
ブレグジット秘録 英国がEU離脱という「悪魔」を解き放つまで
ともあれ、クレイブ・オリヴァーの『ブレグジット秘録』は、日本語版は2017年9月に出ているが、原著が出たのも2017年6月と、EUレファレンダムから1年ほども経過したあとのことで、そのころには私の関心は「なぜBrexitなどということになったのか」ということからは離れていたため、この本は書店で中をぱらぱらと見た程度で未読である。読めばおもしろいに違いないが、正直、現に毎日目の前に流れてくる「最新のニュース」の前では、「キャメロン政権の内幕」はかなりどうでもよかった。
それら「最新のニュース」は、大きく分けて、4つの要素に分類されえた。1つはメイ政権とEU27カ国の交渉、およびメイ首相のEU離脱の手続き。2つ目は2016年6月のレファレンダム実施に至るまでの「離脱派」のキャンペーンにおいてどのような不正がおこなわれたかという調査報道(これは、ドナルド・トランプが米大統領に選ばれたとんでもない選挙の経緯とともに、主に「Facebookは何をしたのか」「Cambridge Analyticaという企業の果たした役割は」といった観点からなされていたが、2018年を終えた今、わかっている「離脱派」の不正はそれだけではない)。3つ目は、ニュースとしての重要度がぐっと下がるのだが(BBCに至ってはほぼシカトしてるし)EU離脱への抵抗の動き。そして4つ目が、アイルランドだ――「アイルランド」というか、英語での報道でいう「メイのbackstop」だ。
私の関心をひきつけてきたのは、この4つ目である。「アイルランド」だけど、中身は「北アイルランド」のことだ。もっと詳しく言えば「北アイルランドのユニオニスト」だ。北アイルランド自体は、2016年6月にレファレンダムで「残留」が過半数となったが、このとき「離脱」を支持したのがユニオニストの強硬派(つまり、「アイルランド共和国とのつながり」を全力で否定しようとする人々)だった。そして、さらに悪いことに、テリーザ・メイが党内をまとめようとして愚かにも行なった2017年解散総選挙で保守党が単独過半数を割り込んでしまったため、議会での数を維持するために保守党が頼らなければならなくなってしまった相手が、この「北アイルランドのユニオニスト強硬派」、つまりDUPだった。
この事態、決して「ニヤニヤしながらヲチできる」ようなものではない。
第一、北アイルランドは全体としては「EU残留」が過半数だったのに、北アイルランドを代表して下院に議席を得ているのは「EU離脱」の強硬派のDUPだけである。なぜこうなっているかというと、2017年の総選挙で北アイルランドの議席は(元北アイルランド警察トップの夫人で、元UUPで現在は無所属であるシルヴィア・ハーモンの1議席を除いては)DUPとシン・フェインに二分されており、シン・フェインは100年以上続く「議会非出席主義」のため、ウエストミンスターの議席を取っても議会には出席しない。北アイルランドの政党で「EU残留」のスタンスだったUUP(ユニオニスト)もSDLP(ナショナリスト)も、アライアンス(そういう枠組みの外)も、2017年の総選挙では議席数がゼロになってしまい、したがって北アイルランドで「EU残留派」の英議会議員は、ウエストミンスターの議場にいない。そればかりか、「EU離脱派」のDUPの10議員は、キャスティング・ヴォートを握る存在として、保守党メイ政権に協力する立場にある。逆に言えば、DUPの発言権はとても大きい。
北アイルランドはアイルランド共和国とつながっている。かつて「北アイルランド紛争」の時代には、両者の間のボーダー(境界線)に検問が置かれるなどしていたが、「紛争」が終わったあとはシームレスに行き来できる。そのこと自体は、アイルランド島の問題というか、北アイルランドというエンティティの帰属の問題(コンスティテューショナルな問題)でしかなく、つまり、たぶん永遠に解決しないけど、別に解決しなくても曖昧なままそこに置いておいて、解釈次第でどうとでも見えるというふうにしておけばよいというものだったのだが、「人によっては存在しない境界線で、人によっては国境線である」という曖昧な存在のままでいることは、Brexitによって、できなくなってしまった。北アイルランドは英国の一部なのでEUの外、アイルランド共和国はEU加盟国なのでEU内になるからだ。その2つの地域をシームレスに行き来することができたら、「EUから離脱した英国」は、北アイルランドといういわば「裏口」を使って、EUにシームレスにアクセスできることになってしまう。
