「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2016年08月07日

北アイルランド警察と「あの紛争」の残りカス〜ビリー・ライトの神話化と、shoot to killをめぐって

北アイルランド警察の動きについて、少し気になるようなことが伝えられている。2件をまとめて1つのエントリにしようと思う。

今年1月、Be Like Billというインターネット・ミームを北アイルランドの警察がネットでパロディ化して(そう。警察が、ミームのパロディを作ったんです。コメディランドでもなかなか発生しない事態)、ニュースになったことがあった。

それから半年。その警察は今なお、そのミームのパロディを使っていたそうだが、そこで今度は本当に物議をかもす(というよりそれ以上の)展開になっていることを、The Irish Newsが報じている。(The Irish Newsはベルファストのメディアで、ダブリンのThe Irish Timesとは全然別。)

PSNI Facebook Dissident Dan posts 'wholly inappropriate'
Connla Young, 06 August, 2016 01:00
http://www.irishnews.com/news/2016/08/06/news/psni-facebook-dissident-dan-posts-wholly-inappropriate-says-councillor-639559/

やらかしたのは、最初にBe Like Billのパロディ、「ディシデント・ダン」をFBで投稿したクレイガヴォン警察署。問題となった投稿は7月21日付け(「夏のオレンジ祭り」の翌週)。

The Irish Newsの記事では、メインの画像としては問題となったのとは別のFBの投稿(棒人間の「ディシデント・ダン」を使っている)を使い、問題となった投稿は、サイドに小さく表示させている(クリックで拡大できる)。

その「問題となった投稿」については記事本文にも説明があるが、画像を拡大表示させれば記事に書かれていない部分も(一部だけ)読める。FBの写真投稿にしては長文なので、キャプチャには全文は入っていない。

クレイガヴォン警察のアカウント担当者は、この投稿で、銃の訓練としての標的射撃で使っている「標的」(板に、こちらに銃口を向ける男の絵が描かれたもの)のことを「ダン」と読んでいる。書き出しは、"This is 'Dan'." だ。

ミームのパロディでは、書き出しは "This is dissident Dan." だった。

今回の投稿にはdissidentという言葉はないが、"This is 'Dan'." のDanにくっついている引用符は、「例のダン」という意味を明示している。

なので、このターゲット・プラクティス用の板を普段から「ダン」と読んでいるといういいわけは通用しない。

既に練習に使われて銃弾による穴がいっぱい空いた状態のこの「標的」の写真に、クレイガヴォン警察のFB担当者は次のように書き添えているということを、記事は本文で書いている。引用されているのは冒頭のほんの少しだけだ。だが、それだけで十分である。

A message from an officer believed to have taken part in the training said: “This is 'Dan'. He was my 'training partner' a couple of days ago and as you can see...he didn't have a great day...."

http://www.irishnews.com/news/2016/08/06/news/psni-facebook-dissident-dan-posts-wholly-inappropriate-says-councillor-639559/


続けて記事は書く。警察によるこのような行為が、なぜ「問題」となるのかを。

During the Troubles several people in the north Armagh area were shot dead in alleged shoot-to-kill operations involving the police and British army. Inquests into some of the killings have still to be completed.


この話をすると、北アイルランドでは今も、"shoot-to-kill" または "shoot-to-kill policy" という言葉が適正・適切なものであったかどうかということに論点がすり替えられていくことがあるのだが、警察や軍隊が「容疑者」(当時は内部的にそのような呼び方・位置づけはしていなかったと思う。いきなり「IRAテロリスト」などと断定していたはずだ)を、拘束するために身体の自由を奪うことを目的としてではなく、生命を奪う(仕留める)ために銃撃するということが、実際に行なわれていたことをいう。

