「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2008年03月13日

英国政府、英軍のために働いたイラク人の難民認定を拒否、イラクへ送還へ

イラン人のケースでのニュースが出ている時期に紛らわしいかもしれないが、「イラン」ではなく「イラク」のほうでも英国での難民認定をめぐる動きが報じられた。ガーディアンのスクープ。(ガーディアンはイラン人について沈黙していると思ったら、こっちで動いていたらしい、と好意的に解釈しておこう。)

Iraqi asylum seekers given deadline to go home or face destitution in UK
Alan Travis, home affairs editor
Thursday March 13 2008
http://www.guardian.co.uk/politics/2008/mar/13/immigrationpolicy.immigration

英国で「イラク人の難民申請者」が Iraqi asylum seekers と集合名詞的な扱いをされているのには、誰もが納得できる理由がある。通訳者など南部の英軍のために働いていた人たちが(いわゆる collaborators 「内通者」、「情報屋」などではなく!)、バスラが宗教右翼のゲリラ勢力が支配するところとなり、殺害というか暗殺というか「処刑」の対象となっているため、英国に庇護を求めている。

言語が異なるところで仕事をしている、という点で自分とちょっとは重なるような人たちが、その仕事ゆえに生命を脅かされるというこの状況は、自分にとって見るのもつらいことだったし、今でもつらい。特にイラク人が英語で書いたブログなどを読み、日本語にしてきた自分にとっては、彼ら「英語を使えるイラク人」の「英語力」の高さが「衝撃的」といってもいいくらいで――イラクは、1990年代以降の経済制裁のために移動の自由も設備も日本ほどではなかったであろうというのに、彼らときたら、私よりずっと若く、私よりずっと立派な英文を書くのだ――、ダメだ、本気で泣けてきた。くやしいよ。バベルの塔のあの土地で。

で、「イラン人の同性愛者はイランでdiscreetにしてれば大丈夫。なぜならイランで同性愛者が組織的迫害は受けているという事実は認められていないから」という言説と重なるような言説が――「英軍のために働いたイラク人はイラクに戻っても大丈夫。なぜならイラクはもう安全だから」という言説がここにもあり、それは「サマワは戦闘地域かどうか」という日本でのあの議論とも重なって、自分の頭のなかでぐるぐるぐるぐると回り始めるのだ。

「事実」とは何なのか。それが「認められる」ために、何が必要なのか。人間の血では不足なのか。

イアン・ペイズリーとマーティン・マクギネスが肩を並べてにこにこ笑って「北アイルランドは安全です」とアピールしているのには、強烈な違和感を覚えつつもいくばくかの微笑ましさを感じる(それでも、あの笑顔の裏に隠蔽されている汚い事実を思うと胸がむかむかしてくるが)が、英国政府がstiff upper lipで「イラクは安全です」と言っているというのは、もはや笑うことすらもできない、最悪のジョークである。

閑話休題。

「イラクの通訳者」については、昨年夏に、UKのブロガーの間でひとつの「運動」が起きた。私がその「運動」のことを知ったのは、Tim Irelandのブログでのことだった。Flash職人でもある彼は、昨年8月に、次のようなビデオをポストした。1分くらいの短いビデオで、画面にすべてが英文で出てくるので、ぜひ見ていただきたい。なお、彼ら通訳者は「街を案内するために」といったことのために仕事をしていたわけではない。現地のことを英軍に伝え、英軍の言っていることを現地の人々にちゃんと伝えなければ、例えば「動くな」という英軍の指示が通じなくて撃たれる、とかいったことが、日常的に発生していた。英軍は、「撃つな」とか「下がっていろ」といったものすごく基本的なフレーズさえ、アラビア語ではわからなかったのだ(→2007年7月に、腕に装着する音声自動認識翻訳機の開発が「ニュース」になっていた。2007年である。2003年ではなく!)。

http://uk.youtube.com/watch?v=fRLZjMyCbSo


この「運動」は、ビデオにもあるとおり、「イラク戦争」(の是非)に対するスタンスには関係なく、単に「英語しか使えない人々とアラビア語しか使えない人々との間に入った通訳者は、そもそもそこに、英語しか使えない人々があのような形で行かなければ、『問題』は発生しなかった」ということをシンプルに訴え、「英語しか使えない人々がそこに行ったのは、英国の政治があったからである」ということを前提に、「通訳という仕事をしたために身の安全を脅かされている人びとがいる。彼らを助けるために、自分の選挙区の国会議員にメールを」と呼びかける内容だ。

