どちらにしても、実際にあった発言の一部を、狭いスペースに入る程度に切り出して(ここに「編集判断」が働く)、そのいわば「短縮版」を、「放流」すれば勝手に「拡散」されていくようなSNSという場に放り投げるだけの簡単な(それでいて手法としては計算されているような)お仕事。1つ前のエントリは、内容としては多少は「社会」的な面もあるにせよ、カテゴリーとしては「芸能ニュース」だったが、ここに書くのはもろに「国際」「政治」のカテゴリーで、つまり「フェイクニュース」という表現で語られるべきことだ。

先日も書いたが、今の英国――というよりイングランドのBrexit支持界隈のムードは基本的に完全に "Us vs Them" になっている。 "Us vs Them" はすべてを敵味方に分ける考え方で、「我々に賛成・同調しない者は、みな敵だ」という状態。世界のすべての国を例えば「反日か、親日か」で分けて考えるようなことは、便宜的に、考えや状況を整理するためにやるのならまだましだが(それでも私はそういう考え方はとらない)、実際に何か対立や争いがあるときにその枠組みで考えることは、極めて危険なことだ。「自分たちの思い通りにならないのは、敵のせいだ」という思考で物事をみるとき、そこに見えてくるのは「解決すべき問題」ではなく「叩き潰すべき敵」であるだろう。
そういうのが煽られているときに、「敵」が「暴言」を吐いて、我々を「侮辱」している、というストーリーがあれば、煽られている人々はますます感情を高ぶらせて怒りを募らせるだろう。
ここで見出しになっているドナルド・トゥスクの発言も、それを伝えるBBCの見出しも、絶望的なまでにひどいものだと私は見てとった。こんなの、感情を煽ることにしかつながらない。
あかん・・・ pic.twitter.com/MMvBeCg5Zt
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
※↑↑このツイート↑↑、エンベッドすると画像の最も重要な部分が切れてしまって見えなくなっています。リンク先でご確認ください。あるいはすぐ上、ブログ本文内に入れた画像をご参照ください。
"Us vs Them" はイングランドの昔からある「愛国」のナラティヴ(のひとつ)なのだが、そこにおける "Them" はフランスであったりドイツであったり、ヨーロッパであったりする。かのウィリアム・シェイクスピア(1564年-1616年)がイングランドの王たちを描いた史劇のひとつで、その「偉大なる島国イングランドは、勇猛果敢にも大陸に乗り込んでいき……」という精神性を見事に描写した箇所があると、先日読んでいた本で知ったのだが、それが下記。
これな。ウィリアム・シェイクスピア『ヘンリー5世』の第二幕プロローグ。(この直前、第一幕の最後でフランスからテニスボールを贈られて激怒したヘンリー5世が「よろしい、ならば戦争だ」となり、百年戦争が再燃する)https://t.co/7So2PzWToi pic.twitter.com/W6p7Jmk2Dm
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
そしてヘンリー5世が軍隊を率いて大陸に乗り込んだアジャンクールの戦い https://t.co/H4PsNrxHqU (1415年10月)では、イングランド軍はフランス軍に対し圧勝したが、最終的に百年戦争は、イングランドが大陸に持っていた領土をあらかた失うという形で終結した。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
だが今「フランスを相手に勇猛果敢に戦うイングランド」という歴史上のイメージを利用してあれこれ言い立てている人々や、それを信じて繰り返し唱えている人々は、「イングランド軍はフランス軍に対し圧勝した」までしか見ていない。そういうことがBrexitについての分析で指摘されているのを読んでる。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
そこに、BBCがこういう、もろに「悪辣にも『反英』的なヨーロッパと、それに対し勇猛果敢に抵抗するイングランド/ブリテン」というロマンチックな語りを紡ぐ。https://t.co/DBTgXuk4io
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
2016年6月のEUref前の言論空間があまりにtoxicで見ていられず、「どういう結果でもとにかく投票が終われば……
……こういう毒吐きも終了するだろうから、投票早く終わってくれ(でも離脱が勝つということはまずありえないけど)」と思っていたのだが、結果的にはEUrefが終わってもそのtoxicな言説は終わるどころか、ますますエスカレートし続けている。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
そして、ありもしないものにできもしない約束を絡めて、それを実現するのだ、われわれには「ダンケルク魂」があるのだと喧伝している連中は、自分の資産はEU域内で安全なように対策するなどしている。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
百年戦争を再燃させたヘンリー5世だって開戦決断前は「自分の決断で多くの血が流されることになる」ということを考えている(というのがシェイクスピアの戯曲の内容)。Brexitで「勇猛果敢なイングランド」像を喧伝しいろいろ煽っている人々にはそういう思考は感じられない。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
そこにもってきてトゥスクのこのむちゃくちゃな発言である。案の定炎上。 https://t.co/urwSYy01MH あんな発言をしたら、そりゃ炎上しないはずがない。どいつもこいつも、実に……orz pic.twitter.com/8n2e9oEbsw
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
「あんな発言をしたら、そりゃ炎上しないはずがない」のだが、ドナルド・トゥスクはどう見たって「わかってて言ってる」ふうだった。何しろ問題発言は "By the way, I've been wondering..." と切り出されているのだから。
"I have been wondering what the special place in hell looks like for those who promoted Brexit without even a sketch of a plan how to carry it safely"@eucopresident Donald Tusk says he and Ireland's Leo Varadkar are planning for no-deal #Brexit "fiasco"https://t.co/66WEOJaRfV pic.twitter.com/wcggSZQXjD
— BBC Politics (@BBCPolitics) February 6, 2019
たたみかけるようにジャン・クロード。漫才してる場合じゃない。「外交の言葉」なんてとっくの昔に捨ててるのかもしれないけど、それにしてもこれはやりすぎだ。言葉をこんなふうに使っちゃいけない。
