「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年01月04日

Radioheadの「CDリリース」と、今も続くdis

Radioheadのアルバム、In Rainbowsの盤が発売された。下記は英盤(XL Recordings)。英盤以外のはエントリ末尾に。
B000YIXBVIIn Rainbows
Radiohead
Xl 2007-12-27

by G-Tools


3日付のインディペンデントに、Radioheadのトム・ヨークのインタビューが掲載されている。インタビュアーはChristoph Dallach とWolfgang Höbelで、記事はインタビューの会話をそのまま文字起こししたような感じ(あるいはメールでのインタビューをそのまま掲載したような感じ)で、「インタビュー時の状況描写」や「記事の書き手によるコンテクストの提示」などは一切ない。(といちいち書いたところで、英国の音楽メディアなどで「ミュージシャンのインタビュー」を読んだことのない人には、何ら特別なことではないと思われるだろうと思うが。)

Thom Yorke: Why he's glad to have made such a big noise
Published: 03 January 2008
http://arts.independent.co.uk/music/features/article3303572.ece

インタビューの中心は、もちろん、「In Rainbowsのリリース方法による『革命』について」だ。Radioheadの最新作、In Rainbowsは、レコードレーベルの仕切りでのリリースではなく、彼らの公式サイトでのダウンロードという形、しかも価格は購入者それぞれが自由に決めてよい、という形でリリースされた(→過去記事を参照)。ただし当初から、彼らのサイトで「豪華ボックスセット」(アナログとCDとアートワークのセット)が販売(予約販売)されており、「モノとしてのCD」をまったく出さないということではないということは明らかにされていた。それでも、Radioheadほどの「大物」がレーベルを通さずに新作を出したことは、「ニュース」というより「スキャンダル」のような扱いを受けていた。

そういう扱いの背後には、「豪華ボックスセット」を買うほどのファンではないがCDなら買うというような人たちがタダで新作のファイルを手に入れてしまう可能性への警戒があった(ある)。事後的に「いかに『フリーライダー』が多かったか」を一生懸命に立証しようとしていた動きもあったが、本人たちがDL数のデータなどを公表していないので、いくら手をかけても「正確な話」は判明しない。「どうだっていいじゃん、メジャーはいやですって出てった連中んだから」という意見もないわけではないだろうが、大レーベルが「育ててやった」Radioheadがこういうふうに大レーベルを離れたということは、「我々にとっての『敵』になった」ことを意味する、ということにでもなっているんじゃなかろうか、と思えてくるほど、Radioheadへのdisはひどい。

インディペンデント掲載のインタビューで、まずインタビュアーは、「音楽評論家はレディオヘッドはロックンロール産業にとっての救世主であるとか墓掘り人であると言っていますが、どうでしょうか」と質問をしている。ヨークはこれに、「ここんとこあんまり頻繁に『レディオヘッドはロックの救世主だ』と言われるのを耳にしているから、そのうちにトイレットペーパーに印刷しようかとか思ってて」と、わかりづらい冗談で答えている。そして、「あんな騒ぎになるとはまったく予想外だった。BBCの夜のニュースでも盛んに取り上げられ、60歳の証券業界の大物が『すばらしいビジネスのアイディアだ』と語り、何でも裏を見ないと気がすまない人たちは『汚い売名行為』だとか言っていた」と回想し、「だがそんなのはすべてどうでもいい話だ(that's all rubbish)」と締めている。

つまり、本人にとってあれは「新奇なビジネスプラン」でもなければ「ニュースになることを狙った派手な演出」でもなかった、ということだろう。結果的に、他人にはそう見えたとしても。

私の興味は、トム・ヨーク的にそこらへん本音ではどうよ、というところに向くのだが(特に「レコードレーベルとアーティスト/ミュージシャンと原盤」の関係の話とか、「人々がネットにつないだパソコンの前で長い時間を過ごすようになった今、プロモーションとして機能するのは何か」についての話を聞きたいのだが)、と思いながら先へと読み進める。

続いてインタビュアーは「値段は自分で決められるということでしたが、実は私は1セントも払っていません。気分を害されますか」と質問する。こんな質問はリリース直後にしておけと思わなくはないが(つまり、「くだらない」)、今までインタビューができなかったのかもしれないし、まあいい。ヨークは「聞いてみてダメと思ったなら残念だがしょうがない。でも聞いて楽しんだのなら、後からいくらかでも払うのが筋(fair)というものだろう」と答えている。なんか、バスカー(ストリート・ミュージシャン)が演奏を終えて「よかったら小銭を」と観客に声をかけるときみたいなことを言っているなあ。そういう本人の思いと「フェアな形での金銭の流れ」といったものと、「原盤権はレーベル/音楽出版社が持つ」という形式のおかしな部分についてトム・ヨークがどう認識しているかについてつっこんでほしいのだが……うーむ。

次は、「レディオヘッドのようなビッグなバンドが、レコード会社なしで音楽を売ろうと決意したわけですが、これは音楽産業の終わりの始まりでしょうか」という質問。だからそんな質問はリリース直後に、と思うのだが、お茶を飲みながら読み進めよう。ヨークはこの質問でも淡々と回答している。いわく、「これは避けがたいことであり、誰もがこういうことが起きるとわかっていた。こういうことを考えていたバンドは少なくない。しかし多くは契約があって何もできなかった。うちらはたまたまEMIとの契約が切れていたから」と。

