「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2017年10月29日

英国からシリアに行ってイスイス団に加わったと思われる白人青年がクルド人地域で起訴されたが、英国政府は本音としては「殺害」方針支持に傾いていることだろう

「ジハーディ・ジャック」が起訴されたという報道が、10月28日、メディアに出ている

「ジハーディ・ジャック」と呼ばれているのはジャック・レッツという名の英国人の青年だ。現在21歳の彼は、まだティーンエイジャーだったころ、2014年にヨルダン経由でシリアのイスイス団支配地域に入った。「Aレベル」取得を断念して(「Aレベル」は日本の制度でいうとおおむね「高卒の資格」と「センター試験」を兼ね備えたものなので、「高校を中退」のような感じ)英国を発った彼は、「何が起きているのか、この目で見たかったからシリアに行った」ということを述べているようだが、実際のところはそうではなくイスイス団に加わるためにシリアに行ったのだろうという疑いがある。彼の「起訴」はその疑いについてのものである。

さて、その裁判だが、彼の出身地である英国で行われるわけではない。シリアで行われる。しかし「シリア」といってもダマスカスの中央政府の統治下ではない。北部のクルド人支配域だ。

シリア北部のクルド人支配域は、今もなお公式にはシリアの一部(つまりダマスカスの統治下)であるのかもしれないが、実態としては「自治区・自治領」になっている(英語では "de facto autonomous region" ということになる)。なぜそうなったかを簡単に振り返っておくと、だいたいこういう感じ――2011年2月から3月にかけてシリアで民主化要求運動(拷問の廃止など人権運動を中心としていた点では、エジプトの「革命」の過程とよく似ていた)が起こり、政権側がそれを武力で鎮圧したことで「平和的な改革要求」という道が閉ざされ、シリアは「内戦」の状況に陥った。アサド政権の軍や民兵と、反政権の諸勢力(民主化要求運動からイスラム主義まで幅広い政治・思想的バックグラウンドを有していたが「アサド政権反対」という点で英語圏報道では一様に "rebels" と称されていた諸勢力)が戦闘を重ね、非戦闘員が暮らす市街地に政権側が空から攻撃を行なってクラスター爆弾や即製の「たる爆弾」を投下して多大な犠牲者を出し、さらにはいわゆる「アルカイダ系」のサラフィー・ジハード主義の集団が「シリアの政治」という枠組みを超えた「イスラムの国を作る」とかいう主張を掲げて民主化要求運動が主導した「革命」に便乗し、さらにそれを乗っ取る形で我が物顔をするようになるという、シリアの内戦化・内戦の激化の過程で、アサド政権があまり注意を払っていそうになかったのが北部のクルド人の多い地域だった。比較的早い段階からこの地域の動向に注目していた英語圏のジャーナリストを私はTwitterでフォローしていたのだが、そういう人でもない限りは、大手メディアや国連のような機関の中の人たちを含めて大半は、「シリア情勢」といえば「アサド政権は(も、エジプトのムバラク政権やリビアのカダフィ政権のように)崩壊するのか」ということ、および「アルカイダ(後にイスイス団となった集団も含む)にどう対処すべきか」と「アサド政権の非人道行為・戦争犯罪行為にどう対処すべきか」ということに意識が向いていた。BBCのような国際メディアの人も、ワシントンDCのシンクタンクの人も、北部のクルド情勢についてはあまり注目していなかったのだ。そういう状況下、2013年11月に「シリア北部民主連邦 (the Democratic Federation of Northern Syria: DFNS)」(通称Rojava)の設立が宣言された。英語版ウィキペディアにマップがあるのだが、DRNSは、シリアとトルコの国境線に沿った地域を、地中海に面した西部のごくわずかな部分を除いてだーーっと支配下に置いている(マップでオレンジ色になっているアレッポ県北部はどうなんすかね)。このRojavaについて説明することはここでの本題ではない。詳細は2017年7月に勝又郁子さんが書かれた詳しい記事が、シノドスに出ているのでそれをご参照いただきたい(が、「バランス」という点では別の視点からの記事も参照する必要があると思う。例えば「アラブ人への差別」についてなど、一方のスポークスマンの発言だけで事実を決め込まない程度に慎重を期す必要があることは多い)。

さて、2014年に英国からヨルダン経由でシリアに入った英国人青年、「ジハーディ・ジャック」ことジャック・レッツが2017年10月に起訴されたのは、このRojava (DFNS) でのことだ。そのことを報じるBBC記事には次のようにある。

A statement given to the BBC from the Democratic Federation of Northern Syria (DFNS) - a self-declared autonomous region - said Mr Letts had been taken to a prison in Qamishli in northern Syria.