"I believe in heaven," Jean-Claude Juncker says, when asked about Tusk's "special place in hell" comments@EU_Commission president adds that the EU stands ready to help Ireland in a no-deal #Brexit scenariohttps://t.co/2WbaZE4u14 pic.twitter.com/4foipteUp5
— BBC Politics (@BBCPolitics) February 6, 2019
しかも発言場所はあたしのアイルランドである。そのアイルランドではレオ様(アイルランド首相)が楽しそう。レオ様は余裕を感じてるからだろう。でも北アイルランド、それもDUPを抱えてるときに、その余裕は……と思う。(´・_・`)
Ireland's Taoiseach Leo Varadkar has a word in Donald Tusk's ear - after @eucopresident says "a special place in hell" is reserved for "those who promoted #Brexit without even a sketch of a plan of how to carry it out safely"
— BBC Politics (@BBCPolitics) February 6, 2019
[tap to expand] https://t.co/2WbaZEm5pE pic.twitter.com/PoskOcpQbj
Varadkar: "They will give you terrible trouble in the British press for this"
— James Crisp (@JamesCrisp6) February 6, 2019
Tusk agrees and laughs. #specialplaceinhell https://t.co/zWZIzSb1Py
政治家たちが言葉をこんなふうに使っちゃいけないんだって、ほんとに。
音楽のお時間です。
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
"Here comes the wise man
And there goes the fool
You see that burnt out world that he is living in
I don't need to look for the rules"https://t.co/jF1lbyJClp
"You'll never know just what you want to do
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
Or where you wanna go, I think it's time
That you found what the world is waiting for
I think it's time to get real"
で、トゥスクの「地獄の特等席」発言は、当然のように「炎上」。少しだけ収録しておこう。
DID YOU SEE THAT? | @eucopresident practically condemns 52% of the UK electorate to Hell. 🔥
— Students For Brexit (@Brexit4Students) February 6, 2019
Very mature. 💁♀️
To be honest, we’d happily go, but even in Hell, we suspect that we would be strangled with bureaucratic EU temperature regulations.♂️🔥 pic.twitter.com/bqJ3nIvWHu
DUP leader Arlene Foster says @eucopresident Donald Tusk was "deliberately provocative [and] very disrespectful" when he said there was a "place in hell" for people who "promoted #Brexit without a plan to carry it out safely"https://t.co/e3cYPi3VHH pic.twitter.com/5aefEHQSfb
— BBC Politics (@BBCPolitics) February 6, 2019
Evidently the pressure is building in Brussels. A deliberately provocative & disrespectful statement about the 17.4m of us who voted to leave. This is a time for solutions & genuine diplomacy not insults. https://t.co/km40QOkoA0
— Arlene Foster (@DUPleader) February 6, 2019
We're used to highly-charged press releases from certain MPs. It is notable that today's from Sammy Wilson doesn't address the substance of Donald Tusk's criticism: that leading Brexiteers never had a workable plan. Instead it's still about rhetoric without practical solutions. pic.twitter.com/uVaYmUX36O
— Jamie Pow (@jamiepow) February 6, 2019
he wasn’t talking to the 17.4 million, Arlene. They aren’t the ones who had to have a plan; they’re the ones who were misled into believing YOU had a plan. No Arlene, the kind of person Mr. Tusk is referring to is this kind.... pic.twitter.com/33ynUrOYwm
— Cathal Whelehan (@skybluewheelie) February 6, 2019
