「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2008年01月10日

病人も強制送還

英国のヴィザが失効して不法滞在状態になっていたガーナ人の女性が、ガーナに強制送還された。彼女は重い病を患っていて、病院にいた。入管は彼女を車椅子に乗せて連行していった。

FOX Newsまでもがこの件を、Dying Ghanian Woman Taken From U.K. Hospital in Wheelchair, Faces Deportationとして報じているのだが、カメラと記者を現地に入れたBBCの記事:
Cancer patient loses visa battle
Last Updated: Wednesday, 9 January 2008, 15:05 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/7178416.stm

「人道」上の支援を最も必要としているであろう人を、英国政府が事実上の「見殺し」にしていることをBBCは映像レポート(後述)でかなり厳しく非難している。

私とかは、「人道」を掲げ、旧ユーゴを爆撃し、イラクに経済制裁を加え、イラクを爆撃し、ボリス・ベレゾフスキーやアフメド・ザカーエフの政治亡命を認めた英国が、なんてことも考えるのでその方向でも頭にくるのだが、シャーリア法で同性愛者の身の安全が危ない国に強制送還、なんてこともたびたび起きているので、正直なところ、そろそろ麻痺してきたかもしれない。イミグレでの人種差別はひどいという報道もあるし。

以下、ガーナ人女性の送還の事例について具体的に。

Ama Sumaniさんは39歳。ガーナの北部の、診療所しかないような町の人で、5年前の2003年に観光ヴィザで英国のウェールズにやってきて、現地で学生ヴィザに切り替えたが(2003年当時はこれができた)、英語が十分にできなかったため、希望していたbankingのコースには入れなかった。こういう場合は確か、英語学校に通うか予備的なコースに通うかして学生ヴィザを維持することになっていたのではないかと記憶しているが(<前の制度での話なので記憶不確か。もはや制度が変わってしまって観光から学生へのヴィザ切り替えもできなくなっている)、その期間中の2005年に、彼女は一度、ガーナでの亡夫の追悼の行事(日本の仏教でいう「法要」)のために英国から出国した。これにより、彼女は学生ヴィザを失い、一時的入国許可(テンポラリー・ヴィザ)を得て英国に入国していた。その後、イミグレに連絡していなかったらしい。

そして2006年1月、彼女はウェールズで病気になってしまった。それも悪性腫瘍。しかも腎臓の機能が低下して、人工透析を受けなければ命が危ういという状態。

だが彼女は外国人だ。ヴィザが切れたら英国からは追い出される。彼女の弁護士は内務省に対し、compassionate grounds(<日本語で何というのか忘れた)を申し立て、そして却下された。

1月9日の朝8時、彼女は透析を受けていたウェールズ大学病院から、車椅子に乗せられて、イミグレの職員に連れ出された。そしてそのまま空港に直行したのだろう、午後2時35分発のBA機に乗せられ、ガーナに送還された。

彼女の病気は骨髄腫である。通常は骨髄移植を行なって治療する病気だ。しかし彼女は外国人であり、英国の保健(NHS)でこの治療を受ける資格はない。このまま英国にいたとしても、人工透析で命を長らえさせるしかない状態だった。そしてその人工透析が彼女の命綱になっている。

ガーナには必要な設備の整った病院は首都アクラにしかないそうだが、彼女の出身地はアクラから遠く離れた北部の町だ。しかも人工透析は大変な費用がかかる。ガーナに戻された彼女が人工透析を継続して受けられる可能性は非常に低い。

もちろん、根本的には、人工透析は骨髄腫の「治療」にはならない。彼女やその家族・親戚が十分に裕福でさえあれば、彼女は人工透析を受けながら骨髄移植のドナーが見つかるのを待って過ごすのだろう。しかし彼女の家は裕福ではない。

Ama Sumaniさんの弁護士は、彼女は強制送還はフェアなものだとしていたが、弁護士側は彼女にかわってcompassionate groundsで申し立てをしていた、と述べている。

