彼女の死は、最初はイングランドではほぼ無視されていたが(イングランドにとって北アイルランドは「よその土地」なのだ)、やがて大ニュースとなり、世界中から彼女を悼む声が集まってきている。葬儀費用などを集めるためジャーナリストたちによるクラウドファンディングも立ち上がった。(彼女自身、とても苦労しながらジャーナリストとして活動してきた人だ。)
記録はNAVERまとめを利用してとってある。まだ完成していないが、このあとまた手を入れるつもりだ。https://matome.naver.jp/odai/2155565677562110001
本ブログでは「記録」とは別に、若干の解説のようなことをしてみようと思う。
最近日本でも「かわいいうさちゃんのイベント」的に商業化しつつある様子が特に100円ショップの店頭で見て取れるイースターは、キリスト教の非常に重要な宗教行事だが、アイルランドでは、現在の(今のところ分断された形での)独立へとつながることになる1916年の蜂起(イースター蜂起)を記念するという歴史的・国家的なナラティヴの機会でもある。
「アイルランド共和国」として独立国家になっている26州では、1916年に蜂起者たちが立てこもったダブリンのGPOの建物の前で、軍事パレード(といってもアイルランドの軍は今は自衛力しか持たず、それも、恥ずかし気もなく「自衛」「国防」を「軍事」「戦争」の同義語としている諸国とは異なり、本当に自衛力)が行われたりする。
一方「英国の一部」として独立前の状態のまま残されている「北アイルランド」、すなわち「北部6州」では、現在もなお、「北アイルランド紛争」までの時代と同じように、「武力を以てのみ、英国からの独立を果たすべし」という主義主張(「フィジカル・フォース・リパブリカニズム」という)を抱いた武装集団が、旗をかかげ軍装にバラクラバにサングラスというスタイルで、紛争で斃れた「同志たち」が眠る墓地までパレードを行なうという、(小規模とはいえ)軍事的な示威行為の機会となっている。
そして彼らは「IRA」を名乗っている。だから、北アイルランドに関心なんか持っていないブリテン本土のメディアが、とっくの昔に停戦し、だいたい武装解除してほぼ機能停止しているProvisional IRA (PIRA) に関する記事に、今なお武力至上主義を奉じているIRAを名乗る勢力の写真を添えることすらある。軍装にきれいな旗の彼らのパレードの写真は、参加人数は少なくてもとても見栄えがするし、一目で「それ」とわかる。(なお、PIRAが今でもギャング団として勢力を持っていること、彼らは銃を持っていること、ときおり内紛で銃撃事件が起きていることは事実だが、もはやそれらは「紛争」時代の「政治的暴力」ではないし、そのように扱われてもいない。)
イースターに軍装で見栄えのするパレードを行なうこういった勢力は、北アイルランド全体でそれができるほどの数を持たない。メンバーや支持者は広い範囲にいるのかもしれないが、パレードを行なえるような地域は数少ない。
そして、北アイルランドから見れば、「川を挟んだ向こう側」なのに「英国の一部」に入っているという、分断の地理的な不自然さを背負っているような都市であるデリー市(DerryかLondonderryかという呼称論争を見れば、そのややこしさがわかるだろう)は、その武装至上主義の勢力がイースターのパレードを行なえるくらいの地域の支援がある。
これらの勢力は、1998年の和平合意(グッドフライデー合意: GFA)を支持していない。というか、2019年の今も武装活動を続けているのは、PIRAがその和平に応じたことに怒ってPIRAから離脱した勢力だ。
そう。彼らの旧称はReal IRA(組織自体は「IRA」としか名乗っていないにせよ……「自分たちこそ本家本元のIRAである」という主張があるので、「IRA」としか名乗らないのだ)。1998年4月の和平合意を支持しない、IRAの中の超過激派・超強硬派だ。1998年8月15日(土)にオマーという「紛争」とはあまり縁のなかった小さな町の商店街に自動車爆弾を仕掛け、9月の新学期前の買い物を楽しむ人々や、スペインから修学旅行に来ていた小学生の一団を殺傷した勢力だ。この勢力が、数年前にデリーを拠点としてきたより小さな勢力と合流して再編した。これも単に「IRA」を名乗っているのだが、IRA諸勢力を区別しなければならない立場(つまり一般の報道など)では、現在は「the New IRA」、または引用符つきで「the New 'IRA'」などと呼ばれている。
