kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2008年02月27日

グッドフライデー合意10周年記念行事の出席者リストにビル・クリントンの名はあれど、イアン・ペイズリーの名はまだない。

現在の「北アイルランド和平」の形を決定付けたグッドフライデー合意(ベルファスト合意、以下「GFA」)は、1998年4月10日の「グッドフライデー」に署名された(その後5月のレファレンダムで承認)。今年は合意から10周年にあたり、記念行事が予定されている。

その記念行事(the US-Ireland Alliance主催の晩餐会)の出席者リストが固まりつつあるということは、これまでに何度か報じられている(今年1月のBBC記事とか)。今日はビル・クリントンの出席決定が報じられた。

Clinton confirms NI dinner date
Last Updated: Wednesday, 27 February 2008, 08:10 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7266269.stm

ビル・クリントンは米国大統領として、北アイルランドの「和平プロセス」に大きく関わった。

ほかの出席者として現時点で決定しているのは:
・ジョージ・ミッチェル米元上院議員(1994年のIRAなどの停戦からGFAに至る時期の米国特使)
http://en.wikipedia.org/wiki/George_J._Mitchell

・トニー・ブレア元英国首相

・バーティ・アハーン現アイルランド共和国首相

・ジョン・ド・チャステレン将軍(GFAに基づき、IRAなど各武装組織の武装解除を監督した独立国際武装解除委員会の長。カナダの軍人だが、バックグラウンド的には英国というかスコットランド)
http://en.wikipedia.org/wiki/John_de_Chastelain

・マーティン・マクギネス北アイルランド自治政府副首相(マクギネスが所属するシン・フェインはGFAを支持した)

・ジョン・ヒューム元SDLP党首(GFAを推進した当事者。ノーベル平和賞)

・サー・レジー・エンピー現UUP党首(UUPはGFAを支持した)

・モニカ・ウィリアムズ北アイルランド人権委員会委員長(GFAに至る時期に重要な役割を果たした「北アイルランド女性連合」の設立者)
http://en.wikipedia.org/wiki/Monica_McWilliams

・ポール・マーフィー元北アイルランド担当大臣
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Murphy_%28politician%29

……と、記事に名前があるのはこれだけ。GFAでジョン・ヒュームとともに大きな役割を果たし、ノーベル賞を受けたUUPの当時の党首、デイヴィッド・トリンブルの名前がないことと、英国政府のNI担当大臣経験者ではマーフィーしか名前がないことがちょっと疑問なのだが(といってもNI担当大臣で最も大きな役割を果たしたモー・モーラムは故人になってしまっていて、締めくくりで昨年の「自治再起動」に最後の一押しをしたピーター・ヘインは資金疑惑で要職を退いたばかり)、最も「問題」なのはDUPだ。イアン・ペイズリーは、今の自治政府のファーストミニスター(首相)であるというのに、まだ返事をしていないらしい。

DUPは1998年当時、ある程度の規模のある政党としては唯一、GFAに反対した(→そのときのBBCの写真)。2007年にシン・フェインが警察への協力を決めたことで自治政府の「パワーシェアリング」の環境が整ったあとも、「シン・フェインとの権限分担に反対」という主義主張を絶対に諦めない、No Surrender精神のハードコアなDUPの政治家たちが続々と離党したりしたのだが、現在はペイズリー父子が自分のところに利益を誘導していたのではないかという疑惑があって息子が要職を辞したばかりで、党内の情勢があまり安定していない。

DUPと、GFAによる一連の「和平プロセス」についての記事のクリッピング:
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/DUP/peace%20process/

イアン・ペイズリーは、2005年の「IRAの活動停止宣言」の前には、「GFAは死んだのだからちゃんとお葬式を」などとまで言っていた(→別の記事もある)。それが今では満面の笑みで「元IRA」のマーティン・マクギネスとペアを組んで「チャックル・ブラザーズ」と呼ばれているのだから、記念行事くらいさっさと「出席」で返事すればいいのに、と思うのだが。

※この記事は

2008年02月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:36 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ビル・クリントン、GFA記念行事への出席を取りやめ! 公的には理由は「予定が変わったため」とのこと。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7308028.stm

でも、やっぱりヒラリー・クリントンによる「あたくしがNI和平の立役者」みたいな誇大広告の影響じゃなかろうかと勘ぐってみたくなるよね。
http://nofrills.seesaa.net/article/89210049.html

私の勘ぐりはどうでもいいのですが、ヒラリーが防戦一方になっているときに米国を離れられないのではとの推測はあるそうです。(BBCにそういうことが書いてある。)

私は特に根拠なく、4月10日という機会を利用して、「ヒラリーはこんなに重要な役割を果たしていた」というキャンペーンに打って出るかと思っていたのですが、そういうふうには展開しませんでした。

いずれにせよ、これで4月10日が落ち着いて迎えられる(米大統領選挙はNIには関係ないんで、一緒くたにされると記事を読むだけでも手間がかかってしょうがなくなるなあ、と思っていた)。
Posted by nofrills at 2008年03月21日 23:27

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