このように、DUPはトゥスク発言について「EU離脱に投票したすべての人々(17.4mの人々)に対する侮辱である」と吹き上がって見せたのだが、実際にはトゥスクはそのようなことは言っていない。平たく言えば、トゥスクが「地獄の特等席が待ってるはずだ」と述べたのは、「まともなアイディアもなく煽るだけ煽って、いざ離脱となるとケツまくって逃げたり、責任回避したりしている連中」のことで、つまりはLeave陣営の指導者たちのことだ。トゥスクは名指しはしていないが、ナイジェル・ファラージやボリス・ジョンソンのような無責任なホラ吹きのデマ屋たちのことだ。もっと言えば、北アイルランドとアイルランド島のボーダー(境界線)について、何の考えもなく、「英国のEU離脱」を画策してきた連中のことだ。そこにはもちろんDUPも入っている。
だが、DUPはその事実を押し隠し、「トゥスクはEU離脱に投票した人々を侮辱している」とわめき立てている。
まあ、DUPだからね……と思われるだろうが、実は、BBC Newsが同じことをしていた。
BBCがno-planという限定語句を入れた。少しは誠実さを取り戻したか。トゥスク発言の「離脱論者」は「離脱論者」一般ではなく、実際の計画もなしに、また虚偽を根拠として「離脱こそ繁栄の道」と説いた(うえで、離脱が決まったら逃げ出した)連中。 pic.twitter.com/PvlqUWIJyt
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
※↑↑このツイート↑↑、エンベッドすると画像の最も重要な部分が切れてしまって見えなくなっています。リンク先でご確認ください。あるいはすぐ下のを見てください。
BBC Newsの煽りのビフォー・アフター。ビフォーは「離脱論者は全員」と言ったように見える見出し。アフターは「計画もなく推進した離脱論者(責任ある立場の人々)」。 pic.twitter.com/IJg6Hy8WeO
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
もう油断も隙もない感じ…。
— yoko aoki ♪スイミー🐠 (@yokoaoki) February 6, 2019
これに気付いていたのはもちろん私だけではない。Our Future Our Choice(Brexitに疑問をつきつける若者たちの組織)のFemiさんは、BBCの汚いやり方をはっきりと指摘し、「怒りと分断を引き起こすことを目的としたフェイクニュースだ」と批判している。彼が「消せ」と言っているBBCのツイートは、BBC News系アカウントのひとつによるもので、トゥスク発言を伝えた最初のツイート(no-planという限定語句のないもの)。騒ぎが大きくなったあとでアカウントの中の人が削除したようで、いつの間にか消えていた。
THE @BBC IS BLOODY DISGRACEFUL!!!
— Femi (@Femi_Sorry) February 6, 2019
Donald Tusk specifically said those who PROMOTED Brexit.
You know FULL WELL that "Brexiteers" is understood by many to mean Brexit voters.
TAKE THIS TWEET DOWN. It's fake news designed explicitly to cause anger and division. https://t.co/PxhkEqplok
北アイルランドの人も「EU離脱に投票した人の怒りを、実現方法の計画もなく離脱を煽った人々にではなく、EUに向けようとしている」と指摘している。
Dangerous misrepresentation of what @donaldtusk said from @BBCNews.
— Niall McGourty (@Niall_McGourty) February 6, 2019
Designed to make Leave voters angry at the EU instead of those who encouraged them to vote for Brexit with no plan on how to deliver it. Shameful.#SpecialPlaceInHell pic.twitter.com/6RIkpPS6Y1
BBCがこういうことをする――ということをあんまり言うと、「WTC7はなんちゃら」という信念を持っている陰謀論者のみなさんからの注目を集めることになってしまうのがネット上の日本語圏なのであまり言いたくないのだけど、今回のこれは事実だし、記録もしておかなければならないと思う。あまりにもおかしい。
そもそもBrexitについてBBCの態度はずっとおかしいのだ。
もっと言えばBrexitについてだけでない。2016年の米大統領選で共和党の予備選の段階からずっとトランプに注目してその発言を「記事見出し」として拡散する役割を担っていたし(ただし、それはBBCだけでなく非常に多くのメディアで見られたことで、「起きたことを伝えるメディア」の限界というか、「ある人物の発言をそのまま見出しにしてしまうこと」の限界と言える)、2017年のフランス大統領選挙に際しては、最有力候補の名前を大きく取り上げることなく、やたらと「マリーヌ・ルペンは初の女性大統領になるのか」的な持ち上げ方をしていたわけで(私は投票前1ヶ月くらいになるまで、最有力候補マクロン氏の名前を英メディアで見なかった)。
今回、BBCは "Brexiteers" を "no-plan Brexiteers" に修正したことで「うっかりしてました」と弁解することができるようになったわけだが(うっかりやらかしてしまったんでしょうね、メイのブリュッセル行きのニュースに戦争の映像をかぶせてしまったのと同じように、うっかりと)、修正前のフェイクニュースによるダメージは既になされている。というか、下記の例ではロイターの仕事が雑すぎて唖然、という面もあるのだが(クリック稼ぎかな……ロイターともあろうものが)。
https://t.co/ZLtTN0zNt8 Look at this. Reuters has this headline *after* the BBC News slightly changed its headline. This means that the damage had already done when the BBC became more or less sober. pic.twitter.com/YpEzPXHWlc
— nofrills/共訳書『アメリカ侵略全史』作品社 (@nofrills) February 6, 2019
というわけで、私はTwitter上で見えるものにうんざりしてしまって、しばしネットを離れて読書に戻ることにした。その間に着々と大喜利が進行していようとは思いもせずに……。
別のページに続く!
もちろん、大喜利なんかに興じておらず、「トゥスクが我々のことをバカにしたーー」と吹き上がっている人々もいっぱいいると思う。でも、単に視界に入ってこない。私は私のフィルターバブルの中にいるのだから(それもBrexit関連では、かなり積極的にミュートしてる。ピアース・モーガンだのケイティ・ホプキンスだのは視界に入ってこない)。
※この記事は
2019年02月07日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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