この疑いに対し、警察・軍隊側からは必ず「向こうからこちらに攻撃があったので、こちらから反撃した」といった「正当な理由」が申し立てられる(それが本当に「正当な」ものであったこと、事実に照らして正しいものであったことは、ないわけではないだろう)。だが、1972年1月30日のデリーでの13人殺害(ブラディ・サンデー事件)で広く知られている通り、当局の側はデタラメを並べて、それを「公式の見解」とするということが行なわれてきた。その、事実とかけ離れた「公式の見解」をひっくり返すために、殺された人の家族や友人たちはずっと後々までも、司法の場での「真相究明」を求めるという戦いをするなど、「過去」に縛られることを余儀なくされる。そのことがコミュニティ全体に及ぼす影響(警察や軍隊の銃弾は「個々のテロリスト」を標的としていたかもしれないが、それは、北アイルランド紛争というコミュニティ分断の紛争においては、「一方のコミュニティ」への攻撃でもあった)は、とても大きい。

2016年の現在、そういったことは、北アイルランド全体にとっては「過去のこと」になりつつあるのかもしれない。しかし、ラーガン、クレイガヴォンの地域では、明らかに、そうではない。今も「アクチュアルな問題」としてその《物語》がある。「警察、国家権力は、私たちのコミュニティを標的としている」という《物語》は。

そのことについての敏感さを、クレイガヴォン警察は持ち合わせていないのだろうか。

その点は、記事の最後に引かれているクレイガヴォン警察署長のコメントを見れば、だいたいわかる。
Chief Inspector Jon Burrows said several officers were involved in managing the Craigavon Facebook account.

“We are not just police officers, we are humans too and, as humans we make mistakes. Sometime our message or tone may not appeal to everyone, sometimes it may even offend however this is never our intention.

“Our intention is always to inform, engage and listen. We monitor comments and feedback on our social media posts and take suggestions, advice and feedback into consideration for future posts”.

He added that “Dissident Dan” was a fictional character and "an inanimate object”. “They are not real people" he said.


「人間なので、間違いをすることもある」という常套句を使って、署長はこれが「間違い」であることを認めている。その「間違い」の内容は、「誰かの気分を害してしまったこと」で、「その意図はなかった」と述べている。そして、「ディシデント・ダン」は「架空の人物で、自分からは動かない物体」だとも発言し、「本物の人間ではありません」としている。これがまたoffend someoneしそうなものだが(例えば、それでディシデントの側が「カーティス・ザ・コップ」とかいう、「ディシデント・ダン」と同じように韻を踏んだ名前を持った「架空のキャラクター」を使って、SNSで町の壁において「奴を銃撃する」画像を拡散し、「架空の人物ですよ」と言ったら、通るのだろうか。いや、即座に「犯罪予告」として扱われるだろう)。

北アイルランドは、ベルファストやデリーのように、見事な「紛争からの回復」を見せている場所ばかりではない。ロイヤリスト活動域ではロイヤリストとつながっているネオナチの活動が活発になっている。昨年(2015年)の「夏のオレンジ祭り」の直前にはカリックファーガス(アントリム州、東の海岸沿いの町)でUDAの旗と並んでナチス・ドイツの旗が掲げられた。「移民」に対する「出て行け」という攻撃も頻発している(投石して窓ガラスを割ったり、車を破壊したり。投石は、彼らの文法では「次は、投げ込むのは石では済まない」という意味だ)。数日前は、やはり東海岸のラーンという町でEU圏であるリトアニアから来た人たち3人が暮らす家と彼らの車への攻撃があったことが報じられている。

より深刻なのは、ロイヤリストによる「過去への賛美」が(おそらくは「IRAとシン・フェインによる『義勇兵』への顕彰」――それ自体、「統一アイルランドという国家の正当な暴力装置」という自認から、英国の軍隊の戦没者追悼に呼応するイベントと彼ら自身は位置づけているのだが――への反応として)見られるようになってきているということだ。「一方が『テロリスト』と呼ぶのは、他方からは『フリーダム・ファイター』である」という常套句をそのまま再現したかのような光景が、1994年の停戦から22年、96年の停戦破棄から20年、98年の恒久的和平合意から18年が経過した北アイルランドで、「過去」を蒸し返すようにして、見られるようになっている。