その「境界線」の問題が、ずーっとひっかかってここまで来ているわけである。途中で「95%はカタがついていて、残るは5%」などと言われていたが、その「残る5%」が(申し訳ないけど)事実上解決不能な「アイリッシュ・クエスチョン」なのだから、もう真顔。その真顔を維持したまま、月日は経過し、今日2019年1月15日はいよいよ、テリーザ・メイがEUと交渉して英国に持ち帰ってきた合意について、英国会下院で採決が行なわれる当日だ。
その採決は、「意義ある採決 Meaningful Vote」と呼ばれているのだが(まるで「明治 おいしい牛乳」のようなセンスである。いや、むしろ「骨太の方針」ってのがあるから、そっちか……)、要するに、「議会で形式的な採決を取り手続きだけを整えるつもりではなく、本気で採決します」ということが表明されている。にもかかわらず、政府 (the Government) に対して議会 (the Parliament) が主導権をとるという(民主主義としては正常な)状態が「英国的なクーデター British coup」と呼ばれるなどし、当然それに対する反論もなされ、めっちゃカオスになってるのが現時点の最新ニュース。
そういうことについてブログに書こうとしていたのだけど実現できぬまま、1月15日の採決当日になってしまった。Twitterではちょこちょこ書いているので、Twilogを参照されたい。
https://twilog.org/nofrills
現在のガーディアン(UK版)トップページ。

ガーディアンで一番上にある記事にあるように、メイの案(EUとの間で取り付けた合意)は否決される可能性が極めて高い。その票の内訳として、14日に報道されていた数字がある。
まず、inewsの調査結果。
UK, inews analysis:
— Europe Elects (@EuropeElects) January 14, 2019
Vote on May's Brexit Deal tomorrow
Oppose: 320
LAB-S&D: 150
CON-ECR: 106
SNP-G/EFA: 35
LDEM-ALDE: 11
DUP-NI: 10
PC-G/EFA: 4
Ind-*: 3
GREENS-G/EFA: 1
Support: 217
CON: 211
LAB: 3
Ind: 2
LDEM: 1
unconfirmed view: 103
LAB: 103#Brexit #BrexitVote
それからSky News。
This is how bad it’s expected to be for Theresa May tomorrow. #BrexitVote 🇪🇺 pic.twitter.com/JhQ8MuK3Vf
— Sam Wise ️🌈 (@SamWiseSW) January 14, 2019
inewsで「意思表示していない」とされている票が、Sky Newsでは「反対」に入っているようだが、inewsの数値を元に「賛成」を最大限に見積もっても賛否が同数になるわけで、否決となることは確定的といってよいだろう。
ここまで、ガーディアンでの日々のニュースは、国会での日々の出来事(そのなかには歴史的、画期的なものも含まれる)を報じるのがメインだったが、採決前日になってようやく、「これからどうなる(可能性があるのか)」をわかりやすくまとめた記事が出ていた。ご一読をおすすめしたい。
The meaningful vote on May's Brexit deal – what happens next https://t.co/FXl6ZoYFzx 15日の採決でどうなる可能性があるかを列挙し解説した記事。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) January 14, 2019
議会での討論・採決の様子は、英国会のサイトでネットで中継されるから、そちらも要チェック。14日の時点ではまだタイムテーブルが出ていなかったが、日本時間で15日深夜から16日早朝の時間帯だろう。
明日(というか今日。15日)、リアルタイムで英議会中継見たいが、時間帯的にどうなるかが問題。国会のサイト https://t.co/Nuie6GPWPd でもまだ、5日目に行なわれる採決の時間帯のことなどは書かれていない。UKでの15時がこちらでは24時。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) January 14, 2019
※この記事は
2019年01月15日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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