BBC World Newsのレポート:
http://www.youtube.com/watch?v=5B6Nb2jxfsY
連行しにきたイミグレ職員たちの姿も、手持ちカメラで撮影されている。BBCの記者は、「彼女にとってはガーナで治療を続ける金銭的な余裕はなく、これは事実上の死刑宣告だ」という強いことばを使っている。Ama Sumaniさんご自身がカメラに向かって拙い英語で「1回に100ドル、これを週3回です。私は貧しい家の出なので、そんなお金はありません」と説明する。記者は「支援者もヴィザの失効には異議なしとしていますし、ガーナが危険だと言っているわけでもありません。しかしこのような病状の彼女を送還することは残酷で非人道的だと言っています」と病院の前からレポートし、議事堂のところでImmigration Advisory Serviceの人が「このようなケースではせめて送還先の国と医療面での手はずを整えておくことなどが望まれる」とコメントしている。

上記のBBC World Newsのレポートの最後で「内務省は個別の事例についてのコメントはできないとしている」とあるのだが(このニュース記事をBBCサイトで私が最初に見たときは記事にもそうあった。icWalesの記事では今もそうある―― The Home Office said it was unable to comment on individual cases.)、その後BBCの記事がアップデートされたときに、内務省のコメントが追加されていた。内務省がコメントを出すとは、非常に例外的なことだ。
A spokesman for the Border and Immigration agency said said it would not remove from the UK anyone who they believe is at risk on their return.

"Part of our consideration when a person is removed is their fitness to travel and whether the necessary medical treatment is available in the country to which we are returning," he added.

英入管のスポークスマンは、送還されたら生命の危機にさらされるということが確信できる人は、英国から強制送還しない、と述べた。「ある人が強制送還される場合、私たちが考えることのなかには、その人の健康が旅程に耐えうるかどうか、また送還先の国で必要な医療が受けられるかどうか、といったことがあります」

ガーナに人工透析の設備が皆無、ということではないのだから、the necessary medical treatment is availableではある。だが、be availableであることは、be available for the personということとイコールではない。入管にはそういう視点はない。

昨年、イラン人女性の英国に対する難民申請が却下され、イランへの強制送還の可能性が高まったという話が伝わってきたときに書いたが(このイラン人女性の送還はストップされている)、「送り返されれば死んで/殺されてしまうかもしれない」ということが明らかなケースでも送還する、という事例が相次いでいる一方で、1995年にロンドン市内で中学校の先生を殺害した当時15歳のイタリア人(96年に「終身刑で、最低で12年」との判決)が、刑期を終えてもイタリアに送還されず英国に在留する資格があるとの判断が、the Asylum and Immigration Tribunalで下されている。この元少年の刑期はそろそろ明けるのだが、12月末には「数週間以内にも釈放」、「新たな名前とアイデンティティを与えられることに」などとの(やや煽り系の)報道があった。殺害された先生の家族には脅迫やいやがらせがあるという報道まである。

また、2007年12月には、英国で刑法犯罪(not入管法関連の違法行為)を犯し、刑期12ヶ月未満で服役している外国人の国外退去処分について、イミグレ当局はほとんどやる気がないということを示すメモがリークされた。12ヶ月未満というと、窃盗、泥棒(住居侵入+窃盗)、麻薬取引などが含まれる。

明らかに死にそうなガーナ人は車椅子で連行して英国から排除し、一方で犯罪を犯した者の強制送還にはあまり熱心に取り組むふうでもない、というこの状況がもたらすものは、政府と政治への不信だろう。政治的スタンスを問わず。

そして、麻薬売買などをするために英国に入る人たち(組織犯罪の関係者)と、難民申請をして却下される人たちや学生になりそこなった人たち(前の制度まで)との区別をはっきりさせずに、immigrantsとかforeignerとかいったことばで語り続けることがもたらすものは、20年ほど巻き戻したような単純な「英国人のための英国」というイデオロギーの、ある程度までの復活かもしれない。



用語の話:
法律関係の用語は「同義語」に見えるものがいろいろとあるが、上で「強制送還」という日本語をあてた語は(実は日本語の「強制送還」も俗語で、「退去強制」が正式な用語なのだが)、BBCの記事では2つある。remove/removalと、deport/deportationだ。これの「違い」が非常にわかりづらい。前者はおそらく入管法でいうadministrative removalのことだろう。

これについて、何となくわかるかもしれない部分を、BBC記事から抜粋。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/7178416.stm
Ms Sumani is being removed from the country rather than deported because of her expired visa which means she has no legal status in the UK.