そして実際、国会(下院でも上院でも)で何人もの議員がこのことを取り上げてきた。その経緯は、Dan Hardie's Weblogに詳しい。
http://danhardie.wordpress.com/category/iraqi-employees-campaign/

しかしながら、英国政府は「英軍のために働いたイラク人通訳者」に、「英軍のために働いた」ことを理由として「難民」として庇護を与えることを拒絶。国防大臣が「特別待遇はない no special treatment」と明言し、内務省は「他の場合と同様の難民申請手続きが必要」と述べたのだ。詳細は昨年8月、Tim Irelandが上記のビデオをYouTubeにポストする直前にあったニュースを参照(このニュースのあとにネット上の「運動」が広がった……といっても、残念なことに、さほど大きなものではなかったが):

Browne steps into interpreter row
Last Updated: Wednesday, 8 August 2007, 13:02 GMT 14:02 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6936185.stm
The government says it will review the cases of Iraqi interpreters who have been told any claim for asylum in the UK will not be given special treatment.

The 91 interpreters say they are in fear for their lives, because they are seen as traitors by local militias.

The Home Office insists they will have to apply for asylum in the normal way - registering when they arrive in the UK.


内務省が言う normal とは何なのか。そもそも英軍が侵略したことで発生した状況が、英軍とは関係のない状況と同等に扱われる、ということか。(まあ、そうとしか読めないのだが。)

「英軍とは関係のない状況」には、例えばチェチェンの独立戦争、ロシアのオリガルヒ追放、といったものもある。だがイラク人通訳者のケースでは、イランの同性愛者と同じように展開するだろう、と皮肉なことを思わざるを得なかった。そしてそう展開した、というのが今日のガーディアンのスクープだ。
http://www.guardian.co.uk/politics/2008/mar/13/immigrationpolicy.immigration

内容:
難民申請を拒絶された1400人を超えるイラク人が、イラクに帰国するか、英国で窮乏のうちに暮らすかの選択を強いられている。英国政府は、イラクは安全なので彼らは帰国できると考えているからだ。ガーディアンが入手した内務省の文書によれば。

彼らイラク人たちは、3週間以内に自主的帰還プログラム(a voluntary return programme)に同意の署名をしない限りは、英国でホームレスとなり国家の支援を打ち切られるという生活に直面することになる。そればかりではなく、いったんイラク領土に戻ったあとに彼ら自身および家族らに何が起きても英国政府は責任を取らないという内容の権利放棄書への署名も求められる。


……わずか2パラグラフしか読んでいないのだが、吐き気を覚えてしまい、少し休憩しないとこれ以上は進めない。

この、"a voluntary return programme" ってのはすごい newspeakだな。映画『V for Vendetta』に描き出された「全体主義国家」があまりに類型的で、2000年代にはまったく力がない、と私は以前に書いたが、それはこういうことだ。この点、『Children of Men(邦題:トゥモロー・ワールド)』の奇妙な「リアル」さを思い出すといいのかもしれない。

それと、イラクに戻った後にどんなことになっても英国政府は補償しないという内容の権利放棄をさせられる(a waiver agreeing the government will take no responsibility for what happens to them or their families once they return to Iraqi territory.)というのは、これは何だ。英国政府は、彼らが戻った後に何らかの危険が待ち受けているということを、少なくとも可能性 possibiity としては、認識している、ということではないのか。

残りはあとで書きたすことにする。あまりに頭にきすぎて今は無理だ。

シリアやヨルダンがイラクからの難民 refugee を帰還させているというのは、シリアやヨルダンが米英の戦争のとばっちりを食らった隣国であるという点で、まだ理解ができる。しかし英国がこのような理屈で難民 asylum seekers を帰還させるつもりである、ということは、絶望的に、理解できない。

