昨年めでたく「和平」が現実のものとなった北アイルランドのことを考えれば、10年前にグッドフライデー合意(ベルファスト合意、包括和平合意)が成立したときも、当時の私は今ほどには北アイルランドについて知らなかったけれども、それでも「あれ」が終わることがあるとは思っていなかったわけで、今回のブッシュのことばが「自分の任期内に何としても」という功名心――ビル・クリントンが失敗した「中東和平」を自分がやり遂げてみせるという名誉欲――からだけ出た空疎なものではなく、少なくともある程度は現実を踏まえているものだと思いたい部分はある。
政治的暴力による紛争のあとの「和平」においては、大きな政治的な枠組みを動かす力も必要だが、それと同じくらい、ひょっとしたらそれ以上に、個々の人々の「問題」を解決しようという力も必要である。イスラエルやパレスチナについては、報道を見ている限り、どちらの「側」にも「非暴力」を訴える人たちがいて、双方のつながりや交流もないわけではなく、そこからより大きな流れが起きてくれることを願うばかりだ。(この「願う」というのは、部外者の無責任な態度のひとつではあるが。)
北アイルランドでは、30年に及んだ「紛争」が地域社会や個々の人々に残した「傷」に対処するための活動がいくつも行なわれている。The Consultative Group on the Past(以下「CGP」。意味としては「過去に関する諮問協議会」とでもいうか)もそのひとつだ。
今週、CGPが少し動いたことで、BBC NIなどでかなり大きめのニュースになっていた。
というか、CGPのやろうとしていることと、プロテスタント強硬派のDUPの考えとが一致していない、というようなニュースなのだが、まあ基本的に「何でもNO」のDUPについてはいつものことだから、記事のURL(下記)だけで流すことにする。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7179482.stm
話が前後するが、CGPというのは北アイルランドの過去(=紛争)の残したものに対処するにはどのような方法がベストであるかについて、プロテスタント側ともカトリック側とも話し合うために設立された、政府から独立した立場のグループである。座長はロビン・イームズ(アングリカンの全アイルランド大主教・アーマー教区アーチビショップを1986年から2006年までつとめた)とデニス・ブラドレー(デリーの地域社会で活動してきた元司祭、元NI警察監視委員会の副議長で、Provisional IRAと英国政府との極秘の交渉の橋渡し役で1972年1月30日の目撃者)のふたりで、メンバーはフィンランドの元大統領と南アフリカの「真実と和解委員会」の創設に関わった弁護士というふたりの外国人を含む8人で、全体では10人で構成されている。今年の8月に勧告をまとめた報告書を出すことになっており、北アイルランドの各武装組織(政治的暴力の行使者)、政治的暴力の被害者組織を含め、多くの人たちと話をすることになっているほか、サイトで人々の意見を受け付けている。
http://www.cgpni.org/
このCGPについては、BBC NIのMark Devenportのブログで、数日に渡り、詳細に書かれている。
まずは7日、Amnesties and Covenantsというエントリ。「今日、ベルファストでCGPの第一回パブリック・ミーティングが行なわれる」という内容:
http://www.bbc.co.uk/blogs/thereporters/markdevenport/2008/01/amnesties_and_covenants.html
このエントリによると、1月いっぱいでCGPは90の組織と対話をすることにしている。そして8月に出される予定の報告書では、武装組織にいた人たちなどが訴追されるおそれなく、自分の体験を語れるようにすること、人々が二度と政治的暴力に訴えることはしないという「誓約書」に署名すること(1912年の「アルスター誓約」と対比してのことだろう、筆者はここで、'a new "covenant"' と書いている)、などが盛り込まれると予想されている。
しかし、前者は一種の「恩赦(アムネスティ)」のようであり、後者の「誓約書」は、IRAのアーミーカウンシルなど武装勢力のトップが都合よく姿をくらます口実になりはしないか、という問題がある、と筆者は書く。(というか、そういう意見が周囲にあるのだろう。)
また、the police Historical Enquiries Team(過去の事件についての相談班)を拡張するなどする、といったことも8月の報告書で提言される見込みである、という。だが、新HETはアイルランド島全体を対象とするのか(NI紛争は南と北とがぱっかり分かれた状態で起きたものではない)、また、誰から情報を得るのか(警察オンブズマンや武装組織から情報を得ることができるようになるのか)といった問題がある。
