「サッカーは労働者階級のスポーツだ」というのは、それ自体は真である。1990年ごろまではそう言われていたものだし、ほかのスポーツ(特にラグビー)と比較するとサッカーは際立って「労働者階級」的な存在だ。
しかし、少なくとも21世紀の現代においては、「サッカーは労働者階級のスポーツだ」をひっくり返して「労働者階級以外はサッカー以外のスポーツに入れあげる」とか、「サッカーは労働者階級だけのスポーツ」と言ってしまうのは、真ではない。
それでもしかし、「サッカーは労働者階級のスポーツだ」というわかりやすい言説は、ときに「サッカーは労働者階級だけのスポーツだ」と尾ひれはひれをつけながら、今も流通している。「それ、必ずしも正しくないですよ」ということを指摘したい場合は、普通に「今はそうとも限らないですけどね」と言うこともあるが、黙ってほほ笑んで聞き流しておくこともあるだろう。
いずれにしても、「労働者階級だけ」でないことをはっきり示すエビデンスがあれば、「サッカーは労働者階級だけのスポーツだ」という極論を知ったかぶりで吹聴するような人々の発言は無視すべきものだということを、説得力をもった形で示すことができるわけで、その機会を待ち望んでいた人も少なくなかろう。
そしてついにその機会が、まさに願ってもないような形で、我々の前に訪れたのである。
ケンブリッジ公、つまりウィリアム王子といえば、英王室メンバーの中でも最も真顔力が足りていない人である。昨年のヘンリー王子の結婚式の際、あまりに激しいアメリカの黒人教会式の流儀に、エリザベス女王をはじめ王室の方々が居並んだ席のなかでただ一人、顔を真っ赤にして下を向いて肩を震わせているのが中継されていた(ちなみにお父さんのチャールズ皇太子は、口元が多少ひくひくしながらも鼻で大きな息をするなどして持ちこたえていたし、お祖母さんのエリザベス女王に至っては完璧な真顔力の持ち主としての実力をこれでもかこれでもかと見せつけていた)。
そのウィリアム王子がサッカーの「アストン・ヴィラFC」(バーミンガム拠点)のサポーターであることは、英国では広く知られているそうだが、現在チャンピオンシップ(二部リーグ)に落ちているアストン・ヴィラが、来季におけるプレミアリーグ昇格をかけた試合が27日、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われ、ウィリアム王子もVIP席で熱戦を見守った。試合は終盤、アストン・ヴィラが1点リードしたまま、アディショナル・タイムに入り、VIP席ではウィリアム王子が(フットボール・ファンにはなじみ深い)例の表情で(つまり感情をむき出しにして)、試合を見守っていた。
TV画面のその表情を見て、「この人、本物だ」という声がTwitterに。
Confirmation that Prince William is a genuine football fan. Nobody else looks like this while winning with seconds remaining #avfc pic.twitter.com/CAl0dBnxuJ
— Jon Startin (@Jon_Startin) May 27, 2019
そして試合はそのままアストン・ヴィラの勝利で終了、ダービーを2-1でくだしたヴィラは2019-20シーズンのプレミア復帰を決めた。
その瞬間のウィリアム王子がこちら。
Prince William was caught celebrating @AVFCOfficial's 2-1 win over Derby in the Championship play-off final ⚽️
— Sky News (@SkyNews) May 27, 2019
More here as the team are promoted to the @premierleague: https://t.co/77RrFp3kDF pic.twitter.com/obLgeW7bI8
サッカー情報専門のところも、王子の「さまざまな感情 many emotions」に注目。
The many emotions of Prince William & John Carew during the Championship Play-off final! pic.twitter.com/axVnVMbo17
— Soccer AM (@SoccerAM) May 27, 2019
Twitter Momentsも「本物のヴィラ・ファン」を特集。
Prince William is a true Aston Villa fan. https://t.co/hJNo2CKRsu
— Twitter Moments (@TwitterMoments) May 27, 2019
一方、王室ファンによく読まれている雑誌Peopleはこの取り上げ方:
Prince William cheers on his favourite football team − in a royal dad-approved baseball vap https://t.co/5c9DM3LHMA
— Simon Perry (@SPerryPeoplemag) May 27, 2019
いずれにせよ、ウィリアム王子のアストン・ヴィラへの愛と熱意は、「サッカーは労働者階級だけのスポーツだ」という極端な類型を、吹き飛ばしてしまうだろう。
将来の国王の仕事として、すばらしいことではないか。
