「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年11月17日

『誰が音楽をタダにした? 』(早川書房)を読んで、私が端っこから見ていたあの「革命」の時代を回想する。

それは、カネの流れを変えるはずだった。一方的に価格を設定し、暴利をむさぼり、著作者たちを囲い込み、契約で縛り、他人の著作物を我が物として扱い、それをネタにカネを儲け、重役たちに高給を出している大手企業に入っていくカネの流れを変えるはずだった。少なくとも、語られていた「革命」はそういうことだった。しかし実際には、カネの流れを止めてしまった。行き先が大手であれインディであれ、録音された音楽にカネを出す人は激減してしまったのだ――読後、そのことを改めて思った。

The Pirate Bayが挑発的な態度で注目を集め、Kim Dotcomがその巨体に匹敵するような富を蓄えているとわかったあのとき、何が起きていたのか。

スティーヴン・ウィットの『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(関美和訳)は、膨大な文書を調べ、何十人もの人に話を聞き、5年近くの歳月(「あとがき」による)をかけてまとめられた本だ。

4152096381誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち
スティーヴン・ウィット 関 美和
早川書房 2016-09-21

by G-Tools


話は1980年代から始まる。「ネット上の音楽ファイル」の標準規格となったmp3がどこでどのようにして開発されたかを描く第一章は、しかし、「mp3の死が宣告されたのは、1995年の春、ドイツのエアランゲンの会議室だ」という一文で始まる。いきなり主人公が死んでしまった! だが実際には、彼は生き延びていたのである……という展開なのだが(それをそう書いても「ネタバレ」にはなるまい。じゃなきゃ、うちら、mp3なんて使ってないわけで ^^;)、この本においては、この「ドイツの技術者たち」の苦闘は、Aメロ、Bメロ、Cメロのうちの1つにすぎない。

第二章は、米国の非都市部(今回の大統領選で青くならなかったほうの「アメリカ」)でCDのプレス工場で単純労働にいそしんでいる青年の物語。黒人で労働者階級、祖父・父ともに機械いじりが得意、1989年には高校生ながらPCを購入し、そのローンのためレストランの厨房で単純労働を経験する。まじめにこつこつ働いていれば評価されるということを身をもって知った彼は、1994年に地元のCDプレス工場で誰でもできるような仕事についた。この時代、米南部の製造業は(一時的に)活況を呈していた。職場の友人とは、肌の色も性格も違っていたが、「パソコン好き」という共通点があった。……と、こういう青年なのだが、彼が後に、音楽産業を「ぶっ潰す」ためのハンマーをがんがん振り下ろすことになる(本人はそこまでのことをしているとは思っていなかったにせよ)。「初めからグローバーの動機はちょっとした物欲だった。もっといい車が欲しかった」。(ただし、彼は盗んだ音楽を直接的にカネに変えたわけではない。音楽ファイルのシェアは、直接的にはカネは絡んでいない。そのことが、いろんな意味を持っていた。)

第三章で登場するのは、音楽産業の超大物ビジネスマンだ。彼は元々はミュージシャンになろうとしていたがうまくいかず、レコード会社お抱えのソングライターとなった(1960年代あるある)。その後、クリエイティヴ職から経営方面にシフトし、1970年に立ち上げた自分のレーベルが、1978年にアトランティック・レコード傘下に入り、アーメット・アーティガンと……って、こりゃ60年代以降のポピュラー音楽史ですがな。ともあれ、このビジネスマンは「よい音楽より売れる音楽」という方針でビジネス的に成功をおさめ(そして世間にゴミをばらまいたのだが)、「CDを売る」というビジネスモデルが確立した1990年代には、ワーナー・ミュージックを率いていた。「そこに大金が転がっていた。ひと世代がまるまるレコードからCDに移り、ウィスコンシンあたりの少年がツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』のリマスター版CDを買えばそのたびに、モリスにも儲けが入る」。1995年、ワーナー傘下の「インタースコープ」が、女性蔑視やら犯罪自慢やらしょーもないことばかり満載されたギャングスタ・ラップ専門のレーベルと契約を交わしたのも、その「売れる音楽」を追求する経営方針ゆえのことだった。ただしそれは、自身の立場を危うくすることでもあり、最終的には彼はインタースコープごとワーナーという大企業をお払い箱になった。

