kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年06月01日

イアン・ペイズリーが引退、ピーター・ロビンソンがDUP党首に

Robinson confirmed as DUP leader
Page last updated at 16:11 GMT, Saturday, 31 May 2008 17:11 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7428977.stm

30日に「最後のインタビュー」を行なったイアン・ペイズリーが、正式に、ピーター・ロビンソンにDUP党首の座を譲った。

ペイズリーが引退を宣言したのは今年3月のことだった。
http://nofrills.seesaa.net/article/88427405.html

後任となるピーター・ロビンソンは28年間もイアン・ペイズリーの腹心としてDUPを支えてきた。政治家である前にキリスト教根本主義(ファンダメンタリズム)の宗教家であり、アジテーターであるペイズリーとは異なり、宗教にどっぷりというわけでもなく、アジテーションもあれほどには飛ばさない――いや、ペイズリー以上のアジテーションはほかにはなかなかないかもしれないが。

ロビンソンについて4月に書いたもの:
http://nofrills.seesaa.net/article/94196108.html

上記BBC記事はかなりlow keyの、淡々としたものだ。内容はだいたい下記の通り。

ベルファスト東部、Castlereagh Borough Councilの本部での会合で、イアン・ペイズリーに代わってピーター・ロビンソンが正式にDUP党首に任命された。

これまでの37年間にわたってDUP党首をつとめてきたペイズリーは、会場をあとにするとき、報道陣には一言も発さなかった。
ロビンソン新党首はUUPに対する呼びかけを繰り返し、ユニオニストの団結(unionist unity: これ、北アイルランドについて知らない人には「翻訳」できなさそう ^^;)を視野に、UUPのSir Reg Empey党首と話をしたいと述べた。

一方で、シン・フェインがマーティン・マクギネスを副ファーストミニスターに指名しないのではないかとの憶測は一蹴した。

「自分たちの家を壊す人がいるなどと考えることすら馬鹿げたことですが、特に、外部の問題を解決し、状況を進展させようととリーダーシップを担っているときにそんなことがあるはずがありません。自治議会において、また自治政府(エクゼクティヴ)において、私たちがしなければならないことは非常にたくさんあります。それも、互いにwin-winの結果になりうるようなことをしていかなければならないのです」

また、DUPとUUPは、ユニオニズムの大義 (the cause of unionism) のために協力していくべきだとも述べた。「ユニオニズムの大義を推進するため、ユニオニストの票を最大化するため、最大限の結果を得るために、互いに一致協力して事に当たらなければなりません。もしも将来的に、結果として両党の関係が近いものとなり、組織がひとつになるとしても、そのときはそのときです」

ただしUUP側からは、大連立を否定するコメントが出ている。


日本語にしちゃうと全然伝わらないと思うのだが(しかも非常に雑にやっているし)、ロビンソンの言葉の使い方はペイズリーのそれと違う。なんと言うか、非常に「事務的」だ。聴衆の感情に訴えかけようという工夫がない。読みやすくて助かるけど。(ペイズリーのは、何が聖書の引用で何がえらい聖職者の引用で、みたいなのが複雑で、非常にわかりづらかった。)

で、記事中にある「シン・フェインの陰謀」(笑)説は、ベルファスト・テレグラフに詳しい。というか、さすがベルテレさん(ユニオニストの新聞)、煽る煽る。

Robinson takeover under threat
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3753231.ece

この「シン・フェインの陰謀」(笑)説については、くだらないので詳しくは調べる気にもならない。おそらくは、「チャックル・ブラザーズ」のイメージを払拭するために台本が書かれた猿芝居だろうと私は思っている(現地でもおそらくそうだろうと思う。それでもやらないよりはましなのだろう、DUPにとって)。次はシン・フェイン党首がお出ましになってカテゴリカリーに否定する。

