最後のツイートは12月23日。訃報の1週間前だが、時差があるから正確に「1週間前」なのかどうかはわからない。彼のTwitterは大人気だったから(最後のGoogleのキャッシュでは、フォロワー数は49.4kとなっている)、Twitter上での人々の発言には彼のアカウント名への言及が少しはありそうなものだが(訃報の場合、多くの人がリプライを殺到させないように配慮するのか、あるいはほかのマナーのためか、@をつけてのアカウントへのメンションは少なくなるのが通例。でも少しは@での言及があるものだ)、訃報を受けてTwitterでなされる数々の発言には、彼のアカウント名が入ったものはまるで見当たらなかった。最後の投稿から訃報までの1週間ほどの間に、本人がアカウントを消したのだろうか。英国伝統のウィットとユーモアと深い洞察を凝縮し、人間というものについてのかなしみという土台の上に盛り付けたようなあれらの言葉の数々が見られなくなることは、大きな損失だ――広く一般の人々にとって、それ以上に私にとって。
こんなことなら、全部保存しておくのだった。彼の死はいわば「予告された死」であった(末期がんで先が長くないということを、彼は明らかにしていた)。しかし「遺された言葉」の集積体、いわゆる「跡地」になると思われていた場所が消えてしまうことなど、誰が想像していただろう。そう思ってみても、あとの祭りだ。
それを噛み締めながら、彼が消さずに残していったブログを読んだのだ――人々に、Twitterで満足させずにブログを読ませるために、Twitterアカウントを消したのかもしれない。そこには140字/280字の英文には不可能な、饒舌ともいえるストーリーテリングがある。
その中に、こんな言葉があった。
I want everyone to have those same choices I do. I want everyone to be able to live with the freedom that I have. It really is the most simple and basic equality.
「これだ」と思った。何が「これだ」と思ったのかはよくわからない。私の中に出てきた言葉が「これだ」だった。
何が「これ」なのか。「これ」は何なのか――この書き手が一貫して持ち続けていたヒューマニティ。
そのエントリ全体を日本語にしようとしてみたが、とても難しかった。私の調子がよくない。読めばわかるし、深く打たれもする。だがそれを自分で、自分の母語で表現しようとすると「言葉が下りてこない」という感覚。だから満足はいかないが、一応、こんなふうだというものを下に貼り付けておく。(これはもちろん、Twitter上の日本語圏で有名な弁護士がわめき立てていたような「無断翻訳」だが、故人は許してくれるだろう。故人のパートナーに翻訳許可を求めることも物理的にはできるが、そんなつまらないことで彼女の個人的な喪失の悲しみの時間を邪魔することは、非人道的ですらあるから、私はやらない。)
両親にカムアウトした日のことを僕は覚えている。晴天に恵まれた土曜の午後だった。キッチンで両親を前に座り、僕は深く息を吸い込んで、その言葉を何とか口にすることができた。
「僕、ストレートなんだ」。藪から棒な僕の言葉に、両親は小さく驚きの声をあげ、僕を抱きしめると、それでもお前を大切に思う気持ちに変わりはないからねと言葉を尽くして語りかけ、そして僕らは3人とも、涙ぐんだ。父は笑顔を浮かべ、僕を抱きしめた。「もうずっと前から知ってたよ。お前からそれを話せるようになってくれて、嬉しいよ」
両親がそれを完全に受け入れるには少々時間がかかった。困難な時もなかったわけじゃない。ディナーパーティやいろいろとお付き合いの場では口にできることではなかったが、しぐさでははっきりしていたわけで、公然の秘密だった。隣人たちは礼儀正しい質問をした。
学校では簡単にいかないこともあった。子供というものは容赦がない。口の前に手を当ててこそこそと話をする者がいた。忍び笑いをする者もいた。悪口を言われるくらいなら別に何とでもなったが、一番こたえたのは、僕のものまねをされることだった。学校の子たちに知られるようなことは僕はしていないのに。ただ家に帰って、枕に顔をうずめたものだ。
初めて女の子と手をつないだとき。初めて女の子にキスをしたとき。そういうのが大きな意味を持った。負けるもんか、僕は何も間違ったことはしていない、という気分になった。僕はこういう人間なんだ。誹謗中傷クソくらえだ。僕は誇りを感じていた。
そして、大人になるにつれ、結婚という話題が口にのぼるようになった。最初は穏やかで、笑顔のうちに。しかしやがて、トーンは暗くなった。僕はほんとにこういうことをやるのだろうか? おじいちゃん、おばあちゃんはどう反応するだろう? 職場の人たちに知らせることになるのだろうか? 結婚式には職場の人を招待するのだろうか?
