時事ドットコムの記事から:
【ロンドン4日AFP=時事】4日明らかにされた英国のテレビ局の調査で、同国民の約4分の1がウィンストン・チャーチル元首相を架空の人物だと考え、シャーロック・ホームズを実存の人物だと信じている人が約6割に達していることが分かった。……
調査はUKTVゴールドが3000人を対象に実施した。
結論からいえば、Google Newsで "Winston Churchill" で検索したところ、この「3000人を対象に実施した」調査というのは、正確には「20歳未満の3000人を対象に実施した」調査であることがすぐにわかった。Google Newsに出ていたヘッドラインから、デイリー・テレグラフのもの。
Winston Churchill didn't really exist, say teens
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/04/nhistory104.xml
ってなところで、AFPが「20歳未満の3000人」を単に「3000人」と書いたのかなと思って、はてブのほうでちょっとメモっただけで流そうとしていたのだが、トラバをくださった「壊れる前に…」さんのエントリで食いつかざるを得ない展開に(笑)。
「壊れる前に…」さんのエントリから:
イギリスの大手タブロイド紙 Daily Mail の…… "Challenge Churchill! One in four think Winnie didn't exist (but Sherlock Holmes did)" という記事からたどって行った、UKTV というテレビ局による調査 "Is Robin real?"。このテレビ局では現在ロビン・フッドに関する番組をやっているらしく、それにちなんで実施されたもののようだ。
出おったな、デイリー・(ヘイト・)メイル!
どれどれ、記事を見てみよう。むろん、テレグラフ記事と比較するために。(珍しく、右翼新聞と右翼新聞の読み比べなんかしちゃったりなんかしちゃったりして。)
メイル:
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/news.html?in_article_id=512087&in_page_id=1770
A quarter of the population think that Winston Churchill never actually existed, a survey suggests.
...
According to the survey of 3,000 respondents, many believe ...
テレグラフ:
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/04/nhistory104.xml
A fifth of British teenagers believe Sir Winston Churchill was a fictional character, while many think Sherlock Holmes, King Arthur and Eleanor Rigby were real, a survey shows.
The canvass of 3,000 under-twenties uncovered an extraordinary paucity of basic historical knowledge that older generations take for granted. ...
テレグラフが「調査は20歳未満の3000人が対象」ということをうっとうしいほど強調している一方で、メイルは華麗にスルー。それどころか、あたかも「全年齢層」、「全人口」であるかのように扱っている。「何かを書かないことによるでっち上げ」という手法は平凡なものだが、ここまででっち上げられると、むしろすがすがしいほどだ。さすがはメイルである。
と思ったのだが、調査を行なったUKTV Goldの記事を「壊れる前に…」さん経由で拝読すると、UKTV Goldの時点で話がおかしくなっているっぽいことが確認できる。このテレビ局にしてみれば、番組の宣伝のため、より大きなセンセーションが欲しいのだろうから、マーケティング的にこういう戦略は間違っちゃいないとも言えるのだろうが、それにしても、ツラの皮が厚すぎだろう。
Is Robin real?
http://uktv.co.uk/gold/stepbystep/aid/598605
リード文に相当する第一パラグラフの次、第二パラグラフは次のように書き出されている。ここには、「3000人」の属性についての記述はない。
The study, specially commissioned by UKTV Gold, tested the nation on its historical knowledge by asking 3,000 people a series of questions relating to famous factual and fictional characters. ...
で、このあと、調査結果について詳しい話があって(それを読むと「バカなイギリス人」ということに強く印象付けられる)、ものすごく下の方、最後から2パラグラフ目にようやく、この調査が「20歳未満」を対象にしたものであることが、ごくごくさらっと書かれている。多くの人は、ここに到達する前に「無知な人たちがあまりにも多すぎる」ことにショックを受けてしまって、ここで書かれているディテールはほとんど見えないかもしれない。
The research showed that the nation's under 20s are lacking the most when it comes to basic historical knowledge. Over one fifth (21%) thought Winston Churchill, arguably Britain's most famous Prime Minister, was a work of fiction, and over a quarter (27%) thought pioneering nurse Florence Nightingale was a mythical figure.