今年(2016年)7月、内陸のティローン州ダンガノンに、一枚のバナーが掲げられた。ダンガノンは「北アイルランド紛争」の局面で、かなり陰惨な流血を何度も経験している







バナーが掲げられたのは「2週間前」のことだと、7月21日付のベルファスト・テレグラフの記事にある。7月7日の週(まだEuro 2016をやってたころ)、つまり「夏のオレンジ祭り」直前の週だ。バナーの場所は、「祭り」のボンファイアの脇。そのバナーのことが報じられるようになったのは、11日から12日の「祭り」が終わったあとのこと(上のConflictNIのツイートの日付参照)。つまり「祭り」の間は黙って見ていようと許容していた人たちが黙っていられなくなったあとだ。




ビリー・ライトはUVFのミッド・アルスター地区(ポータダウン)のリーダーで、そのルックスもあいまってロイヤリストの間では「カリスマ」だった。1996年の7月、「夏のオレンジ祭り」でポータダウンの騒乱が発生した際にUVF本体の指示を受けず「カトリック」の民間人を殺害し、UVFから分派して「過激派の中の過激派」であるLVFを結成、その後も「和平に反対する」立場で暴れまくった。1997年に司法妨害と脅迫という「微罪」で有罪となり、メイズ刑務所に送られたライトは、その年の12月に刑務所内で、リパブリカン武装組織INLAのメンバーによって、どこからか入手された銃で、撃ち殺された。2000年代になって。「紛争」の後処理として、紛争での殺人事件のうち特に「当局と武装勢力との結託 collusion」が疑われるために特別のインクワイアリが必要と認められた5件のひとつがこのビリー・ライト殺害事件で、2010年9月に出されたその報告書では、「刑務所が怠慢だったのであのようなことが起きた。結託があったわけではない」と結論された。信じがたいかもしれないが、これが「北アイルランド流」である。本当の真相(ビリー・ライトが20件もの殺人をおかしておいて有罪にならなかったのは、彼を有罪にできない理由が当局の側にあったからだと考えられている)が明らかになるのは、100年後だろう。

さて、今回ダンガノンで掲げられたバナーの下半分に書かれているビリー・ライトの言葉に出てくるCappaghというのは、1991年にライトが率いるUVFの一段が「カトリック」を襲撃して4人を殺害した事件が起きた場所の名前である(当時はLVFの分派前で、ビリー・ライトはUVFの所属)。ちなみにこの事件は「解決」しておらず、実行犯がUVFだというのも「〜だと言われている」状態のまま放置されている。しかし、ビリー・ライト本人が「自分のやったことのなかで一番」とほざいているわけだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/1991_Cappagh_killings

「死人に口なし」というが、死人でも「生前語った言葉」は残っているし、「語り継がれる」こともできる。そして、「紛争」の中で発されたカリスマ的武装勢力指導者の残した言葉が書かれたバナーが、町の街灯のところに掲げられたのだ。

こういうことがあった場合、通常、警察は、その警察官個人の思想信条は脇において、コミュニティ全体に資するような行動をとる。外形的には、「コントロヴァーシアルな物体は何であれ速やかに除去する」という方向で動く。行政も同じだ。壁にセクタリアンな文言が書かれていれば洗い落とすか塗りつぶす。

しかし、ときどき、警察がロイヤリストの側に立ったまま動こうとしないことが発生する。掲げられたバナーを除去しようとしない、といったことだ。

だが、ダンガノンのビリー・ライトのバナーに関して起きたことは、そういった「通常」の範囲を大きく逸脱したことだった。「これを嫌だと思わない人もいるので」と言い放ったのだ。まるでモスルをイスイス団が押さえたときのイスイス団応援団の言い分である(と思ったら、同じようなことを言ってる人がいるのだが)。

「バランス」を口実に、警察はバナーの撤去を拒んだ。
PSNI inspector Keith Jamieson said: "There is no doubt that this sign will be perceived by some to be offensive, but not by others and while we are sensitive to the feelings of victims’ families, the PSNI must attempt to achieve a balance between the rights of one community over another, and of course must act within the law.

