kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年03月23日

「サダム・フセインの極悪非道な犯罪行為」から20年目、メディアは静かだった。

言い訳にも何もならないのだが、今週(16日からの週)はジョナサン・パウエルの「NI和平の舞台裏」の本についての記事の山とグッドフライデー合意10周年関連の記事の山で、もう、どこもかしこも、坂口安吾の部屋に積まれている書籍状態だった。(合意は、日付的には1998年4月10日なのだが、それが「イースター」だったので、BBCなどでは2008年のイースター、つまり今週末と4月10日とに分けて特集を組むらしい。)それに加えて、イラク戦争開戦から5年(3月20日)、チベット、アントニー・ミンゲラの急死、それから16日はセント・パトリックス・デイだったのでその関係の話、それとかなりどうでもいいんだけどヒラリー・クリントンがNI和平に果たした役割についてなどなど、読むべきものの量がハンパじゃなく、どれを読んでもどっと疲れる、といった具合。

というわけですぐにはニュースサイトを見て回ることもできなかったのだが、2008年3月16日は、「ハラブジャ事件」からちょうど20年という日だった。
http://en.wikipedia.org/wiki/Halabja_poison_gas_attack

イラン・イラク戦争中の1988年3月16日から17日にかけて、サダム・フセイン政権はクルド人の町ハラブジャに、毒ガスを撒いた。死者は数千人規模(英語でいう thousands だから、単に英語として見た場合にも、日本語にすれば「数万人規模」になるかもしれない)。明々白々たるジェノサイドだ。

2002年、イラクに大量破壊兵器がある・ないをめぐり、国連の査察団と米国(と英国)がガチガチやっていたころ、米英は「大量破壊兵器」を語るその口で、ハラブジャのことを語っていた。「サダム・フセインはああいうことをした。だから今持っている(に違いない)大量破壊兵器で何をするかわかったものではない。世界の安全にとっての脅威である」。

今、北アイルランド和平についてあんなことやこんなことを書いた本を出したジョナサン・パウエルも、「自国民を毒ガスで大量虐殺したサダム・フセインの脅威」を語っていたブレアを間近で見ていた人たちのひとりなのだが、現状、ガーディアンに掲載されているものから判断するに、あの本にはそのことはほとんど出てこないらしい。

そしてパウエルはその口で、「われわれはテロ組織たるIRAと交渉したのだから、アルカイダとも交渉すべき」といったことを述べるのだ。
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/mar/15/uksecurity.alqaida
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/mar/17/terrorism.iraq

閑話休題。

2003年3月20日へと向かう段階で、あれほどまでに「問題」として語られた「ハラブジャ事件」から20年となる今年、ニュースサイトを検索してみると、「ハラブジャ」という名詞が出てくる頻度があまりに少ないことに、改めて愕然とする。

2003年、ジョージ・ブッシュが「大規模戦闘終結」を宣言したころからその後の数ヶ月間、メディアの記事でも「ハラブジャ事件」はわりとよく目にしたし、「米軍は撤退を」と主張するイラク人の書いている英語ブログのコメント欄に、判で押したように「サダム・フセイン支持者」だの「テロリスト」だのと書き込んでいた米国の(<彼らの言葉遣いや綴りが米語だったのでそう断定しているのだが)「ネトウヨ」的な人びと(chicken hawks)が「自国民を毒ガスで虐殺するという蛮行」を言うこともけっこうあったのだが、2006年12月にサダム・フセインが絞首刑になったら、「ハラブジャ事件」はもう用済み、ということだったのだろうか? 20年という「節目」を迎えても、米英のメディアは静かだ。

まずはBBC。Halabja でニュース記事検索をした結果を見ていただきたい。最新の記事が、18 Mar 2006である。2年前だ。つまり、BBCは2007年も、2008年も、ハラブジャについては記事という形では書いていない。(ただしニューズ映像でのレポートはある。)
http://search.bbc.co.uk/cgi-bin/search/results.pl?tab=ns&q=Halabja&edition=i&scope=all

2006年3月18日のBBC記事は、「ハラブジャ事件ハラブジャ事件とさんざん利用するだけ利用して!」と怒った地元の人たちの暴動が発生し、1人が死亡し、虐殺の慰霊碑(モニュメント)が破壊された、ということを報じるものだ。当時、私は在外クルド人(イラク人)のブログを読んで、あるいはクルド自治区で書かれている英語のブログを読んで、「でも『私は』ハラブジャ事件を利用していませんよ」と心のどこかで言い訳しつつ、そこに書かれている「悲しみ」の言葉を黙って受け止めるしかなかった。

