特に準々決勝でのスウェーデンとの試合があった今日は土曜日で、Twitterには「結婚式だというのに誰もが気もそぞろ」という報告があちらこちらから上がっている。
始まるまでは、あんなに盛り上がってなかったのに。
今回のワールドカップ、事前の盛り上がりがなかったのは、直前での監督解任という異様なことが起きていた日本だけではない。イングランド――というか、UKの一般メディアでも、事前にはあまり関心が払われていなかったのではないかと思う。開催地がロシアであること、そして2018年3月のソールズベリーでの化学兵器による襲撃事件などもあって、ロシアに対する英国の感情は、控え目に言っても「とても悪い」ということも作用しているだろう。大会開幕前によくありがちな「開催地のトラベルガイド」のような記事も見なかったし、逆に「こんなことで開幕できるのか」的な煽り記事(2010年南ア大会のときが本当にひどかった)もずいぶん前にならあったかな、という感じ。
それどころか、開幕直前に愛国タブロイドThe Sunが、ラヒーム・スターリングが右脚に入れたタトゥーを「問題視」するとかいうわけのわからないことをしていて、リネカーさんが「大会前にプレイヤーの気持ちを折ろうとするメディアの奇習」といったことをTwitterで述べていたくらいだ(この「報道」は逆に、スターリング本人にそのタトゥーの理由を説明する機会を与えることとなったのだが。ちなみに彼のタトゥーはM16機関銃で、それを入れた理由は、彼が子供のころに銃で殺された父親のことを踏まえて、「俺は銃は持たない。俺には右脚があるから」ということを表現するため)。
しかし開幕してみれば、ガレス・サウスゲイト率いるイングランドは快進撃で、試合のあった日はほぼ必ず、♪It's coming home, it's coming home... のお歌が(ヴァーチャル空間に)響き渡るという様相だ。
この曲は元々、1996年――1966年にイングランドがワールドカップを手にしてから30年後――の欧州選手権(EURO)イングランド大会のときに、イングランドの公式応援歌としてリリースされた。いろんな意味で「イングランドらしい」曲だ。
The song's intro included samples of pessimism from football pundits:
"I think it's bad news for the English game." (Alan Hansen)
"We're not creative enough; we're not positive enough." (Trevor Brooking)
"We'll go on getting bad results." (Jimmy Hill)
https://en.wikipedia.org/wiki/Three_Lions
上記ビデオはそのバージョンではなく、2年後の1998年、ワールドカップのフランス大会のときに非公式の応援歌としてリリースされたときのものである(歌詞も異なる)。ビデオの最初の方で使われている試合の映像は、1996年EUROのセミファイナルでドイツとのPK戦でイングランドの敗退が決まったときのもの。蹴ったボールがキーパーに止められているのは、現在のイングランド監督であるサウスゲイトである。固い表情をして戻っていくサウスゲイトをチームのみんなが勇気付けるようにして迎える映像に、♪We still believe it's coming home, Football's coming home♪ という歌が重なる。「それでもまだ信じている、戻ってくると、フットボールは故郷に戻ってくると」
Tears for heroes dressed in grey
No plans for final day
Stay in bed, drift away
It could have been all
Songs in the street
It was nearly complete
It was nearly so sweet
And now I'm singing
Three lions on a shirt
Jules remains still gleaming
No more years of hurt
No more need for dreaming
https://www.youtube.com/watch?v=oyoy2_7FegI
20年後の2018年、この歌詞が物悲しい自虐としてではなく、大真面目な可能性として歌われている。
そしてこのThree Lionsという歌の「中の人」はこの笑顔だ。
Home. pic.twitter.com/yV5pkaZ4hR
— David Baddiel (@Baddiel) July 7, 2018
デイヴィッド・バディエルはケンブリッジ大出身で、イングランドで有名なコメディアンだが、生まれたのはアメリカ。子供のころに英国に渡った――ばかりでなく、お父さんはウェールズ出身だったということを今ウィキペディアを見て初めて知った。両親ともにジューイッシュ(彼のTwitterのbio欄に「ジューイッシュ」とあるのは、Twitterで数年前に極右が大暴れしたときにジューイッシュの人たちの間で「私はユダヤ人ですが何か」ということを示すという動きが起きたときからのものだと記憶している)。
バディエルとコンビを組んでいるフランク・スキナーは、本名はクリストファー・グレイアム・コリンズという。クリス・スキナーという芸人さんが先に活動していたので、お父さんのドミノ仲間の名前をそのまま芸名として使うようになったそうだが、本人、アイリッシュでカトリックだ(イングランドの労働者階級の集合住宅に生まれ育っている)。
また、Three Lionsの音楽面の屋台骨であるイアン・ブローディーは、今回ウィキペディアを初めて見て知ったのだが、ジューイッシュだそうだ(「イアン」だからスコットランド系だと思ってた)。
