他人の写真をパクって加工して自分の写真と偽っていただけではない。その架空の「戦争写真家」は、自分の顔(&ボディ)写真として、全然関係のないイケメンの写真をパクってきて、それを別のところからパクってきた戦地の写真と合成して「取材中の僕」を捏造してさえいた。それだけでも呆れて物も言えなくなる話だが、「若い頃に白血病にかかって生還した」とか、「フォトグラファーであると同時にサーファーで、世界を回っている」とか、「国連機関で人道支援をしている」とか、全てが嘘。バファリンの半分はやさしさでできているかもしれないが、このオンラインの人格の半分は虚偽、半分は捏造だ。そしてその「自分自身の悲劇を乗り越え、他者の悲劇を記録し、人々に伝えているヒロイックな人道主義者♂(しかもイケメン)」というペルソナで、オンラインで女性をたらしこんで、自分に都合のよい環境づくりをしていたらしい。それも複数。
「アミナ」は正体がばれてさらし者になったが、この「戦争写真家」は詐欺がばれれば話は終わりで、「中の人」は名乗り出ることもなく、Instagramの彼のアカウントが消えたように、ただ消えてしまうだけだろう。
この話を知ったのは、いつも巡回しているガーディアンで見た記事だった。
War photographer who survived leukaemia exposed as a fake
Dom Phillips in Rio de Janeiro
Tuesday 5 September 2017 19.04 BST
https://www.theguardian.com/world/2017/sep/05/war-photographer-eduardo-martins-survived-leukaemia-exposed-fake?CMP=share_btn_tw
問題の人物は「Eduardo Martinsという32歳のブラジル人フォトグラファー」を名乗っており、シリアのアレッポやイラクのモスル、ソマリアのモガディシオに取材に入っていると語って/騙っていた。
War photographer who survived leukaemia exposed as a fake https://t.co/7HQXYPUZ6m なんぞこれ。名前聞いた記憶もないのだが大手メディアがひっかかっていたとのことで私も写真をTwなどしているかもしれない
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) September 5, 2017
18歳のときに白血病にかかって生還し、現在はシリアやイラクなどで活動する戦場写真家を名乗るブラジル人Eduardo Martinsは完全な偽物。自分の顔としてアップしているのは英国人のサーファー、撮影した写真としているものは他人の作品のパクリ。拠点はインスタグラム。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) September 5, 2017
私がこの詐欺師のことを知らなかったのは、インスタ見ないからかな(Flickrユーザーでよかった)。でもBBCやWSJやVICEがこの詐欺師の写真を使ってた、Gettyた彼の写真としてアップされたものは全削除したって書いてあるから、写真自体は見てはいるかもしれない。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) September 5, 2017
Ruggedly handsome Brazilian Instagram star is on the run in Australia https://t.co/V5kFyMeScN via @newscomauHQ どんなことがあったのかはこちらの方が詳しい。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) September 5, 2017
上記ツイートをしたときはこの自称「戦争写真家」についての記事はこの2点(ガーディアンと、その前日に出ていたらしきオーストラリアのNews.comの記事)しか見当たらなかったのだが、その後BBCなど各メディアが記事を出し、現在では、Eduardo Martinsという彼が使っていた名前で検索すると、ずらりと記事が並んでいる。
私はInstagramは使っていないし、Instagramに写真やビデオをアップしているプロのジャーナリストがいるのかどうか知らないが(写真撮影者の権利がしっかり保護されないサイトに写真をアップしたがるプロは少ないんじゃないかと思う)、InstagramがFacebookに買われる前、ユーザー数を増やしつつある話題の新興ウェブサービスだったころは、「普及期に入ったスマフォを使って素人が撮った写真に、フィルターをかけて正方形で出力し、それっぽく見せてくれることで人気だが、まじめに写真をやってる人は使わないサイト」だった。Flickrのユーザーフォーラムでアマチュア写真家が、「気軽なメモ帳としてスマフォから直接アップするには便利だが、EXIF情報もなく、閲覧者にカメラの設定がわからないようなサイトには自分のガチな写真はアップしたくない」とか「フィルター滅びろ」とかいった意見を交わしているのを読んだことを覚えている。それから何年も経過しているので、今はそんなことはないのかもしれない。
