「書く」というより「覚え書きを残しておく」というべきか。
2024年5月17日から6月29日の日程で、東京・六本木のWAKO WORKS OF ARTというギャラリーで、「私が死ななければならないのなら、あなたは必ず生きなくてはならない」という展覧会が開催されている。2023年12月に、ガザ市で、イスラエル軍の標的とされて爆殺された(すなわち「暗殺された」)ガザのイスラミック大学教授で詩人でもあったリフアト・アルアライール教授(以下「リフアト先生」)が、最後にTwitter/Xで一番上に表示されるようにピン留めしていった自作の詩に基いた、というかその詩にインスパイアされた企画である。会期も終わりが近づくころになってようやく、六本木まで足を運ぶことができ、このギャラリーでは「写真撮影可、非営利での利用可」となっているので、撮影してきた写真とその他の情報をここにまとめておこうと思う。
"If I must die" というリフアト先生の詩自体が、米国の「ハーレム・ルネッサンス」の幕開けを告げたクロード・マッケイによる "If we must die" を下敷きにしているという。そして、"If I must die, you must live to tell my story" と始まり、"If I must die, let it bring hope. Let it be a tale" と結ばれるリフアト先生の詩は、世界中の翻訳者によって数多くの言語に翻訳され、街角のミューラルに描かれ、パレスチナ連帯・ジェノサイド反対の抗議行動のプラカードに書かれ、俳優によって朗読され、俳優でない人々によっても朗読され、言葉ではない別の形での表現を触発し、多くの人々の手によって、本当に、taleになりつつある。再話され、アレンジされ、連綿と受け継がれていく物語になりつつある。
展覧会の概要は下記:
https://www.wako-art.jp/exhibitions/ifimustdieyoumustlive/
このたび、ワコウ・ワークス・オブ・アート(六本木)では、2024年5月17日(金)から6月29日(土)まで、オランダ出身の作家ヘンク・フィシュのキュレーションにより、パレスチナ出身の詩人や画家の作品にフォーカスした展覧会『If I must die,you must live』を開催します。 本展のタイトルは、パレスチナの詩人リフアト・アルアライール(1979 年生まれ)が2011年に書いた詩の冒頭部分です。2023年の11月にこの詩をSNSに投稿した彼はその翌月、イスラエル軍の空爆により絶命しました。アルアライールが残したこの詩が、本展全体を通底するメッセージとなっています。
……
世代の異なる作家たちの想いや言葉が響き合う本展を通して、現在もなお苛酷な状況下にあるパレスチナの人々に思いを巡らすきっかけとなれば幸いです。フィシュの出品作のタイトルは私たちに問いかけます。 “Que sais-je?”(私は何を知っているのか?)と。 ぜひこの機会にご高覧いただきたく、ご案内申し上げます。
参加アーティストは、ヘンク・フィシュ、ムスアブ・アブートーハ、リフアト・アルアライール、スライマーン・マンスール、奈良美智。うち、詩人であるムスアブ・アブートーハは壁面の展示はなく、1人1部で配布されているブックレットに詩が掲載されていた(英日対訳)。このほか、書籍や地図も展覧会の一部となっていた。
ブックレットの表紙:
If I must die, you must live
ブックレットの目次:
CONTENTS■アクセス
目次
Introduction
Henk Visch
はじめに
ヘンク・フィシュ
6 poems
6つの詩
Mosab Abu Toha
ムスアブ・アブートーハ
Poetry of Resistance
レジスタンスの詩
Henk Visch, Irene Veenstra
ヘンク・フィシュ
イレーネ・フェーンストラ
If I must die
Refaat Alareer
私が死ななければならないのなら
リフアト・アルアライール
まず、地下鉄六本木駅からギャラリーへの行き方。何番出口というのかを忘れてしまったが、六本木ヒルズや文喫(青山ブックセンター跡地)に行くときに使う出口の階段を上がって左折。六本木通りを数十メートル歩いたところにある三井住友銀行の手前の歩行者専用路地(最近廃業したホテルとの間)を入る。
この短い路地を抜けたところにあるのが、赤いひさしが特徴的な「六花」。ちなみに、さっきの路地の入口に立っていた「焼きたてパン」ののぼりは、この「六花」に入っているL'atelier du painというお店のもの。ここはそんなに高くなくて美味しい(うちの近所の昔ながらのパン屋さんより安いくらい)。