2007年は、ブクマを見ても、16日17日18日も「ハラブジャ」については何も書いていないし、このブログにも何も書いていないから、ハラブジャについての記事を見なかったのだろう。(この時期、とても忙しかったからニュースサイトの巡回もろくにしていなかったはずだが。)2006年までは、少なくとも、BBC Newsのトップページに何らかの記事が出ていたと記憶しているが。

そして、事件からちょうど20年となる今年、Google Newsで見る限り、3月16日から1週間ほど経過した23日(今日)の時点でも、「ハラブジャ」で検索できる16日前後の記事は、(通信社の配信記事などの重複分を除いて)60件程度しかない。
http://news.google.co.uk/news?ned=uk&hl=en&ned=uk&q=Halabja&ie=UTF-8&scoring=n&sa=N&start=0

そして、その60件のうちの少なからぬ記事が、「ジョン・マケインがイラクを電撃訪問」という記事に「ハラブジャ」という語が含まれている、というようなものだ。例えば下記のロイター。「一方でハラブジャでは地域の人びとが鎮魂のための集会を」という程度の記述。
http://www.reuters.com/article/vcCandidateFeed1/idUSL16149182

BBCは上に書いたように記事を立てておらず、UKのメディアで独立した記事を立てているのは、とりあえずGoogle Newsで確認したところ、タイムズだけ。しかも、しかしタイムズのこの記事は、「テヘラン発」である。

March 17, 2008
Two decades on, war victims of Saddam Hussein's gas attacks draw their last breath
Martin Fletcher in Tehran
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article3564198.ece

記事の中を見てみると、イランの革命防衛隊の兵士としてサダムの毒ガスを浴びた男性が最近になってひどく体調を崩してしまったことを導入部とし、18年前に終わったイラン・イラク戦争での化学兵器の被害の状況を伝えるもので、ハラブジャは直接のトピックではない。イランの元兵士たちの健康被害を伝えるなかで、次のように引き合いに出されているだけだ。
Iraqi Kurds yesterday commemorated the 20th anniversary of Saddam's infamous chemical weapon attacks on his own citizens in the town of Halabja, in northern Iraq, but Dr Kahteri says that the Iranians are truly "the forgotten victims of Saddam's war crimes" because of their country's pariah status.


その4日前の12日には、イラク政府がハラブジャで使われた毒ガスの供給元を訴えるということが報じられている。
http://www.reuters.com/article/latestCrisis/idUSL12870756

以下、記事のURLだけ。

ワシントン・ポスト:
Needed: Honesty on Iraq
By Jim Hoagland (Op-Ed Collumnist)
Sunday, March 16, 2008; Page B07
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/03/14/AR2008031403317.html
We do not lack reminders of those actions and inactions: Today marks the 20th anniversary of a barbaric chemical weapons attack on Halabja, in Iraqi Kurdistan. That war crime was part of the genocidal campaign by Saddam Hussein that the Reagan and first Bush administrations did little to prevent or to punish. They reaped Iraq's 1990 invasion of Kuwait as reward.

Bill Clinton used sanctions and pinprick missile attacks that helped protect the Kurds and Iraq's Arab neighbors. But those tactics also had the effect of aiding Hussein in grinding into dust any remaining social cohesion in the country. George W. Bush's grievously mismanaged occupation -- and blatant political use of the war issue in the 2004 elections -- undermined his promises to bring democracy to the Arab world.

# あー、うんざりうんざり。ま、「アメリカの内政問題」としての視点しかないのが前提なのでいいんですけど。

レッドペッパー(UKのレッドなメディア):
Let justice not misguided morality prevail
Paul Nicholas Anderson assesses the morality of the war
http://www.redpepper.org.uk/article1127.html
... Accusations from the White House that the supporters and suppliers of terrorists are to be regarded as terrorists themselves is contradictory, since on those grounds, there would appear to be good reason to indict the likes of Donald Rumsfeld and Margaret Thatcher for supplying Saddam with weapons of mass destruction in the 1980s (whose use at Halabja Thatcher denied in the British parliament) which the dictator used in wilful and largely foreseeable acts of terrorism, as defined in the US code and in US army manuals, on the Iranians and on his own people.