“We are working with the community in an attempt to resolve this matter and we will continue to do so.”

http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/police-chief-says-loyalist-killer-billy-wright-cappagh-banner-wont-offend-everyone-and-psni-must-attempt-to-achieve-balance-34898511.html














Twitter上で「全然オフェンシヴじゃないですけど?」と反応している中には、「旗騒動」のリーダー、ジェイミー・ブライソンもいる。Euro 2016の試合を見にフランスに行ってたときはかわいくなってたのに、戻ったらこれだからね。






ジェイミーのこれには「ビリー・ライトが標的としたのは無辜の民間人だ」という反応も来る。実際に、ライトに殺された(とされる)人々の非常に多くが、「カトリック」のコミュニティに属していた民間人である(が、当時のロイヤリスト過激派の理屈では、「IRAを支えるカトリックのコミュニティは、それ自体が標的」だった)。




だが、それもまた「議論を呼ぶ」ものとなる。Cappaghで殺害された4人のうち、確実に「民間人」なのは1人で、ほかの3人はIRA義勇兵だったといわれているが、襲撃者は彼らの行動を追跡していたわけではなく、襲撃した「カトリック」のパブにたまたまIRA義勇兵がいた、ということだそうだ。つまり襲撃者のビリー・ライトから見れば「超ラッキー」ということで、それゆえに件のバナーの文言となる。

が、事実として、ビリー・ライトは殺人罪で有罪になったことはない。実際には何人も殺しているが、「紛争」時に司法はまともに機能していなかった。有罪判決のために必要な証言は、武装勢力が実効支配している場では得られない(それはIRAであれUVFであれUDAであれ何であれ、同じだ)。そのことを根拠に、「ビリー・ライトは殺人犯ではない」と言い募る人々もいる。





また、ユニオニストの政党は、UVFとつながっているPUP(ストーモントの北アイルランド自治議会には議席がなく、地方議会には4議席を持っている)という小政党は別として、UUPもDUPも「あたくしたちは武装勢力とは関係ございません。IRAとつながってるシン・フェインとは違うんです」という態度を貫いているが、実際にはビリー・ライトのような「狂犬」も宗教集団(オレンジ・オーダー)の一員であるという社会では、「つながり」って具体的にどういうことですかね、ということを問わざるを得ない。例えばライトが登壇した集会でスピーチを行なったことのある政治家など、いくらでもいるのが現実だ。





そして「バランス」を言い出すと、こういう話になる。




「バランス」を口実に「反応しない」という警察のこの体たらくには(これで、リパブリカンの殺人者を讃える行為も放置されることになる)、「ナショナリスト」の側の政治家が怒った。SDLP所属で、この地区選出の自治議会議員であるパッツィ・マクグローンが、警察の対応について "disgraceful" という強い言葉を使って批判し、その後(後述)、警察上層部との面会を拒絶している。本当に怒っている。









アライアンスは「話をしにいく」という方向で動いた。




シン・フェインは、こういう件では非常に微妙な立場にあるのだが(シン・フェインは、「あの戦争」で死んだ「義勇兵」を讃えることを絶対にやめない。「外交」的にはそのようなことをしている気配も漂わせていないのかもしれないが)、警察の対応について、正式に警察に訴えた。
Sinn Féin and the SDLP have formally complained over the PSNI position.

http://www.anphoblacht.com/contents/26223


via:




ほか、リパブリカン側からはRelatives for Justice(IRAメンバーと疑われ、警察・軍隊のshoot to killポリシーなどで殺された人を含む紛争の被害者遺族による「正義を求める親族の会」。北アイルランド紛争の文脈では、victimという語は主にユニオニスト側での紛争被害者について用いられる点に注意)がバナーについて、検察当局の示したガイドラインでいう「セクタリアン・ヘイト・クライム」であるとし、「宗派間憎悪を煽動しようとするものだ」と強く非難し、警察が除去しようとしないことに激しい憤りを示している。
Relatives for Justice Director Mark Thompson described the original banner as a “deliberately aggravated act of hostility motivated only by sectarian hatred”.