しかもこれは、国会での議論を経たあとの、内務大臣の判断なのだ。

一応、pm.gov.ukにあるオンライン・ペティションのURLを貼っておく。これは英国籍保有者もしくは英国のレジデントでしか署名ができないので、私は何もできないし、このブログを見てくださっている方の大半も何もできないと思うが。
http://petitions.pm.gov.uk/Iraqi-Employees/

※この記事は

2008年03月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:41 | Comment(6) | TrackBack(1) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 難民認定でトンデモが発生するのは,洋の東西を問わないようですね.
 日本でも,ターリバーンに終われて逃げてきたアフガーン人を,ターリバーンではないかと疑ったり.

 どうやら構造的な問題がありそうです.
Posted by 消印所沢 at 2008年03月13日 21:22
所沢さん、どもです。日本の難民認定が(かつての)英国のそれに近づくどころか、逆に、英国のそれが日本のそれに近くなってきているようで、実にやりきれません。

タリバンでないことの証明が要求されるなんて、ほんとに悪魔の証明ですよね。英国もそれに近づきつつある。残念というより、むしろ、頭にきます。「問題」を考える余裕もないくらい。(T T)
Posted by nofrills at 2008年03月13日 23:38
 その後が気になってしまったので,判例集をひっくり返してみました.

「状況が変わって(タリバン政権が崩壊して)危険ではなくなったので,難民認定は却下」
ということで最高裁で確定していました.

 …それまで長期間閉じ込めていたことは「なかった」ことにされてしまうのか??
Posted by 消印所沢 at 2008年03月21日 22:42
>所沢さん
判例集まで見ていただいて、ありがとうございます。私も改めて支援者のサイトで確認したのですが、タリバン政権崩壊前の2001年に日本に逃げてきた当時10代の男性のケースで、2006年9月に高裁で勝訴し難民申請を仕切りなおしという状態になっていたのが、2007年6月に「難民不認定」で「在留特別許可」という判断、でした。

平成13年12月のものだから、今から6年以上前のものですが、外務省の「アフガニスタン難民情勢」:
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/nanmin/afghan.html

こういうのと、アフガニスタンから日本に来た難民申請者に対する法務省の判断を一緒に見ると、「アフガニスタン人はアフガニスタンにいてください、そうすれば支援します。日本に来ても難民とは認定しませんから、長期間入管に入れられるだけですよ」ということに見えてきます。(日本の場合、難民条約が完全に有名無実化している。)

それはそうと、本文を書き足さないといけませんね。これまでに、英国によって送還されたイラク人が殺される/死亡するという事態が現に確認されているのに、それでも英国は「イラクは安全だ」と言っているのですが。(そしてそれは、「タリバン政権が崩壊し、アフガンは危険ではなくなりました」というのととてもよく似ているのですが――今では米共和党の最も無知な人ですら、そんなことは言わないだろうに。)

根本的には、safeというものの定義の話、ということになってくるかもしれません。イラク戦争開戦5周年のBBCなどの特集記事でも、明らかに意図をもって「今のイラクは案外safeなのだ」と主張しているものもありましたが。
Posted by nofrills at 2008年03月22日 00:16
話が全然つながらないので正直「???」なのですが:
Airlift will bring 2,000 hand-picked Iraqis to new life in Britain
http://www.guardian.co.uk/politics/2008/mar/25/immigrationpolicy.immigration

少し待っていればガーディアンに解説記事が出るだろうから、それを待ちます。とりあえずは。
Posted by nofrills at 2008年03月25日 18:16
もう解説記事出てた。ちゃんと読んでからアップデートします。

A savage sanctuary
The government has decided that a land of carnage is now acceptable for the Iraqis who fled it
Melanie McFadyean
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/mar/25/iraq.immigration
Posted by nofrills at 2008年03月25日 18:25

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死者の血の価値―カルデア大司教の死亡とメフディ軍始動,イラク南部不安定化へ?
Excerpt:  最近呼んだ新聞・blog記事メモ。 BBC Kidnapped Iraqi archbishop dead 13 March 2008 BBC Funeral Mass for Iraqi ar..
Weblog: 空野雑報
Tracked: 2008-03-16 01:21

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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