# こーゆーのも、申し訳ないんだけど、正直、個人的にはもういいやという感じになってます。

レイディオ・フリー・ヨーロッパ:
Revisiting Halabjah: Lessons Of A Tragedy
http://www.rferl.org/featuresarticle/2008/03/e8511a55-e345-4de8-99b7-1c0cc4fa824e.html
Joost Hiltermann was the primary researcher for Human Rights Watch (HRW) on the 1987-88 Al-Anfal campaign by Saddam Hussein's regime -- a campaign that sought to annihilate northern Iraq's Kurdish population. The March 16, 1988, chemical attack on the Iraqi Kurdish town of Halabjah, which killed an estimated 5,000 people, is the subject of Hiltermann's latest book, "A Poisonous Affair: America, Iraq, and the Gassing of Halabja." Hiltermann, now the International Crisis Group's deputy program director for the Middle East and North Africa, spoke to RFE/RL Iraq analyst Kathleen Ridolfo ahead of the 20th anniversary of the Halabjah attack.

というわけで、本を書いた人のインタビュー。長いので全部は読めてないです。

IWPR(UKの独立系):
Halabjans Wary of New Aid Pledges
By Azeez Mahmood in Halabja and Mariwan Hama-Saeed in Washington (ICR No. 249, 14-Mar-08)
http://www.iwpr.net/?p=icr&s=f&o=343405&apc_state=henh
The Kurdish town of Halabja, site of a brutal chemical weapons attack by Saddam Hussein's forces, is being promised millions of US dollars of aid, after years of neglect.

But locals are sceptical of the aid pledge - which comes as they prepare to mark the twentieth anniversary of the bombing outrage - and are angry with the Kurdistan Regional Government, KRG, for not sponsoring this year's commemorations.

なんと、20年という節目だというのに、クルド自治政府が行事を行なおうとしていないのか。ワシントン・ポストのOp-Edコラムニストのゴタクを読む時間があるなら、こういうストレートな報道を読んだ方がずっといい。

VoA:
Iraqi Kurds Mark 20th Anniversary of Halabja Poison Gas Attack
By VOA News
16 March 2008
http://voanews.com/english/2008-03-16-voa12.cfm
Villagers gathered in Halabja Sunday to mourn the dead and demand compensation for survivors still suffering from the effects of the poison gas. Community leaders also called for the execution of those responsible.

上のIWPRのとあわせて読むと、VoAのプロパガンダ性(何を書き、何を書かないか)がものすごくはっきり見えるように思う。

VoAにはもうちょっと長い記事(インタビュー入り)もある。
http://voanews.com/english/2008-03-16-voa17.cfm

AFP:
Iraqi Kurds mourn victims of gas attacks 20 years ago
http://afp.google.com/article/ALeqM5ieKOLD14YEPBVgPmMSHZWlX6h21w
さすが。VoAなんか読んでる時間があるなら、これを読むべき。毒ガス散布の被害者、ハラブジャの人たちの声によって、「現状」をしっかり伝わる形にまとめてある。

オーストラリアのABC:
Hussein's chemical attack remembered by Kurds
Posted Sun Mar 16, 2008 11:26pm AEDT
http://www.abc.net.au/news/stories/2008/03/16/2190933.htm
「一応書いておく」程度の、情報量も分量も少ない記事。5行しかない。オーストラリアも開戦前はものすごい勢いで「サダムの非道」を言ってたんですけどー。

RFE/RLの記事を転載しているKurdish Globe:
Sunday, 16 March 2008, 06:39 EDT
Halabja: Survivors talk about horror of attack, continuing ordeal
http://www.kurdishglobe.net/displayArticle.jsp?id=9A1A6E7FE3DDEEAF2515CBADCD09869D
Walking through one of the neighborhoods of Halabja that had been targeted, the destruction left by the attack 20 years ago can still be seen everywhere today. Many survivors who returned years later have never been able to obtain the money needed to repair what is left of their homes. On one -- an Iraqi Kurdish housewife who lost seven family members in the chemical attacks -- has used pieces of fabric and jagged wood to cover holes left in the building by shrapnel.


NYT:
Kurds Mark 20th Anniversary of Deadly Gas Attack
By ERICA GOODE
Published: March 16, 2008
http://www.nytimes.com/2008/03/16/world/middleeast/16cnd-baghdad.html
"We don't care if Chemical Ali will be executed in Halabja or somewhere else, all we want is his death," said Aras Abid, who lost 24 relatives in the gas attacks.

Some of the defendants at the Anfal trial contended that Kurds provoked the attacks by fighting on Iran’s side during the eight year Iran-Iraq war, which ended later in 1988.

Iraq's leaders been wrangling over the fate of Mr. Majid and two other former military commanders, all of whom have been sentenced to death. On Sunday, Rear Admiral Greg Smith, a spokesman for the American military, said Mr. Majid remained in American custody because Iraqi government officials had not formally requested that he be turned over to them.


