kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年01月30日

「ブラディ・サンデー」事件についての映像作品と音楽

1つ前のエントリの続き(つまり、「ブラディ・サンデー」特集その2)。

2月9日から始まる「ノーザン・アイルランド・フィルム・フェスティバル」(東京、渋谷)でも、ブラッディ・サンデー事件についての映画、「デリー・ダイアリー」の上映がある。スケジュールから抜書きすると:
2/9th (Sat) 16:10 
●オープニング
●デリー・ダイアリー/ブラディ・サンデーのその後 +トーク
http://www.niff.jp/films-derry.htm
時は解決しない。1500人が市民権を訴えたプロテスト・マーチ、1972年のブラディ・サンデーに学生だったマーゴ・ハーキン監督はいた。イギリス軍の発砲により13人が命を奪われ、そこにいた人々は心に期限なしの傷を負った。参加者たちにとって事の一部始終は明らかでも、「誰が最初に発砲したか」に終始する思考停止のイギリス軍の兵士、IRAの兵士にとっては違う。1998年から始まった「ブラディ・サンデー調査委員会」の紆余曲折。元兵士らの生の声とも対面し、当時を背負って今を生きる人々の声を集め、その記憶の道を一緒にたどる。真相を求め続ける遺族らの表情を湛然に描く胸に迫るパーソナル・ジャーニー。


2/11th (Mon) 18:40  
●デリー・ダイアリー/ブラディ・サンデーのその後 +トーク
http://www.niff.jp/films-derry.htm

2/11th (Mon) 21:00 
●ブラディ・サンデー ★DVD特別無料上映
# これはドキュメンタリーではなくドキュメンタリー・タッチのドラマ。監督は『ボーン・アルティメイタム』などのポール・グリーングラス。今のところ、DVDは入手可能です。

2/15th (Fri) 21:00
●デリー・ダイアリー/ブラディ・サンデーのその後
http://www.niff.jp/films-derry.htm


また、ブラディ・サンデー事件の現場には、公民権運動を取材に来たマスコミが入っており、映像などもかなり多く残されている。これら当時の映像などは昨年の1月30日のエントリにいくつかまとめてある(YouTubeにアップされているものをエンベッドで貼り付けてある。This video is no longer available. と出る場合でも、プレイヤーの上部にあるURLをクリックすれば見られるはず)。というわけで、今回は、ウィキペディア英語版のリストを参考に、この事件についての曲をいくつか。

最も有名な曲は、U2の "Sunday Bloody Sunday" (1983) だろう。この曲についてはこのブログで何度も言及してきたので繰り返さない(→ブログ内検索)。1987年11月、エニスキレン爆弾事件のあった翌日に、全米ツアーでこの曲を演奏したときの様子は、U2のドキュメンタリー映画、Rattle and Humに収録されている。
B000GM4CB0U2 魂の叫び
U2 B.B.キング フィル・ジョアノー
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン 2006-09-08

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B000ILZ40CU2 魂の叫び (Blu-ray Disc)
U2 B.B.キング フィル・ジョアノー
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン 2006-12-22

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ベルファストのパンク・バンド、スティッフ・リトル・フィンガーズ (SLF) は、「たいそうご立派な主義主張でスカウトしに来るIRAウゼェ」的な曲(Wasted Life)や、「軍隊やら警察犬やらがいばりくさっているアルスター、自分たちで変えていかないと」という曲(Alternative Ulster)などが詰め込まれた1979年リリースのファーストアルバムの次、1980年リリースのセカンドアルバムからの最初のシングル曲、"Gotta Gettaway" のB面として、"Bloody Sunday" を出した。この曲が書かれたのはたぶん1979年だ。「周りを見てみろ、みんな死んでいる。この目で見れば頭に血が上る。連中は何てことをしてくれたんだ。こんなんで楽しく暮らせるかってぇの。一日中ベッドで引きこもってろってか。だってそうだろ、月曜よりひでぇってマジで。血の日曜日には何もすることがない。安息日だからって言うけどさ、サンデー・ベスト(教会に行くときのよそ行きの服装)どころかサンデー・ワーストにしてくれたわけじゃん……」という内容の歌だ。
Take a look around you all is dead
A good look around makes me see red
What have they done to us
Taken all the fun from us
We might as well stay all day in bed

