英国の各メディアが伝えている。私が読んだのはガーディアンだが、元報道(演説原稿のリーク)はサンデー・テレグラフのようだ。ガーディアンは最もコアな「残留」論者に近い媒体で、最後の最後まで「ソフト」路線、それも「EU残留に限りなく近い離脱」的なものを求める論調の新聞である(日々、ガーディアンとBBCだけ見てると、たまに見るテレグラフやタイムズにぶったまげることになる)。
Theresa May to say UK is 'prepared to accept hard Brexit'
Guardian staff and agencies, Sunday 15 January 2017 08.48 GMT
https://www.theguardian.com/politics/2017/jan/15/theresa-may-uk-is-prepared-to-accept-hard-brexit
(日曜日だからガーディアンではなくオブザーヴァーのはずなのだが、記事クレジットが「ガーディアン・スタッフ」なので以下も「ガーディアン」として扱うことにする)
Theresa May is to announce that the government is prepared to accept a clean break with the EU in its negotiations for the UK’s departure, according to reports.
In a speech to be delivered on Tuesday, the prime minister is said to be preparing to make clear that she is willing to sacrifice the UK’s membership of the single market and customs union in order to bring an end to freedom of movement.
An article in the Sunday Telegraph cites “sources familiar with the prime minister’s thinking” as saying that May is seeking to appease the Eurosceptic wing of her party by contemplating a “hard”, or “clean”, Brexit.
"「ハード」なブレグジット" という表現(これは「ソフト・ランディング」、「ハード・ランディング」にならった表現である)を、 "「クリーン」なブレグジット" と言い換えるというのは、プロパガンダの初歩のようなことだが、実際、Brexit支持の媒体で行なわれていることだ(日本語圏では、報道もシンクタンクも「ハード」という表現を使っているようなので「クリーン」はあまり知られていないかもしれないが、「ハード」も「クリーン」も同じことである)。
May is expected to focus on building “common goals” – such as protecting and enhancing workers’ rights – in an attempt to create a consensus after months of acrimonious exchanges.
“One of the reasons that Britain’s democracy has been such a success for so many years is that the strength of our identity as one nation, the respect we show to one another as fellow citizens, and the importance we attach to our institutions means that when a vote has been held we all respect the result,” she is expected to say.
“The victors have the responsibility to act magnanimously. The losers have the responsibility to respect the legitimacy of the result. And the country comes together.
“Now we need to put an end to the division and the language associated with it – leaver and remainer and all the accompanying insults – and unite to make a success of Brexit and build a truly global Britain.”
https://www.theguardian.com/politics/2017/jan/15/theresa-may-uk-is-prepared-to-accept-hard-brexit
テリーザ・メイはスピーチライターを雇わず、演説は官僚 (officials) が原稿を書いているというのだが(ソースはこのツイートのリンク先)、元々こういうことを言いそう・やりそうな政治家だ。前にも書いたと思うが、2010年に発足したキャメロン(&クレッグ)の政権で内務大臣になって以来、元々右翼集団である内務省のトップにふさわしい、あるいはそれ以上の右っぷりを見せた。例えば語学学校に通うという名目で英国に来るが、実は勉強ではなく就労が目的というようなEU圏外からの学生を締め出すために(&そういう学生を当て込んでビジネスしている「なんちゃって語学学校」を退場させるために)、学生ヴィザの発給にかかわる条件を厳しくしたのだが、そのときには語学学校の類ばかりでなく、非名門の大学(ぶっちゃけ、国外からの留学生が「英国留学」というブランドのためにおさめるバカ高い学費をアテにしている)からも反発があったし、……と書いてるうちにだるくなったので先に行く。だるくなったところで無理をして書くと、このエントリは永遠にアップされない塩漬けフォルダに入るだけだから。
先に行こう。ガーディアンのこの記事には、サンデー・タイムズに寄稿されたデイヴィッド・デイヴィス(EU離脱担当大臣)の発言も紹介されている。
Comments from David Davis offered further clues as to the government’s Brexit strategy. Writing in the Sunday Times, the Brexit secretary hinted that the UK might seek a transitional deal with the other 27 EU nations.