閑話休題。Eduardo Martins(を名乗る人物)が何を目的にこんなことをしたのかはわからないが、彼の捏造が発覚したのは8月末のことだった。彼はサーフィンを趣味とするブラジル人フォトグラファーを名乗り、ポルトガル語と英語でオンラインで活動していたのだが、その彼についての疑惑をブラジルのサーフィン専門媒体が8月31日付けで暴いた。
http://waves.terra.com.br/waves/colunas/fernando-costa-netto/edu-martins-morreu
(via news.com.au)
その記事を書いたのは、同じ媒体で7月13日掲載の(たぶんメールかチャットでの)「モスルからの」インタビューを行なったFernando Costa Nettoという書き手である(PetaPixelによるとCosta Netto氏自身フォトグラファー)。Costa Netto氏はEduardo Martinsを名乗る人物が語った「僕の来歴」に魅せられていた。いわく「18歳のときに白血病になり、7年間は入院生活を送った。化学療法はとてもきつく大学にも通えなかった。しかし今から思えば、病気になったおかげで僕のこの人格があるわけで、その点では病気になったのは贈り物だったと思っている」とかいうお話だ。もちろん、でっちあげだが。(via news.com.au)
最初におかしいと気がついたのは、BBC Brazilの中東特派員、Natasha Ribeiro氏だった。多くの中東特派員と同じくレバノンのベイルートを拠点とする彼女が調査を行なってMartinsは嘘を言っていると判明した。サーフィン専門媒体Waveのライター、Costa Netto氏はBBCと名前が分からない英語の媒体から電話で接触を受けた。Martinsとは(直接会ったことはないにせよ)友人としての信頼関係を築いていた彼は、Martinsに「戦争とかサーフィンとかでなく、本当のことを僕に話してくれないか」と連絡した。それでMartinsは逃亡した。インスタグラムのアカウントはアップされた写真は削除され、フォロー・フォロワーもリセットされた(現在はアカウントそのものがなくなっている)。自分がニセモノで、他人の写真をパクって自分のものだと偽っていたこと、他人の外見を自分のものだと偽っていたことについて認めることもなく、謝罪もなく、単に消えた。Costa Netto氏には、「オーストラリアに来ています。1年間、ネット含め全てを断ち切って車で寝泊りして生活することにしました」という返信が来た。それっきりだ。
(キャプチャ画像 via news.com.au)
現在、Instagramのプロフ欄にあるURLを叩いてみても、Wix.comの案内が表示されるだけだ。サイトのキャッシュが残っていないかとそのURLでGoogle検索してみたが、残っていないようだ。ただ、彼がそのURLを使ってあちこちに残していた足跡は見つかる。
これらのうち、National Geographicの投稿写真コーナー(Your Shot)に残っているページを見ると、プロフィール写真は例のイケメンのサーファー(この方については後述)の写真で、Martinsは「パリ在住」ということになっている。日付はOct 1, 2014、被写体はパリの凱旋門だが、写真が左右反転してある(ほかの凱旋門の写真と見比べると、彫刻が左右逆になっているのがすぐにわかる)。DiviantArtにはパレスチナのガザでの写真が4枚アップされている。ここでは「フランス在住」の彼のサイトユーザー歴は2年とあり、写真個別のページでも2015年との表示があるので2015年に登録したのだろう。NatGeoの投稿への反応は55件、DeviantArtのほうではわずか3件と、さびしい限りだ。彼の自サイトURLのWhoisによると、登録日は2014年9月19日、失効日は2017年9月19日。BBC Brazilのジャーナリストに疑われてニセモノであることがばれなければ、この先もまだドメイン更新して続けていたことだろう。
一方、彼のサイトURLを持って、ホスティング業者のFBページに苦情を入れている人も見つかる。
This guy used your services to make the largest scam in the history of photography, perhaps you should be honest & release his information so the giant group of photographers and papers that are after him can send him a lawsuit.