Of course we're right
you know we're right
it's worse than Monday
yes of course we're right
and you know we're right
there's nothing to do on Bloody Sunday ...
(source)


彼らはむろん、1972年1月30日のあの事件に、北アイルランドで接している。ジェイク・バーンズが1958年2月生まれだから、彼らは13歳とか14歳とかいった時期に、ああいうひどい国家による暴力を「自分たちの『国』での出来事」として経験したことになる。

SLFの "Bloody Sunday" は、現在は、このセカンドアルバムのボーナストラックで聴くことができる。(amazon.co.jpには試聴もある。音はよくないけど。)
B00005OB0HNobody's Heroes
Stiff Little Fingers
EMI 2002-01-01

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北アイルランドの人ではなく、イングランドで生まれ育ったアイリッシュにも、有名な曲を書いた人がいる。ジョン・レノンである。レノン(とヨーコ・オノ)は事件を知った直後に "Sunday Bloody Sunday" を書いた(U2の曲と同名だが、無関係である)。この曲は1972年6月にUSでリリースされたSometime in New York Cityに、あまりにも辛辣すぎてどう反応していいかわからなくなるような歌詞の "The Luck Of The Irish" などと一緒に収録されている。

"Sunday Bloody Sunday" の歌詞:
http://www.lyricsdownload.com/lennon-john-sunday-bloody-sunday-lyrics.html

「それは日曜日のこと、血の日曜日のことだった。連中は人々を撃った。13人の殉教者の叫びがデリーの空気を満たした。それがあの子供たちのせいだと言う者がいるか? 血を流しているのは子供だ、兵士じゃない。あんたたちは自分たちが多数派だと言い張るが、それが嘘だってわかってて言うんだからまったく。実際にはこの美しいエメラルドの島の少数派なんだよ、あんたたちは。でもストーモント(北アイルランド“自治”政府)は公民権デモを禁止した。いいかげんにしろ、一斉拘留したって何も解決しない。今度は母親たちが炎上だ。あんたらイングランドの豚どもとスコットランド野郎は北部を植民地にして、ユニオンジャックをはためかせる。で、その意味は何だ。アイルランドはアイルランド人のもの、イングランド人を海に追い返せ」という調子で、最後のほうは本当に激しい調子でことばが綴られている。

B000AZ6N5GSome Time in New York City/Live Jam
John Lennon Yoko Ono
Capitol 2005-11-22

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ジョン・レノンと同じバンド(ビートルズ)で一緒に曲を書いていたポール・マッカートニー(とリンダ・マッカートニー)は、事件から1ヶ月も経たないうち(2月25日)に、Wingsとして、"Give Ireland Back To the Irish" という曲を出した。これは日本では「アイルランドに平和を」というタイトルで発売されているが、かなり微妙な「訳」だ。「アイルランドをアイルランド人に返せ、アイルランドをアイリッシュにしろ」ということなのだから。この曲は、英国ではBBCを始めラジオとテレビで全面的に放送差し止め(放送禁止)となり、ヒットチャートでも曲名を伏せて「ウィングズの曲」として掲載されていたという。

歌詞:
http://www.lyricsdownload.com/paul-mccartney-give-ireland-back-to-the-irish-lyrics.html

「アイルランドはアイルランド人に返せ。グレート・ブリテンよ、あなたたちは確かにすばらしい。だが海を挟んだあの島で、一体何をしている? 出勤途中でアイルランド人の兵隊に呼び止められて地面にうつぶせにさせられたら、あなたたちはどうする? グレート・ブリテンよ、あなたたちは『すべての人は自由でなければならない』と言う。しかしアイルランドではどうだ。俺にそっくりな男が、神と国を想い、それでも気分はどん底だ。監獄の中にいるのだから。その男は何もせず寝そべっているべきなのか、屈服すべきなのか、それとも正気を失うべきなのか。アイルランドはアイルランド人に返せ。彼らが力ずくで取り戻すよりない、ということにならないようにしてくれ」というような内容だ。

