kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年03月05日

イアン・ペイズリーが引退を宣言

ipquitsbt.pngUncyclopediaによるとジェームズ・ボンドには 'Doctor "Ulster Says" No' として知られているらしいイアン・ペイズリー(1926年生まれ)が、ついに第一線を退くことを宣言した。昨年の北アイルランド自治政府再起動から1年となる今年5月の国際会議("investment conference" according to the BBC: "the International Economic Conference" to the Belfast Telegraph;ベルファストで開催されるもの) を最後に、ファーストミニスター(首相)の座を退くという。ただし自治議会の議員としては残りの任期はつとめる。また、自身が創設した政党のDUP(Democratic Unionist Party: 民主ユニオニスト党、民主統一党)の党首の座も退く。

Paisley to quit as first minister
Last Updated: Tuesday, 4 March 2008, 21:23 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7277886.stm

Paisley to quit as First Minister and DUP leader
Wednesday, March 05, 2008
By Noel McAdam
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article3490680.ece

先日、同じく1926年生まれのフィデル・カストロが引退を宣言した直後に、息子のイアン・ペイズリー・ジュニアが閣僚を辞した(ちなみにこの件、Jnrの後任はジェフリー・ドナルドソンである)が、イアン・ペイズリーは自身の引退については何も言っていなかった。

ペイズリーは「フリー・プレスビテリアン教会」という宗教組織の設立者でありトップ(といっても宗教的に他の上に立つという役ではなく、moderatorである)でもあったのだが、この1月に「宗教組織のトップであり、なおかつ政治のトップでもある状態はいかがなものか」という理由で、教会のトップの座を降りていた(←BBC記事、同じ日にテレビの長寿連ドラ「コロネーション・ストリート」の登場人物が去ったことにかけて書かれている)。

教会のトップを辞めることは、昨年9月の話し合いで決定しており、自治政府の再起動からまだ4ヶ月というその時点でファーストミニスターを辞めて教会を続けるような方向付けという選択肢はありえないのだろうと私は思っていた。だから1月に予定通りに教会から退いたときにも、「このまましばらくはファーストミニスターは続けるのだろう」と思っていた。今の自治議会(アセンブリー)の選挙が2007年3月だったから(任期は確か4年)、「次の選挙まで」というわけにはいかないにせよ(何よりも、年齢的に)、2008年内は、と思っていた。ベルテレさんの記事によると、DUPの党幹部でさえ、こんなに早期に引退宣言が出るとは思っていなかったそうだ。

しかし、BBC記事では、副ファーストミニスターのマーティン・マクギネスは、「予想外のことではない」と述べている。詳細は不明なのだが。
Deputy First Minister Martin McGuinness said his ministerial colleague's move was not unexpected.

"The historic decision he took to go into government with Sinn Fein has changed the face of Irish politics forever," he said.

マクギネスが「ペイズリーがシン・フェインとのパワーシェアリングを決意したことは、アイルランドの(<基本的にナショナリスト側の用語であって「アイルランド共和国の」の意味ではなく「アイルランド島の」の意味)政治を永遠に変えた」と述べているのは、"Ulster Says No" のスローガンのもと、北アイルランド6州が「アイルランドの一部」として扱われることに対して徹底的に反対し抵抗してきたイアン・ペイズリーという人が、今では「チャックル・ブラザーズ」としてマクギネスと北米ツアーをしたり、アイルランド共和国のバーティ・アハーン首相と談笑している光景をプレスのカメラの前で披露したりしている、ということを言っている。

驚くべきことに、この2月1日に自分の地元にアハーン首相が訪れた(<アハーンが述べているように、それ自体が驚きだったのだが)ときには、イアン・ペイズリーは次のような発言までしているのだ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7221270.stm
Ian Paisley has described Irish Prime Minister Bertie Ahern's historic visit to his constituency of Ballymena as a "good day for Ireland".

...

"It is a good day for the whole of Ireland because we need help from outside," Mr Paisley said.

...

Both men said it was important that the two parts of the island worked together for their mutual economic benefit.

このとき、少数のハードコアなユニオニスト(言い換えれば、何が何でも「アイルランドの一部として扱われること」に反対している人たち)は抗議行動を行なったそうだが、彼らの言うような「ユニオニズム」はもはや、単に数として、「多数派の考え」ではなくなっている。そのことは確実なのだが、ただ「程度の問題」というのはやはりあるだろう。いくら「安全な北アイルランド」の広報部長であっても、仇敵と肩を並べて数十年来の友達のように笑顔で写真におさまっているのは、控えめに言っても、違和感を引き起こす。

だがペイズリー自身は「ユニオニズムはゆらがない」ことに自信を持っている。引退を表明したときに、ペイズリーは次のように述べた。
"Unionists are no longer protesting against a London/Dublin deal with which we have no truck," Mr Paisley said.