It is also an attempt to fuel sectarian tensions within the area more generally, he said.

“It is provocative in the extreme. It is a hate crime that further victimises the bereaved families and survivors, one of whom was shot and seriously injured.

“The erecting of the banner constitutes a clear case of sectarian hate crime under the current definitions, breaching several major tests as laid out by the Public Prosecution Service (PPS).

“The erection of this banner is motivated by sectarianism, prejudice, hate, hostility, bigoted dislike, and manifests in abusive and insulting words and behaviour; the key tests as laid out by the PPS.

“Further the PSNI has publicly stated that whilst some people may find it offensive others will not and therefore they have a sensitive balancing act of competing rights.

“This PSNI statement is an appalling admission from a police service that claims to uphold and apply the rule of law impartially. It is clear that this is not the case at all in this instance.

“To say that there are competing rights in such a situation is as odious as the banner itself. The PSNI have now added further insult to an already grievous harm.

“This too is an attempt by the PSNI to deliberately diminish the grief of these four families. One can only ask for what motivation? Is it because three of the dead were IRA Volunteers?”...

http://www.anphoblacht.com/contents/26223


警察が「嫌がっていない人もいる」ことを理由に撤去を拒んだバナーは、結局、警察ではない誰かがナイフで切り裂くという形で除去された。




そのあと、「ビリー・ライトを讃える」バナーは、セクタリアンな色彩のないものにさしかえられたという。かつての仲間であるロイヤリストから殺すと脅迫されたライトが、それに屈さずに言い返した言葉と、彼の生涯のハイライトであるドラムクリー紛争での写真を使ったものだそうだ。
The banner has now been replaced with one carrying an image of Wright at Drumcree and a quote from him defying death threats to the renegade ex-UVF leader by other unionist death squads.

http://www.anphoblacht.com/contents/26223

The original banner was replaced by a new one on Wednesday (20 July 2016) which shows Wright, who went on to set up the LVF, standing in front of Drumcree Church in Portadown with the words “In proud memory, Billy Wright, a true son of Ulster."

There is no reference to the Cappagh killings on the new banner although it does carry a quote from the loyalist.

http://www.irishnews.com/news/2016/07/22/news/psni-say-billy-wright-banner-hate-incident-but-not-hate-crime--617590/


一方で、「除去されたといわれているが、まだかかっている」という報告も、7月26日のUlster Heraldにある。ただし記事で使われている写真は、最初の報告時のものだ。


Despite a newspaper report last week stating that the placard has been replaced by a new poster of Billy Wright, the Tyrone Herald can confirm that the placard referring to Cappagh was still in place at the weekend.

http://ulsterherald.com/2016/07/26/controversial-billy-wright-banner-remains-on-display/


こんな「ビリー・ライト崇拝」が2016年の北アイルランドにあるというのは、ちょっとびっくりするようなことなのだが、考えてみれば私がネットを通じて知っている「北アイルランド」はベルファストやデリーなどのことが中心だ。それに、来年、2017年はライトの死後20年だ。

こういう「リバイバル」があってもおかしくないくらいの時間が経過している。そしてそういうリバイバルが起こりうる環境は、あらかじめ整えられている。「ベルファストのフォールズ・ロードに行ってみろ。IRAのテロリストであるボビー・サンズの顔がシン・フェイン党本部の建物の壁にでかでかと描かれているだろ? UVF/LVFでそれができないのは差別だ。体制はIRAの味方だからな」という陰謀論のようなものをベースにコミュニティの中に足がかりを見つけ、「バランス」を訴えながら、ビリー・ライトという「悲劇のカリスマ」を讃える勢力は、これからも消えることはないし、ひょっとしたら伸張さえするかもしれない。