昔のSFで「家庭用ジュークボックス・システム」的に夢見られた音楽のインターネット・ストリーミングを現実化するために必要な圧縮の技術の開発者、ありふれた物欲と、インターネットへの関心の持ち主だったCD工場の労働者、「CDへの切り替え時期にCDが売れに売れたこと」を忘れられない才覚ある商売人……この3つのメロディが、絡み合うようで絡み合わず、別個に流れながら、ひとつの物語を語る。実際にコーラス・グループでそんなふうだったら、多分前衛的すぎて聞いていると頭が痛くなってくるだろうが、書物の場合はそれがスリリングである。『誰が音楽をタダにした?』は、そういう本である。脇役としてシーグラム・グループのCEOだとかFBIの囮捜査官なども出てくる。もちろん、アップルのスティーヴ・ジョブズも。

電子書籍版なら、「前書き」から第三章まで(紙の本では73ページまでに相当)、出版元(早川書房)が「無料拡大お試し版」としてネットで公開しているので、まずはそこからどうぞ。Amazon (Kindle), 楽天KOBO, Book Walkerなど、各電子書籍書店にある。

表紙によると、書籍タイトルは、"How Music Got Free: The End of an Industry, the Turn of the Century, and the Patient Zero of Piracy" (Wikipediaを見ると、副題が違うのが数バージョンあるようだが)が、『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』と意訳されている(原題は「音楽はいかにしてタダになったか。産業の終わり、世紀の変わり目、そして海賊行為は一発アウト」みたいな感じ)。本文の翻訳は、「あのころの用語」とズレがあるのが少し気になるところがあったが(本書が扱っている時代の用語としては「女子」ではなく「女の子」だったし、「イクメン」なんていう用語はまだなくて「育児を妻任せにしない夫」など説明的に述べていたはずだ)、全体的にとても読みやすく、登場人物が多くて重層的な話がすっと頭に入ってきた。日本語でこれが読めることにおおいに感謝したい(一般論としては、「翻訳版を買って失敗した、原書で買い直さねば」と思うようなものがときどきあるのが現実だ。「テロ組織がcellを作った」が「テロ組織は小部屋を増築した」となっているような品質のもの)。あと、Warez界隈に関して、アングラ臭ふんぷんたる当時の日本語圏のジャーゴンが使われていないのは、私には読みやすくてよかったが、それでは興がそがれるという人もいるだろう。

巻末にある献辞にお母さん(プロの司書)が索引を作ってくれたとあるが、日本語版の紙の本には索引がない(作るの、大変ですよねー)。一方で原注(著者による資料へのツッコミみたいなのがあっておもしろい)は巻末にある。

全体的に、よくこれだけ調べ、よくこれだけの人々に話を聞き(話を聞くには信頼関係の構築も必要となるので、見た目以上に大変なことだ)、そしてよくこれだけまとめたものだと、著者の取材力と構成力に感嘆を禁じえないが、「あの時代」にこういうことが起きているのを、この本に出てくる3つのメロディの主とは別の界隈で目撃・経験していた自分としては、「この本に(あまり)書かれていないこと」もまた気になる。例えばAppleがiTunes Music Store (当時の名称) で「売って」いる音楽ファイルにDRMをかけていたこと(それは、「あらかじめ仕組まれた不良品を買わされるくらいなら、違法DLしたほうがまし」という方向に一部の人々を駆り立てた)。大手レコード会社の中には「コピー・コントロールCD」というアホ規格を採用したところもあったこと、SONYのルートキット……などなど。それと、「リーク」ということが当たり前になったあとに、大手レーベルや大物アーティストがこぞってその「リーク」を宣伝のために仕掛けたことも。Kim DotcomのMegaUploadや、そういった(違法な)ファイルの置き場にリンクしていた「音楽ブログ」(「リンクだけだから違法ではない」という根拠で開設されていたもの)のこと、それについての法的解釈のことも、もっと詳しく書き残されるのが望ましいと思う。そういうことについては、また別の本が書かれることを期待したい。