これはもう、一種の「儀式」だ。木曜日の任命式まで、お茶でも飲んで観戦してればいいと思う。「民主主義などわかってもいない連中のことだ、土壇場でどんなきたない手を使ってくるかわかったものではない」という前提のDUP支持者が「ほーらやっぱり、こういう話が出てきただろ?」と言える機会を提供できさえすればよいのだ。つまりガス抜き。あれほどまでにセクタリアニズムを煽動し先導してきたイアン・ペイズリーが、40年後には「チャックル・ブラザーズ」になってしまった、というショックを少しでも癒すための。

あ、そうか、これは癒し系のツンデレか。そういえばピーター・ロビンソンってツンデレっぽいな。というわけで、「チャックル・ブラザーズ」の次は「ツンデレ」になると予想しておこう。「べ、べつにシン・フェインのためにこの議案に賛成するんじゃないからねっ」的なもの。

で、ユニオニストの新聞であるベルテレが「ペイズリー引退」をどう報じたかというと……記事の見出しからして、トニー・ブレアやジェリー・アダムズが「和平プロセス」の過程で何かあるとやたらと "historic" と呼んでいたのに対するあてつけですか、という気すらするほどだが、実際にはロビンソンの発言からの引用だ。

Historic day for DUP as baton of leadership passes to Robinson
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3753235.ece

ロビンソンは次のように述べたという。
Mr Robinson ... said Mr Paisley would be a hard act to follow but that he intended to be his own man in the months and years ahead.

He said: "This is an historic day in terms of it being the end of an era. Dr Paisley has been so much part of the party and Northern Ireland politics and it is hard to grasp that his role is going to change in the coming years."

When asked if it would be a daunting challenge to fill Dr Paisley's shoes, the new party leader said: "I would not be so foolish as to attempt to fill his shoes. I will fill my own shoes instead."

Mr Robinson was speaking following last night's farewell event for Mr Paisley at the King's Hall in Belfast.

ロビンソン新党首は、ペイズリー前党首の後を継ぐのは大変なことではあるが、自分は自分のやり方でこれからやっていく、と述べた。「ひとつの時代の終わりである、という点において、今日は歴史的な日です。ドクター・ペイズリーはわが党にとって、また北アイルランドの政治にとって、非常に大きな存在でした。今後数年で彼の役割が変化するとは考えづらいことです」

ペイズリーの後を受けることは大変なことではないかとの質問に対しては、「そのまま後を受けようとするほど私は愚かではありません。私は私なりのやり方でいきます」と応じた。

ロビンソン新党首は、昨晩キングズ・ホールで行なわれたペイズリー前党首の送別の会のあとで話をした。


この「送別の会」の様子は、BBC Newsで見ることができる。
http://www.youtube.com/watch?v=Wfv7L8qzGGE

※このエントリの最初にURLを貼り付けたBBC記事でも、UK国内からの接続なら、エンベッドで見ることができるのかもしれない。

金曜日のBBC NIのインタビューではいかにも病人という弱々しい声だったが、さすがに演壇に立つとしっかりと声を出している(でも体調はよくなさそうだ)。

ペイズリーによって語られる内容を、私はいちいち書きとめようとは思わない。"those who want to take us back to the bad old days" ってよく言うよ。1968年とか1974年とかに自分たちが何をしたのか、忘れたんだろうか。それが "bad old days" の始まりだったということを忘れたのだろうか。忘れてんだろう。というか「悪いのは常に『連中』で、私たちは常に被害者」なのだ。包囲されたマイノリティにしばしば見られるこの心理状態が、マジョリティのものであるのが、北アイルランドの特徴だ。

最後の演説で、ペイズリーはIRAのアーミー・カウンシル(最高司令部)の解散を断固として求めている――UDAは武装解除すらしていないのに。ここに見られるIRAには「紛争解決」で、UDAには「紛争転換」でというダブルスタンダードは、ロビイストの主張だ。法の下の政治というよりもね。

ベルテレの「ペイズリー引退祭り」関連の記事は下記の通り。

You could almost see a new dynasty taking centre stage
By David Gordon
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3753233.ece