この「六花」のはす向かいにあるのが、ワコウ・ワークス・オブ・アートが入っている「ピラミデビル」。バブル期の、というかWAVEがあったころのデザインを思わせる標識が目印で、写真の一番左側にある数段の階段を上るとエレベーターがあるので、それで3階まで行く(エレベーターホールの後ろ側、階段上がって左側から階段も使える)。ちなみに、写真に写っているフロアガイドには、WAKO WORKS OF ARTの名前はないが、3階に行っちゃって大丈夫なので安心してほしい。(私はずいぶん迷った。)
この建物は中央が空いた吹き抜け式で、エレベーターを降りて通路を行くとすぐに、KENJI TAKI GALLERYがあり、WAKO WORKS OF ARTはこのギャラリーと入り口を共有している。KENJI TAKI G. の透明な一枚ガラスのドアを開けて、左に行くとWAKOのスペースである。
■ギャラリー内
壁面に展示された作品にはキャプションはつけられておらず、ギャラリーの中のそのまた奥にあるカウンターに、作品番号と作品名、作家名が書かれた刷り物が置いてある。というか、あまり「誰のどういう作品」ということを打ち出していない展示なので、見る側も単に目の前の作品と向かい合うべきなのかもしれない。
※以下、写真はカメラで撮ったまま。補正すらしていない。写真としては、CC BY-NC-ND 4.0で公開する。ただし作品の著作権は元の作家(美術家)にあるので、権利者の表示は各写真のキャプションにある作者の名前を使ってほしい(撮影者である私 @nofrills の名前はどうでもいい)。
KENJI TAKI GALLERYからWAKO WORKS OF ARTに入るところにかけられていたのが、本展最初の作品(ポスター)である。
1. Poster for Gaza
Not Everything is Forgotten by Tayseer Barakat
これは5月に東京・池袋のB-galleryで開催された「パレスチナ・ポスター展: ガザの声が聞こえますか?」にも出展されていた(同展はほかのギャラリーも巡回している)。
その向かい側に、こちらもポスター。
2. Posters for Gaza
We are doing fine in Gaza... What about you? by Khaled El Haber
これも上と同じ。
ギャラリーの空間の中に入ってすぐの壁。
4. Sliman Mansour
Rituals Under Occupation
1989
その下、立体作品。
5. Henk Visch
Kalay (from the series "Names")
2007
奥にリフアト先生の詩 "If I must die" のポスター(これが3番)。日本語と英語。
この壁全体。
続いて、別の壁。5番の立体作品の右側にある壁(ギャラリーの外の面)。
6. Sliman Mansour
Yaffa
1979
オレンジの収穫を描いた絵画である。これを「パレスチナの絵画」として描くことにこそ意味がある。今、日本国内で普通に売ってるオレンジ果汁の多くがイスラエル産ということでボイコット対象になっているが、元々、オレンジは「パレスチナ」の地の特産だった。それを、シオニズム運動によって(オレンジなど育たない)ヨーロッパの北の方からやってきた入植者たちはわが物とした。作品名でYaffaと綴られているのは、アルファベット圏ではJaffaと綴られる地名で、うちら英国ウォッチャーなら必ず知っている「ビスケットではない例のケーキ」が「ジャファ・ケイクス Jaffa Cakes」と呼ばれているのは、これが由来である。あのお菓子の帝国主義の側面を調べるといろいろありそうだ(メーカーはスコットランドのマクビティだし)。
ジャッファ・オレンジ(Jaffa orange)は、パレスチナ産のオレンジの品種。 大きく、皮が厚く、品質優良であり、非常に甘く、多くは種無しである。
7. Henk Visch
The wall
2014
8. Posters for Gaza
Sleepless by Mohammed Joha
そしてこの壁面の反対側、建物の通路に面して展示されているのが、この展覧会のメインテーマ。
9. Henk Visch
To tell the story
2024
この作品を外から見たところの写真は、もう少し後のほうに掲載しよう。
続いて、さらに右手の壁。
10. Henk Visch
Samen sterk
1996
作品名はアーティストの母語であるオランダ語で、英語にすると "Stronger together".