実際、こういうことが起きていた、今から四捨五入して10年前のネットは、とてもおもしろかった。「革命」が進行中のように見えた。「音楽を解放する」ための革命が。

その革命の旗を持って群集を主導していた(ように見えた)ひとりが、Nine Inch Nails (NIN) のトレント・レズナーだった。彼を「革命の先導者」にする発言が本人の口から出たのは、2007年9月のことだ。
NINE INCH NAILS frontman Trent Reznor told fans at a concert in Sydney, Australia on Sunday (September 16) to illegally download the band's music rather than pay high prices for CDs.

...

"Last time I was here, I was doing a lot of complaining about the ridiculous prices of CDs down here...now my record label all around the world hates me, because I yelled at them, I called them out for being greedy fucking assholes. I didn't get a chance to check, has the price come down at all? I see a no, a no, a no... Has anyone seen the price come down? Okay, well, you know what that means − STEAL IT. Steal away. Steal and steal and steal some more and give it to all your friends and keep on stealing. Because one way or another these motherfuckers will get it through their head that they're ripping people off and that that's not right."

Reznor also addressed fans in China, where NINE INCH NAILS albums are not legally available. He said, "As for the special situation in China...If you can find and buy our legal CDs, I express my thanks for your support. If you cannot find it, I think that downloading from the Internet is a more acceptable option than buying pirated CDs."

http://www.blabbermouth.net/news/trent-reznor-tells-fans-to-steal-nine-inch-nails-music/



※ここで彼が怒って言っているのはNINの(つまり彼自身の)音楽のことで、NIN以外のアーティストのことは言っていない。

私はネット上のNINのファンのコミュニティをよく訪れていたので、その動きはとても鮮明に見えていた。レコード会社から離れ、自分のレーベルを立ち上げて自分の作品はそこからリリースしていこうという取り組みを始めようとしていたトレントは、90年代に自分をロックスターにしたメジャーレーベルと音楽産業そのものを破壊するアイコノクラストだった。2007年春に、ロック界の大物プロデューサー、ボブ・エズリンが書いた「神よ、トレント・レズナーをわれらに与えたもうたことに感謝します」という賛辞は、NINファン界隈で注目され、また、ファイル・シェアリングに関するニュースサイトでも取り上げられ、掲載媒体(カナダのオンライン・メディア)の読者層をはるかに超えて、世界中で広く読まれた(今の言葉でいう「バイラルした」状態になった)。

その記事は、もちろん、今でも読める。なかなか刺激的な写真(いわゆる「イメージ写真」)が添えられている。



当時、日本語圏でも話題になったので、ネット上を探せば、このエズリンの文章について日本語で書いたものが見つかるだろう。

ここでNINについて詳しく書いてると話が進まないので、NINを知らない方はNIN Wikiでも見ていただきたい。必要な話だけをすると、2007年のYear Zeroというアルバムまでは、「インタースコープ」というレコード・レーベル(ユニヴァーサルの一部)に所属していたが、このバンドはいろいろと大変な思いをした(その背景に何があったかも、『誰が音楽を……』の本に間接的に書かれている。つまり「ビジネス」、「売れる音楽」という圧力)。インタースコープとの契約が終了し、晴れて自由の身となったNINは、The Null Corporationという自身のレーベルを立ち上げて、Ghosts I-IVというインストの4枚組アルバムを出した(2008年3月)。

NINほどのビッグスターが、インディになってオウン・レーベルから出したということ以上にインパクトがあったのは、この作品がCreative Commonsのライセンスでリリースされていたことだった(が、CCライセンスでのリリースなんざ、別にカネになりゃしないので、プレスはたいがいそういうところはほぼ無視して、「Radioheadとのオンライン・リリース合戦」みたいなことを書き立てていた)。4枚組の1枚は誰でもタダでDLできて、全部聞きたい人はデジタル・ダウンロードなり、通常CDなり、豪華版なり、アナログ盤なりを買うというのが基本だが、CC BY-NC-SAのライセンスだったので、その音楽を使ってビデオを作り、販売せずにYouTubeで無料で見られるようにするなどの行為は、完全に自由にできた。NINが主催して「Ghosts映像コンテスト」をオンラインで開催したほどだ。そうすることで、次世代のクリエイティヴ・アーティストにとって足がかりを用意したのだ。