この時点でCGPは既にサー・ジョン・スティーヴンス(第一次から第三次のスティーヴンス・エンクワイアリで、英国の治安当局や情報組織とロイヤリスト武装組織との癒着/協力体制を暴いた)とは話をしており、「癒着」の問題については詳細を聞いている。そしてその中身は、明らかにはされていないが、人々にショックを与えるようなもの、とりわけユニオニストのコミュニティにとっては大ショック、という内容であるものと考えられる、とのこと。
そしてこの7日のエントリは、「しかしストーモント(北アイルランド自治議会)の政治家がどう反応するかという点では、各政党の間で意見が一致しないのではないかと思われる」という内容の文で締めくくられている。
これまで「北アイルランド紛争」とは「IRAによる政治的暴力」だと語られることが多かったが、それは北アイルランドの外からそう語られていただけではない。実際にIRAが諸組織の中で最も多くの人命を奪ったのだが、ロイヤリストの側は、「自分たちはIRAの暴力から自分たちのコミュニティを守っているのだ」と認識していたということが多かった。ロイヤリストの「テロリスト」のひとり、マイケル・ストーンの自伝では、彼自身が17歳のときにまさにそういう考えで武装活動へと入っていったことが綴られている。ストーンほどイっちゃっていなくても(リパブリカンの葬儀を単独で襲撃して手榴弾を投げたり銃を乱射したりするほどイっちゃっていなくても)、まるで「子ども会」から「青年会」に進むように、ほんとにカジュアルな感覚で武装組織に入ったロイヤリストの回想は、いくつか読んだことがある。(だからイスラエルの「右派」が「パレスチナの武装組織が攻撃してくるから」といって、自分たちの側の、カッサムロケットの何十倍も威力のありそうなミサイルを撃ちこめるような戦闘機による攻撃を正当化しているのを見ると、「包囲されているという精神状態 siege mentality」という点でそっくりだとか思ったりもするわけだ。)
しかし現実には、ロイヤリストは「コミュニティを守って」いただけではない。それどころか、「やられたらやり返す」といった範囲すらも超えたことをしていた。
CGPのレポートに、そのことが書かれるのかどうかはわからないが、それでも、あれが決して100パーセント「自衛」だったわけではないという事実は踏まえられるだろう。
BBC NIのMark Devenportのブログの2つ目の記事@8日、Amnesties and Covenants 2というエントリ。「7日のCGPの第一回パブリック・ミーティング」についての説明だ:
http://www.bbc.co.uk/blogs/thereporters/markdevenport/2008/01/amnesties_and_covenants_2.html
「恩赦を口にすれば、あるいは北アイルランド紛争について『戦争』ということばを用いれば、必ずものすごい反発を食らうことになる」という書き出し。
これはBBCの記事でも報道されていたが、北アイルランド紛争を「戦争」と位置付けることについて、DUPなどが猛反発している、ということを言っている。
また、各メディアで既報なのだが、シン・フェインは「今年は警察と司法 (justice) を北アイルランドの権限でやれるようにすることが目標」としている(自治政府の権限のもとに、警察と司法を置く、ということ。現状、この分野は英国の直轄統治のままの状態)。シン・フェイン語は解読が厄介なのだが、これはおそらく「恩赦」のことを遠回しに言っているのだろう。8日午前、北アイルランド警察(PSNI)のサー・ヒュー・オード総監は、これについて直接述べはしなかったが、問題外とも言わなかった、とMark Devenportは報告している。また、過去についてのコンセンサスというものが成立しうるのかどうか、それをはっきりさせるのはCGPの仕事である、と述べたのだそうだ。ただしそのようなコンセンサスが成り立つのかどうかについては総監本人は懐疑的である、と。
# 総監、もうちょっと腰入れませんか?
UUPのサー・レジーは、予算などについての意見を述べるためという名目で開かれた記者会見で、「恩赦」についても、「紛争」を「戦争」として再定義することにも、まったくありえないことだとの考えを示した。サー・レジーはCGPがそういう考えを持ったとはショックであるとも述べた。
あれを「紛争 troubles」と呼ぶか、「戦争 war」と呼ぶか、そのことの持つ政治性は、IRAのスローガンやプロパガンダ文書を見ればよくわかるだろう。一方で、ユニオニスト/ロイヤリストの側のsiege mentalityについても目を向けなければならないが。
で、今回の「恩赦」をめぐる騒動はどっかで聞いたことだと思ったら、Mark Devenportが次のように書いている。ああ、あったあった、そういうの。これだな。
It's all a bit of a re-run of the furore which occurred when the government proposed its "On The Runs" legislation.