"We are inside the building administering British rule over Northern Ireland."
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7277886.stm

つまり、「ロンドンとダブリンとが話し合って決めたことに反対する理由はもはやない、北アイルランドは英国が統治する」。(ああ、なんかこう書きながら頭の中に「圧力鍋」の絵が浮かんだのだが……。確かに、年齢的に、ペイズリーの生きている間に「英国の統治」が終わることはないとしても、ペイズリーが60年代から90年代まで撒き続けてきた「反ダブリン」の種を頭や心の中で育ててきた人たちの多くはペイズリーよりも若い。「ほうっておいたら私たちはアイルランドの一部にされ、駆逐される対象となってしまう」という脅威の感覚は消えることはなかろう。むろん、その種をまいたのはペイズリーだけではないのだが、「紛争」の時代にその先頭に立っていたのは彼だ。)

この件について、BBC NIのMark Devenportは、New Era(新時代)と題するブログのエントリで、次のように述べている。
http://www.bbc.co.uk/blogs/thereporters/markdevenport/2008/03/a_new_era.html
And with no Ian Paisley, new horizons open up for unionism. Recently Sir Reg Empey told me there could be no realignment within unionism whilst Paisley remained. There are more possibilities in a post Paisley era.

A post Paisley era. Even though it's been coming for months and I sat there and heard it from his lips I am still having difficulty believing it.

ペイズリーが去り、ユニオニズムには新たな地平が開ける。最近、(UUPの)サー・レジー・エンピーが、ペイズリーが在職し続ける限りはユニオニズムの再編は本当の意味では進まない、と語っていた。ペイズリー後の時代にはより多くの可能性が出てくる。

ペイズリー後の時代。もう何ヶ月も前から予想されていたことではあるが、実際に本人がそう発言するのを目の当たりにしても、信じがたいことだと思う。

あまりに大きな存在であった人物が引退する、ということ自体は、イアン・ペイズリーもフィデル・カストロと同じなのだろう。

なお、イアン・ペイズリーが辞したあとのDUPは、ピーター・ロビンソンが率いることが確実視されている(というか、もう決まっている)。ファーストミニスターの職もロビンソンだろう。(ついでに書いておくと、ロビンソンの補佐役はナイジェル・ドッズだ。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Robinson_%28politician%29

だが後継者についてはペイズリー本人は次のように述べ、いつものあの独特の毒に満ちたユーモアのセンスで笑いを取った明確にはしていない。
But he refused to name his successor last night in an interview with Ulster Television's Political Editor Ken Reid.

"This is not the Church of Rome. This is not Apostolic succession and I have no right to say who will succeed me," he said.

「ローマ教会ではありませんからね、教皇の後継者選びじゃあるまいし、後任は誰、なんてことを言う権利は私にはありませんよ」

http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article3490680.ece


一応つっこんでおこう。教皇の後継者選びは指名制ではなく、教会上層部(枢機卿たち)による選挙だ。ヨハネ・パウロ2世が亡くなったあと、「コンクラーベで根くらべ」というダジャレが日本に発生したことからもわかるように。

「(事実上の)指名制」にツッコミを入れるなら、最もホットなところではロシアがあるし、中国だってそういうようなものだが(日本だって似たようなものだが)――あるいは「米国が事実上指名した」形の戦後イラクだってそうだ――、ペイズリーにとっては「それをダシに皮肉を言う」場合に使われうるのは、常に、「カトリック教会」なのだろう。

なお、辞任の理由については、息子のイアン・ペイズリー・ジュニアが閣僚を辞したときと同様に、「最近の汚職疑惑とは関係がない」と本人は述べている。

なお、辞任を発表した直後にゴードン・ブラウン、バーティ・アハーン、マーティン・マクギネス、トニー・ブレアらから「おつかれさまでした」のメッセージが寄せられているそうだ。そういった政治上層部の間では、このタイミングでの辞任発表について、ある程度の根拠ある予想はされていたのかもしれない。

いずれにせよ、ペイズリー&マクギネスのチャックル・ブラザーズの時代のうちに、司法・警察の権限のウエストミンスターからの移譲の件が決着するのかどうかがなぁ……。

以下、解説記事など。

IHT報道(NI情勢に詳しくない人にとってのざっくりとした解説も兼ねた内容):
Era ends in N. Ireland as Paisley says he'll retire
By John F. Burns
Published: March 5, 2008
http://www.iht.com/articles/2008/03/05/europe/05paisley.php
Paisley's announcement brought a flow of valedictory compliments from British and Irish political leaders. The former British prime minister Tony Blair told the BBC: "In the final analysis, he made it happen. The man famous for saying no will go down in history for saying yes." Ironically, Paisley's resignation appears not to have been hastened by any disillusionment with the nationalists, who he has depicted as having accepted "British rule," but by growing fractiousness within his own Democratic Unionist Party.