当時の本人のリリース・ノートより:
Now that we're no longer constrained by a record label, we've decided to personally upload Ghosts I, the first of the four volumes, to various torrent sites, because we believe BitTorrent is a revolutionary digital distribution method, and we believe in finding ways to utilize new technologies instead of fighting them.

We encourage you to share the music of Ghosts I with your friends, post it on your website, play it on your podcast, use it for video projects, etc. It's licensed for all non-commercial use under Creative Commons.

...

Ghosts I is the first part of the 36 track collection Ghosts I-IV. Undoubtedly you'll be able to find the complete collection on the same torrent network you found this file, but if you're interested in the release, we encourage you to check it out at ghosts.nin.com, where the complete Ghosts I-IV is available directly from us in a variety of DRM-free digital formats, including FLAC lossless, for only $5. You can also order it on CD, or as a deluxe package with multitrack audio files, high definition audio on Blu-ray disc, and a large hard-bound book.

We genuinely appreciate your support, and hope you enjoy the new music. Thanks for listening.

http://www.nin.wiki/Ghosts_I%E2%80%93IV#Release


そういうことをやるのは自由だし、2007年には既に数多くのアーティスト、ミュージシャンが、CCライセンスで自分の音楽をネットにアップし、シェアを奨励していた。しかしそういうことをやっても、「広く知られていない(無名の)アーティスト」では、広く世界にインパクトを与えることはできない(カネを生まないものは日本語圏では「素人の趣味かボランティアでしょぉ?」とバカにされるが、それは英語圏でも当然同じである)。NINのトレント・レズナーという大スターがそういうことをしたことには、たいへんに大きなインパクトがあった。それでも、カネにつながらないからほぼ無視されていたが。というかあのころ、音楽プレスはそれどころではなかったのかもしれない。EMIは大変なことになっていた。「音楽産業の断末魔」のなか、iTunesが(DRMで顧客を囲い込むという戦術をとって)「次のデファクト・スタンダード」になろうとしていた。

Ghosts I-IVを出してからほんの数週間で、NINはその次のフル・アルバム、The Slipを、完全無料のデジタル・ダウンロードとしてリリースした。これについては当時、もう1本のブログ(はてなダイアリー)に書いた(その後、はてなへの不信が原因で非公開にして、そのままである)。このアルバムも、CC BY-NC-SAのライセンスで、ファンに自由にリミックスしてもらうための音源のDLもできた。ファンがリミックスした作品は、YouTubeなどにアップされた。そういうリミックス作品のコンピレーションも作られた。

これらの「オンラインでのリリース」は、ビット・トレント (Bit Torrent: BT) を使って行なわれた。私がネット検索を頼りに、BTのクライアントを手元に導入したのは、NINのこれらの作品が欲しかったからである。私の場合は「信者」だから、DLして持ってるものでも盤が出ればどうせ買うのだが、そんなことよりも、今そこで起きている「革命」に加わりたかった。BTではNINの過去のライヴ音源も流れていて、そういうのもDLした。ファンのコミュニティでインビテーション・コードを入手しないと入れない場所にも行った。お蔵入りのブツなどはそこで手に入れた。何しろ、トレント自身が熱心なBTユーザーだった。彼自身が「シード」となって、いろいろと「放流」していた。それは、音楽を「囚われの身」から「解放」するための革命的行為だった。Free the music! レーベルを介さず、音楽を直接、聞きたい人のもとへ! 海賊盤業者に商売させず、直接リスナーへ!