その隣の大きな作品。これが圧巻だった。
11. Sliman Mansour
My Palestinen
around 2006
不思議なテクスチャの画面に描きこまれている文字が、私には読めないアラビア語の文字ではないことに気づいたとき、圧倒された。これほどシンプルに、なおかつ雄弁に、「入植者植民地主義」を描くことができるとは。(っていうと「おまえは北アイルランド見てきたくせに、これまで何を見てきたんですか」と自分ツッコミをせざるをえないが。)
ギャラリー中央の机の上に置かれている電話帳のような分厚い本(後述)や詳細な地図と相まって、自分がこれまで読むなどしてきたもの――日本や英語圏のジャーナリストが話を聞くなどしたさまざまなパレスチナ人の語りを通して、またイスラエルのアミラ・ハスやイラン・パペ、あるいはアメリカのサラ・ロイといった書き手を通じて――が、ひとつの《物語》になった。というより、知ってい(るつもりでい)た《物語》が、新たに実体をともなったものとして立ち現れた。フィジカルな存在になった。
きっとこれ、北海道の人などにはもっと違うふうに迫ってくるんじゃないか。私は名古屋だもんで、教科書に出てくる地名がひいおばあちゃんの家に行くときに通るインターチェンジの名前だったりするというのが普通で(清州とか長久手とかね)、そういうところがイマイチ鈍感だったりする。
壁の並び。
その奥にあるのが、またもや、今回の展覧会のシンボル的な作品。
12. Henk Visch
Que sais-je? (Montaigne)
2023
"Que sais-je?", すなわち "What do I know?". モンテーニュ『随想録』の中の言葉。このくらいは高校世界史でも教員によってはしてくれるんじゃないか。西洋思想史などやれば必ず通る言葉。
自分のなかの「西洋」の成分が、今般のガザ・ジェノサイドに対する西洋諸国の態度(特にドイツのそれ)でぐらんぐらんと揺らいで音を立てて崩壊したあとに再会した、モンテーニュ。
きびしい。容赦ない。
欧州に生きている人たちにとってはもっと厳しいだろう。
じっと見ていたら、飛鳥仏のように見えてきた。人が反語で "Que sais-je?" と問うときに《祈り》が生じるのかもしれない。私には神も仏もないが(一応「思想史」的に知ってはいる。信仰はない。もっと素朴なものならあるかもしれない)、「祈る」ことはある。最近、かなり頻繁に。
そこで目を上にやると、段ボールの断面と奈良さんの絵が目に入ってくる。
13. Yoshitomo Nara
My Home My Place
2024
ここで部屋は角を迎えて、また次の壁面に入る。
ポスターだ。以前に見た。
14. Posters for Gaza
Stop the Killing by Tayseer Barakat
15. Posters for Gaza
All Rights Reserved by Yazan Abu Salameh
その横にも、大好きなあのポスター。
16. Posters for Gaza
Distortion No.2 by Sliman Mansour
5月のポスター展で主催の長沢さんにうかがったのだが、私たちが、ハンカチにしたり布団カバーにしたり、傷の手当のときなどに使ったりする「ガーゼ gauze」は「ガザ Gaza」が語源とも言われており、画家は今作でそれを参照している。
これ見ると、Muslimgauzeが聞きたくなる。Muslimgauzeは英国人のミュージシャンで、25年前に37歳の若さで急病で亡くなった。この人が知らずに済んだ世界が今の世界だ。
Jones originally claimed Muslimgauze was formed in response to Operation Peace of the Galilee, Israel's 1982 invasion of Lebanon to stem attacks from Palestinian Liberation Organization guerrillas stationed in South Lebanon. This event inspired Jones to research the conflict's origins, which grew into a lifelong artistic focal point, and he became a staunch supporter of the Palestinian cause, and often dedicated recordings to the Palestinian Liberation Organization or a free Palestine. Jones's research further grew to encompass other conflict-ridden, predominantly Muslim countries including Afghanistan, Pakistan, Chechnya, Iran, and Iraq. He concluded that Western interests for natural resources and strategic-political gain were root causes for many of these conflicts and should Western meddling halt, said regions would stabilise.
https://en.wikipedia.org/wiki/Muslimgauze#Political_beliefs
その上の方には奈良さんの作品。
17. Yoshitomo Nara
Stop the Bomb
2024
その隣には、再度、スリマン・マンスール。
18. Sliman Mansour
Memory of Places
2009
画家にとって、またこの絵を見る人々にとって、この「木がたくさん描かれた絵」が、ただの「木がたくさん描かれた絵」ではなく、「いくつかの場所の記憶」であるということは、もうずっと前から、特にヨルダン川西岸地区から常態的に伝えられてきている「イスラエルの違法入植地の入植者たちが、パレスチナ人のオリーブの木をブルドーザーで引き倒したり燃やしたりしている」という報告と、重ねあわされたときに、響きを変えるだろう。絵は「ただの絵」でなくなる。《物語》となる。木々は死んで/殺されて、let be a tale.