"On The Runs" legislation 云々というのは、停戦前に政治的暴力を行使し、そのまま身柄を拘束されずに逃亡している(on the run)IRAメンバーらに対し、訴追しないという法律を作る、という案を、英国政府が提出したときの騒動だ。ユニオニスト側はこれを「リパブリカンへの譲歩だ」としてすごい反発した。2005年のことだ。結局は最後の最後まで「賛成」を貫いたのは英国の労働党だけで、北アイルランドの主要4政党は、シン・フェインも含め、全部反対したことで、廃案となったのだが。(シン・フェインが「賛成」から「反対」にまわった理由は、そうやって免責されるのがパラミリタリーだけでなく、警察や治安当局を含むことになるからで、その点でナショナリストのコミュニティにとってあまりに大きな「傷」を残すからだった。むしろ、自分たちだけの利益では動けなかった、というべきか。)
だが、冷静に考えてみれば、停戦前に政治的暴力を行使して有罪判決を受けて服役していた「政治犯」は、全員、グッドフライデー合意(GFA)で釈放されているわけで(2000年か2001年に全員の釈放が完了している)、10年以上も逃亡している人たちと、GFA当時服役していた人たちとの違いは何か、という話にもなる――と思ったら、Devenportもそれを書いている。
Of course talk of an amnesty is emotive. But how much practical difference it would make given the early release of prisoners under the Good Friday Agreement?
If you are an ex-paramilitary wanting to unburden yourself of your secrets who decides to walk into a police station tomorrow what would happen to you?
The cynic might suppose you would be sent away whilst the desk sergeant sorts through more pressing traffic offences. But what ought to happen is that you would be interviewed by detectives, charged, then remanded either in custody or on bail. You would be tried before a court, but then the Good Friday Agreement would kick in and, presuming you were found guilty, you should spend no more than two years in jail.
You would, however, have a criminal record. ...
つまり、結局のところ犯罪歴はつく、と。そしてそのことで、雇用から保険から住宅ローンから海外旅行でのヴィザ取得(特に米国、カナダ、オーストラリア。米国では2006年3月にジェリー・アダムズが「危険人物」として空港で足止め食らったくらいで、ビル・クリントン大統領が直接ヴィザを出した彼でさえ、その前の「危険人物」リストが生きていたのだ)など、多方面で影響が出る。
さらに、「恩赦が宣言されたからといってすぐに改悛したパラミリタリーが列をなしてすべてを告白しようとする、ということはまずありえない」と続き(ちょっとジャック・ヒギンズの『死にゆく者への祈り』を連想した)、「しかし、武装組織のトップが『真実回復のプロセス』を支持することが自身の利益になると決定した場合には、メンバーに『みな話すように』とのお達しがあるだろう」。そして「そうしてなされた告白が信用できるかどうかは別の問題だ」。
政治的暴力による紛争のあとの「和平」において、個々の人々の「問題」を解決しようという取り組みは、そんなにすんなりとは進まない。
9日のDevenportのブログ、Amnesties and Covenants 3:
http://www.bbc.co.uk/blogs/thereporters/markdevenport/2008/01/amnesties_and_covenants_3.html
ウエストミンスターでゴードン・ブラウンがDUPのナイジェル・ドッズとのやり取りで、"Yes" と言ったのを、「恩赦」など口にするのもおかしな話だというドッズの議論に対する賛意の表明だと受け取る向きがあるが、どうだろうか、というのが書き出しだ。
Devenportの文章の先を読めば、「ま、私としては正直どうでもいい」としか言いようがない。つまり、ブラウンの "Yes" は、ドッズが「北アイルランドで治安当局が果たした役割は大きい」とか述べたという部分への賛意だと取れる、というのだ。
ドッズとブラウンのやり取りは9日水曜日のことで、つまりQuestion Timeでのことだと思うが、あれは質問者側が言いたいことを全部だーっと言って、首相(与党党首)がだーっと答えるという形式だから、単に "Yes" では何についての "Yes" なのかがわかりづらい。じゃあ議事録を見て確認するほどのものかというと、私にとってはその時間と手間が惜しい。というかそうするだけの価値を見出せない。
これでもかこれでもかというほど明瞭にしておかないと、ことばなどというものは、人は都合よく解釈したがるのだ、というだけのことに思えるから。
Devenportの記述:
The PM then generalised about the need for reconciliation in what sounded like an attempt not to tie himself down too much on the issue. All a bit ambiguous.
