヘーゲルベルグのために怒っているという反応というより、社会的にacceptableでないものを見たときの反応だった。
私はこの事態を知ったとき、それらのブーイングの言葉をいくつか(いくつも)retweetしたが、それは「これはひどい」ということを繰り返し言いたかったからではなく、どういう言葉が使われているか(どういう人がどういう言葉でブーイングしているか)に関心があったからである。(私のretweetの半分くらいは、そういう「言語的な関心」によるものだ。発言の内容そのものではなく、そういう内容を表現したい場合にどういう単語やフレーズが使われているかに関心があってのことだ。)
アメリカのスポーツ・ジャーナリスト、グラント・ウォールさんはDJ氏の言動について "absolute trash" と述べ、日々女性スポーツ選手たちがこのような "crap" に対処しているのだと強調している。
Absolute trash: French DJ Martin Solveig asks Ada Hegerberg to twerk after receiving the first women's Ballon d'Or award. (Love her response, though.) This is the crap female athletes deal with on a daily basis around the world.pic.twitter.com/y2TLe3v4u9
— Grant Wahl (@GrantWahl) December 3, 2018
北アイルランド、南ベルファストの政党PBP (People Before Profit) のアカウントは、DJ氏のことを "an absolute idiot", "disgraceful" と切り捨てている。
pic.twitter.com/HdQ931kzfJ
— South Belfast PBP (@sbelfastpbp) December 3, 2018
Ada Hegerberg wins the first ever female balon d’or, the most prestegious personal accolade in football, and is asked by the presenter to twerk on stage. The biggest moment of her career ruined by an absolute idiot. Disgraceful!
サッカーブログ運営者のショーン・ウォーカーさんは、DJ氏が偉大なプレイヤーであるヘーゲルベルグに意味もなく恥ずかしい思いをさせようとしていたのかということを容赦なく述べ "disgusting" と吐き捨てている。
Lyon striker Ada Hegerberg, first female Ballon D'Or winner after scoring over 250 career goals at the age 23, asked to twerk on stage in front of footballing giants and the public watching. Disgusting and really ruined her moment she deserved. Poor. pic.twitter.com/FSz0ozz2T4
— Sean (@SeanWalkerSport) December 3, 2018
女性フットボーラー(元)のフランシス・シルヴァさんは、何が起きたかを時系列で整理したうえで、DJ氏に対し「Fワード」を投げている。
Imagine winning the first EVER women's Ballon d'Or.
— Frances Silva (@fasilva11) December 3, 2018
Then giving an unbelievable speech about how big this is for women's football.
Then asking little girls to believe in themselves.
THEN being asked to twerk. Fuck off dude. pic.twitter.com/MkbL5KZalD
ガーディアンなどで書いているヴァン・バダムさんは、「おもしろくもないくせに単にそういうことになってるからというだけで大舞台に立てるような人物が、ありとあらゆるステージで、ありとあらゆる場で、ありとあらゆる機会をとらえて、女性をくだらない存在に貶めるのだ」と舌鋒鋭い。
Just be aware that those whose mediocrity is rewarded with advantage by traditions of patriarchy will diminish women on every stage, in every corner, at every opportunity.
— Van Badham (@vanbadham) December 4, 2018
Ada Hegerberg towers over this man, like a skyscraper over a bug. https://t.co/xqZ62ayC3Y
詳細なプロフィールが記載されていないのでどういう方なのかはわからないが、Twittererのグレイアム・セイヤーズさんは非常に強い言葉を使って、DJ氏を非難している。
What a Dick. Absolute trash: French DJ Martin Solveig asks Ada Hegerberg to twerk after receiving the first women's Ballon d'Or award. (Love her response, though.) This is the crap female athletes deal with on a daily basis around the world.pic.twitter.com/yPCkthiGlc
— Graeme sayers (@gmansayers) December 4, 2018
ほか、Twitterでは見ていないが、NYTの記事より:
“This is an absolute joke,” Lindsey Horan, a United States women’s team midfielder who was one of the finalists for the women’s Ballon d’Or, tweeted in response to Mr. Solveig’s comment. She offered her support for Ms. Hegerberg: “Congrats and you do not deserve this.”
Andy Murray, the tennis star, also condemned the comment in a post on Instagram. “To everyone who thinks people are overreacting and it was just a joke.. It wasn’t,” he wrote. “I’ve been involved in sport my whole life and the level of sexism is unreal.”