一応目は通したが、「偉大なる指導者の引退を惜しむ」ってな感じで、支持者の方々には悪いが、胸焼けする。

要旨だけメモっておくと、ペイズリーの送別の会が開かれたキングズ・ホールは、1998年にグッドフライデー合意のレファレンダムの結果が発表された場所であり、GFAに反対して活動していたペイズリーは「ざまあみそらせ」とばかりの扱いを受けたが、実はそれは間違っていたのだ、という話。ええ、論理の不在のため、論旨不明ですとも。その10年の間にDUPはNI最大の政党となった(ゆえにペイズリーはすばらしい)、というのなら、GFAはひっくり返っててしかるべきでしょう。2005年の時点でもペイズリーは「GFAは死んだのだからお葬式をあげてやらないと」とほざいていたのだし(彼の理屈では、GFAは死んで、セント・アンドリュース合意ができて、彼はそれに賛成したのだからよい、ということになっているのだが、GFAとSAAはまったく別のものではない)。

それが「チャックル・ブラザーズ」とはね。

あとは、昨日の送別の集まりは比較的静かなものだった、昔からの支持者が集まっていたようだが若い人もいた、といったことがごてごてした文体で書かれているだけ。
抜粋するとすればこれか。
The evening felt something like an informal religious gathering.
...

There was an excerpt too from the well-crafted Paisley speech of that day, on the theme of a time for peace:

"How good it will be to be part of a wonderful healing in this province. "

The video was followed by Mr Paisley's entrance into the hall, a standing ovation, cheers and a solitary shout of "No Surrender".

Obedient to the end, the audience sat down at once when their leader told them to.


『眠れる野獣』はフィクションだが、フレディやカイルのような人は実在している。彼らはこのレポートを読んでどう感じるのだろう。あるいは「チャックル・ブラザーズ」のことを。

抜粋した部分の最初のほうに「宗教の集まりのようだった」とあるが、実際に聖書の引用やら何やらが満載のスピーチだったそうだ。(ペイズリーは教会の仕事からも既に引退しているから、こういう規模で演説をすることはもうないかもしれない。)

Could this spell the end of the Paisley name?
By Victor Gordon
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3753234.ece

熱烈な支持者が泣きながら書いたのか、これ?
When the 'Never-never' man became the 'Yes' man a year ago, moved in as First Minister and embraced Sinn Fein and power sharing, many of his erstwhile supporters looked on aghast.

The Free Presbyterians gave him little option but to step down as Moderator, angered not only by his 'about-turn' on politics but by his 'Chuckle Brothers' TV images with Martin McGuinness.

Surely this couldn't be the same Ian Paisley who was jailed for opposing a Civil Rights march in Armagh or who tried to shout down Jack Lynch and Pope John-Paul II during his controversial years as an MEP?

Was this the same man who finally saw off Trimble's Ulster Unionist Party in the landslide Assembly victory last year after a sustained onslaught on the UUP leader?

...

... even the most fervent party supporters were taken aback by the 'Chuckle Brothers' images and even though his tenure as First Minister was not expected to last full term, his demise as DUP leader this week - and next week's standing down as First Minister - have, doubtless, been hastened by the apparent relish with which he has entered the alliance with McGuinness. ...

えっとー、それじゃなくってむしろ、「不動産ディベロッパー、スウィーニー氏との黒い関係」だったのではないかと。

DUP say farewell to the chief after 37-year stint
By Victoria O'Hara
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3750947.ece

これは当日じゃなくて前日(30日)の記事。一応URLだけ、ということで。

で、Slugger O'Tooleを見てみたのだけど、「DUP党首にロビンソン」の記事がありません……4月にロビンソンで決まったときに話は出尽くしたのかな。メディアの記事もたいしたものはないし。

以上、「歴史」の記録として。(かなり退屈だ。)

※この記事は

2008年06月01日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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