先ほど、BBC Newsのトップページをチェックしたら、トップニュースが「シリアの戦闘地域で結合双生児が生まれた」というものだった。
少しあとになってしまったので、二番手、三番手のニュースが変わってきているが、下記のキャプチャのようになっていた。
Home - BBC News via kwout
このヘッドラインと写真を見たとき、私はBBCお得意の「BBC独占」で救急車に密着取材したのかな、と思った。しかし、常識的に考えてそれはありえないので(アサド政権がそういう取材を許すとは思えない)、病院を取材した記事なのだろうと思い、それはぜひ読みたい記事だと期待感を高まらせてクリックした。
だが、その先にあった記事は、「こんなのがなぜトップニュースなのか」と驚くべき内容、驚くべきクオリティだった。
いわゆる "slow news day" なのかもしれない。ほかにトップニュースになるようなトピックがないのかもしれない。が、それにしたってこれがトップというのは理解できない、という中身だ。
だって、自分たちで取材していないのだから。「独自入手」した映像などもないのだから。ネットに書かれていることをまとめただけの記事なのだから。そこらへんのネット媒体のようなこと、あるいは個人でもある程度の能力があればできるようなことを、あのBBC Newsがやっているのだから。
上掲のキャプチャからも飛べるが、記事はこれ。
Conjoined twins born in Syria war zone
By Kerry Alexandra
BBC News
http://www.bbc.com/news/world-middle-east-37058411
(→一応、改版の可能性を考え、私が見ている版のアーカイヴ: http://archive.is/3JtTA )
記事の書き出しは普通だ。「シリアでも最も戦闘が激しい地域のひとつであるドゥーマ(ドウマ)で、7月、ある母親がナウラスとモアズという結合双生児を出産した。彼らは現在既に、ダマスカスの小児病院に救急車で安全に搬送されている」
この書き出しに続くのは、多分、「病院のドクターの話によると……」という取材内容の記述だ。赤ちゃんの健康状態はどうか、手術はいつ行なわれるか、医療上、どういった問題があるのか、など。
そのように予期して記事を読み進める……のだが。
記事はその後、第三パラグラフ(第三文)で、「シリアの医師たちは、この結合双生児は手術を受けられなければ生命に危険が生じるとしてWHOに支援を要請していた」と述べる。
普通に英文リーディングのつもりで読んでると「いきなり何の話だ」と思うかもしれないが、パラグラフ・ライティングというものを無視し、一文ごとに改行・改段落して「断片を並べる」だけのBBC Newsの記事のスタイルでは、このように「いきなり話が変わる」とか「唐突に新要素が出てくる」ことも珍しくない。
読者としては、「ではこの次のパラグラフ(文)では、WHOに支援を要請した医師の発言が引用符にくくられて出てくるのだろう」と想定して、記事の文面の先(いつくしむように双子を抱いた赤新月社の制服の救急隊員の写真がはさまれた先)へと読み進む。
だが、そこにあるのは「医師の言葉」ではない。
というか、この記事全体、最後まで目を通しても、どこにも「BBC記者が直接話をした医師の言葉」は出てこない。
そういう場合、BBCは "The BBC can not independently verify the story" といった注意書きを入れているはずで、それはこのような「心温まる人助けの美談」系の話だけでなく、「病院が爆撃されて入院患者や医師・看護士が死亡」といったシリアスなニュースでも同じだ。
が、この記事にはその注意書きすらもない。
というか、この記事、何が言いたいんだ?
記事には最後まで「医師の発言」は出てこない。ドゥーマの人の発言もない。
その代わり、安っぽい「バイラル・メディア」のように、「結合双生児について知っておくべき5つのポイント」みたいなのが添えられている。
そして、最後まで記事を見たら、
Produced by The BBC's UGC and Social News team
なんてことが末尾にクレジットされている。
そういう記事があってもいいよ。でも、なんでそれが「トップニュース」?
というか、「ネット上の話題」を集めて記事にするチーム (UGC and Social News team) が書く記事としては、これは標準的なものだ。この記事がそういうコーナー(BBCではBBC Trendingという特設コーナーがある)のトップにあるのなら、何も違和感はない。
しかし、これがBBC News全体のトップニュースにおかれているということはどういうことか。BBC Newsのウェブの編集が、これを(BBC Newsとしてクオリティ的に大いに疑問のある体裁の記事を)「特筆すべき何か」であると扱っていることを示すのではないか。
ぶっちゃけ、「アサド政権側だって、悪いことばかりじゃ、ないんですよ」と主張しているのではないか、というように見える。というか、よく訓練されたニュース読みなら、そのように読むだろう。
2011年、2012年の時点であの報道を展開していたBBC、2014年にジェイムズ・フォーリーの斬首というものすごくひどい形で「ジャーナリストは来るな」という警告が発せられる前まではがんがん現地入りして、アサド政権が自国民の上に落としている爆弾について、爆弾を落とされる側から伝えていたBBCが、こういうものをトップニュースにしている。
何が起きているんだろう。
このような「BBC Newsのトーンの変調」は、2014年のガザ攻撃に際しての「変調」を思い出させるが(2009年、2012年の報道との連続性が、記者の異動という形で、断ち切られた)、何というか、最近の「国際ニュース」を見ていると、それ以上の何かではないかという気がする。
すなわち、liberal internationalism (←専門用語。要リンク先参照)の終焉が、宣伝(プロパガンダ)されているのではないかと。
ひとつのものが終焉するとき、御伽噺や小説ならぬ現実世界では、ただそれが終焉するわけではない。必ず、「その後」があるし、多くの場合、「その後」は準備されている。
今、何が準備されているのか、っていう。
以上のことについての連ツイ:
Conjoined twins born in Syria war zone https://t.co/cPePcwbPzv 相変わらずひどい状態のシリアのドゥーマで7月に生まれた結合双生児がダマスカスの病院に無事搬送……というニュースとしてBBCのトップに来ているが、中身は(続
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) August 13, 2016
…「シリアの赤新月社はこんなにがんばってます」と、まるで宣伝記事のような体裁で述べている。記事末尾に "Produced by The BBC's UGC and Social News team" とあり、現地取材によるものではないことも明示されている。これがトップニュース……
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) August 13, 2016
しかも記事の中にわざわざ「シリア赤新月社のFacebookへのポストには、人々によって祈りの言葉が続々」とかいうことが書かれている。それ、ニュースか? 「ソーシャルメディアから」というコーナーならまだわかるが、こんな「記事」がBBC Newsのトップニュースになるのか?
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) August 13, 2016
BBC Newsのトップページを見て「戦火の中、生まれた結合双生児の命を救おうと奔走する人々」という記事で、病院の人に話を聞くなどしているのだろうと思ってヘッドラインをクリックしたが、心底がっかりした。病院の人の発言は、記者が何を質問する(できるか)かも含め、とても貴重なのだが。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) August 13, 2016
※この記事は
2016年08月13日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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