GFA後、和平を推進することとなったPIRAが「主流派リパブリカン (mainstream Republicans)」とされる一方で、このReal IRA/New IRAのような勢力は「非主流派(反主流派)リパブリカン (dissident Republicans)」と呼ばれている。
これら「ディシデンツ」には複数の武装勢力があるが、2019年4月の段階で活動しているのはNew IRAだけのようだ(もっともっと規模の小さな集団はあるかもしれないが、ある程度の規模がありテロ組織としての能力があるのはこの組織だけ)。Real IRAの分派よりもっと早い段階で(1980年代に)別の政治的理由によってPIRAから分派したContinuity IRAは、RIRA同様にGFAを支持してなかったが、現在は停戦している(武器庫は持ってるかもしれない)。
繰り返しになるが、彼らは和平合意を支持していないし、現在も武装活動を続けている。2019年1月のデリーのカーボム、2月のロンドンの郵便ボムは、New IRAが「われわれはここにいる」と示すために行ったと考えられる。規模の面では、10年ほど前には「数十人単位にすぎない」と言われていたはずだが、どうやら拡大しているようだ。それも、年少者を大勢加えている。10代の少年たちに「銃を持て、祖国を奪還せよ」のロマンティシズムを吹き込んでいるのだろう。2009年3月の警官銃撃事件(Continuity IRA)のあと、事件の起きたアーマー州の武装集団が身内のSNS(当時はMySpaceか、今はもうなくなってしまったSNSだったかも)で10歳〜12歳くらいの子供をがちがちに武装させている写真を回覧しているのが問題となったこともある。(数年前にイスイス団が子供を武装させて写真を撮っていたとき、「やってることがディシデンツと同じだ」と思ったのはここだけの話。)
New IRAというのは、そういう組織だ。
2019年4月18日の木曜の晩、イースターを目前に控えたこのタイミングで、デリー市のクレガン地区(ここはずっと前からディシデンツの拠点として知られている。有名なFree Derryのゲーブルが記念碑のように立っているボグサイド地区の隣で、おおまかにひとつ市街地側)で、警察の強制捜査が行われた。
強制捜査が行われること自体は特筆すべきことではないし、仮にそれが強引なものとなったとしても驚くべきことではない。「警察対警察をCrown Forceと呼び攻撃対象としている武装勢力」という構図だ。
そしてその武装勢力の側が、その強制捜査に対する「英雄的抵抗」を行なうということも想定内だ。
かくして、「注目しているのは地元だけ」という状況の中、いつもの「暴動 (riot)」が始まった。警察車両にペトロル・ボム(火炎瓶)が投げつけられる。歓声を上げながら投げているのはスウェットの上下を着たような子供たち(10代の少年たち)。まるでお祭りだ。その様子を遠巻きに、近隣住民が見守る。その住民たちの中に、現場に駆け付けた地元のジャーナリストたちがいる。彼ら・彼女らの多くはまずスマホで撮影し、何がどうなっているのかを広い範囲に知らせる。

*via https://twitter.com/Jeggit/status/1119115597281841153
それが最後になった。
私が東京で最初にニュースを知ったのは、スマホのTwitterの画面内でのことだった。数時間前のツイートがTop tweetsとして示されている画面内に、「デリーでジャーナリストが射殺された (A journalist has been shot dead in Derry)」「警察は殺人事件として扱い、テロと見ている」というニュースが流れてきていた。
"Shot dead" ということは、標的として撃ち殺されたということだろうか? 北アイルランド紛争唯一のジャーナリストの犠牲者であるマーティン・オヘイガンのように(オヘイガンは調査報道を進めていて、LVFに暗殺された。事件は未解決)。