この曲は、現在は下記アルバムのボーナストラックとして収録されている。
B000005RPUWild Life
Wings
Parlophone 1998-08-18

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レノンの "Sunday Bloody Sunday" はファンキーでダンサブルな熱い曲、マッカートニーの "Give Ireland Back To the Irish" はポップでキャッチーな曲である。U2の "Sunday Bloody Sunday"、SLFの "Bloody Sunday" ともども、finetuneの「NI関係」のプレイリスト(下記URL)に入れてあるので、よかったら聞いてみてください(全部で100曲以上入れてあるから、なかなか出てこないかもしれないけれども)。画面の操作方法は下図の通り。
http://www.finetune.com/playlist/1843359

【操作方法】


# あるいは、しばらく前に書いたエントリにエンベッド・プレイヤーを貼ってあるので、そちらからでも。
http://nofrills.seesaa.net/article/76336216.html

ウィキペディアの記事には、これらのほか、アイリッシュ・フォークシンガーのChristy Mooreの "Minds Locked Shut" (1996年のアルバム "Graffiti Tongue" 収録)と、セルティック・メタルのCruachanの曲が挙げられているが、いずれもfinetuneには入っていない。クリスティ・ムーアの曲の歌詞には、犠牲者全員の名前をひとつひとつ挙げていく箇所がある。Cruachanの曲は音源がまだないらしい(ウィキペディアは、「曲の原形ができた」みたいなことを語っているインタビュー記事を参照している)。

B00004VIC9Graffiti Tongue
Christy Moore
Sony Bmg 2006-07-17

by G-Tools


また、U2の "Sunday Bloody Sunday" はカバーも多い。以下、単に私がニヤニヤするだけになるが、昨年11月にオンラインでリリースされたアメリカのSaul Williamsによるカバー。音作りがNine Inch Nailsのトレント・レズナー(とアラン・モウルダー)で、音質があまりよくない音源で聞いてもイントロのドラムの音(とキーボードかな、和音がうっすらと)で「いかにも」な雰囲気、曲に入れば「いかにもーーー!」なことになってきて、Saul Williamsが嫌いとかいうんではなく、「ここまでやるならNINでカバーしろよ」とか思ってニヤニヤしているうちに曲が終わってしまう(<アホ)。U2のオリジナルの「アイリッシュ・トラッド」の風合いがほとんどすべて消えて、お約束の4つ打ちに不穏な和音で、「どう聞いてもNIN」になっている。

この曲のプロモビデオは今年初めだったかな、Yahoo! で公開されて、それが現在YouTubeにも(勝手に)アップされている(こことか)。下記は、Saul Williamsのサイトにあるエンベッド・プレイヤーのコードを貼ってみた。コンテクストは読み替えられている(というか入れ替えられている)ので、北アイルランド紛争とは直接的な関係はまったくなくなっている。



この曲が入っているアルバム、"The Inevitable Rise and Liberation of NiggyTardust!" はネットでのDLオンリーでリリースされている。15曲入りで5ドル。音質は、192Kbps MP3, 320 Kbps MP3, FLAC losslessの3種類から選べる。DLは下記から。
http://niggytardust.com/

また、Saul WilliamsのMySpaceのページで、6曲が試聴できる。
http://www.myspace.com/saulwilliams

もうひとつ、ここまで来ると「おまけ」ですらなく「蛇足」に思えてくるが、Electric Hellfire Clubによるカバー。YouTubeでは誤って「KMFDM」になっているが、それ以上に間違っているのは、投稿者による This song is a rebel song という記述だ。U2本人が This is not a rebel song と言っているし、歌詞もどう読んでも rebel song ではない。
http://www.youtube.com/watch?v=kZXrHpB_4xE
※聞きたい/見たい方はリンククリックで飛んでください。映像は投稿者が後からつけたもので、プロモビデオではありません。

※この記事は

2008年01月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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