A removal means that in theory she could apply to return to the UK in the future.


さらに明確なウィキペディアから:
http://en.wikipedia.org/wiki/Administrative_Removal
Under United Kingdom Immigration Law a person refused entry is administratively removed under powers conferred under Schedule 2 of the 1971 Immigration Act as applied by the Immigration Rules. The decision to refuse is taken by an Immigration Officer with the authority of a Chief Immigration Officer or Immigration Inspector. There is no court order and the decision is not ordinarily subject to a right of appeal or further legal scrutiny. Similar Powers exist with regard to persons who have entered the United Kingdom who are subsequently deemed to be in breach of the law.

Because the decision to administratively remove a person is not a judicial decision it should not be confused with Deportation where a decision to deport a subject from the United Kingdom is personally endorsed by the Home Secretary: usually in response to a recommendation from a Court following a conviction or on public security grounds.

Remove/removalには日本の入管法でいうところの「出国命令」も含まれているように読める(<違っていたらコメント欄でご指摘ください)。

なお、英国では観光ヴィザや学生ヴィザで入国した者は、public fundへの依存はできないが、健康保険(NHS)はpublic fundとは見なされない。(→IASの用語集参照。)よって、Ama Sumaniさん(学生ヴィザがrevokeされてテンポラリー・ヴィザになってはいるが、「不法入国」ではない)はNHSの病院で人工透析を受けていたのだろう。英国では学生として6ヶ月以上を過ごす場合にはNHSを無料で受けられる(例外はタイ、ベトナム、ケニアの出身者)。

彼女の「テンポラリー・ヴィザ」は最近の入管法改定の前のものだと思うのだが、これかな。変更が頻繁すぎるため、ややこしすぎて正直わからないけど。
http://www.uklgig.org.uk/Other%20Options.htm
New Immigration Rules affecting those on temporary visas became effective on 1st.Oct 2004: Students below degree level are to be allowed to stay for a maximum of 2 years. Switching in-country from another temporary visa (such as visitor) to student status is to be permitted at degree level or above only. Switching into work permit employment or the highly skilled migrant programme to be prevented except by those already permitted in the rules such as doctors, dentists and graduates.

※これは古い情報です。現行の入管法では話が違っているかもしれません。っていうか違っていると私は思います。あまりに頻繁に変更されているのでわけわかんなくなってて、調べるのが面倒なので調べませんが。

※この記事は

2008年01月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 09:32 | Comment(2) | TrackBack(1) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Ama SumaniさんについてBBC続報:
Removed patient 'can't get care'
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7182467.stm

ガーナに戻されたAma Sumaniさんが、首都アクラの病院できいたところ、次の3か月分の人工透析の費用は6,000ドルと言われた。しかし彼女にはそんな大金を払える見込みはない。

病院側によると、Sumaniさんには英国のイミグレ係官(複数)が付き添っており、イミグレ係官は最初の三か月分の医療費は支払うと申し出たが、その後の医療費の支払いの目途が立たない以上は、病院としては力にはなれないとの話。

今後もまた続報が出るかもしれません。
Posted by nofrills at 2008年01月11日 16:22
車椅子で強制送還になった女性は、残念ながら、3月19日に息を引き取ったそうです。詳細は下記エントリにて。
http://nofrills.seesaa.net/article/90308589.html

合掌。
Posted by nofrills at 2008年03月21日 07:03

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【訃報】アマ・スナミさん(車椅子に乗せられてガーナに強制送還された癌患者)
Excerpt: アマ・スマニさんが3月20日、入院していたガーナの首都の病院で亡くなった。
Weblog: tnfuk [today's news from uk+]
Tracked: 2008-03-21 07:02

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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