「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2020年01月31日

欧州議会の議場で歌われたのは「別れの歌」ではない。「友情の歌」である―−Auld Lang Syneは「蛍の光」ではない。

表題の件、欧州議会が「とっとと出てけ」っつってケツを蹴飛ばすために「蛍の光」を歌った、「煽り」だ、とかいうトンデモな説がネット上の日本語圏で断言された断片として漂っていて、それについて書こうと思ってこのブログの管理画面を開いたが、もうタルいのでツイートの貼り付けだけ。そもそも、Auld Lang Syneと「蛍の光」が全然別物だということは常識だと思っていたが? (「蛍の光」の歌詞は原詩の翻訳ではない。)










↑「別れに」って書いたけど「永遠の別れに」っていう意味。大晦日から元旦の集まりをお開きにするときに歌われる(つまり「今年もみな元気でやっていこう」的な意味)。



議場からの議員による実況ツイートを私がリツイートしたものは下記:
https://twilog.org/nofrills/date-200130/asc

リンクしといたって誰もクリックなんかしないからキャプチャ画像で入れとく。
auldlangsyne.png

それと、ナイジェル・ファラージのゲス野郎が何かやってたことについては:
auldlangsyne2.png
※ファラージを黙らせたマレード・マクギネスはアイルランド選出のMEP。キャシディ先生がそう書いてるけど、一応、日本語で強調しておく。


Auld Lang Syneの歌詞はスコットランドの詩人、ロバート・バーンズによるもので、スコットランド語で書かれている。スコットランド語は英語(イングランド語)に近いが、「別の言語」になる程度に違う。欧州大陸の議員たちはそのなじみのない言語での歌詞を書いた紙を見ながら、声を合わせて歌ったのだ。

Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot,
and auld lang syne?

For auld lang syne, my jo,
for auld lang syne,
we'll tak' a cup o' kindness yet,
for auld lang syne.

...

As well as celebrating the New Year, "Auld Lang Syne" is very widely used to symbolise other "endings/new beginnings" – including farewells, funerals (and other memorials of the dead), graduations, the end of a (non-New Year) party, jamborees of the Scout Movement, the election of a new government, the last lowering of the Union Jack as a British colony achieves independence[24] and even as a signal that a retail store is about to close for the day.

https://en.wikipedia.org/wiki/Auld_Lang_Syne


これを「煽り」とか「嘲笑」とか、よくもまあ勝手に解釈できるものだ。無知はこれから知ればよいが、無知が無恥のまま放置されて無恥の恥知らずになって、しかも増幅され拡大されているのは、見てるこちらが恥ずかしいし、醜いし、おぞましい。

クソが。

むしろ、スコットランド語がEUの公用語に新たに加わることの伏線だろうよ。


※この記事は

2020年01月31日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 11:45 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