元からこれではしょうがないとも言えるが、さらにメイルが悪辣なのは、「ウィンストン・チャーチルは架空の人物」と考えている人が、"Over one fifth (21%)" だったというのを、"A quarter" と大胆な切り上げを行なっている点。しかも、助動詞のmayとかを使って「これはいつものフカシです」ということを言外に言うのならまだしも、それさえしていない。あたしゃ吹くお茶すらありません。これぞほんとの「無茶」ってなもんですな。おあとがよろしいようで。てけてんてんてけてけてん……(退場)。
なお、UKTV Goldについては下記参照:
http://en.wikipedia.org/wiki/UKTV_Gold
※以上、引用文中の強調は引用者による。
追記:
ついでなので、UKTV Goldの調査まとめを少し詳しく見ておこう。
http://uktv.co.uk/gold/stepbystep/aid/598605
まずは、「架空の人物だと思われている実在の人物」のトップ10:
Top ten historical figures that the British public thinks are myths
1) Richard the Lionheart - 47%
2) Winston Churchill - 23%
3) Florence Nightingale - 23%
4) Bernard Montgomery - 6% (※20世紀の軍人)
5) Boudica - 5%
6) Sir Walter Raleigh - 4%
7) Duke of Wellington - 4%
8) Cleopatra - 4%
9) Gandhi - 3%
10) Charles Dickins - 3%
3位と4位の数値のギャップがすごい。6位以下は調査の結果の数値として意味があるのかないのか微妙なほど低い(5パーセントにも満たない)。「チャーチル」なんて英国はもとより植民地主義の被害にあった世界各地では鮮明に記憶されている人物が架空と受け取られている割合の高さと比べると、「ボーディカ」なんていかにも「伝説」っぽい人(日本でいうと「卑弥呼」みたいな感じ?)を架空の人物である考えている人の割合がこんなに低いというのも意外だ。
一方で、「実在の人物だと思われている架空の人物」のトップ10:
Top ten fictional characters that the British public thinks are real
1) King Arthur - 65%
2) Sherlock Holmes - 58%
3) Robin Hood - 51%
4) Eleanor Rigby - 47%
5) Mona Lisa - 35%
6) Dick Turpin - 34%
7) Biggles - 33% (※フィクションの主人公)
8) The Three Musketeers - 17%
9) Lady Godiva - 12%
10) Robinson Crusoe - 5%
ええと、何だこれ……。6位の「ディック・ターピン」は実在の人物が伝説化された例で(ロンドンでいえば「ディック・ウィッティントン」、日本でいえば「鼠小僧次郎吉」とか「石川五右衛門」のような例か)、「実在していない」とはいえない。9位の「レイディ・ゴダイヴァ(ゴディバ夫人)」に至っては、有名なエピソードが架空だろうというだけで、土地台帳記録にも名と身分が残る実在の人物である。「モナリザ」はモデルはいたらしいので、「実在」しているといえばしているが、それを言い出せば「ロビン・フッド」も伝説の元となった人物はいたらしいので、「実在」になってしまうかもしれない。ただ、伝説の元となった人物はいたとしても、「アーサー王」は「実在」とは言いがたい。
で、このUKTV Goldの記事には、次のようにあるのだが:
Confusion also surrounds the story of Dick Turpin, with over a third (34%) of respondents stating that they couldn't be sure if the notorious stage coach thief existed or not.
山賊のディック・ターピンについて「実在していたかどうかがわからない」と回答したのが34パーセント、らしいが、それがまとめの表では「実在していたと回答したのが34パーセント」として集計されているようにしか見えない。実際のアンケートの用紙なり何なりで項目を見ないとわからないが、「実在していないと答えなかった、イコール、実在していると思っている」というふうに集計されているとしたら、数字の扱い方としてあまりにお粗末で、ほかのメディアで記事にする価値もない。チャーチルだのナイチンゲールだのシャーロック・ホームズだの、そのほかの人物についての数値についても、「実在しているかいないかがわからないと答えた、イコール、実在していると思っている」と置き換えているとしたら、この調査結果の表は何の役にも立たない。いや、人名の表記の確認程度には使えるか。
なお、このUKTV Goldの記事があまり丁寧に書かれていないことは、下記からも明らかである。
Nearly half of us (47%) have no idea who Richard the Lionheart was; even though the historical figure has featured in numerous films throughout the 21st Century.
