昨年、10周年のときに書いたことについて「ああ、言われてみればそういうこともありましたねー」という反応があったし、USA Todayはつい最近のツイートで「あれ」を「近年ヨーロッパで起きたテロ攻撃」に入れていないし(でもスコットランドのロッカビー上空での飛行機爆破は入れている)、きっとロンドン以外では誰も「騒いで」いないのだろう。きっと、多くの人が、米国でのマス・シューティングをいちいち覚えていないのと同じことだろう。昨年、10周年で作成したNAVERまとめのページのview数は、今(2016年7月7日、23時近く)の時点でこんなものである。(何をどこでどう書いたらどう共有されるのか、私にはさっぱりわからないが、これは「誰も関心を持っていない状態」と言ってよいだろう。)
この11年の間に、日本では「海外なんかに行くからテロなんかにあうんだ」という「なんか」的言説が完全にメインストリームになった。うちの祖母が、素朴な感情としてお正月のテレビで雪山で遭難した人がいるというニュースを見ながら言っていた(そして即座に、その場にいた親戚一同に「ほかに休みが取れない」と反駁されていた)「めでたいお正月に雪山なんかに行かんでもいいのにね」に含まれていた「なんか」。
でも、それは、ロンドンの2005年7月7日のそれは、人々が「海外なんかに行くから」被害にあったのではない。それは、そこに暮らして学校に通い、出勤し、面接を受けに行っていた人たちを襲った。1995年3月20日の東京と同様に。
(1995年3月20日についても、きっと、素朴な感情から「東京なんかに行くから」、「東京は怖いねぇ」と言っていた人たちはいただろう。うちはずっと東京暮らしだから、うちの親戚などにはそういうことを言う人はいなかったが、いわば「サイレント・マジョリティー」的な声だったそういう「素朴なつぶやき」が、ネットを介して、その人の直接の人間関係を超えて共有されるようになり、「メインストリーム」に出てきているのが、最近よく見る「海外なんかに行くからテロにあう」という言説なような気がする)
たまたまというべきか、わざわざ7月6日に設定したとかんぐるべきかはわからないが、昨日、2016年7月6日に、イラク戦争に関するトニー・ブレア政権の意思決定の問題点を精査・調査するチルコット委員会(サー・ジョン・チルコットが委員長)の報告書が公表された。それについて、私はまだ書くこともできていない。書くどころか、ろくに読めてもいない。
そして報告書の公表に伴う報道がさかんに行われるなか(といっても、報告書そのものは膨大な文字量で、どんな人でも1日で読むことは不可能であり、これまで書かれた解説などは公表時のチルコット委員長のスピーチと、報告書の要点を抜粋したものに基づいているのだが)、チルコット報告書でめっためたに批判されたトニー・ブレア本人がまた出てきて、要するにこれまで通り「私は悪くない」と言い張っているのが、ブレアのことが大好きなメディアに踊っている。ニュー・レイバー系の有力ブログが「イラク戦争後に起きた悪いことのすべての責任がブレアにあるように言うのは間違っている」と、「まともな人は誰もそんなこと、言ってませんけど?」と指摘してスルーするのが順当と思える見出しを打って記事をフィードしている。
というわけで、今日7日は、ブレアの言い訳や、ブレア支持者のダメージ・コントロールの言説がネットにどっと出ているのだが、今日読むべきものはそんなものではない。
11年前の朝、普通に日常生活をしていて、あの「テロ」に巻き込まれ、人生が変わってしまった人たちの中に、11年という歳月を経て、語り始めた人たちがいる。
Thinking of all those who's lives were changed along with mine 11 years ago #LondonBombings #NeverForgotten https://t.co/mUPvZanqd1
— Mustafa Kurtuldu (@Mustafa_x) July 7, 2016
これを書いたムスタファ・カートゥルドゥさんは、プロフィールを表示させると、Googleのデザイン・アドヴォケートをしているばりばりのIT系エリートだ。「絵の具を混ぜるようにコードを書く」なんて、カッコイイ。

その彼は11年前の今日、乗っていた地下鉄がボムられ、生き残った大勢のロンドナーの1人である。ロンドナーにして、イスラム教徒(ムスリム)。
I was there on 7/7, and I am a Muslim. Let me tell you about blame | Mustafa Kurdulu https://t.co/hWVK93WjWu 11年前の今日、ロンドンでボムられた地下鉄に乗っていた人の文
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2016
ムスタファさんは、事件後、「イスラム教徒として」語ることを余儀なくされた。それは彼自身がそうしようと思ってやったことなので「強制された」わけではないが、彼の手記を読めば「余儀なくされた」というよりない心的状況がわかると思う。
そして、自分がかかわっているわけでもない誰か他者の行為に、「同じ共同体」(と外部の誰かによってくくられるもの)に属している自分の「責任」から語る、という彼の善意の行動は、「テロの被害者」たる彼をますます苦しめていたに違いない。
"I am tired of having to explain that I am not guilty by association, though I do feel guilt. Not for being Muslim, but for surviving."
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2016
今日、「テロリズム」について何か1本読むとしたら、まずはこの文だ。
ハイド・パークにあるメモリアルで行われた11周年の式典で花輪を捧げたロンドン市長も、また、ロンドナーにしてムスリムである。
.@SadiqKhan lays a wreath at the memorial in Hyde Park to mark the 11th anniversary of the 7/7 #LondonBombings pic.twitter.com/cxUk2oMDNT
— Press Association (@PA) July 7, 2016
Remembering those who lost their lives on 7/7, the heroic efforts of our emergency services and unity of Londoners pic.twitter.com/N4SRSBLP3Q
— Mayor of London (@MayorofLondon) July 7, 2016
※このあと、7月7日について、もう1本書く。チルコットはその後。
See also:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。
http://nofrills.seesaa.net/article/410784258.html
「ロンドンは、自爆者たちが成功することを、阻んだ」
http://nofrills.seesaa.net/article/421970968.html
※この記事は
2016年07月07日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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