つまり、今大いに歌われている「イングランドの応援歌」の中の人たちは、ジューイッシュとアイリッシュ・カトリックなのだ。
そのことは、知っておいて&踏まえておいて、損はしないと思う。
考えてみれば、このinclusivenessが「イングランド」というものであるはずで、バディエル&スキナーとブローディーのこの態度は、90年代当時、「イングランドのサポーターは、白人優越主義の極右」というイメージがとても強かった(ために「イメージ」では終わっていなかった)中で、「『イングランド』という存在は、白人優越主義の極右が独占してよいものではない」というメッセージを発するものでもあっただろう。
2014年のスコットランド独立可否レファレンダム以降、日本語圏では中途半端に「反イングランド」を言うことが「反体制」でかっこいいことであるかのようなムードが高まっているように見えるのだが、それに乗りたい人もどうか、バディエル&スキナーとブローディーのような人たちのことを認識しておいてほしいと思う。
ロンドンのアイリッシュで、スパーズのガチのサポという昔の知り合いや、ジューイッシュでスパーズの(略)という知り合いが、今回の大会ではさぞや盛り上がっているだろうな……と思いつつ、私はまあ、ウェルベックがんばれよ、とつぶやいてお茶を飲み干して、お手軽にジントニックの缶をプシュっと開けるのだ。
ウィルキンソン ジントニック+レモンライム アサヒビール by G-Tools |
It’s coming home.
— British Army (@BritishArmy) July 7, 2018
The Bands of the Guards Division played a special rendition of Three Lions on the forecourt of Buckingham Palace ahead of England’s World Cup quarter-final showdown with Sweden. #ENGSWE pic.twitter.com/ftgDSwzPcX
Twitterを見ていると、「スコットランドやアイルランドでは『反イングランド』が云々」という(日本語の)言葉も見かける。
しかし、「ファン」の反対は「アンチ」ではなく、「無関心」だ。愛の反対は無関心なのだから。
そして「ファン」であれ「アンチ」であれ、何らかの形で関心を示している人しかいない場では、「関心がない」ということが見えない。本当に関心がないときは "I don't care" とか "It doesn't bother me" といったことすら発言されないのだから。
そのことは認識しておいて損はしない。
今回はとりわけ、「イングランド」と「ブリテン」の境目がわからない感じが強い。個人的なフィルターバブルもあるが、Twitter上では「イングランドじゃないほうならどこでも」の投稿がほんのわずかしか見当たらない。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
というか、実はだいたいいつもこんな感じだったのに、前回、2016年のEURO(ウェールズもNIも出てた)で記憶が補正されているだけかもしれない。それにしてもスコットランドからの投稿をほとんど見ないのだが(単に関心がないだけか)。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
Ready for the game? #ENGSWE pic.twitter.com/F2F54mGR5g
— Andrew Burnett (@andrewburnett) July 7, 2018
A lil halftime entertainment.https://t.co/em8ErIge8W
— LAD (@LADFLEG) July 7, 2018
北アイルランドのリストでは試合見てる人もいるが、大半は単に関心がない様子。ユニオニストは12th直前。ナショナリストの側では、わざわざつかみかかっていってイングランドに罵声を浴びせるようなお子様的発言が見当たらない。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
シャンキル・ロードではトレヴァー・キング・メモリアル・パレードをやってる。1994年7月9日にINLAに撃ち殺されたUVFの大物。https://t.co/z2n6E69Ikr
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
https://t.co/HY3hFo9CND と思っているところに、例のパブの写真で、ジェイミー・ブライソン氏がお怒りのようです。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
Quick.... get them down...🇬🇧 pic.twitter.com/TiAnhlV6wB
— Jamie Bryson (@JamieBrysonCPNI) July 7, 2018
※西ベルファストのこのパブ、こういう機会にこういうことやってなかったら「オーナー病気なの?」と思うようなパブだから、ジェイミーは別に気にしなくてもいいんでわ。。。と思うのだけど。それとも「旗」ジョークなのかな。
また、ベルファストでは今日はシン・フェイン主催の妊娠中絶合法化デモも行われている。つまり、イングランドがどうとかいうことには完全に無関心。こういう試合の日にイングランドに罵声を浴びせるのが本物、みたいな認識は、子供じみたもの。愛の反対は無関心、と言うに尽きる。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) July 7, 2018
#rallyforchoice is now trending in #Belfasthttps://t.co/cfrj9UJXWP pic.twitter.com/9YCc1dsrVy