“We don’t want the EU to fail, we want it to prosper economically and politically, and we need to persuade our allies that a strong new partnership with the UK will help the EU to do that,” he wrote. “If it proves necessary, we have said that we will consider time for implementation of new arrangements.”
https://www.theguardian.com/politics/2017/jan/15/theresa-may-uk-is-prepared-to-accept-hard-brexit
これをね、額面どおりに受け取るほど素直な人は、少なくとも欧州の老練な政治家の中にはいないと考えるのが普通っすよね、と真顔で読むべき発言だろう。
そしてデイヴィスのこの発言と同時に流れてきているのが、フィリップ・ハモンド財務大臣(どうでもいいが、ウィキペディアの日本語版、何を言ってるのかさっぱりわからない…… "新聞は彼の「EU懐疑派」の証明と、イギリスが欧州連合の改革に「取引を得る」ことができたという彼の確信をハイライトした" とか、"ハモンドはゴーヴを「純真だ」と非難した" とか、"2015年3月、情報部に責任を持つ大臣との会話で、彼は恐怖の「擁護者」がテロ行為において責任を分担しなければならないと提案した。そして、「しかし、責任の巨大な重荷も、彼らの擁護者を務める人々の責任だ」と語った" とか、何をどう翻訳したらこうなるの、これ……「純真だ」はnaiveの誤訳であることは明らかだけど……頭痛い……翻訳できるだけの基礎がない人は、翻訳には手を出さないでほしいんですけど)のこれ。これを見た欧州の古ダヌキ……いや、老練な政治家たちの反応を想像するだに、お茶の代わりに青汁を一気飲みして、「不味い、もう一杯!」と叫びたくなる。
Hammond threatens EU with aggressive tax changes after Brexit https://t.co/3iSCsboZlJ キタコレ感。こう脅して、「統一市場域内の人の移動の自由」についてゆさぶりたいのだろう。 pic.twitter.com/yr3BxbC0DC
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) January 15, 2017
この件、BBCで見るとまるっきり恫喝外交。しかもBBC Newsのトップニュース。記事は https://t.co/LuIPMqqyFB
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) January 15, 2017
Brexit: UK 'cld change economic model' if single market access denied pic.twitter.com/KnqRJwAUJ0
EU側にしてみれば、これまでさんざん「英国は例外」「英国には適用されない」というのを重ねられてきた上に、勝手に離脱すると言い出されてさらにこの恫喝。英国は「うちは困らないんですよ、パートナーはほかにもいるので。うちが手を引いたら困るのはあなた方でしょ」戦法だから。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) January 15, 2017
上記連ツイの "「統一市場域内の人の移動の自由」についてゆさぶりたいのだろう" のところの下敷きは下記。
Support for EU freedom of movement rules 'eroding' https://t.co/0zzeJkSNNe オランダ副首相(労働党)の発言。域内の人の移動の自由→賃金引き下げという側面。野放図な資本主義が土台を破壊し、英国は漁夫の利か。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) January 14, 2017
んで、ハモンド財相の「タックスヘイヴン化しちゃうかもよ♪」発言は、現にタックスヘイヴン化しているアイルランド共和国あたりからも反応は出るだろうから(英国にそんなことされたらアイルランド干上がってしまうよ ´・_・`)継続的に見ておく必要がある。
まったく英国という奴は、ほんっとにろくなことを考えないし、ろくなことをしない。映画『麦の穂をゆらす風』で、「英国はアイルランドとの交渉において、強大な軍事力をちらつかせて脅してきているのに屈するのか」という疑問が呈されるシーンがあったけれども、実に、あの人たちは(外面や言葉遣いは上品であるものの)「交渉」と「脅し」を区別しない。そしてそういうやり方が、グローバル・スタンダードなのだろう。
そんなニュースを見ながら、英国で日曜朝にやってるBBCのアンドルー(アンドリュー)・マーの番組のハッシュタグ #marr をチェックしていたら、こんなのが目に入った。

「オーウェン、BBCやITVはフェイク・ニュースだよ。こういうのを報じないでしょ」
ツイート主がオーウェン・ジョーンズに対してこのように言っているのは、タイムズの報道で、「Brexit後の英国経済は世界一ィィィィィィ!」みたいな話。RTが118件もある。
「GDPの伸び率がすげかった……」って、そもそもまだBrexitしてないじゃない。Brexit後にどうなるかは別の話(それをよくしていこうという取り組みはなされるべきであるにせよ)。それと、Brexit決定後のポンドの下落が何につながったかは、経済の勉強してなくてもわかる。あれは一時的なものでしょ。
ともあれ、このツイ主が貼り付けているのは、1月7日付けのタイムズの一面だ。
※画像クリックで原寸。
タイムズは記事は有料購読者じゃないと読めないが、一面はこのサイズでTwitterなどに公開されていて、一面にある範囲なら、記事は読むことはできる。
当該部分の拡大。全文は読めないんだけど、読める部分を見るに、なんか、普通の報道というより「もうダメだと言い募った連中の言ってたことがこんなに間違っていた」という(日本の感覚でいう)週刊誌の中吊り広告的な報道のように見えるのだが、気のせいだろうか。

んで、これ、1月に入ってからは見ていないが、2016年中に記事読んだ気がするんだよね……と履歴を掘ってみたら、あった。
UK GDP growth better than expected in Brexit vote aftermath
Phillip Inman, Friday 23 December 2016 17.35 GMT
https://www.theguardian.com/business/2016/dec/23/uk-gdp-growth-brexit-industrial-services-construction-wages
それと、ツイ主は「BBCは報じていない」と言っているが、報じてる。(テレビではどうなのかわからないが。)
Brexit Britain: What has actually happened so far?
