kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年05月21日

よりによってCL決勝の日に「ルゴボイのインタビュー」

ガーディアンって性格悪いのか趣味悪いのか、ときどき「え゛ーーー」と声に出して言ってしまうようなことが起こるのだけども、今日もそうだ。

2008年5月21日のモスクワといえば、誰が何といおうと「CL決勝」であり、特に英メディア的には「イングランド勢同士で対決!!」で盛り上がっているのが「普通」なのだけど、ガーディアンはあえてこの日に、こういう記事を載せちゃうんだな、モスクワ発で。


Prime suspect
In 2006, Alexander Litvinenko died after drinking poisoned tea in a London hotel. The police followed a trail of radioactive polonium to Andrei Lugovoi, a former KGB officer in Moscow. Attempts to extradite him failed, plunging Britain and Russia into the worst diplomatic crisis since the cold war. Luke Harding talks to a wanted man
Luke Harding
The Guardian, Wednesday May 21 2008
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/may/21/ukcrime.internationalcrime

つまり、リトビネンコ事件の容疑者であるアンドレイ・ルゴボイに、ガーディアンのモスクワ特派員がインタビューした記事。

上記ウェブページには、音声もついてる。

でさ、読み始めるとこの話はやっぱいろいろと「おもしろい」から読んじゃうんだけど、何でCL決勝の日にこれを出すかなあ、という。

まあ確かに「ルゴボイ犯人説」ってよくわかんないんだよねとか思いつつ、ざーっと読んでいるのだが、巧妙に仕組まれたお茶ふきポイントに引っかかってしまった。
In 1991, he joined the Federal Protection Service - providing protection for politicians including Boris Yeltsin and prime minister Yegor Gaidar. Two photos of his trips to Washington with Gaidar hang on his wall, next to a photo of Lugovoi fishing. Other photos indicate Lugovoi has a sense of humour. There is a picture of Putin shaking hands with Boris Berezovsky - once Russia's most powerful oligarch, now the Kremlin's greatest enemy, before the two men fell out and Berezovsky decamped to Britain.

つまり、ルゴボイのオフィスの壁には、彼がFSBで要人警護をしていたときの写真が掛けられていて、イゴール・ガイダルの警護でワシントンに行ったときの写真とか、自身が釣りをしているところの写真とかがあるのだが、その中に、プーチンとベレゾフスキーが握手している写真がある、と。そしてそれは「ルゴボイのユーモアのセンスを示すものだ」と。

ルゴボイは、ウルトラナショナリストの政党から立候補して議員になったのだけど、その政党(あれだ、えっと名前を度忘れした、ロシアン極右の……そうそうジリノフスキーが党首をやってる政党)は基本的に親プーチンだ。

ということは、例えばドナルド・ラムズフェルドの支持者のオフィスに、ラム爺とサダム・フセインの握手写真が飾ってあるとかいうようなことだ。あるいは、シン・フェインの支持者の家に、「殉教者」のボビー・サンズと、「裏切り者」で謎の死を遂げた(「処刑」されたのかもしれない)デニス・ドナルドソンの例の写真がかけてあるとかいうようなことかもしれない。

いずれにせよ、それが「ユーモアのセンス」だとしたら、あまりに愉快なおっさんではないか。

……ああ、ガーディアンって性格悪い新聞だ。

ちなみに、ルゴボイはサッカーが好きで、特にイングランド・プレミアが好きなので、今日のCL決勝はスタジアムで見るのだそうです。たぶんVIP席で。

で、記事を読み終わったのだけど、このルーク・ハーディングっていうジャーナリストが(検閲により削除されました)だったらどうしよう、とか考えている私がいる。。。

※この記事は

2008年05月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