ここでギャラリーのメインルームは終わり、このあとは奥の小さな空間での展示に移る。
奥にあるのは、まず、
19. Henk Visch
KILLED ON THE BEACH
2018
この絵から私はなぜか目を離せなくなってしまった。2018年の作品ということはあとからカウンターで目録的なものを見るまで知らなかったのだが(では、このbeachはどこのビーチなのか? ギリシャか? イタリアか? イギリスか?)、見たときに頭の中でイメージされたのは、2023年10月に今般のジェノサイドが始まってほどなく、ワディ・ガザの南側に行けと指示されたガザ地区北部の人々が、多くは徒歩で、海岸にほど近い幹線道路を移動していく姿だった(その中からMoTaz氏などが報告していた)。そして、つい最近もあった海岸での殺戮(攻撃ドローンから撃ってくる。あるいは海からの砲撃もある)。
それから、10年前の2014年7月のこの殺戮も。
このむごい殺戮があってすぐにネット上で多くシェアされた追悼の画像がある。天国で4人の子供たちがボールを蹴っているのが、ビーチに影となって浮かんでいる。
この胸を打つ画像を作ったのは、イスラエル人アーティストだ。
Israeli artist Amir Schiby, known for his politically satirical collages, created an image of Ahed Atef Bakr, Zakaria Ahed Bakr, Mohamed Ramez Bakr, and Ismael Mohamed Bakr, to honor their tragically short lives. It depicts a lone soccer ball in the surf, with the shadows of playing children nearby. He wrote on Facebook that the image was created "as a tribute to *all* children living in war zones."
"All".
20. Mona Hatoum
T42(gold)
1999
2つの白磁のティーカップがつながって、やはりつながったソーサーに置かれている、という作品。ティーカップには金の縁取りがしてあった。これは写真が、遠景しか撮れていない(鑑賞中の方がいらしたため)。
この壁の反対側の壁に、さらに展示がある。
21. Henk Visch
Good Morning
2020
立体作品。見ていたらなんだかすごく悲しくなった。
22. Henk Visch
Why should you destroy us who have provided you with food
2004
そして、カウンターの向こう側にも。
23. Henk Visch
When I was a child I played with a butterfly
2004
絵画や立体作品の展示は、以上である。
このほか、この小さなスペースには2段の本棚があり(「本棚」というより「表紙を見せて置く飾り棚」だが)、下段がアーティストのヘンク・フィシュについての本のコーナーで、上段がガザについての本の紹介となっていた。並んでいた本は下記の通り。私の本棚か!
現代詩手帖2024年5月号(雑誌) - 思潮社編集部
ガザとは何か〜パレスチナを知るための緊急講義 - 岡真理
パレスチナ特別増補版 - ジョー・サッコ, 小野耕世
パレスチナに生まれて - ナージー アル・アリー, 進, 藤田, Al‐Ali,Naji, 美奈子, 露木
ハイファに戻って/太陽の男たち (河出文庫 カ 3-1) - ガッサーン・カナファーニー, 黒田 寿郎, 奴田原 睦明
ホロコーストからガザへ: パレスチナの政治経済学 - サラ・ロイ, 岡真理, 小田切拓, 早尾貴紀, 岡真理, 小田切拓, 早尾貴紀
現代思想2024年2月号 特集=パレスチナから問う ―100年の暴力を考える― - 板垣雄三, 金城美幸, 早尾貴紀, 林裕哲, イラン・パペ, サラ・ロイ
ぼくの村は壁で囲まれた―パレスチナに生きる子どもたち - 高橋真樹(たかはし・まさき)
この本棚とは別に、メインのギャラリーの中央にあった机に置かれていた英語の資料類が、「これはこれで単体で見たい」感あふれるものだった。サイードの『オリエンタリズム』のような本も置かれていたのだが、圧巻はワリード・ラシーディーという歴史家のまとめた「パレスチナの失われた村々」の記録だった。
(以下、写真がアップロードできないことには文も書けないので、またあとで)
※この記事は
2024年06月28日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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