It said the case was still under investigation by the local police force of the DFNS, the Asayish.

This marks the first time that Kurdish forces have confirmed the capture of Mr Letts as a prisoner of war.


レッツが収監されているというQamishli(カミシュリ)はRojavaの一番東のほうにある都市で、Rojavaの「首都」である。イスイス団のメンバーであるとして起訴された彼のケースは今もまだRojavaの警察による捜査が続けられているというが、ともあれこれで初めて、この英国人が「戦争捕虜」としてRojava当局に拘束されているということが公式に確認されたことになる。

Rojavaは「国家」ではなく「事実上の自治区」だが、英国政府は自国民の処遇をめぐって、Rojavaの当局と公式な形で接触することになるのだろう。

なお、レッツが「戦争捕虜」であるということは、Rojavaの当局はジュネーヴ条約にのっとった処遇をしなければならないということにもなる。イスイス団がジュネーヴ条約なんか気にしてもいないということ(コバニ攻防戦のとき、捕虜にしたクルド人戦闘員を斬首してネットに写真をアップして見せびらかしていたような連中だ)を考えると皮肉なものだが、イスイス団がジュネーヴ条約なんか気にもしていないからといって、イスイス団戦闘員(の疑いがある者)を捕らえた側がそうしてよいということにはならない。

ジャック・レッツは両親ともにイスラム教とは無縁で、育った町もオックスフォードだ。その彼が改宗したのは中学生のときで、地元のモスクに通い、クルアーンを読むためにアラビア語を勉強していたという。通っていた学校はコンプリヘンシヴ・スクール、つまりだれでも入れる中学校で、特別な教育をさずけるパブリック・スクールではないが、イスラム教との接点が特にあったような感じでもない。(source

イスイス団が台頭し、欧州諸国から多くの人を集めているということが明らかになり、また日本でもあの集団が何か魅力のあるもの、当時実際に使われていたおぞましい言葉を借りれば「(現実に対するオルタナティヴな)解のひとつ」と位置づけられ、ソーシャル・メディア上ばかりでなく書店の棚や新聞・雑誌のページ上に居場所を得ていたとき、日本ではああいう集団のやっていることを明確に非難する立場から、鼻をつまみたくなるような「日本特殊論」に基づいた言説が、それなりにもっともらしく響いていたようだった。ざっくりいうと、「欧州に移り住んだイスラム教徒の移民の子供は、自身のアイデンティティに悩んだ結果、ルーツをさぐっていった結果としてイスイス団のようなものに加わってしまう。日本でのように『まったく新しい何か』としてアピールしているわけではない」とかいう言説だ。しかしそれは、ジャック・レッツのような「イスラム教とは無縁だった普通の白人青年」たちが何人も、シリアのラッカを勝手に「首都」としたあの集団に引きつけられていったことを無視するものだった。

実際にイスイス団のような思想集団にはまっていった「白人の改宗者」は何人もいる。私程度のニュース・ウォッチャーでも、ドイツの元ギャングスタ・ラッパーを感化したドイツの過激派のピエール・ヴォーゲル(1978年生まれ。22歳のときにプロボクサーとなり2年ほど活動した彼は、2001年にイスラム教に改宗。「ウンマの一員なのでドイツ国籍と言われても微妙です」的なことを述べている)や、2015年3月に18歳で自爆攻撃を行って死んだオーストラリア人、ジェイク・ビラーディ(「ジハーディ・ジェイク」)、同じくオーストラリア人で、16歳で出奔し、過激な発言を行うビデオで顔を見せ、「赤毛のジハーディ」と呼ばれたアブダラ・エルミール(彼は両親のどちらかがレバノン系だそうだが、イスラム教のバックグラウンドではなかったようだ)など何人かの顔と名前が浮かぶ。別枠で、結局何が何だったのかよくわからない「デリーのクレガン出身のイスラム戦士(?)」(ジハーディというよりほら吹きだったようだが、武装活動は別としても宗教的に感化されていたことは間違いないだろう)のような例もあるし、2005年7月7日のロンドン公共交通機関自爆攻撃の実行犯一人の妻で、「知らないうちに過激化していた夫が自爆し、生まれたばかりの子供と残されてしまった気の毒な妻」だったはずが、後にアッシャバブ(イスイス団ではなく「アルカイダ系」だが)の重要活動家として再度メディアに登場することになったサマンサ・ルースウェイト(映画Eye in the Skyでヘレン・ミレンとアラン・リックマンが演じる英軍将校たちが追っていた「英国出身女性テロリスト」のモデル)という改宗者の例もある。他にも:







