「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2018年10月18日

「そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったから」――2018年の #ブッカー賞は、アンナ・バーンズがMilkmanで受賞

今年で50回目を迎えるブッカー賞は、史上初めて、北アイルランド出身の作家が受賞した。

ブッカー賞は、ざっくり言うと、英語圏で最も参考にされている文学賞。日本でいえば「芥川賞」みたいな存在だ。元々は英国圏(ブリテン諸島、つまり英国とアイルランドと、旧英連邦諸国)の作家・作品を対象としていたが、2014年からは英語全体に対象を広げ、昨年と一昨年は米国の作家が受賞しており、今年も最終候補(ショートリスト)の6点のなかでは、米国の作家の作品が有力視されていたようだ。

その下馬評を覆して受賞したのが「大穴」のアンナ・バーンズ。1962年生まれの彼女にとって、受賞作のMilkman(ミルクマン)は長編3作目だが、デビュー作のNo Bones(2001年)もオレンジ賞の最終候補に残るなど高く評価されている。バーンズは北アイルランドの首都ベルファストの北部にあるアードイン地区に生まれ育ち、1987年にロンドンに移り住み、現在はイースト・サセックスに暮らしているという。

アードイン地区といえば北アイルランド紛争で最も激しく暴力が吹き荒れた場所のひとつである。ユニオニスト独裁政権への抗議行動が続いていた1968年10月(今から50年前)、デリーでの暴力により事態が「紛争」の局面に入ったとき、バーンズは6歳だった。うちらの感覚でいえば小学校入学から25歳までずっと、いろいろと厳しいエリアで、「紛争」の激しい暴力が日常という中で過ごしたのだ。

今回の受賞作Milkmanは、北アイルランドの「どこ」と特定していない町で、「どういう名前のだれ」と特定されていない18歳女子が、一人称で、彼女の身に起きたことを語るという作品である。

2018年1月に出た本で、ハードカバーだけでなく既にペーパーバックも入手できるが、日本から買うなら電子書籍が手っ取り早いだろう。

Milkman (English Edition)
Milkman (English Edition) - Amazon Kindle

Milkman【電子書籍】[ Anna Burns ] - 楽天Kobo電子書籍ストア
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受賞のニュースについて、また作家のインタビューやいろんな人の反応については、下記に(少しだけだが)記録した。

2018年のブッカー賞、同賞史上初めて北アイルランド出身作家の作品が選ばれる
https://matome.naver.jp/odai/2153976930796791501

作品は、審査委員長のクワメ・アントニー・アッピアが「読むのに骨が折れるが、苦心して読んだだけの見返りが十分にある」といったコメントをしているのだが、とにかく全体的に「読みづらい」という評判だ。中には「本を売りたい人には喜ばしいニュースではない」(ガーディアン)とかいう分析もあるし、Twitterを見てたら「本ってのは読まれなきゃ意味がないんだから、読みづらい本なんて存在価値なし」みたいな極論を延々と連投している人もいたのだが、実際にはかなり売れているとアイリッシュ・タイムズのマーティン・ドイルさんは報告している。

私も早速電子書籍を買って読んでいるのだが、確かにすいすい読める感じではない。最近、自分を甘やかしていて、非常にロジカルなパラグラフ・ライティングされた文や、報道機関の定型に乗っ取ったような読みやい文ばかり読んでいるので、こういう、読むときに一呼吸必要な濃密な文、息の長いパラグラフは、読むのに時間がかかる。それに、内容もやはり、読みやすいものではない。あちこちでひっかかる。

だが、そこかしこで言われているように「実験的で読みづらい」とは、特に感じない。これが「実験的」なら、ジェイムズ・ジョイスなどどうなってしまうのか。職業柄、難しい文章を読みなれているアッピアは「スノードン山に登るようなもの」という比喩を使っているが、それならジョイスはエベレストか。あるいは月世界旅行かもしれない。いや、逆に洞窟の中か。

Written with few paragraph breaks, eschewing character names for descriptions, Appiah admitted that Milkman could be seen as “challenging, but in the way a walk up Snowdon is challenging. It is definitely worth it because the view is terrific when you get to the top,” he said. “I spend my time reading articles in the Journal of Philosophy so by my standards this is not too hard. And it is enormously rewarding if you persist with it. Because of the flow of the language and the fact some of the language is unfamiliar, it is not a light read [but] I think it is going to last.”

https://www.theguardian.com/books/2018/oct/16/anna-burns-wins-man-booker-prize-for-incredibly-original-milkman


ジョイスはどうでもいいんだ。

Milkmanの立ち読みは、Amazonの「なか見検索」でも提供されているし、版元のFaber & Faberのサイトでも提供されている。

Amazonの「なか見」は冒頭から第2章の途中まで、Faber & Faber社のサイトで提供されているのは紙版のpp. 69-79である。

冒頭部分は、Slugger O'TooleのミックさんもTwitterで引用しているが、アンナ・バーンズ本人による朗読が、BBCの映像で聞ける。これは「エイ」の音が「エー」になるベルファストのアクセントで聞かないと。




冒頭の1段落は下記画像のような感じだ(ほぼ直訳。日本語では「彼」は近寄りたくないような人には使わないと思うので「彼」を使わずに訳しているが、そういった文章作法的な面からいって、日本語にすると、さほど読みづらさは感じられないかもしれない)。

milkman-one-m.png
※画像クリックで文字が読める大きさになります。


そして、この第一段落に続いて、第二段落は「で、義兄はそういう発言をして、そういう発言をすることに何ら違和感を感じておらず、そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったから」と書き始められる。

ここをすっと読み流す人と、ここでつっかえてしまう人がいると思う。私は後者だ。

"I did not know how to respond to this person."

Me too.

審査委員長のアッピアは、次のように述べている。

Milkman also spoke to the concerns of today, he said. “I think this novel will help people think about #MeToo ... It is to be commended for giving us a deep and subtle and morally and intellectually challenging picture of what #MeToo is about.”

https://www.theguardian.com/books/2018/oct/16/anna-burns-wins-man-booker-prize-for-incredibly-original-milkman


その外側にいる人は、こういうのを読まないとわからないのかもしれない。いや、読んでもわからないかもしれない。というか、わからないだろう。

でも何人かは、この本を読むことで「わかるようになる」人がいるかもしれない。

ちなみに、「この人にどう反応したらよいのかわからなかったから」の先にあるのは、さらにむなくそ悪くなるような卑劣漢の描写だ。外面だけはよい卑劣漢の。その外側にいる人に、どんなに本当のことを言っても、信じてはもらえないような真実の姿の描写。

こうして(名前を与えられていない)18歳女子の語りとして紡がれていく、「紛争」の奥にある個人の物語。コアにあるのは、個人と《暴力》とのかかわり方だ。

文章を読んで、彼女の声が聞こえてくるかどうかで、この本を読めるかどうかが決まってくるだろう。その上で、「人には名前があって当たり前」という固定観念を持つ英語圏の人が、「名前の与えられていない主人公なんて、ついていけない」と思うこともあるだろう。




何はともあれ、読み進めよう。

なお、タイトルになっている「ミルクマン」というのはある人物の通り名で、「牛乳配達員」の意味ではない。むしろ、牛乳配達はまったく関係ない。IRAメンバーのコードネームだ。編集者などは、そこからして「わかりづらい」とし、残念そうな声で「これじゃだめなんですよ」と言い、芝居めいたしぐさで眉をひそめるだろう。






※この記事は

2018年10月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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