http://www.sbs.com.au/yourlanguage/portuguese/en/content/catch-me-if-you-can-brazilian-fake-war-photographer-may-be-hiding-australia
オーストラリアは彼の潜伏先になっているかもしれないということで、早い時期から複数の報道があったようだ。ここで苦情主がURLを張っているのは、SBSのポルトガル語放送の英語版(ややこしい)のポッドキャスト&記事のページ。
あ、あとInstagramビューアーのPicastaというサイトにもまだ残っている。日付は「1年前」で、クルディスタンの旗が翻る対イスイス団軍事作戦最前線のもの(VICEに使われたそうだ)のほかは、ケニアの首都にあるスラム、キベラで撮影された写真(誰のいつの写真なのか、初出はだいたいいつなのかを調べるため、シリーズ写真の中の1枚をランダムに選んでGoogle画像検索とTinEyeにかけてみたけど、何の手がかりも得られなかった)。
https://www.picasta.com/instagram/edu_martinsp
(念のためアーカイヴ)
というわけで、Eduardo Martinsなる自称「戦場写真家」が自サイトを開設したのが2014年で、2015年にはオンラインであちこちに写真をアップしており、2016年に注目されるようになったという大体の流れが見えてくる。自サイトはWeb Archiveには2016年から記録されている(ただしWeb Archiveで見ようとしてもWix.comのエラーメッセージが表示されるばかりで何も閲覧できない)。
https://web.archive.org/web/*/http://www.eduardomartinsphotographer.com/
この壮大な詐欺の鍵があるのは、2016年だろう。あちこちで参照されているRecountというウェブ媒体の記事が出たのが、2016年10月だ。
http://recountmagazine.com/humanity-amongst-the-ruins-of-constant-conflict-qa-with-photojournalist-eduardo-martins/
この媒体のことは今回初めて知ったけど、WordPressを使って運営されているサイトで、Aboutらしきページを見てもどこを拠点とするウェブ媒体なのかもわからないし、取材して書かれているのか、ネット上の情報だけで書かれているのか(ぶっちゃけ、体のよい「まとめ」サイトなのか)もわからないし、何と言うか、「はいはい」という印象。このサイトに何かが書かれているからといって、それが「ソースのある情報」になるのかというと、ならないと思う。
そういうサイトが、Martinsを名乗る人物が自分の写真だと言ってネットにアップした盗品(加工済み)をまとめ、本人に話を聞いて記事にしたのが上述のURLの記事だ。書き出しには次のようにあるが、この輝かしいプロフィールがすべて、嘘か、嘘に嘘を重ねて形だけ手にした「実績」かのどちらかだ(サンパウロの人というのも疑わしいらしい)。
Eduardo Martins is a documentary photographer from Sao Paolo, Brazil and humanitarian at the UN Refugee Agency. You may have seen his work in Vice, Le Point, The New York Times, The Wall Street Journal, Le Monde and The Telegraph.
Martinsの詐欺がばれたあとに雨後のたけのこのごとくにょきにょきと大量発生した記事のひとつ、写真専門媒体のPetaPixelの記事は、経緯をつぎのようにまとめている。Instagramでこの「超かっこいい戦場フォトグラファー(時々サーファー)」は多くのファンを獲得し、12万人ものフォロワーがついた。それにより、世界中で彼の写真が掲載された。そしてメディアはこの写真家自身に関心を持つようになり、2016年10月、Recount Magazineがインタビューを掲載した……って、このRecountっていうウェブ媒体が「メディア」と呼ぶに値するものなのかどうか、検証したんですかね。なんかもう、ザルが多重で、話を追おうとするだけで疲弊するんですけど、この件。
His presence on Instagram not only gave him a massive fan base of over 120,000 followers, but it led to his work being published around the world. From smaller publications such as SouthFront to prestigious publications like the The Wall Street Journal and Le Monde, articles were illustrated with what everyone thought was Martins’ own work.It didn’t take long for the media to become interested in Martins himself. In October 2016, Recount Magazine published a interview with him.
The Brazilian edition of VICE soon followed suit with an extensive photo essay titled “On the front with the Peshmerga.”
In early July, BBC Brazil featured Martins’ work as well.