NINはわりと早い時期からネットでの情報発信に取り組んできたバンドで、ファンもネット上で強くつながっていた。ここまで参照してきたNIN Wikiは、そういう古くからのファンのコミュニティが、バンド……というかトレント・レズナーとの関係を築き、強化しながら作ったデータベースだ。ファンにはこういうことができるということを、トレントは(自分も音楽ファンだから)よく知っていたし、それをレスペクトしていた。そして2000年代、インターネットを介することでスターとファンは直接つながることができるようになっていて、スターは「もはや録音された音楽ではなく、そういう関係性と直接体験(ライヴ)こそがキーとなる」と考えていたし、その考えを彼の頭の外で形にしようとしていた。

その直接性が、両者の関係自体を傷つけうるものであることがはっきりしたのは、ひとつにはトレントが婚約したときに婚約者(現在の妻)に対する嫌がらせや脅迫があまりにすさまじかったことによるが(ファンとの「関係」を作るうえで重要な役割を果たしていたTwitterのアカウントを削除するところまで行った)、その後、何がどうなったのだったか、「NINのライヴは終了する」と決断して「お別れツアー」と「機材のオークション」までやったトレントは、ほんの数年で戻ってきた。それも、「革命」期のインディペンデントなカリスマとしてではなく、あれほど嫌っていたメジャーレーベル所属のアーティストとして(現在はコロンビア所属である)。

メジャーレーベルに復帰したとたん、どうでもいい、くだらないゴシップ的な発言まで、大手のオルタナ系音楽メディア(Pitchforkとか)で1本の記事にしてもらえているのを見て、「祭り」は終わったことを実感した。

トレント・レズナーが「ユーザーのひとり」として堂々と擁護していたOiNK Pink Palaceのことも、『誰が音楽をタダにした?』に書かれている。最終的にあのサイトの開設者がどうなったのかも。今でも、彼の名前でウェブ検索すると、裁判当時の報道記事が出てくるが、裁判の終結後は目立つことは何もしていないようだ。

(OiNK Pink Palaceのメンバーは)テクノロジーに強い20代の中流層で、ほとんどが男性で、大学生か社会人になってまもない人たちだ。中にはそれほど運のない人たち、いわゆる「ニート」も多かった。……(サイトの掲示板で)いちばん活発な板は「なぜ音楽を盗むのか?」というトピだ。数多くの答えが寄せられた。おカネの節約、大手レーベルへの反抗、新しいコミュニティの誕生、勇気ある政治活動、ただの欲など、理由はさまざまだった。

――上掲書、p. 270


私はOiNKのユーザーではなかったので、そこがどういうふうだったかは具体的にはわからないのだが(報道記事や、掲示板の投稿などで読んで知っている程度)、『誰が音楽を……』にある当時の状況を見るに、あれらの「違法ファイル」は、「何を」アップロードするかではなく、「どれだけ」アップロードするかということが重要だったからこそ(利用者は、「アップロード比率」を一定以上に保たなければならない。leecherははじき出される)、あれほどに多種多様に集まったのだろうと思う。

そしてそのことは、確実に、「音楽で食ってる人々」の首を絞めた。

巨大産業というバックグラウンドがある人々は、それでも、生き延びている。「音楽」よりも「話題性」で食ってるような人もいるようだが。

首を絞められてもがいているのは、巨大産業とは関わらず自分たちで立っているインディペンデントの人たちだった。私がそのことを最初にリアルに知ったのは、ある掲示板(英語圏)での「音楽最新ニュース」の投稿だった。あるアーティストが主催するインディ・レーベルを畳む(過去リリース作のオンライン販売だけにする)というニュースだった。同じような「アーティストのレーベル閉鎖」のニュースはその後も続いた。アーティストのレーベルだけではない。音楽好きの個人がアーティストと直接話をして「限定300枚」とかで作品を出しているような弱小インディ・レーベルも、音源をリリースすることがどこの誰ともわからないリーカーにリークできる「レアもの」音源を渡すようなことになってしまい、目的もモチベーションも失せてしまっていた。

『誰が音楽を……』の著者自身も、当時学生として、こんなふうにすべてをなぎ払うようなことになったあの波に乗っていた。リーク音源をDLしまくっていたのは、それが当たり前だったから、それが「サブカルチャー」だったから(つまり、それが「ヒップ」なこと、「かっこいいこと」だったから……「○○の新作、もうネットにアップされてるよ」とかいう会話が普通だったのだろう)と本人が述懐している。この本を最後まで一通り読み終わって、そしてそのような本人の述懐が書かれたイントロダクションをもう一度読むと、何とも言いがたいもやもやがのどの奥にこみあげる。