https://www.nytimes.com/2018/12/03/sports/soccer/ada-hegerberg-ballon-dor.html?smid=tw-nytimes&smtyp=cur
DJ氏の「謝罪」を受けて、フランシス・シルヴァさん:
Her name is Ada Hegerberg https://t.co/ii0sPtqkf1
— Frances Silva (@fasilva11) December 3, 2018
Here's @martinsolveig's "apology"pic.twitter.com/FuDNsnG8F2
— Frances Silva (@fasilva11) December 3, 2018
私のツイート。私がアーダの立場だったら、 "Excuse me? Are you insane?" くらいは言っちゃってたと思うが、"Non" の一言で済ませた彼女は大人だと思う。
ほんとこれ最低。あるいはこのプレゼンターは、男のバロンドール獲得者にもジェンダー的・性的な話をふるのだろうか。 https://t.co/LfBRtjCYUi
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
BBC Sport - Ballon d'Or: DJ Martin Solveig sorry for Ada Hegerberg 'twerk' question https://t.co/KbTro8Vwrf 'The Frenchman, 42, said Lyon and Norway forward Hegerberg - who answered "no" - had told him after the ceremony she "understood it was a joke".' 42歳にもなって……
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
↑このBBCのTwitter cardの写真はシナトラのFly Me To The Moonを踊っているときのものだが、DJ氏はアーダの手を取っている。でもアーダの方の体の構え方が微妙で笑える。あのドレスを着てるときに知らない男の人とペアダンスってのはちょっと……だよね……授賞式の演出考えたの、誰なんだろう。
性別問わず、いろんな人がこのプレゼンターについて「ひどい」と述べているのをR/Tした。中にはかなり強い調子の言葉もあるが、ステージ上で当のAda Hegerbergは凍りついたような笑みを浮かべて一言「Non」と答えただけでその場を立ち去った。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
おそらく彼女のこの非常にcivilisedな態度について「十分に意思表示していない」とか言うトンチキも山ほどいるだろう。だから何度でも "No means no" を繰り返す必要があるし、「女のNoは本当はYes」というテーマのBaby, It's Cold Outsideという古い歌が表舞台で選択されなくなることは必要なこと。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
"It's Cold Outside" という冬の歌(クリスマスの時期によく歌われる)のことは、数日前にニュースになっていたので知った。
Baby It's Cold Outside pulled by radio station https://t.co/8YDerjk0Fp 曲名だけでは曲がわからなかったのでYouTubeを検索してみたら、つい最近のマイケル・ブーブレとイディナ・メンゼルの歌唱の音楽ビデオが出てきた。10歳くらいの子供が古臭い「男と女の駆け引き」を演じてて見るに耐えなかった
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
「帰る」っつってんのに「外は寒いよ」などと執拗に引き止められたら、それが男の家などではなく中立の場(例えば居酒屋など)での出来事であっても、「何をされるかわからない」という恐怖しか考えられないし、そのためにはとりあえず乱暴な目に合わされないため凍りついた笑みを浮かべるしかない。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
それを「Noと口では言いながら、本心はYesなのだ」と解釈するのが「大人」っていうクソみたいな価値観。オリジナルの映像を見るとはっきりわかるが、Baby, It's Cold Outsideはそういうクソをフリーズドライしたみたいな歌だ。「20世紀の黒歴史」として距離を取るのが当然だろう。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
Baby, It's Cold Outsideという曲名はエッセイのタイトルでパロディにされてたりするのを見たことがあるし、「言葉には文字通りの意味のほかに言外の意味がある」という例としても言及されているが、実際の曲は執拗さという点でかなりひどい。「あれが当時の価値観」ということは確かだろうが。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) December 4, 2018
バロンドール授賞式でのDJ氏の「ジョーク」のようなものは、これからもすぐにはなくなりはしないだろう。だから女性たちがああいうのを受け流す、スルーすることは、これからも要求されるだろう(そしてその場では流せても、自宅に帰ったあとで、あるいはふと1人になったときに、途方もなくやり場のない悔しさに飲み込まれることがあっても、耐えなければならないのだ。誰かに言っても「実害がないんだから、そのくらいガマンしろよ」的にあしらわれるのが関の山だし)。
けれども今回、アーダ・ヘーゲルベルグに対するあの失礼な言動に対し、「これはひどい」という声がたくさん、目に見える形で生じていたことは、明日の、来週の、来月の、来年の私たちを、少し楽にしてくれるのではないかと思う。
だがその希望すら、バックラッシュに覆い隠されるのがこのクソみたいな世の中だ(←地獄注意)。
アーダ・ヘーゲルベルグのスピーチ。
While you're all here, watch her amazing acceptance speech ⬇️ pic.twitter.com/umthT3PtBy
— Frances Silva (@fasilva11) December 3, 2018
(なお、日本のスポーツ新聞だったら、あるいは英国のデイリー・メイルだったら、授賞式でのヘーゲルベルグの衣装は「胸元ざっくり」とか書き立てられていただろうが、私の観測範囲の英語圏ではそのような文言は見ていない。)
追記: あれが「ジョーク」として成立するとしたら、「下ネタも通じる親しい間柄」でのことだろう(それでも公の晴れがましい場でそういう下品な「ジョーク」は問題視されるはず。いつぞや、アカデミー賞か何かで親しい間柄で「浮浪者か」的なジョークが出て問題視されたことがあったが)。そうでないのにDJ氏はそれをぶちかました。実際、あの発言はバロンドール受賞者を凍りつかせただけでなく、会場を凍らせただけで、「ジョーク」とは受け取られなかったようだ。
ただこの「バロンドール」の授賞式、隅から隅まで内輪ノリのように見える。受賞スピーチのときにヘーゲルベルグが挙げた人名(オランピック・リヨンの関係者)に対してブーイングが起きて、司会者が制止している。何だかね。
※この記事は
2018年12月05日
にアップロードしました。
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