それに、もちろん「元パンクロッカー」の彼女のことを忘れてはならない。










今回、Rojavaで起訴された「ジハーディ・ジャック」ことジャック・レッツは、ここに列挙した白人改宗者でジハード主義者となった人たちとは異なり、組織・集団のリクルーターなどとして活動していたわけでもなく、プロパガンダ・ビデオなどで顔をさらして故郷の家族や友人、学校の先生などを愕然とさせていたわけでもない。本人は過激な発言をしていたが、Rojavaでの身柄拘束後の2016年7月には英メディアの取材に答えて「現在はイスイス団の一員ではない」と嫌疑を否定しているし(Rojavaで彼が拘束されたのは、彼が命からがらイスイス団から脱出してきたからだ)、そもそもシリアに行ったのは難民・国内避難民を助けるための人道支援活動が目的だったと言っている。彼の両親(父親はオーガニックのお野菜を作っている農家で、BBCのCountry Lifeという番組に出たこともあるそうだ)も「息子とはときどき連絡を取っていた。息子はシリアで人道支援活動をしていた」と主張している(ただし起訴と伝えられたあとは「ノーコメント」だ)。そういったことは、「イスイス団に入った白人の英国人のジハディスト」の存在が伝えられてすぐの2016年1月の記事(例えばイヴニング・スタンダードでのインタビューなど)で詳しく書かれている。(余談になるが、このESの記事によると、ジャックはシリア行きについてご両親に本当のことを伝えていなかった、つまり嘘をついていたのだが――クウェートに行ってアラビア語を勉強するのだと言っていた――、母親は「あの子は嘘などつきません。嘘は非イスラム的だと信じているんですから」と主張している。「自分の子供を信じる」というのはこういうことなのかもしれないが、私は自分が親から信じてもらった経験があまりないのでよくわからない)

しかし、いかに「推定無罪」の原則を信じていようとも、彼が人道支援をするためにシリアに行った(のだから、シリアで人道支援活動に従事しているのだ)という説明を私が信用する気になれないのは、第一には2014年に次々とイスイス団に殺害されてプロパガンダに利用された「白人の人道支援者たち」のことを知っているから、第二には彼自身がFacebookにアップした写真があるからだ。その写真は、ジャック・レッツのことが英国のメディアで最初に報じられたときに多くの記事で使われ、今も彼についての記事が書かれると使われることが多いので、Googleで彼の名前を入れて画像検索すると、こんなふうになる。

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迷彩柄のTシャツを着ているが、武力紛争が起きている地域で、人道支援者ならばこんな服装はしない。人差し指を1本だけ立てて上に向ける(天を指差す)のは、イスイス団のいわば「ハンド・ジェスチャー」だ(「神の唯一性」を示すポーズ。イスイス団の先駆となったザルカウィの組織が最初「神の唯一性と聖戦」を名乗っていたことを想起されたい)。背後に見える構造物は、1960年代から70年代にかけてラッカ県を流れるユーフラテス川に作られたタブカ・ダムで、ここは2017年3月から5月にかけて行われた戦闘でSDF、つまり英米などが支援するクルド人部隊中心の戦闘組織がイスイス団から奪った。というわけで要するに、ジャック・レッツのこの写真は、彼がイスイス団の支配域にいて、戦闘員の服装をしており、満面の笑みを浮かべてイスイス団のしぐさをしているところを撮影したもの、ということになる。さらに言えば、これはどっかからか漏れたり誰かからメディアに提供されたりした写真ではなく、本人がFacebookにアップしていた写真であるということも重要だ。