うん。ゴードン・ブラウンはNIにはあんまり関心ないんだろう。ブレアは「私こそが、この私こそが、あのロイド・ジョージ以来の『アイルランド問題』に終止符を!」みたいな過剰な意識と、自らの「アイルランド系」という出自(本人の家系はオレンジ・オーダーのほうらしいが、夫人はナショナリストのほう)と、学生時代に「北アイルランドの公民権運動」をサポートしていたことなどで「ここは私が!」でばりばりとやったが、あとは英国首相はあんまりやることはない。それに財政というブラウンの専門分野からいえば、NIはどうなのだろう、という事情もある。
それよりおもしろいのが、北アイルランド担当大臣の発言だ。
The "government line" appears to have been articulated by the Secretary of State Shaun Woodward a few moments earlier, who dodged the question by quoting Denis Bradley's comments that "nothing is ruled in and nothing is ruled out".
これはすごい、ジェリー・アダムズばりにかわしている。ナイジェル・ドッズはかなりカリカリきたようだ。
この大臣は、昔は保守党にいたが、保守党には「左」すぎて労働党に移ったという人で(きっかけはSection 28への対応らしい)、「真正面から攻撃型」の前任者ピーター・ヘインと比べると地味だが、じわじわと効いてくるような感じのことを言う人だという印象がある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Shaun_Woodward
Devenportのこのあとの部分では「恩赦と誓約」のこととは離れ、ウエストミンスターでの議員同士のやり取りのことを書いている。いわく、労働党のJim Devine議員(最近、ヨーク公に「ベアトリス王女とユージニー王女が『欧州のクラブで遊びまくっている』のを警護するために国費から巨額の費用を出させるのではなく、ご自身で費用をお出しになるべきだ」と言ったとか。うはー)が、NIの軍施設を将来どうするかについて質問し、ウッドウォード大臣は「それについては首相官邸と国防省とNIOとNI自治政府との間で話し合いを続けている」とし、オマーにある軍基地2件については、地域の学校のための施設にするという考えはすばらしいものだと述べ、同時に、偽の希望を持ち上げたくはないが、とも述べた、と。問題はその土地を無償譲渡するか(NIO)、有償(相場どおり)で譲渡するか(MoD)ということで対立がある、ということのようだ。ここは首相官邸が判断することになるとのことだが、そうなるどゴードン・ブラウンか……どうするのかしら、元財務大臣。
いずれにせよ、「恩赦」をめぐる問題は大きな抵抗と波紋を呼ぶことであり、「誓約」にしてもその文言によっては(ナショナリスト側に)かなりの抵抗が出るものになるだろう。
何しろ「北アイルランド」というのは、政治的主義主張によって、呼び名が2つ以上あるのだから。「北アイルランド」をUlsterと言うのは英国との連合維持(ユニオニスト)のスタンス、アイルランド統一(ナショナリスト)のスタンスからはthe Six Countiesとかthe Northだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Ireland#Variations_in_geographic_nomenclature
タグ:北アイルランド
※この記事は
2008年01月11日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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Past group says 'nothing decided'
Last Updated: Monday, 14 January 2008, 19:50 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7188379.stm
[quote]
The group's co-chairs met the first and deputy first ministers at Stormont on Monday afternoon.
"It is very wrong to suggest that anything that has been mentioned has been decided or will find favour," said Lord Eames.
"We're treating everything that has been put to us in an equal fashion. Otherwise, we wouldn't be a consultative group and would be failing those who had put some trust in us."
Denis Bradley said Ian Paisley and Martin McGuinness were "welcoming of the wide debate that is proceeding".
"They're aware of how difficult these issues are and the amount of pain and hurt that resides in many a home in Northern Ireland, but I must say that I was very lifted by the quality and substantiveness of the discussion."
[/quote]