ばかばかしいでしょう、こんなシナリオ。僕のセクシュアリティがこんな苦悩を、困難を、そして怒りさえも引き起こすだなんて考えるだけでもばかばかしい。
けれども実際にはそういうばかばかしいことが起きているわけです。世界中のゲイの人たちにとっては。そしてLGBTのコミュニティは、来る日も来る日も、毎日こういう類のばかばかしいことに対処している。
僕自身はストレートです。僕が誰かを愛したところで、誰ひとり眉をひそめることはありません。いつでも好きなときに結婚もできます(実際には結婚はしていないけど、そうしようと思えばそう選択できるわけです)。異性について自分が感じていることについて理由を説明する必要などまったくないし、ましてそれを否定することなど全然ない。
僕は、僕に与えられている選択肢を、すべての人々にも持ってもらいたいと思っています。すべての人々が、僕の持っている自由を手に生きていけるようになってほしい。実際、これが最も単純で基本的な平等というものです。
今日(訳注: 2015年5月22日)は、アイルランドにとって、上に書いたようなばかばかしい要素を取り除くチャンスです。世界的に今、少しずつ、構成する要素1つずつ、取り除かれつつあります。もっと速く行われるべきかもしれないし、もっと包括的に行なわれるべきかもしれない。もっと深い部分で進められて然るべきかもしれない。けれど、そういうものが取り除かれていることは事実です。
アイルランドよ、今日その1つを取り除いてください。今日はあなたたちの番です。
May 22nd, 2015
--- Simon Rickettes, "On you go, Ireland"
https://simonnricketts.tumblr.com/post/119594331142/on-you-go-ireland
これは、アイルランド共和国で「婚姻の平等」(所謂「同性結婚の合法化」)が実現することになるレファレンダムの日にアップされたサイモン・リケッツのブログの全文(のへっぽこ訳)である。上述した「平等」についての言葉は、こういう文脈で発されている。
そしてこの文脈は、私の知る限り、英語圏では広く共有されている。それに対峙するものとして、同性間の関係を歓迎することを拒むベルファストのケーキ屋の事例のような「思想の自由」というものがあるのだが、そこまで書いている時間的な余裕は残念ながらない。
サイモン・リケッツという人は、こういう人だった。その言葉に、日々、ブラウザやアプリの画面を見るだけで接することができていたことは、とても幸せなことだった。
サイモン・リケッツはインスタグラムは消さずに逝ったようで、ネットで彼の名前を検索するとインスタのページが出てくる。そこに並んでいるのは、陽光あふれるイタリアやスペインをパートナーと一緒に旅行したときの写真だ。彼が写っているものは見当たらず、旅行先の風景(地中海の青さたるや!)や人々、パートナーのアンドレアさんの写真で、つまり彼という人間を見せるためのインスタグラムではなく、彼の見たものの記録(の一部)だ。Flickrのほうがしっくり来る感じ。見てみたい方は検索を。
以下、Twitterより。みんなが読んでいるBanging Outのリンク先(リケッツのブログ)はぜひ読んでいただきたい。
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RT @gibbzer: I'm so sad to let you know that our beloved Simon died earlier today. He endured a great deal over the past year but he was Si… at 12/30 11:18
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RT @exitthelemming: Banging out Simon N Ricketts. One of the best things about this place, for ages. Always kind and funny and interesting.… at 12/30 11:18
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Tributes paid after Guardian journalist Simon Ricketts dies https://t.co/92lPt5UXJq Twitterで英国面に落ちると最初に遭遇する大喜利界のジェダ… https://t.co/NSj7sE5QbJ at 12/30 11:41
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Twitterでは彼は@SimonNRickettsであるはずなのだが、User not foundになってしまう。自分で消していったのか……。最後の投稿として人々が読んでいるのはTumblrだ。 at 12/30 11:41
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RT @greg_jenner: Here’s the late Simon Ricketts’ post explaining why his friends are today saluting him with a noisy #BangingOut. Goodbye,… at 12/30 11:43
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RT @audreygillan: Bye big man. You were loved. You changed hundreds of lives. You showed us how to be kind. To laugh through pain. I will k… at 12/30 11:44
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RT @NeilRands: #BangingOut
"If you do, then make it loud. Keep the noise up. Just for a little bit."
