kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年03月17日

「壁」で分断されたバグダードから、イラク人ジャーナリストが伝えること


One of my favourites was the Mutanabi book market. The cafes and teahouses lining the old street had became a hangout for journalists, poets and artists, and with them had come the book market. It was here that I used to buy my illegal photocopies of Marx's Communist Manifesto - in Arabic - and Orwell's 1984.

Last week, I went back to Mutanabi. To reach it I travelled through bullet-pocked Bab al-Mu'adham, past countless checkpoints: Shia police commandos, some carrying newly US-supplied M-16 guns, hunkering behind sandbags, Sunni militiamen in khaki trousers, T-shirts and trainers.

Mutanabi street itself looks like a scene from a second world war movie, a couple of gutted buildings, heaps of garbage in the muddy road. Before the war, booksellers spilled into the road and you had to push and shove to walk down the street; now there were only half a dozen of them.

The street was targeted by a car bomb, killing dozens, a few months ago. A week later the prime minister, Nouri al-Maliki, vowed that he would rebuild the street. When I went there, a lone small concrete mixer had been left in the middle of the road as if to indicate that his excellency's words were taken seriously.

http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/17/iraq1


北アイルランド和平についての総括的な報道がガーディアンで始まっているので、リンク紹介くらいしかできないのですが、バグダードから、「G」ことGhaithのレポートが入っています。彼をレポーターとして制作された開戦5周年のテレビ番組の抜粋映像つき。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/17/iraq1

「G」はサラーム・パックスが「バグダード・ブロガー」として世界的に注目されたときに数ヶ月間ブログを書いていたサラーム・パックスの友人のひとりで、その後ジャーナリストとして活動し、2004年には米軍の攻撃で負傷したりしているけれど、まあとにかくこの人はどこにでも行くから(2004年のナジャフとかカルバラとか、ファルージャとか、2006年以降の極度に不安定化したバスラとか)、彼が元気でいてくれることがわかることは、ブログ時代からの読者としては嬉しいのですが、彼の伝えることは胸に突き刺さるようなものばかりです。

映像は、「バグダードの今」を映しています。バグダードといえば爆弾とか流血の光景ばかりがテレビ画面に出てくるので、この映像を見て「何だ、意外と平和じゃん」と思えるかもしれない。でもそこにあるのは、「壁」です。「壁」で分断された都市です。

バグダードの人であるGhaithは、この都市をどう見ているのだろう。映像の中の彼は「まさに仕事中」で、彼の心情はうかがい知ることは私にはできません。でも同じURLで読める記事には、それがはっきりと書かれています。

「壁」はたしかに「治安の回復」をもたらすかもしれない。でもそれだけじゃない。「壁」は、セクタリアンな対立という「構造」を固定化してしまう。そしてそれは、隣人同士のちょっとした言い争いで「○○の出身の奴ってのはどうしてああなのかね」といったふうに現れるのではなく、コミュニティというものを、根本的に分断し、壊してしまう。それが「壁」というものです。

私はバグダードの街を知っているわけではないけれど、サダム・フセイン政権崩壊後に初めて制作された映画『露出不足』(低予算で制作された映画で、セットなどない)で見たバグダードは、こんなふうに「分断」されてはいませんでした。

米国が本当に「サダム・フセインはアルカイダとつながっている」と信じていたとして(むろん、これは今では「その事実はなかった」と公式に撤回されている見解ですが)、その時点で「イラクがアルカイダのファナティックな連中に食われる」ことを予測していなかったとしたら、ブッシュ政権の人たちの脳みそは空気だったのでしょう。あるいは、「連中がどうなろうと知ったことではない、アメリカ人が死なないことが重要だ」という差別イデオロギーを「差別」だとか「イデオロギー」だとか思いもせずにいられるほど無神経であるか。

そして、映像の中のまだ5歳とか6歳にしか見えない子供たち。2003年に「イラク戦争」が始まったころに生まれたか乳児だっただろう彼らは、ストリート・チルドレンです。人身売買(さらわれて売られる)の問題も深刻だそうです。

私が聞いている範囲では、イラクではモスクが中心となって貧しい人への支援がいろいろとあったということなのに、なぜこんなふうに子供たちが路上生活をしているのだろう。

それから墓地(アダミヤ墓地)。たった2年で満杯になってしまった墓地。そして、身元がわからない遺体が埋葬されているdumping ground。

Ghaithの柔らかな声で淡々と語られる出来事は、ひどく陰惨です。

※この記事は

2008年03月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 11:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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