だいたいこういう流れで、英語圏でというよりブラジルで有名になったMartinsだが、彼について疑いを抱いて調べたのもブラジル人ジャーナリストたちだった。彼女たちがいなかったら、この人物はいつまでも盗みを重ね、いつまでもフカシていたのだろう。
まず疑問に思ったのが、上述のとおり、BBC Brazilの中東特派員、Natasha Ribeiro氏(BBC Newsの記事も参照)。Martinsという写真家本人に会った人を誰一人として見つけることができず、疑いを強めた。イラクにいるブラジル人ジャーナリストには彼を知る人が一人もいないというし、ブラジル版VICEに掲載された写真が撮影されたときに現地にいたブラジル人記者2人に話を聞いても、答えはノー。どの当局もMartinsとのやり取りをしていない(ヴィザ発給などの痕跡がなかったということ)。Martinsが働いていたというNGOや国連機関も彼を知らず、Martinsが訪ねたと言っている世界各地の組織・機関に確認しても、この人は知らないという。
さらに、ガーディアン記事にあるのだが、サンパウロを拠点とするテレビ記者でジャーナリストのRenata Simões氏は、ガザ地区でのサーフィン振興プロジェクトに興味があったのでそのことをMartinsに尋ねてみると、知らないという。サーファーで、ガザ地区で撮影を行なっているフォトグラファーで、UNRWAで働いているはずの人物が、そのプロジェクトのことを知らないのはおかしい。
“I thought it was strange that someone who said they knew so much about Gaza had never heard of this surf project,” Simões said. “At the end we believe in a story we want to believe in. Sometimes the story is so good we don’t bother to check it.” (via Guardian)
こういった話をSimões氏とMartinsは、対面や電話、SkypeなどでなくInstagramのメッセージ・サービスを使って行なっていたのだが、ジャーナリストがそんな相手のことを信じるものかどうか。彼女はMartinsの写真展に誘われたのだが、行けなかったのだという。「なんとしても行かなければ」とは思わなかったのだろう。写真展に行ったところで、本人はいなかっただろうが。
しかし、写真展をやったということは、ギャラリーの人などもろもろ、彼のことを完全に信じていた人たちがいたということだ。本人と会わずに。「今はイラクにいるから」など、直接対面できない理由がたくさんあり、それを使いこなしていたのだろう。凄腕の詐欺師だ。
Martinsはブラジルのマスコミで仕事をする女性たち複数に接触して、実際に会うことなくヴァーチャルな世界で甘い言葉を囁いて虜にしていた。その数、わかっているだけでも6人だそうだが、それぞれ「自分は彼にとって特別な存在」と思っていたというのだから、このMartinsという人物の中の人は相当とんでもないスケコマシでもある。
The São Paulo photographer Nina Keller said he had told her he was not scared of war, only cancer, when she interviewed him for the M Journal site.
“I never saw him personally. He tricked me, and above this, he sent me flowers, called me every day, sent me messages,” Keller said.
https://www.theguardian.com/world/2017/sep/05/war-photographer-eduardo-martins-survived-leukaemia-exposed-fake
BBC Brasil has also been in contact with one of at least six women, all young and professionally successful, who say they had romantic online relationships with Eduardo Martins.
None of them has ever met him in person and they all have asked to remain unidentified.
Once it was clear Eduardo Martins was a fake, BBC Brasil took down a story it had published about him and issued an apology to its readers, adding that the case "will help reinforce our verification procedures".
http://www.bbc.com/news/world-latin-america-41174069
BBCの記事には書かれていないのだが、News.com.auの記事には、そうして「自分はこの人にとって特別な存在」だと思わせた報道業界の女性たちに、ほかの戦争報道記者からいろいろ聞き出すように仕向けていたとある。
なんか、気づいたらカルト教団率いてるんじゃないかっていう気がする。