https://t.co/t1PcdfDKs4 この次に「イギリスではサッカーは下層階級のスポーツざます。上流階級はハナもひっかけませんのよ」云々と言い出す出羽守が出没したときに、真顔でそっと貼るためのビデオ。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) May 27, 2019
この方は「ものっすごいいい人なんだけどおつむがちょっと……」などと一般庶民から生暖かく見守られつつ、「感情を見せないのが王族」という約束事を根本から書き換えていく人なのかもしれないなあ。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) May 27, 2019
ウィリアム王子はちょっと抜けたところがあって、not the cleverest one in the classなどと評されてもいるのだが、王室廃止論者(共和主義者)でも「あの人は憎めない」と言ってしまうような存在だ。先日ハリー王子とメーガンさんの間に赤ちゃんが生まれたtきのフィーバーっぷりを冷たく見ていた共和主義者のTwitterでの会話を少し見たのだが、「あー、でもあたし、ハゲと赤毛のうちのハゲはちょっと好きかも。今日赤ちゃんが生まれたのはどっち?」、「赤毛。でも赤毛もハゲになりつつある」みたいな口の悪さを発揮しながら、敬意は特に払っていないながらも「有名人のひとり」として特に敵視せずに扱っていた。
こういう人が王室の中から出てきて、王室廃止論の牙を抜いてしまうあたり、とても英国的だと思う。
なお、ウィリアム王子がアストン・ヴィラをサポートしている理由については、地元バーミンガムのメディアの報道がある。
https://t.co/BMmOlAv7yR ウィリアム王子がアストン・ヴィラな理由: 「学校時代(といってもイートン)、サッカーにはまってサポートするクラブを探したとき、周りはMUFCやCFCだったんだけどそれではありきたりすぎる。もっと感情のアップダウンを楽しめる中位のクラブがいい、と、そういうわけで」
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) May 27, 2019
BBCにも。聞き手はリネカーさん。(子供を仕込もうとしているあたり、本物すぎる……。)
ウィリアム王子とスポーツ:
Sport
William plays polo to raise money for charity, is a fan of football, and supports the English club Aston Villa. He became President of England's Football Association in May 2006 and vice-royal patron of the Welsh Rugby Union (WRU) in February 2007, supporting the Queen as patron.
https://en.wikipedia.org/wiki/Prince_William,_Duke_of_Cambridge#Sport
アストン・ヴィラのサポといえば、ということでこんな話も。
その昔、Open LondonでBank of Englandに行ったとき、当時の総裁の部屋にヴィラの選手のサイン入りボールが飾られてて、「いやぁ総裁ヴィラファンなんでw」って説明があったの思い出しました。
— yukikaze (@yuki_bateauivre) May 27, 2019
そしてこうなったのかー(2016年): https://t.co/3af0bacWZ4 "Former Governor of the BoE Lord King has joined the board of directors at Aston Villa. The 67 yo is a life-long fan of Villa"
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) May 28, 2019
あとAVFCといえば添付画像参照 via https://t.co/H2FVE87sUq
案外おセレブなクラブ? pic.twitter.com/JHdArLqDoQ
うちなんてジェレミー・コービンからピアース・モーガンまで、エリザベス女王からオサマ・ビン・ラディンまでっすからね。この一覧には入ってないけど、OOORRRRRDDDEEEEEERRRRR! でおなじみの英下院議長ジョン・バーコウも。
https://genius.com/3368882
※この記事は
2019年05月28日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
- 英国での新型コロナワクチン認可と接種開始、そして誤情報・偽情報について。おまけに..
- 英ボリス・ジョンソン首相、集中治療室へ #新型コロナウイルス
- "Come together as a nation by staying ap..
- 欧州議会の議場で歌われたのは「別れの歌」ではない。「友情の歌」である―−Auld..
- 【訃報】テリー・ジョーンズ
- 英国の「二大政党制」の終わりは、「第三極の台頭」ではなく「一党優位政党制」を意味..
- ロンドン・ブリッジでまたテロ攻撃――テロリストとして有罪になっている人物が、なぜ..
- 「ハロルド・ウィルソンは欧州について中立だった」という言説
- 欧州大陸から来たコンテナと、39人の中国人とされた人々と、アイルランドのトラック..
- 英国で学位を取得した人の残留許可期間が2年になる(テリーザ・メイ内相の「改革」で..