Powerful elements within the party have remained unreconciled to the deal with the nationalists, and its standing has slipped among Protestant voters, who gave the Paisley party its first election victory in 2003. In January, it lost an important by-election, and there was widespread talk in party ranks of a move to oust Paisley.

↑うーん、イマイチわかりづらい記述だが、ピーター・ロビンソンはペイズリーみたいな宗教右翼というよりただの右翼(極右)のような面がいろいろとあるので、「宥和的」なペイズリーの後がどうなるのかという点は確かに。司法・警察の権限の移譲についてもロビンソンは相当強硬なことを言っているはずだ。

BBC解説:
Paisley resignation 'inevitable'
By Seamus Boyd
Last Updated: Tuesday, 4 March 2008, 20:52 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7278310.stm
"Paisley - From Demagogue to Democrat?" という本の著者、Ed Maloney のインタビュー。昨年9月、ゴードン・ブラウンが総選挙に打って出るのではないかとの観測が高かったころにNIに滞在していたマロニーは、「党内で『今のままでは選挙に勝てない』としてペイズリーへの反対のムードが強まっていた」などと述べている。上のIHTの記事の引用部分と重ねてみると全体像が明確になるかもしれない。(しかしそもそもGFAを主導したUUPがIRAに対して効力のある圧力をかけられないことに幻滅した人たちがDUP支持に回っていることは事実として、IHTの記事にある件は……先日の補選でDUPがUUPに負けたのは、あの議席は元々がDUPの議席ではなかったのだし、やっぱりよくわからんなあ。)

いずれにせよ、「北アイルランド紛争はもう終わりました、ベルファストは安全です」ということを世界にPRして回る広報部長としては「チャックル・ブラザーズ」は1年でお役御免ということで、これからはもっと北アイルランド内部を向いた政治をしていく、ということかもしれない。

しかしピーター・ロビンソンとマーティン・マクギネスってのもスゴい組み合わせになるのだが。(むしろロビンソンとアダムズのペアのほうが、と妄想してみたりも。)

それにしてもマロニーの分析で情け容赦がないのが:
"I understand the vast majority of the Westminster MPs and nearly all of the MLAs wanted him to go. His departure for them could be like a lightning rod taking the damage of the deal with him."


ベルテレ解説:
End of an era as the Big Man steps down
Wednesday, March 05, 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/article3490690.ece
やはり、「チャックル・ブラザーズ」のやりすぎが一因であるとの分析と、息子の不動産をめぐる不正疑惑でDUPのイメージが損なわれたことが一因との分析。
But their exceptionally affable relationship may have played a part in Mr Paisley's departure. While there was widespread Protestant acceptance that the time had arrived for a deal, many felt the relationship was over-friendly.

The other major factor in Mr Paisley's decision to stand down in May was a period of bad publicity for his party, much of it generated by his son, Ian Paisley Jnr. His son's relationship with a developer in the Paisley heartland of North Antrim produced many stories of behaviour which, while not illegal, smacked of unsavoury sleaze.

...

With Mr Paisley due to reach his 82nd birthday next month, many have been speculating on exactly how long he might stay in office. His own personal inclination may have been to linger longer, but his son's activities may have hastened his departure.


それと、ピーター・ロビンソンについては(ベルテレさんだから、おおいにユニオニスト的な立場からの記述ではあるが):
Unlike some in the DUP ranks, he is committed to Belfast's new brand of power-sharing. He is also more of a details man than Paisley. Since he is also thought of as cold, he is not expected to be as friendly towards Sinn Fein, though the executive may gain in efficiency what it loses in cordiality.


ベルテレ報道@各方面の反応:
Paisley's enemies, old and new, give their verdict
Wednesday, March 05, 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3490707.ece
マーティン・マクギネスの反応はBBC記事にもあるが、BBCに出ていないものとして:
- ジェリー・アダムズの暖かいコメント("I want to commend the positive contribution Mr Paisley has made in recent times. The agreement that he and I made last March cleared the way for the restoration of the political institutions. ... Whatever people might say, his political career has ended with a good and positive legacy for the people who live on this island." etc/やっぱこの人「効果的な文章」はうまい)

- DUPの今の路線(シン・フェインとの関係)に反対して離党し、「伝統的なユニオニストの声」という政党を立ち上げたジム・アリスターの非常に冷たいコメント("I have no doubt that Ian Paisley jumped before he was pushed. It was very significant that when Dublin and Sinn Fein raised the campaign 'Paisley Must Stay', not a single DUP figure, apart from Baroness Paisley, publicly agreed," "Since the Dromore by-election the DUP has been in something of a blind panic and changing the guard was their answer." etc/そうか、IHTとかでちょっとわけわからんと思った記述は、こっちの線からのものかもしれない)