さて、この件で、直接的な被害者は、戦地などでの写真をパクられた報道写真家たちと、容姿を示す写真を盗まれたサーファー氏(本物のイケメン)である。次はその点だ。
Martinsを名乗る人物は、他の報道写真家の撮影した写真を左右反転してフォトショップで加工するなどして「自分の作品」に仕立て上げていたということが現在では明らかになっているが、Martinsなる写真家は存在しないことが明らかになったとき、サンパウロ拠点の写真家、Ignácio Aronovich氏がそれらの写真をチェックし始め、1人の写真家の作品にしては一貫性がないということに違和感を覚えた。また、持っているカメラにシャッターボタンがないなどおかしなところもあった。Googleのイメージ検索の結果、Martinsの写真は他の撮影者から盗んだものを改変しているということがわかった。またAronovich氏は、Recount MagazineのインタビューでMartinsが「写真撮影をやめて、火炎瓶で負傷した少年を助けた」と騙って/語っていること(それ自体、「ハゲワシと少女の写真を撮りピュリッツァー賞を撮った写真家」について素人が語る「べき論」のように聞こえるのだが)にも違和感を覚えたという――武器ならいくらでもあるイラクで、誰が火炎瓶など使うのだろう。(via Guardian)
そして判明したのは、Recount Magazineに掲載されていた「Martinsの写真」には、米国のフォトグラファーDaniel C Britt氏(←リンク先、中のほうまで見ていくと非常に厳しい写真が予告なく出てくるかもしれないのでご注意ください)の写真を左右反転したものが含まれているということだった。Martinsが「ガザでイスラエル軍との衝突のあと、叫び声を揚げているパレスチナ人の少年」としてアップしていた写真は、Britt氏が2010年にイラクのキルクークで撮影したものだった(Martinsのその写真は、パレスチナに関心を持っている人なら違和感を覚えたのではないかと思う……私はRecountで当該の写真を見て、「ヨルダン川西岸地区ならありえたかもしれない光景だ」と思った)。
盗用の被害にあったBritt氏は、ワシントン・ポストやタイム、NYTなどに掲載されている写真家で、現在はトルコを拠点としている。氏は「エデュアルド・マルティンスは私のサイトを含め、多くのサイトから写真を盗み、それらをGetty ImagesやZuma Pressなどを通じて(勝手に)再販したのだ」と述べている。Gettyでの料金は$575だったという(先週まで、その値段がついて配信されていたそうだ)。(via news.com.au)
一方、顔や容姿を勝手に使われたイケメン・サーファーのMax Hepworth-Povey氏(英国人)だが、こちらは単にアイデンティティ・セフトの被害にあっただけではなく、非常に不気味な経験をしている。Hepworth-Povey氏はサーフィンの分野の媒体に文章を書き写真を寄せるなどしており、そういったサイトの編集者が彼の顔と容姿が勝手に使われていることに気づいて、「あのさ、フォローしてるブログにこんな写真が出てたんだけど、これ、何」と連絡してきたことで事態を知った。
Hepworth-Povey氏曰く、Martinsを名乗る人物が、プロフィールに使ったり戦場写真に合成するなどしたりしていた彼の写真は、少なくとも2年前のもので、彼のInstagramのアカウントからパクられたものもあれば、数年前に消した古いFacebookのアカウントにアップしてあったものもあった。(恐。投稿者本人が削除したムキムキボディのイケメンの写真を保存してあったってことでしょ。)
「何年も前のものですから、変な感じですよね。気持ちが悪いっていうか」
取材時、Hepworth-Povey氏は仕事でフランス南西部に滞在していた。彼の仕事はツアー業者のためにヨガ教室を運営することで、このサーフィン&ヨガのツアーの仕事で彼は南アフリカやスリランカ、スペインなどに行っているが、中東には行っていない。紛争地に行って注目されるなどということは全く性に合わないのだという。
その彼には今回のことについてうっすらと心当たりがある。2年前、彼にメッセージを送り、サーフィン・ブランドQuiksilverのサーフィン旅行に招待しますと言ってきた「ブルーノ」という人物だ。「ブルーノ」はQuiksilverに勤めていると言うわりには、メールアドレスがHotmailだった。不審に思ったHepworth-Povey氏はSkypeで「ブルーノ」と話をしようとしたが、先方のビデオが動作せず、音声だけでやり取りをした。そのやり取りがおかしかったので、Quiksilver云々の話には興味を失ってしまったが、その1週間後に、Max Hepworth-Poveyを名乗るニセのFacebookアカウントが出現して、本人の友達を次々とaddしていったので、友人たちに「あれは僕じゃない。もうFacebookはやめる。アカウント削除する」と告げてFBを去った。そのときの「ブルーノ」と今回のMartinsは、ひょっとしたら同一人物なのではないかと本人は考えている。(via news.com.au)
BBCでは、不正が判明し、サイトからEduardo Martinsを名乗っていた人物の写真(とされていたもの)を削除した。その際、「彼は今はイラクのモスルの最前線にいるからという理由で電話で話すことを拒み、WhatsAppで録音済みのオーディオファイルを音声メッセージとして送ってきていた」ということも明らかにしている。つまり、彼と接触した人々は、姿は見ていなくても声は聞いているのだ。
In a post on Friday, the BBC said confirmed it had removed all material from “Martins”.