21世紀に、リチャード獅子心王についての映画がどっさり作られた、という事実はない。20世紀ならあるけれど。(^^;)
http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_the_lionheart#Popular_culture_references
を見ると、21世紀になってからは、劇場用映画では "Kingdom of Heaven" に少し出てきただけ、テレビ番組では2本(いずれも「ロビン・フッド」関連)。これは numerous とはいえないしいわない。で、記事の "the 21st Century" というのが "the 20th Century" のタイポだったとして、2008年に10代の子にアンケートしておいて、「20世紀に山ほど映画などが作られているのに」と言ってもしょうがない。「リチャード獅子心王の出てくる映画」のほとんどすべてが、今10代の子の生まれる前の映画なのだから。
ま、どうせ有料テレビの番組の宣伝なのだろうから、どうでもいいけど、それにしても恥知らずな宣伝方法だ。
ここまで書いておいてアレだが、選択肢に「エレノア・リグビー」があったという時点で、私の中ではこの調査は「ネタ」を意図して行なわれたものだということで結論が出ている。
![]() | Revolver [FROM US] [IMPORT] The Beatles 曲名リスト 1. Taxman 2. Eleanor Rigby 3. I'm Only Sleeping 4. Love You To 5. Here, There and Everywhere 6. Yellow Submarine 7. She Said, She Said 8. Good Day Sunshine 9. And Your Bird Can Sing 10. For No One 11. Doctor Robert 12. I Want to Tell You 13. Got to Get You into My Life 14. Tomorrow Never Knows Amazonで詳しく見る by G-Tools |
追記の追記:
「P2Pとかその辺のお話@はてな」さんが、デイリー・メイルというだけでガセネタだと決めてかかる私より、はるかに真摯で正確な読みをしておられる。
http://d.hatena.ne.jp/heatwave_p2p/20080205/1202173541
10代の結果と全体の結果とを比べてみると、どうも異なるようで。となると、この調査の対象となった3,000人というのは10代だけのサンプルではない、ということになる。
UKTV Goldの記事で全体の集計結果として表にまとめられている部分と、記事中にある部分とでは、数値にズレがある。ということは、「全体の集計」と「10代の集計」とが別個にあると考えるのが確かに合理的なのだが、そのへんについての説明が、「P2Pとかその辺のお話@はてな」さんのエントリにもあるとおり、UKTV Goldの記事にはまるでない。この時点で「わけがわかりません」という反応になるしかない。しかもUKTV Goldの記事の書き方はかなりいいかげんなものだ(「21世紀」とかいうミスもあるし)。
3000人対象の調査とはやけに規模が大きいのだが、どの調査会社に依頼したとかいう情報(これは新聞社やテレビ局の世論調査などでは必ず記事に書き込まれる情報のひとつだが)も、どのような方法で調査したのかについても(「無作為抽出して電話で」とか「ネットでアンケート調査」とか)、UKTV Goldの記事にはない。
で、このように詳細が不明の「調査結果」なるものが、一般論として、大々的に伝えられるべき性質のものとは思えない。今回の場合は、結果がおもしろい(笑える)から、アルスター(<英国内だが)でも、ロシア(!)でも、オーストラリアでも、インドでも、米国でも報じられている。インドのメディアは非常に怒っている調子だ。また、それぞれ、曖昧な情報から好きなことを読み取っているように見えるが、カナダのグローブ&メイルはどこから読み取ったのか「調査対象は3000人の成人 adults」としているし、同じカナダのエドモントン・ジャーナルは「調査対象は10代」としている。英国では、あのthe Sunがこんなネタを無視しているみたい(Churchillで検索しても出てこない。サンがスルーして、メイルが「溶けゆく英国人」で大喜び、か)。アイルランドは各メディアともスルーしてるみたいで、今のところ見つからない。
UKTV Goldの記事には、「調査の結果から、この50年間に英国の歴史の見方にテレビや映画、フィクションがどう影響を与えたかが見えてくる (The results provide a fascinating insight into the influence that popular TV, film and fiction has had on the nation's perception of history over the last 50 years)」というようなことが書かれているのだが、どうもこれ、「わが局がこれから放送するような歴史番組をもっと見ましょう」キャンペーンが根底にあるんではないか、とも思えてくる。
っていうかその前に、選択肢に「エレノア・リグビー」って見ただけで全力で「ネタ」として回答します、っていう人数を改めて数えたほうがいいんじゃないかとちょっと思ったり。「銅像があるから実在していたんだと思います!w」とか、回答したいなあ。
ロンドンの人たちの、真面目だけど冷めた反応:
http://freakangels.com/whitechapel/comments.php?DiscussionID=829&Focus=18729
いろいろとおもしろいんだけど、「UKTV Goldが視聴者に呼びかけて調査したのなら、放送内容からいって、フィクションでしか歴史を知らない人たちしか回答しないのではないか」とか(UKTV GoldはBBC制作の名作コメディやドラマなどの再放送で有名)、「恣意的な結果選択がされているのではないか」とか。
お、インドのタイムズにUKTV会長のコメントが。これが「結論」かなあ。
"While there's no excuse for demoting real historical figures such as Churchill, the elevation of mythical figures to real life showed the impact good films could have in shaping the public consciousness.
"Stories like Robin Hood are so inspiring that it's not surprising people like to believe these characters truly existed," the British media quoted Paul Moreton, the Head of UKTV Gold channel, which commissioned the poll, as saying.
うーん。これは、フィクショナル・キャラクターを実在の人物と思い込むことの説明にはなっていても、チャーチルをフィクションだとアンケートで回答する人が(いかにサンプルに偏りがあるにしても)多いということの説明にはなっていない。(むろん、これは回答の選択肢が「チャーチルは実在の人物だ」と「チャーチルは架空の人物だ」の二択であったとの前提での話だが。)
んで、メイルの記事の最後の方で、歴史学者(軍事史)のCorrelli Barnettが「実に嘆かわしい。最近はセレブだの芸能だの何だのばかりで、歴史が軽んじられている」と述べているのが引用されているのだが、ウェブ版で見るとそのことばの真横に、その「セレブだの芸能だの何だの」の心底どうでもいい最新ニュース一覧が出てくるのが皮肉。「セレブだの何だの」で売り上げ/ページビューを伸ばそうとしているのは、「溶けゆく英国人」を嘆いてみせるデイリー・メイルも、ほかのいくつかのゴシップ新聞と同じだ。
※この記事は
2008年02月05日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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