私が普段ネットで接する英国のメディアは右翼的な傾向がないメディアが主体だが、右翼的な(というか「反イスラム」の、あるいはぶっちゃけ「ユーラビア脅威論」の)傾向が強いメディアでは大騒ぎだったことだろう。デイリー・エクスプレスとかデイリー・メイルやザ・サンといったタブロイドのTwitterフィードを見てみるのがわかりやすい……と思ったが、デイリー・エクスプレスのフィードはテレビの話ばかりで類型的なまでに「時間の無駄」(X FactorとStrictly Come Dancingの番組内で何があったかという記事を何度もフィードしている。テレビを見てそれについて語ることしかしていない状態で、まったく意味がない)。ショートカットして "jack from:daily_express" で検索をかけてみると、こういうのが出てきた。



デイリー・メイルのTwitterフィードには「晒し」(←ネット用語。漢字はほんとは「曝し」だと思う)の意図を感じることが多いが、これも例外ではない:





ザ・サン:

ザ・サンでは、1年以上前の古い記事で、こういうフィードも出てくる:

この記事でジャックが「うちの親が嘘ばかり言ってる」としているのは、ご両親(息子に送金したために「テロ支援」の罪に問われた)が「息子には精神的な問題があって……」と述べていることについて。ジャックはFBで「うちの親は不信心者だ」と例の言葉を使って非難し「だから縁を切った」といったことを書いているという。同じ投稿で、彼は「メディアも嘘ばかりだ」と述べ、怒りの言葉を撒き散らしているが、どうにも中身らしい中身は感じられない。言い方は悪いが、ちょっとかぶれちゃった子が知ってる単語を並べれば世間が大騒ぎするっていうことでいろいろとフカしているような印象を受ける。ガチのジハディストの凄みのようなものは、記事に引用されている言葉には、私には感じられない。まあ、それは「こんな断片で何がわかる」ということでもあるかもしれない。

いずれにせよ、ここで注目したいのは、Twitterで何度も重ねて記事のフィードを(自動投稿で)流すタブロイドが、「ジハーディ・ジャック」ことジャック・レッツについての記事をフィードするたびに、この同じ「満面の笑みで1本指を立てて天を指し示す迷彩柄Tシャツの男」の写真を掲示していることだ。彼の写真はほかにもあるのに、フィードされてくるのは決まってこの写真、彼が「ジハディスト」であることは疑いがないと思わせる写真だ。そしてこの写真をしきりに使っているのは、必ずしも右翼的傾向のあるメディアばかりではない。インディペンデントも使っているし、VICEのようなUKの伝統的主要メディア(とタブロイド)に含まれない媒体も使っている。

こうすることでセットされているナラティヴというものが必ずあって、それはジャック・レッツ個人についてだけではなく、より広く「英国からシリアに行き、イスラム過激派武装組織に加わったと考えられる者たち」について使われることになる。

今回、ジャック・レッツがRojavaで起訴去れたことを報じるBBC記事("By Emma Vardy" というバイラインがついている。BBC Newsが記者名を明記するのは特定のコーナーや特集記事の場合なのだが、この記事はどういう特集なのかはわからない)には、次のようなくだりがある。
The statement has for the first time shed light on the situation regarding the possible handover of Mr Letts to British authorities.

It said Kurdish officials were willing to hand over prisoners of war to their original country after being properly investigated.

...

There has been significant debate over what should happen to British IS fighters who are still in Syria.

Earlier this week, Rory Stewart, the minister for international development, said those who are there are "a serious danger to us".

"Unfortunately the only way of dealing with them will be, in almost every case, to kill them," he said.

However, security minister Ben Wallace has previously told the BBC that the government's preference is for suspected IS fighters to be returned to the UK to face prosecution.

"We have planned and prepared for the risk posed by British returnees as Daesh (IS) is defeated," he said.

"Our ultimate aim is to prosecute, but it's not straightforward."