“He refused to speak on the phone, on the grounds that he was at the front in Mosul, Iraq, a space disputed by the country’s security forces and the extremist group calling itself the Islamic State. He would send voice messages over WhatsApp, always as audio files, never instantly recorded.”
http://www.news.com.au/technology/online/social/brazilian-instagram-star-on-the-run-in-australia/news-story/256c2ba8ca6294fb0265d448f112b310
この件で、「イケメンだからって釣られるなよwww」という嘲笑めいた言葉も、英語圏のどっかのコメント欄で見たが、詐欺師が見目麗しい赤の他人の写真を「自分の写真」として使うことは、単なる定石だ(多くの人が釣られたのはそれ以上の理由がある)。Twitterのアダルト系「このURLで待ってます」系スパムのアカウントのアバターはほぼ例外なく魅力的な若い女性の写真だし、当エントリ冒頭で触れた「アミナ・アラフ」のときも、今回のMartinsの事例と少し似ているのだが、ある女性がFacebookの鍵つきアカウントにアップしていた自分の写真が勝手に「ダマスカスのゲイ・ガール」として使われていた(ご本人はシリア人でもなければダマスカス在住でもなくレズビアンでもなかった)。もっと深刻な例では、北アイルランドで「美女」に篭絡され犯罪行為を行なってしまうというケースで、本当にとんでもないことがあったばかりだ(ある女が組織的背景なく政治的動機で警官を殺すために、ネット上で「金髪美女」に化けて攻撃を手伝わせる男をたらしこみ、北アイルランドに呼び寄せて攻撃を行なわせた。だまされて攻撃者となったのはイングランド人とアメリカ人の2人で、2人とも最終的には自殺してしまった。詐欺師でテロリストの女は有罪判決を受けて禁固16年)。
この件、大いに話題になったあとで出た(つまり後発の利があって情報量の多い)ワシントン・ポスト記事が、写真を盗まれたBritt氏が、やはり遅くなってから記事を出したオンラインメディアMashableの記事の書き手へあてて出したステートメントを参照している。Britt氏の言葉はとても重要なことを言っている。
https://www.washingtonpost.com/news/morning-mix/wp/2017/09/07/he-claimed-to-be-a-heroic-war-photographer-but-his-photos-and-identity-were-stolen/
Britt, the photographer whose images were allegedly stolen by Martins, said in a statement to a Mashable reporter that many of the photos legally belonged to Playboy magazine.
“Once a story is done, I don’t really follow my content online, so I had no idea my photos were being resold by a social media geek for the last two years,” Britt said. “Eduardo Martins, whoever he is, was clever enough to slip past the editors of several magazines and The Wall Street Journal. … I am just disappointed that Eduardo Matins bastardized the photo captions and gave people yet another reason to distrust the news.”
“Some of the people depicted in them are no longer with us,” he added. “Their lives mattered. The lives of my interpreters, fixers and everyone who helped us along the way mattered. The value of these photos is more than the pittance Eduardo got from the agencies or his number of ‘Likes’ on Facebook.”
つまり、Eduardo Martinsのやったことによって、またメディアへの信頼が下がってしまった(かもしれない)ということ。そして何より、写真家は写真の中の人々のことを考えているということ。「撮影された人々の中には、もうこの世にはいない人もいます。彼らの命は意味のあるものでした。私の通訳者さんたち、現地取材調整をしてくれた人たち、取材のために私たちを助けてくれた全ての人たちが、重要なのです。これらの写真の価値は、Eduardoが配信でもうけたわずかばかりの金額や、彼がFBで得た『いいね』の数などより、大きいのです」
WaPoのこの記事は、上で見てきたようなネット上の記事に私が疑問に思ったところについても取材して書いている。2016年10月にMartinsのインタビューをしたRecountとかいうオンライン媒体のことだ。
Larisa Karr, a 26-year-old mass communications student at the University of North Carolina at Asheville, conducted the interview for Recount magazine, which she co-founded. She told The Post she reached out to him via Instagram after seeing his photos shared by a news agency.
“They told really effective stories,” Karr told The Post. He asked to conduct the interview over email. “There were really no red flags. The interview was pretty candid.”
When Karr heard the news that Martins appears to have faked his photographs, she was “taken aback,” she said. “It really shocked me in the sense that someone would pretend to go to this place and sort of trivialize and tokenize people’s struggles. … It gives photojournalists a bad name for sure.”
