「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2018年11月07日

戦没軍人追悼の赤いポピーの季節に絡み合う、Brexitとアイルランドと「英国の二枚舌」

「本決まりになる前」という予想していなかったタイミングで動きがあったので、何か(何が)あったのだろうとウォッチしていたら、伝統芸「二枚舌」が出てきた――本エントリをまとめるとこんな感じか。そこに戦没軍人追悼の赤いポピーなども絡んでくる。まるで一篇の物語のようだ。

英国のEU離脱 (Brexit) をどのようにやるかについての交渉で「最後の5%」が決まらないということは日本語でも報じられているが(リンク先参照。「5%」について「定量的になんちゃらかんちゃら」と言いたい人は、私にではなくリンク先の記事元であるNHKにどうぞ)、動きがあったのはその「5%」の部分だ。つまりthe Irish borderがかかわる部分。

「アイルランドのボーダー」については先日、ざっくりと書いてある(が、「ざっくり」なので、厳密な正確性についてはあまり期待しないでいただきたい。正確なことは各自本を読むなりしてご確認のほど)。それがBrexitの交渉のボトルネックとなっているということは、「関税同盟と英国」で説明したがる日本語圏ではあまり知られていないかもしれないが、英語圏(というかUK語圏)では常識だ。この数ヶ月ずっと、どのメディアを見てもthe Irish borderが焦点となっている。(私はBrexitが決まったすぐ後に「アイルランドどうなるの」と気になりだしたクチだから私の感覚では当てにならないと思われるかもしれないが、その場合、実際に英メディアの記事を見ていただければ、それが事実だという確認が取れるはずだ。)

「アイルランドのボーダー」に関する話し合いは、Brexitに関するほかの分野・項目の話し合いとは異なり、英国とEUだけで行なわれるわけではない。そもそもアイルランド島に「ボーダー」が存在している原因である北アイルランドの代表者(といっても、今は民主的な手続きで成立しているはずの北アイルランド自治議会が機能を停止しているので、法的には非常に曖昧な立場の「代表者」だ)も、アイルランドの代表者も加わる。そのシステムのベースにあるのが1998年のベルファスト合意(グッドフライデー合意、以下その略称を使って「GFA」と表記する)である。

GFAは「北アイルランド紛争を終わらせた」と武力・軍事面で語られることがほとんどだが、実はそれと同様に重要なのは、北アイルランドの問題を北アイルランドだけの問題とすることをやめた(がっさり言うと成立時には北アイルランドは「自治領」で、独自のパーラメントを持っていた。それについても以前書いているが、北アイルランドというのはそういう存在なのだ。じゃあ独立すればと思わずにはいられないのだが、北部6州を他の26州から切り離した人々は「独立国家」になることには興味はなく「英国の一部」であることを求めた――でもロンドンの支配は受けないという)だけでなく、英国政府とアイルランド政府が協議するという手続きを確立したという点だ。つまり、北アイルランドは当面(つまり、帰属について住民の意思を問うレファレンダムが行なわれるまで)「英領」ではあるが、英国の一存で動かせることばかりではない、ということになった。

だからBrexitという「英国とEUの問題」に、必然的に「北アイルランドの問題」もついてきて、それに関してアイルランドが当事者として関わっているのである。

さらに言えば、アイルランドは憲法を普通に明文化していて、だから1998年のGFAのときに「島全体でひとつの国」とする条項、すなわち北アイルランドの領有権を主張する条項を消すということができたのだが、一方で、英国は明文化された憲法を持たない。北アイルランドの帰属の問題は英語ではconstitutional problemと言うが、そのconstitutionが、英国の場合、どこにあるどういうものなのかがよくわからないと言ってもよいような存在で、つまり交渉のときに「だってほら、ここにこう書いてあるじゃないですか」と詰め寄る、的なことができない。

そういう中で、「残り5%」は、いつまでたっても「残り5%」のまま固まっていて動かないのだが、とにもかくにも何とかしなければならないので、北アイルランドの国技である「エクストリーム交渉」が、北アイルランド、アイルランド、英国、EUを巻き込んで続いている、というのが現在の状況である。

しかしそれがようやく動くか、という報道があったのが、アイルランドのお祭り、ハロウィーンが過ぎたあとのことだった。


ハロウィーンの当日は、こんなふうだった。






そして、アイルランドとアメリカがハロウィーンで盛り上がるころ、英国では戦没軍人たちを追悼する赤いポピーの季節を迎える(英国では伝統的にハロウィーンはやらない)。続いて11月5日はガイ・フォークスのクーデター計画が摘発されて未遂に終わり、英国の安寧が保たれたことを記念するお祭りで、伝統的には「反カトリック」感情が高まる時期である(ガイ・フォークスら謀反人はカトリックだった)。

そして、毎年この時期になると、「彼」が赤いポピーをつけないことがニュースになる。毎年見てなくたっていいのに、なぜかみんな見てやんややんやとはやし立てたがる。



今年は、プレミアリーグで赤いポピーを着けることを拒否したのは、ジェイムズ・マクリーン(デリー出身)だけではない。(ピクシーのアンダーシャツを思い出すね……)



あ、あと、1910年代終わりのアイルランドで、ナショナリストを弾圧していた英国人の武装集団、「ブラック&タンズ」は、第一次世界大戦から帰ってきたはいいが職がなく、社会の中に居場所のなくなってしまった元兵士たちの受け皿だった。「戦争帰り」がアイルランドで植民地主義の手先となって、暴力の加害者になっていたわけだ。だから、基本的に、アイルランド人にとって第一次世界大戦での英軍兵士たちは「われらの自由のために戦ってくれた英雄たち」であるとは言えない。