Twitterの断片からそれを確認するのはなかなか大変だった。メディアの報道記事の見出しがどれもこれも「デリーでジャーナリスト射殺、テロとの見方」ばかりで、この言い方は標的としてジャーナリストが襲われて殺されたということを示唆する。しかし、状況から考えてそういうわけでもなさそうだ。亡くなったジャーナリストの仕事として同僚たちがフィードしてくるのは、誰かにとって都合の悪いような調査報道(例えばNo Stone Unturnedのジャーナリストたちの仕事のようなもの)ではなく、紛争後の社会全体にリーチするような分析的な記事だ。
何が起きたのかがクリアになったのは、Twitterに大量にフィードされてくる見出しを超えて状況を把握するための言葉を読んだあとだった。暴動を起こしていた側(火炎瓶投げとは別の一帯)がいきなり発砲し、警察の横で暴動の様子を取材していたジャーナリストたちの1人が被弾した。現場では隣にいたジャーナリストがすぐに救急車を呼んだが、それより早く、警察の車両で病院に搬送された。そして搬送先の病院で息を引き取った。
ここから明らかなのは、
その流れ弾は、誰かを銃撃することを意図して発射されたものだったということが、「殺人 murder」という警察の言葉の意味するもので、実際、警官を標的として撃ってきたのだろう。
事後、武装組織の代弁者(ではないと言い張っている政治組織)が次のようなステートメントを出した。このツイートにぶら下がっているリプライもまた、相当にひどいのだが(ジム・アリスターはどの口でそういうことを言うのかね)、このステートメント自体がBullshit以外の何物でもない(そして私は、アイリッシュ・リパブリカンの大義には反対する立場ではない)。しかし、これを信奉している人々はいるのだ。
Statement from Saoradh after fatal shooting of journalist Lyra McKee: pic.twitter.com/lFGd313toR
— Q Radio News (@qnewsdesk) April 19, 2019
これが北アイルランド和平の現実である。「頼りない和平 a fragile peace」と呼ばれているのは、こういうことだ。
今回はリパブリカンの側で起きた暴力だが、ロイヤリストの側も安定しているわけではない。身内の殺し合い(内部抗争)なのかもしれないが、住宅街の街路で人を射殺するということが最近も起きたばかりだ。
だが、ディシデント・リパブリカンの暴力は、ギャングランド的な色彩はなく、「紛争」期の政治的暴力そのものだ。
ザ・クランベリーズの歌った「ゾンビ」なのだ。In your head, in your head, they are fighting.
History says, Don’t hope
— Seamus Heaney (@HeaneyDaily) April 19, 2019
On this side of the grave,
But then, once in a lifetime
The longed-for tidal wave
Of justice can rise up
And hope and history rhyme.
※この記事は
2019年04月20日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
【todays news from uk/northern irelandの最新記事】
- 【訃報】ボビー・ストーリー
- 【訃報】シェイマス・マロン
- 北アイルランド自治議会・政府(ストーモント)、3年ぶりに再起動
- 今週(2019年3月3〜9日)の北アイルランドからのニュース (2): ブラディ..
- 今週(2019年3月3〜9日)の北アイルランドからのニュース (1): ディシデ..
- 「国家テロ」の真相に光は当てられるのか――パット・フィヌケン殺害事件に関し、英最..
- 北アイルランド、デリーで自動車爆弾が爆発した。The New IRAと見られる。..
- 「そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったか..
- 「新しくなったアイルランドへようこそ」(教皇のアイルランド訪問)
- ジェリー・アダムズがシン・フェイン党首を退いた。