- 後継者確実のピーター・ロビンソンのテンプレみたいなコメント("No politician faced more vitriol, but he never allowed the bitterness he encountered to deflect him from serving the interests of the unionist people," "... Ian Paisley's career has been a remarkable and outstanding success. His contribution has indeed been enormous. The DUP and indeed Northern Ireland will forever be indebted for his contribution." etc)

- アライアンスのデイヴィッド・フォードのレイムダック化を警戒するコメント("The achievements of the Executive since last May have been modest in the extreme. By continuing as a lame duck for three months Ian Paisley will damage the Executive." etc/「これではまるでトニー・ブレアだ」ってのは私の第一印象であるが、アライアンスまでそう言っているとは)

- SDLPのマーク・ダーカンの冷静なコメント("While this is very significant political news, there is responsibility on all of us as politicians to make the most of the political processes here no matter who comes or goes." etc)

- UUPのダニー・ケネディ(って誰だっけ)の政治評論家めいたコメント("The attacks on Ian Paisley jnr were used as proxy attacks on Ian Paisley snr and were aimed deliberately at weakening his overall political position. I think the DUP had come to the conclusion that the Chuckle Brothers issue was hurting them.")。

そして最後に、これはベルテレさんだなぁ、オレンジ・オーダーのコメント。
And the Orange Order said: "Ian Paisley has strode across the British and Irish political scene like a giant for many years. No-one could ignore his forthright views and while not everyone agreed with him, his personal commitment was never in doubt."


ベルテレ解説:
Did the Big Man bring his faithful to the promised land?
Wednesday, March 05, 2008
By Maurice Hayes
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/article3490706.ece
[Ian Paisley's departure] also marks the end of one the most remarkable odysseys in modern Irish politics - from street preacher to statesman, from turbulent priest to the father of his people, from agitator to administrator, from eternal outsider to the centre of the Establishment, from the gospel hut and the mission tent to marbled halls and the Oval Office.

...

For most of his life he was the eternal outsider throwing rhetoric at whatever organisation of institution he was not in.

He was an outsider in all the great pillars of the unionist hegemony - the Unionist Party, the Presbyterian Church and the Orange Order.

His greatest insurance when he became top dog in the North was that, unlike his predecessors he did not have a Paisley on the outside trying to undermine him. How ironic it is that in the end the real sappers were insiders in church and party.

As with any political cleric there will always be a debate as to which came first.

Did he use his position in the church as a springboard to politics as some of his enemies allege, or did he espouse politics to defend the religious positions and values he embraced? I tend to the latter view, but his was the religion of Calvin and Knox, neither divorced from politics and the joint pillars of his position were the Bible and Williamite settlement.

「彼は最も強烈なアウトサイダーだったので」というくだり(太字)がスゴすぎる。(^^;)

「強烈なアウトサイダー」としてのペイズリーの逸話の部分も:
I remember a March evening nearly 50 years ago when as town clerk of Downpatrick I was invited with the chairman to tea with the Archbishop of Canterbury, Dr Ramsay, in Dundrum.

Unusually for the time we were surrounded in the gathering dusk by police and B Specials until someone said that we could be let past.

I asked who we should not have been and, in an unconscious echo of Mahaffey on Pearse, a B Special replied, "Sir, there's a man called Paisley."

うはは、これはすごい。B Specialsに「ペイズリーという人物がいるから、あいつだけは阻止しろ」という命令が出ていたとは。(50年近く前の話であるにしても。)推測だが、ジェリー・アダムズだってここまでの扱いはされてないんじゃなかろうか。(逮捕されたり拷問されたりしたことはあっても。)

さらに:
This was the Paisley of the time, the agitator, the enfant terrible, the scourge of Ecumenists, the proselytiser, the bogeyman used to put Catholic children to bed. The sixties saw him emerge into street agitation and violence (never personal but fuelled by his rhetoric) and then into politics as he took on one unionist sacred cow after another.

「いいかげんに寝ないと鬼が来るよ」的に子供をしかるときに、NIのカトリックの家では、「いいかげんに寝ないとアッチラ・ザ・フンが来るよ」ではなく、「イアン・ペイズリーが来るよ」。(^^;)

いやー、この記事長いからまだ全部読めてないけど、プリントアウトしてNI関係の本のどれかに挟んでおこう。



本文中に名前が出てきた書籍:
1842233246Paisley
Ed Moloney
Poolbeg Press 2008-02-26

by G-Tools

※この記事は

2008年03月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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