https://t.co/qDnDoSQhGY at 12/30 11:44
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RT @twisteddoodles: #SimonRicketts is gone, someone who I remember from early days twitter when it was like a fantastic writers room. And h… at 12/30 11:46
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RT @Nicola_Slawson: Simon was one of my editors at the Guardian and was just as warm and funny as he came across on Twitter. So supportive… at 12/30 11:46
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RT @neilriach: Twitter is a poorer place tonight without the witty and charming @SimonNRicketts one if the nicest people I followed on here… at 12/30 11:46
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RT @urban356rs: I only knew Simon Ricketts thru Twitter, he had loads of followers but we had a few lovely exchanges. He was genuine, funny… at 12/30 11:47
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RT @ed_son: My son & I just banged out for dear Simon Ricketts. I only knew him through Twitter, but his kindness helped me in dark days an… at 12/30 11:47
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RT @GabrielleNYC: A lovely man @simonnricketts
was lost to the world today... He once wrote this - Please don’t wait to hear bad news, che… at 12/30 11:48
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RT @TrendsUK: #bangingout is now trending in United Kingdom
https://t.co/6CXGBA5wnw https://t.co/Jjdp0WvKfX at 12/30 11:51
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RT @BonsNots: Doing a bit of #BangingOut for Simon Ricketts tonight. Not so much a farewell as stamping your feet at a gig in the hope of a… at 12/30 11:51
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#BangingOut RIP Simon Ricketts. You will be so greatly and badly missed in the coming year and after. Twitterの英国圏での… https://t.co/NywGRPX4Mt at 12/30 12:00
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RT @IanMartin: Raising a glass to the mighty Simon Ricketts. A beautiful man taken too early and it maddens you and what can you say but fu… at 12/30 12:28
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RT @AndrewStuart: Just reading the tweets about Simon Ricketts and I have to say how sad I am. Never knew him but he was always a funny twe… at 12/30 12:29
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RT @Ita99: One thread running through the tweets about Simon Ricketts this evening, apart from him being the nicest man in the world, is ho… at 12/30 12:29
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RT @johnsweeneyroar: Simon Ricketts: this is an extraordinarily beautiful goodbye to journalism and to life.
Read it. https://t.co/UXk4A… at 12/30 12:32
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RT @AnnaYearley: I loved following Simon Ricketts on twitter. So sad to hear he has now been ‘banged out’. This is when social media is a f… at 12/30 23:18
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RT @mrnickharvey: Simon Ricketts made people laugh. He was a constant stream of positivity on Twitter. He was also, for me, a real rock whe… at 12/30 23:18
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RT @paulwaugh: At times these days, Twitter captures the worst of humanity.
But #simonricketts showed it can capture the best. CLANG, CLAN… at 12/30 23:19
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RT @Dorianlynskey: The world could do with more people like Simon Ricketts. In 10 years on Twitter I’ve never seen anyone so well-loved by… at 12/30 23:19
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RT @AlisonMoyet: A decided Twitter Exiteer I am, but needed to come and bid my friend #SimonNRicketts adieu.
We connected here some years… at 12/31 00:36
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RT @nibsuk: Fondly remembering my childhood friend #SimonRicketts after hearing the sad news of his passing yesterday. Fitting that he tren… at 12/31 00:38
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@gibbzer Still processing the sad news here in Tokyo, Japan, whose Trending Topics are, as Simon expected in his Tu… https://t.co/eswoDDE9Sm at 12/31 00:53
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亡くなったサイモン・リケッツがどういう書き手だったか、そしてどういう人だったか(Twitter上の多くの言葉によると彼は書いた文章そのもののような人だったという)がよくわかるであろうTumblrの投稿:… https://t.co/Amtu76Lgld at 12/31 01:02
他者の苦痛へのまなざし
最近、Twitterでも訃報とそこで発された人々の言葉の記録ばかりになってしまっていますが、単に立て込んでいるためです。他に書くべきこともあり、それはこのあと、書くつもり。
※この記事は
2018年12月31日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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