— Trendsmap Belfast (@TrendsBelfast) July 7, 2018
All Ireland Rally for Life 2018- Stormont [photos]https://t.co/wpw0cin5tf pic.twitter.com/7BHC2K1i1q
— Belfast Telegraph (@BelTel) July 7, 2018
※この「中絶合法化デモ」、全アイルランド規模で行われていて、ダブリンではSFのメアリ・マクドナルド党首が壇上に上がらずにスピーチするなどしている様子がツイートされてきていた。
そもそも、最初の方で言及した「結婚式なのに気もそぞろ」という写真ツイートをしているのは、パディ・オコンネルさんというこってこてのアイリッシュの名前の人だ。
I am at a wedding #ENGSWE pic.twitter.com/YVmWSyrTgU
— Paddy O'Connell (@bbcpaddy) July 7, 2018
そのほか、結婚式百景。「こっそり見てる」という人たちは、ゴールが決まった瞬間に「っっしゃあ!」と声に出してしまったり、ガッツポーズを決めたりしてしまっていなかったのだろうか。
Playing at a wedding today and footballs definitely coming home! #FootballsComingHome #FootballWorldCup2018 #ENGSWE #ENG #England pic.twitter.com/9HbcA4h0HT
— David Robertshaw (@DaveRobertshaw) July 7, 2018
Dad's at a wedding so I'm having to text him #ENGSWE updates so he can covertly keep up with the game ⚽️
— Chloe🍄 (@yourschloex) July 7, 2018
When your at a wedding but England are playing.. ⚽️ #ENGSWE pic.twitter.com/Q8MGoU6LAo
— Lucy Booth (@lucylbooth) July 7, 2018
Wedding vows in 10 minutes.#ENGSWE #SWEENG #bbcfootball #bbcworldcup #worldcup pic.twitter.com/J2KHM0xj1S
— Alexander Fox (@AlexanderFoxEtc) July 7, 2018
When the weddings the same day as the football so a projector saves the day #ENGSWE 😂😂 pic.twitter.com/pX2XG5vSfD
— al (@acarapd) July 7, 2018
お天気でよかったね。「フットボール・ウィドウ」現象も完全に過去の話かな。
ENGLAND SCORED!!!!! Everyone going wild on Brighton beach #bbcengland #ENGSWE #worldcup pic.twitter.com/GxwMmA70s1
— BBC South East (@bbcsoutheast) July 7, 2018
5日に発足70周年を迎えたNHS(国民健康保険)の病院での「おもてなし」。
The excellent nurses on my dad's ward have pushed him along in his bed to the day room to watch the #ENGSWE match. First class #NHS70 pic.twitter.com/YoUxmPi9PC
— Aly Napier (@annie_blackmint) July 7, 2018
イングランドの「快進撃」については、また時間作ってブログに書いておければいいなと思っている。サッカーの専門的なことではなく、「人々の熱 (football fever)」という点から。
何しろ、これだから。(ちなみにこの人はガチのガナサポ。)
There's a long way to go, but if England win the #WorldCup the Government should declare a public holiday as a day of national celebration.https://t.co/Q5Wfoh8jpO
— Jeremy Corbyn (@jeremycorbyn) July 4, 2018
Fantastic result, into the #WorldCup semi finals for the first time since 1990. Public holiday getting closer.
— Jeremy Corbyn (@jeremycorbyn) July 7, 2018
Gareth Southgate and these players have brought the nation together and are doing us proud. #ENGSWE
(フィデル・カストロも野球の話となると大変なことになってましたよね、的な)
それどころか、機械まで……
Even Alexa is at it. #ENGSWE pic.twitter.com/KysCn6ZLMR
— Paddy Power (@paddypower) July 7, 2018
※この記事は
2018年07月08日
にアップロードしました。
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