カナダのGlobe and Mail:
The painful lesson of betrayal
MARK MACKINNON
From Monday's Globe and Mail
March 17, 2008 at 4:27 AM EDT
http://www.theglobeandmail.com/servlet/story/RTGAM.20080317.wiraq17/BNStory/International/home
Rafiq Laiq learned two difficult lessons as he and his family fled the chemical-gas attack Saddam Hussein's army launched on this town 20 years ago.

The first was that tabun gas smells like apples, and can kill almost instantly. The second was that big, powerful friends like the United States have a tendency to help you only when it suits their interests.

...

Most of the anger that poured out at the anniversary ceremony was understandably directed at Mr. Hussein and his henchmen. ...

But few Kurds have forgotten that the United States and other Western countries stood idly by at the time, unwilling to criticize Mr. Hussein, whom they were supporting against Iran.

Twenty years later, many here in semi-autonomous Iraqi Kurdistan see disturbing parallels in how the U.S. army - which, unlike in 1988, now has 157,000 soldiers in Iraq - allowed the Turkish army to enter northern Iraq last month in pursuit of Kurdish rebels. ...

この記事が読んだ中では一番かも。NYTあたりと読み比べを。

トルコのBiamagというメディア:
20th Anniversary of Halabja Massacre under Saddam
Bıa news centre
19-03-2008
http://www.bianet.org/english/kategori/english/105692/20th-anniversary-of-halabja-massacre-under-saddam
これは「トルコ」というのに意味がある。
The 20th annivesary was marked by an international conference in Halabja. One of those invited from Turkey was Osman Baydemir, the mayor of Diyarbakir, a Kurdish-majority city in the southeast of Turkey.

Participants at the conference and others went to a memorial later and prayed for those killed.

There were memorial events in Turkey, too. However, according to the Kurdish Firat News Agency, police intervened at a march in Adana, southern Turkey.

There were also events in Yüksekova (southeastern province of Hakkari), and the eastern and southeastern cities of Batman, Siirt and Mardin.

According to the Kenttv. net news, a photo exhibition by university students in Mugla, in the southwest of Turkey, was attacked by nationalists.


あと、AFPの記事で、追悼集会の最中にモスルのKDPの事務所が自爆攻撃でやられ、9人以上が負傷したとか、やはりAFPの記事で、19日にジャラル・タラバニが「サダムを追放してくれたイラク戦争で拷問と圧制が終わった」と述べたとかいう記事も。

クルド政府のサイトでも、「アメリカでは議員さんたちがこんなにがんばってハラブジャのことを議会で取り上げてくれています。アメリカ以外でも」というふうにしか見えない記事がある。英語の記事、誰に読ませたいのだろう。英語圏にいるクルド人か?

なお、上に一部を抜粋した記事の多くに書かれているが、ハラブジャ事件などサダム・フセイン政権で毒ガス散布の責任者だった「ケミカル・アリ」は、今年2月に死刑執行にゴーサインが出されたが、まだ執行されていない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ali_Hasan_al-Majid

で、結局、ハラブジャの被害者たちは「サダムにひどい目に遭わされたかわいそうな人たち」として利用されるだけ利用され、用済みになったら相手にもされなくなってしまっている、という状態だろう。(正確には、米英は「あとは任せた」と「イラク政府」に丸投げした状態、というべきか。)

彼らは、彼らの「人権」は、アメリカやイギリスの「国策」のために都合よく利用された。悲しいことだけれど、そういうことは今も起きているだろうし、これからも起きるだろう。その悲しさを真正面から受け止めることで、何かが変わっていくと願うような気持ちで期待するしかないと思う。



ついでにいえば、2008年3月16日は、マイケル・ストーンによるミルタウン墓地襲撃事件(シン・フェイン関係者3人が死亡)から20年でもあった。BBC NIでそういう記事を見なかったので忘れていた。まあ、シン・フェインが「ストーモントでマレード・ファレル追悼行事」とかいうことをやってしまったばかりだし、マイケル・ストーンはわけのわからない「アート・パフォーマンス」の結果、GFA特赦取り消しで刑務所に戻されたし。
http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/march/16/newsid_2523000/2523953.stm

※この記事は

2008年03月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 15:00 | Comment(0) | TrackBack(1) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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[中東]ハラブジャの事件についても調べてみる。被害者はいても主犯はもういない…
Excerpt: tnfuk [today’s news from uk+]さん ■「サダム・フセインの極悪非道な犯罪行為」から20年目、メディアは静かだった。 http://nofrills.seesaa.net/..
Weblog: navi-area26-10の国際ニュース斜め読み
Tracked: 2008-03-25 07:35





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