不思議なのは、ここまでの騒ぎになっても北アイルランド警察(PSNI)そのものの反応が報道の見出しになっていないということだ(記事を細かく見ればあるのかもしれないが)。警視総監の反応が、見出しだけ拾っていても、あるのかないのかすらわからない。「夏休み中」ということも考えられるが、それにしても……だ。





また、やはり報道記事の見出しを見る限りでは、という前提だが、英国政府のOffice of Northern Ireland (NIO) も反応している気配がない。それも今(8月上旬)に至るまで! NIOは、7月13日のメイ内閣の組閣でトップ(北アイルランド担当大臣)が新しい人に代わったばかりだが、大臣の名前と「ビリー・ライト」で検索しても、このことについての記事が見つからない。
https://www.google.co.jp/#q=%22brokenshire%22+billy+wright&tbm=nws&tbs=sbd:1

新大臣にとっては「北アイルランドというめんどくさい存在」についての姿勢を示せる機会なのに、何もしていないようだ。「過去への逆戻りは許さない」程度のことは言えたはずなのに。

閑話休題。

北アイルランド警察の反応が出たのは、7月22日付けの記事でのことだ。




THE PSNI has said it is not treating the erection of a banner which gloated about the murder of four men in Co Tyrone as a "hate crime".

Mid Ulster District Commander Mike Baird said it was “recorded as a hate incident” but "no crime has been disclosed”.

...

Asked how it was being treated, Superintendent Baird last night said: “This has been recorded as a hate incident, however, it is our assessment that no crime has been disclosed, therefore, it has not been recorded as a hate crime.”

http://www.irishnews.com/news/2016/07/22/news/psni-say-billy-wright-banner-hate-incident-but-not-hate-crime--617590/


「インシデント」という便利な単語を使っているが、これは要するに「警察が捜査に乗り出さない」ことを示す。「話は聞いた。記録もした。だがそれ以上は何もしない」のだ。実際に誰かが武器を持ち出してビリー・ライトのまねでもしようとしない限り、警察は動かないだろう。憎悪を煽動したい勢力にとっては願ったりかなったりだ。

ユニオニストでも、ビリー・ライトなどという人物を讃えることはしないと言明している人もいる。




しかしセクタリアン憎悪を煽動したい側の声のでかさをしのぐことは、なかなか難しいだろう。極論は、たった一人がぼそっとつぶやくだけで、常識的な論を大勢が大きな声で言うより、広い範囲にリーチするものだ。

ベルファストの大手メディア、ベルファスト・テレグラフは、ライト賞賛のバナーにつき「必要としない過去の象徴」と呼んでいる。




だがそれはきっと、「反体制」を気取る「本物のロイヤリスト」を思いとどまらせるどころか、逆に「よっしゃ!」と思わせるものだろう。「連中が嫌がってるんなら、やろうぜ」的に。

さて、「バナー騒動」はまだこのあと、ものすごい展開をしている。2013年マーガレット・サッチャーの葬儀のときに、エニスキレンで誰かが掲げた「サッチャーが死んだ、万歳」っていう品のないバナーを、警察はさくっと撤去していたということが、「セキュリティ筋」によってアイリッシュ・ニューズに明らかにされたというのだ。アイリッシュ・ニューズの記者、ブレンダン・ヒューズさんのツイート。


A security source told The Irish News the banner had been erected in Enniskillen, Co Fermanagh, around the time of her funeral in 2013.

Officers are said to have noticed the display and acted quickly to remove it late at night – without receiving any complaint from a member of the public.