今使っているこのマシンには、BTクライアントは入っていない。元々、NIN関連と、ほかいくつかの「アーティスト自身がBTで公開した音源や映像」を入手するために使っていた程度だ。使い方ももう忘れてしまっているだろう。



翌日(18日)追記:
はてブのトップページに出ていました。読んでくださってありがとうございます。「はてなのアルゴリズムでは、とりあえず、カテゴリーは『テクノロジー』にされてしまう」ことに微苦笑している当ブログですが、本エントリについては「テクノロジー」で正しいです。(前回、この「テクノロジー」問題について言及したエントリは、親切なはてなのユーザーさんがカテゴリの変更をしてくださいました。ありがとうございました。)


※お隣に@yucoさんのブログが並んでいますが、雨宮さん……雨宮さんの文章は少ししか読んだことのない私が言うのもおかしなことかもしれませんが、あまりにお若くして、残念な喪失です。お悔やみ申し上げます。

なお、当エントリには日本のことが出てきませんが、私は日本のファイルシェア事情はまったく知らないので言及することすらできません(独特のジャーゴンの意味を調べたことがある程度。あと金子氏の起訴〜裁判の報道記事は読んでましたが、問題とされたソフトウェアは使ったことがなく、どういうファイルがやり取りされていたかもわかりません)。日本の音楽もほとんど聞かず、「着うた」などは使ったこともなく、買うこともめったにないんですが、買うときはだいたいCDです(ライヴ会場の手売りやタワレコ、中古ショップなど20年前もあったような方法で買ってます。「70年代ロックの名盤」の類はAmazonも使ってます)。

NINのライヴの録音・録画物はYouTubeなどに大量にアップされていますが、ファンによるアーカイヴ・サイトがあって、音源を捜すときはそちらに行くのが手っ取り早いです。(このサイトがあるので、NINについては、ライヴ音源を求めて海賊盤を回るということはしなくてよくなりました。)ファイルはmp3ではなくflacです。mp3で持っていたい人は、DL後に自分で変換する必要があります。
http://www.ninlive.com/

「お別れツアー」の最後の公演、2009年9月10日のLAは4人が録音してて、4本のファイルがアップされています。(1GB〜2GBあるのでご注意ください。)
http://www.ninlive.com/shows/2009/20090910.html

Bit Torrentというテクノロジーは、「DLしている人が増えれば増えるほど、DL速度が上がる」というのが特徴ですが、「NINのファン」程度の人数では、その真価はわかりませんでした。公開直後のファイルで、一度に200人くらいがBTを使っていれば、普通にサーバーにアクセスしてDLするのと同じくらいかそれより早くDLが完了してましたが、DLしている人数が数人程度だと、400MBのDLが完了するのに数日がかりになることもありました。NIN以外にも、Creative CommonsのライセンスのバンドのアルバムをDLしたことはありますが、DLしてる人がほとんどいないのでDLが完了しないか、完了するとしても数日がかり。バンドのサイトやCC音楽専門サイト(Jamendoなど)で直接DLしたほうがずっと早かったです。そんな感じだったので、NINが2009年に活動を(いったん)終了したあとは、特にBTクライアントを使う機会もないまま、PCを買い換えたときにはもうインストールもしなかった、という経緯です。

その後、「クラウド」の時代になり、いろいろとインフラ的な部分もずいぶん変わりましたよね。『誰が音楽を……』のラストで著者がとったような行動は、2000年代後半には考えられないものだったかもしれないけれど、2010年代半ばには極めて合理的なものとなりました。これがこのまま続くかどうかはわかりませんが、逆戻りすることもまた考えづらい。

そういうタイミングで、CDという「データを記録した物体」をめぐって起きてきた変化を概括しておくのは、いろいろと有益なのではないかと思います。




※この記事は

2016年11月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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