13 January 2017
http://www.bbc.com/news/business-36956418
こんなにはっきりと報じてるじゃない。
Latest figures show the economy grew by 0.6% between July and September, faster than previous estimates.
Separate figures from the ONS showed the UK's current account deficit widened towards record levels in the third quarter, with few signs that the fall in the pound in the wake of the Brexit vote had helped to boost exports.
まあ、そんなことより、このツイートは衝撃的だった。「フェイク・ニュース」という11月の米大統領戦後に急速にバイラルした概念(それは以前からあった「パロディ・ニュース」、日本の「虚構新聞」のようなものとは別のものをいう)が、ここまで急速に、何というか、メタ化しているということが。
BBCは元々、Biased BBCというブログ/SNSアカウントから批判・攻撃されてきた媒体だ。「BBCは左傾化した偏向メディアだ」という攻撃にさらされてきたことは、英国ウォッチャーなら知ってるだろう。その背景は、保守党右派による「BBC解体論」だ。その文脈にある発言は、絶対に、鵜呑みにしてはならないプロパガンダである。
しかし、ソーシャル・メディアの時代になって、個々の発言の「文脈」が見えづらくなった。報道記事とかは見出しだけがガンガン回覧されるし、誰かが「どうしてメディアはこれを報じないのか」といえば「メディアはこれを報じない」という印象が、事実の有無に関わらず、できあがっていく。
Twitterなどを見ていると、ますます、足元の砂がさらさら、さらさらと流れていくような感覚に襲われる。
BBC Newsを「フェイク・ニュース」呼ばわりするというのは、「フェイク・ニュース」という言葉遣いがなされているかどうかは別として、現象としては以前から、アンダーグラウンド/フリンジで見られたことだ。だが今、「そういうのはアンダーグラウンドのことだから」と流す/無視することは、果たして "正しい" ことなのだろうか、という気がしてきている。そしてそれについて考えようとすると、飲み込まれるのだ。だってBBCが「おかしな言葉遣い」をしているなどということは、前項にも書いたし以前、ガザについても書いたように、よくあることだということを、私はよく知っているのだから。
https://twitter.com/search?q=fake%20news%20bbc&src=typd
BBC News - Gaza conflict: Five dead at hospital hit by Israeli strike http://t.co/wMSDeyn9AO ひどい記事。記者が現場から報告する映像に、「病院が攻撃されたとパレスチナ人が話している」と記述
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 22, 2014
こういうのでも「なぜ正確に伝えないのか」というと「なぜ報道しないのか」と勝手に読み替えられるだろうから証拠画像。ページトップに現場(砲撃された病院)を取材した記者の映像があるが、記事の書き出しは「〜と、パレスチナ人が述べている」と記述 pic.twitter.com/IFP1ZZArG9
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 22, 2014
BBCの記事で記述がひどすぎて気分が悪くなって途中で読めなくなったのは初めてだ(これまでは「ひどいな」と思っても最後までは読めてた)。「攻撃前に退避勧告が出ていたと現場のBBC記者(映像の人とは別)が言う」とか、そこ、病院だよ。病院なんだよ。病気の入院患者もいるし手術だってする。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 22, 2014
Shame on you, #BBC article writers. A hospital was targeted by the military. All you do is becoming their mouthpiece. pic.twitter.com/thISP4PMVW
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 22, 2014
※この記事は
2017年01月16日
にアップロードしました。
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