The PSNI last night was unable to respond to requests for a comment.

http://www.irishnews.com/news/2016/07/25/news/billy-wright-poster-row-psni-removed-margaret-thatcher-banner--620299/



そう。おなじみのあの一言、「ダブル・スタンダード」が叫ばれる場面だ。

そのあと、PSNIはコメントしようとしていないようだ。






そしてさらに事態は謎の展開を……。


Police have been accused of not removing the poster due to fears of a backlash from the loyalist community.

http://www.tyronetimes.co.uk/news/tyrone-news/dungannon-police-paralysed-by-fear-over-controversial-billy-wright-poster-1-7499470

こういう指摘に反応しないということは、「ロイヤリスト>>>>>>警察」ってのを警察は認めているということですかね。「ロイヤリスト」というか、PSNIのことを("no surrender to the IRA" 主義の妄想に基づいて)「PSNIRA(IRAとつながっているPSNI)」と呼んでいる超過激派を御する必要というのは、たぶん現場にはあるのではないかと。

SDLPのパッツィ・マクグローンは、警察がだんまりを決め込んだあともたくさんの発言をし、警察上層部との面会を拒否している。政治家が警察上層部との面会を拒否するのは異例のことだ。






The Mid Ulster assembly member turned down an invitation to meet Dungannon based PSNI inspector Keith Jamieson last month.

It is highly unusual for senior politicians to refuse to speak to high ranking police officers.

...

Mr McGlone branded the officer’s remarks as “sick” and called on Inspector Jamieson to withdraw them.

...

Mr Jamieson later invited Mr McGlone to meet him to discuss the situation and explain the PSNI position.

However, Mr McGlone declined the invitation.

In response he wrote: “I have read your email as I have comments in the media attributed to yourself,” he said.

“As those comments 'explaining' the PSNI position have too become a significant matter of concern to myself and many in the community (and are) currently referred to the Policing Board - I do not believe a meeting with yourself would contribute in any meaningful way.”

Speaking last night Mr McGlone said he decided not to meet the police officer because “the meeting would have been about him and none of that was very meaningful”.

“His comments as reported actually made the situation worse,” he said.

http://www.irishnews.com/news/2016/08/04/news/senior-sdlp-figure-refuses-to-meet-police-inspector-636576/?param=ds441rif44T


Keith Jamiesonというのは、「嫌がらない人もいる」「バランスがどうのこうの」という発言をした警察官。

なお、ライト賞賛のバナーは8月に入って、すべて撤去されていることが確認されたようだ (The Irish News understands all banners referring to Billy Wright have now been taken down.)
PSNI本体の反応が出たのは、こういったことがあったあと、8月上旬のことだ。それもまた、どうにも煮え切らない。


















※ボンファイアでのポスター燃やしは、ストレートに器物損壊や窃盗で引っ張っていけるはずなのにね。人形燃やしはintimidationになるはず。「架空の人物」ではなく実際に実在の政治家の名前をつけた人形を燃やしているわけで。








(´・_・`)










一方、警察の「クライム(犯罪、違法行為)ではない」との判断に関し、さらなる開示を求める声もある。


THE sister of a man killed by the UVF in Co Tyrone has called on police to make its legal advice public about a banner which gloated about his death.

Siobhan Nugent made the call after a senior officer claimed the poster erected in a housing estate in Dungannon did not break the law.

...

Ms Nugent said the PSNI should make its legal advice public, along with the decision-making process.

“This stands in stark contrast to the decision by the PSNI to remove less offensive banners, for instance Margaret Thatcher in Eniskillen," she said.

“We believe the decision by the PSNI is political and biased because there were three IRA volunteers among the four people killed at Cappagh.”

Meanwhile, Ms Nugent said relatives of those killed at Cappagh have not asked for a public apology from the PSNI or met with Sinn Féin representatives.

Sinn Féin previously claimed that the families wanted a public apology.

http://www.irishnews.com/news/2016/08/06/news/call-for-psni-to-publish-billy-wright-banner-legal-advice-639668/


さて、「ディシデント・ダン」の件でも、ビリー・ライト賞賛バナーの件でも、警察の言い分のキーワードは、"offend" (人の気分を害する)である。前者では「ご気分を害された方がいたらすみません」的な態度が見られ、後者では「全員が気分を害したわけではない」という言い訳がなされた。

このように、「offendするかどうか」が議論の焦点にされるとき、たいていはその発言者には問題を解決する気はない。だって「気分」の問題なんですもの、どうしようもないじゃない。

そのことが問題だと思う。

※この記事は

2016年08月07日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:00 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。