ここで、今なおシリアにいる英国人のイスイス団戦闘員について「私たちにとって重大な危険」だと述べ、「残念ながらそういう人々に対処する唯一の方法は、ほぼすべての場合において、殺害することでしょう」と発言しているロリー・スチュワートは、あのロリー(ローリー)・スチュワートである。
https://en.wikipedia.org/wiki/Rory_Stewart

4560080623戦禍のアフガニスタンを犬と歩く
ローリー スチュワート Rory Stewart
白水社 2010-04-01

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出版社からのコメント
《戦乱の爪痕と、文明の痕跡をたどる旅》

 本書は、タリバン政権崩壊直後の冬、英国の元外交官が、アフガン西部の都市ヘラートから首都カブールまでを歩いた36日間の旅の記録である。
 電気もテレビもTシャツもない。「多くの家で唯一の外国テクノロジーはカラシニコフ銃で、世界に通用する唯一のブランドはイスラム教」という村々が続く。次々に現れるタジク、ハザラ、パシュトゥーンなどの諸民族、ゴーストタウンと化した集落の数々、いまや誰も見向きもしない遺跡など、人々との出会いと小さな出来事を通して、現在のアフガニスタンが抱える困難や戦乱の歴史が鮮やかに浮かび上がる。
 著者の抑制のきいた静かな語りは、旅の途中で見張り役三人が離脱し、用済みになったオオカミよけの番犬を道連れにしてから、徐々に変化していく。耳と尻尾を切り取られ、一度も人に可愛がられたことのないこの大型犬を、著者はムガール帝国初代皇帝の名にちなんで「バーブル」と名づけた。<不浄の動物>バーブルと<異教徒>である著者のコンビは、ときに奇異の目で見られながらも、現地の人々の助けを得て、雪深く険しい山岳地帯をカブールめざして進んでいく。それは、15世紀末、皇帝バーブルがアフガン一帯を征服したときにとったのと同じルートだった。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4560080623/nofrills-22/


一方、英国政府の公式見解は、「英国人戦闘員は英国に送還の上、裁判にかけることが望ましいと政府は考えている」というベン・ウォレス閣外大臣の以前の言葉にあるとおりだろう。かなりゆるゆるになってきているとはいえ、まあ大筋は法治国家の理念どおりだ。

しかし現実は、やすやすと理念を追い抜いていく。サリー・ジョーンズが既に数ヶ月前に死んでいた(米国のドローンで殺されていた)ことが明らかになったときに私がTwitterという個人の言葉の場で見たのは、ほとんどすべて、表現の違いはあれど内容としては「あんな奴は死んで当然」という意見ばかりだった。ごく数件、「本来ならば英国で法の裁きを受けさせるべきだったが……」という意見も見たが、そういう当たり前の理念を語る言葉は、もう私たちが日常接するネット上の言葉としては、絶滅危惧種の状態だ。そのうちに大学の先生が講義で口にし、学生がディベートで道具として使うものでしかなくなるだろう。

映画『アイ・イン・ザ・スカイ』はよい映画だった。しかし、あの映画が重厚なインテリアの室内で濃密に描いていたウエストミンスターでの葛藤は、もう既に過去のものになっているのかもしれない。



B06XKB6542アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場 [DVD]
Happinet 2017-07-04

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シリアのイスラム主義武装勢力に対する軍事作戦(としか呼ばれない「戦争」)で、英国政府が自国民を爆殺したことを認めたのは、2015年9月だった。当該の戦闘員はその2週間ほど前に爆殺されていたのだが、英国政府は当初、「英軍がやった」という事実を隠蔽していた。

英国政府の《嘘》:「米国のドローンの爆撃で殺された」はずの英国人ジハディ戦闘員は、実は英軍に…
https://matome.naver.jp/odai/2144164356446711501

それから2年あまり。その間に英国ではBrexitがあり、米国流の「リベラル」という用語法が当たり前になって(英国ではLiberalsといえば現在Liberal Democratsになっている政党の人々を指す言葉でもあり、古典的な「自由主義者」の意味でもあり、米国流のいわゆる「サヨク」的な意味ではふつうにleft-wingers, leftiesが使われてきた)、political climateもずいぶん変わってきている。「ジハーディ・ジェイク」は、身柄拘束後の英メディアのインタビューで達観したようなことを言ってはいたが、彼はドローンで殺される前にラッカから逃げてきただけで、ドローンで殺される対象でなかったわけでは、おそらくない。

ラッカからイスイス団を追い出す戦いは終結したが、すべてがそれで終結したわけではない。

それに、ジェイク・レッツはこのままクルドの法廷で裁かれることになるのだろうが、その法廷が正当なもの(legitimateなもの)であることは、何/誰がどのような形で担保するのだろう(つまり、Rojavaという「事実上の自治区」の正当性ということだが)。

なんかもういろいろと、わけがわからない。

※この記事は

2017年10月29日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:36 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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