つまり、Recountという媒体は、現在26歳のマスコミ学専攻のアメリカ人の学生が共同設立者のひとりとして立ち上げられた媒体で(とうてい「マスコミ」といえる存在ではない)、その共同設立者のひとりがMartinsを名乗る人物にInstagramで接触して実際に会うことなくインタビューを行なって記事にした。彼女がMartinsに接触したのは、通信社が配信していた写真の中に彼のクレジットがあったからだ。
ある意味、Martinsは「信用創造」に成功したのだ。いったん大手通信社の配信に乗れば、ほっといても信用は創造されていく。「○○通信社が配信してるんだから、確実な写真だ」ということは誰もあえて確認しないくらい自明のことで、そこから大手新聞への掲載が行なわれ、「○○紙に掲載された写真家」という《事実》が出来上がる。そうして彼は「著名な写真家」になっていったのだ。自分では撮影していない写真を使って。
この件で思ったのは、すっごい古臭いことだ――やっぱ、その人と直接会わなきゃだめっすね。(会ってもなお、相手が詐欺師なら、だまされるのだろうけれども。)
言及したついでに書いておこう。言及するために何年かぶりで「ゲイ・ガール・イン・ダマスカス」を検索したら、2016年の日本賞受賞作のカナダのドキュメンタリーが、「アミナ」についてのものだったということも知ったし。
アミナは、シリア・ダマスカスに住むレズビアンの反体制活動家。彼女は“ゲイガール・イン・ダマスカス”というブログを開設し、世界中から多くのフォロワーを集める。ダマスカスでの活動の姿と、エロティックなプライベートのささやきが人気を集めたのだ。カナダに住むサンドラも、ネットの上でアミナに恋をしたひとりだった。
しかし、突然、アミナは姿を消す。アミナの行方をめぐり、物語は急展開してゆく。秘密警察に連れ去られたのか?もはや、彼女は生きてはいないのか?さまざまな憶測が飛び交う中、大手メディアや数々の諜報機関が動き始めたその時、あまりにも意外な事実が明らかになる。
ネットに潜むリスクと、それに翻弄される現代社会を鮮やかに描く。
「アミナ・アラフ」を名乗るFacebookやMySpace、出会い系サイトなどネット上のプロフィールがネット上の英語圏で注目されていたのは、2011年の所謂「アラブの春」が起きる前のことだった。その注目の只中、2011年2月半ばに「アミナ」はBloggerでブログを開始した。しかし「アラブの春」がシリアにも波及し、ブログ開始から何ヶ月にもならぬうちにこの「ダマスカス在住の見目麗しいレズビアン・ブロガー」は「当局に連行される」という痛ましい結末を迎え、世界中の人々が心配した――のだが、結局は、真に受けていた人々がバカを見ただけだった。一連の出来事は全て、40歳のスコットランド在住アメリカ人男性のでっち上げだった。当局に連行されたことにして幕引きをはかったのは、「アラブの春」により、自分がでっち上げた架空の「ダマスカスのゲイ・ガール」をどうすればよいか、自分では扱いきれなくなったからだった。その経緯と顛末は、このエントリなど、当ブログでは何回か書いている。
当時、このバカ者があれほどの激怒を買ったことについて「何をそんなに怒っているんだか」と冷笑していた人々も、2017年の今なら冷笑などできないだろう。シリアにおいて、自由な発言をしてきた人、特に西洋とつながりのある人が「当局に連行される」ということは、絶対にネタになどすべきことではなかった。「アラブの春」が起きて、現実に「表現の自由」や「民主的な制度」、「拷問の禁止」を求めて発言してきた人々が連行されていっているということが起きていたあの状況の中では、「アミナ・アラフ」なる非実在ブロガーの一件が何にどのように影響を与えていたか、わかったものではない。どんなことだって連行・拷問の口実になりうるのだから。
今回のEduardo Martinsの思い上がった愚行が、シリアにどういう影響を与えているか、考えるとぞっとする。「西側のメディアは(例外なく)何も確認せずに掲載している」という彼らのプロパガンダにぴたりと一致するようなことが実際に起きたのだ。「またもや」ではあるけれども。
この「またもや」が私たちの足場を崩していく。「信頼」という足場を。そこにアレックス・ジョーンズのサイトのようなものが繁茂する。
※この記事は
2017年09月09日
にアップロードしました。
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