というわけでマクリーンの「ポピー着用拒否」は毎年のことなのだが、今年は少しこじれた。試合のときにスタジアムの一角から「ポピーをつけないのはけしからん」とする集団の激しい反発にあったことで、マクリーンはInstagramで(ポピーを身につけないことに理解を示してくれる大多数のファンに感謝しつつ)その集団を「教育を受けていない原始人」呼ばわりし、それが問題となってFAが動くということになった。一方で、彼は「フィニアン」呼ばわりされているわけで(そして「そうだよ、俺はフィニアンだよ、悪かったな」的な応じ方をしているのだが)、これは不毛というか、そういう言い合いだ。






マクリーンは、その「騒動」と同時に、北アイルランドとBrexitに関する書簡をアイルランド首相に送るという文化人などの運動にも参加している。


マクリーンやジム・シェリダンといったアイリッシュ・ナショナリストたちがそのような動きをとる前、Brexitをめぐるエクストリーム交渉では、次のようなことが報じられていた。(なお、Brexitに関しては私は主にロイターを見ている。それが一番バランスが取れていると判断するようになったので。)


The biggest obstacle to a Brexit deal has been Britain’s wish to keep the border of its province of Northern Ireland with Ireland open, preserving frictionless trade and a 1998 peace deal that ended sectarian violence while leaving the EU’s single market and customs union to forge its own trade deals.

With just over five months until Britain is scheduled to leave the EU talks have stalled over the issue.

EU diplomats familiar with the latest briefing by negotiators this week said that the EU proposals did not appear to have changed significantly from that October offer.

Northern Ireland would remain in a deep customs union with the bloc, applying the union’s full “customs code” and following single market regulations for goods and agri-food products, the FT reported.

Meanwhile, the UK would be in a more “bare-bones” customs arrangement with the EU, in which it would apply a common external tariff on imports from outside the union and rules of origin, the FT reported, saying the plan had been presented to EU ambassadors on Wednesday and floated with UK officials.

The paper said May’s negotiating team would give an indication next week on whether Britain was open to the compromise which would be a crucial decision on whether the EU will hold a special summit to discuss a potential deal this month.

Such a compromise plan is likely to face opposition from Brexit supporters in May’s government and party who do not want Britain to be tied into an open-ended customs union with the bloc until a UK-EU trade deal was agreed.

The FT said the plan contained many proposals which London had rejected last month.

https://uk.reuters.com/article/uk-britain-eu-ireland/eu-floats-new-irish-border-compromise-in-tentative-brexit-plan-ft-idUKKCN1N65VM


この次に出たのがこれ。私が完全には信用していない様が笑える。



そしてこのあと、イケイケ調になった。BGMはDavid Guettaだ。







このあたりはまだ慎重なのだが、だんだん盛り上がってくる。ちなみにNHKの記事についてるロンドンの写真には「北アイルランド」が入り込んでいる――ロンドンの現行の2階建てバスの設計・製造は北アイルランドで行なわれているのだ。






この時点では「ついにDUPがYesと言った!」でパーティ・アンセムがかかってフロアは大盛り上がり、の状態だったのだが、翌日、いきなりパーティーは終わった。




ここで何があったのかな……と思っていたのだが、その謎は週明けに明らかになった(3日は土曜日)。後述。

アイルランド首相が上記のように「GFA」を持ち出してきたとき、英国首相は希望的なムードを冷まそうとしていた。






そしてアイルランド側からも「お祭りムード」とは程遠い反応が出てきた。





そして、ここで何が起きていたのかが明らかになったのは、月曜日(5日)だった。「英国の二枚舌」が発動されていたのだ。

詳細は記事全体を見ていただきたいのだが、このロイター記事にあるテレグラフ報道が事実であるとすれば、そりゃアイルランド側が防御的になるのも当然のことだ。

そして、このロイター記事にあるテレグラフ報道内容は事実であるということが、他紙の報道によって確定した。










ここで、1985年の合意について簡単にウィキペディアで読み直していたら、今目の前で報じられているいくつかのニュースがすっとつながった。自分の主張は強くしているが、アイルランド側に交渉をぶち壊す意図はない、ということがどこかで示されているはず(それがアイルランドと英国の二国間の駆け引きの常)……と思っていたのだが、おそらく「アングロ・アイリッシュ合意以降のメカニズム」について念を押すと同時に、「同合意のころから続いている二国間の友好関係」の確認ということが行なわれている。


「the Extradition Act of 1987の確認」とは、これのことだ。ジョン・ダウニーはアイルランド共和国在住で、共和国で共和国警察が逮捕し、北アイルランドへ身柄が移送される。つまり、the Extradition Act of 1987が改めて確認されているのだ。







「コモンロー、恐るべし」案件というより、「二国間関係、恐るべし」案件だろう。




というわけで、ここまで何とかブログにした。まだまだ続くよ。「エクストリーム交渉」は終わらないから。


現時点でまだちょっとあるんだけど(下記)、今は時間も気力もないのでここまで。



ガーディアンのアイルランド担当を下りて小説家になるはずのヘンリー・マクドナルド(ロイヤリストと太いパイプのあるベテラン・ジャーナリスト)が、今のアイルランド担当のロリー・キャロルと連名で書いてる記事。すごいネタだねぇ……。



ちなみに、アイルランドはGFAで憲法の条文からは「アイルランド全島でひとつの国」というのを削ったが、政府が使う地図では「全島でひとつ」の扱いは変わっていない。




図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)
図説 アイルランドの歴史 (ふくろうの本)

アイルランドに対し、英国が何をしたかということは、木畑先生の下記の新書でも短く、わかりやすく書かれてます。急いでる人はこちらがおすすめ。
二〇世紀の歴史 (岩波新書)
二〇世紀の歴史 (岩波新書)

※この記事は

2018年11月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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