そして、「大会社のサポートなしでは、売り上げはずっと減少したのではないかとの観測もありますが、金銭的にはどうですか、レディオヘッドの実験にはやる価値はあったのですか」という質問。これは質問しても答えないよ、トム・ヨークは、と思いながら読み進めると、やはり「数字の話はしない(We don't discuss figures.)」という答え。続いて「でも文句は言わない」と述べているので、金額的には厳しいものがあったのかもしれない。だが、そんなことよりも重要なのは、次の部分だ。
Anyway, we have the copyright for our songs. All that we published before belongs to EMI. That is unbelievably unsatisfying. After all, we are talking about art and hard work. I believe in the rock album as an artistic form of expression.

いずれにせよ、自分たちの楽曲の著作権(原盤権)は自分たちで持っている。これまでリリースしたものの著作権はEMIのものだ。これが信じられないほど納得いかないことなんだ。重要なのは、芸術と(それを作るための)大変な作業についての話で、僕は芸術としての表現形式というかたちでのロックのアルバムというものを信じているから。

つまり、作った人たちの意に反しての「シングルカット」とか曲ごとのバラ売り(「アルバム」という全体で扱うのではなく、曲ごとにバラで扱い、「○年の大ヒット曲を収録」とかいう中身の薄いコンピレーション盤に入れられたりもする。そしてアーティスト側は、それ――「シングルにしたときに売れる曲」――を前提とした曲作りとアルバム作りを余儀なくされる)に、レディオヘッドは不満だったのだろう。続けて彼は次のように述べている。

In Rainbows is a conscious return to this form of 45-minute statement. Of course, it was possible to make it shorter. But our aim was to describe in 45 minutes, as coherently and conclusively as possible, what moves us. In Rainbows is, at least in our opinion, our classic album - our Transformer, our Revolver, our Hunky Dory.

In Rainbowsは、45分間でひとつのことを言うという形式に、意図的に戻ったものだ。といってももっと短くすることができたのだけれど【注:In Rainbowsは全体で42分】、目的としては、45分でやることだった、できるかぎり一貫して取りこぼしのないように、自分たちを動かすものを45分で描ききろうと。(他の人はどうかわからないが)少なくとも自分たちとしては、In Rainbowsはレディオヘッドにとっての古典といえる作品だ――レディオヘッドにとってのTransformerであり、Revolverであり、Hunky Doryだ。【注:Transformerはルー・リード、Revolverはビートルズ、Hunky Doryはデイヴィッド・ボウイの、それぞれ「この一枚」的なアルバム。詳細はエントリ末尾に。】

うん、完成度が無茶苦茶高いのはDLしたmp3でもわかった。ただ音質が低くて音が痩せていて(実際、finetuneのflashプレイヤーで聞いたほうが音の表情はずっと豊かだ←「どういうこと?」と思うよね)、「えー、これをこの音質で聞かせちゃうのってどうよ」と思って、結局私は「金を払うのは盤になってからにしよう」と思ったのだ。どのみち、どっかのレーベルから盤がリリースされるか、そうでなければバンド自体がちゃんとした音の盤を、「豪華ボックスセット」以外にも作って売るだろうと思っていたし。(そして実際に盤はリリースされた。このエントリの冒頭と末尾参照。)

この点については、このインタビューの少し後の方にやり取りがある。インタビュアーは「£40で豪華ボックスセットを用意したのはなぜでしょうか。ネットで頒布する圧縮ファイルは音が悪いからでしょうか。多くのファンがそういう不満を口にしていますが」と質問している。これに対し、ヨークは、「ネットから入手するmp3のファイルがちゃんとした音だったためしはない。僕たちの考えでは、しばらく後になってから通常のCDを出してレコード店で売ろうということだった。CDの盤を自分たちで製作して販売しようとも考えたのだけれども、最終的にはやっぱりちょっと大変すぎるだろうということになって、それでパートナーとして小さなレコード会社を探した」と答えている。

なら最初っからそう言えよ (^^;) とも思うのだけれど、話がちゃんと決まっていない段階では言えなかったのだろう、と好意的に解釈しておくことにする。

ちなみに、In Rainbowsの盤をリリースするのは、XL Recordingsというインディのレーベルだ(ここはベガーズ・バンケットとパートナーシップを組んでいる)。トム・ヨークのソロアルバムはこのレーベルから出ている。「インディ」といっても有名なレーベルで、Sigur RosとかThe White Stripesとかがここから出している。レーベルが立ち上がってしばらくは「XLといえばダンス系」(当時のraveシーンの関係のもの)だったのだが。
http://www.xlrecordings.com/
http://en.wikipedia.org/wiki/XL_Recordings

で、なぜRadioheadがXLを選んだのか、というところには、このインタビューでは話は及んでいない。

このインタビューでもうひとつ興味深いやり取りは下記のくだりだ。ちょっと質問がスゴすぎるのだが(ここまで紋切り型の質問もなかなか見ない)、ヨークの答えが、こんなしょーもない質問への答えでこういう展開とは、という点でいい。
Q: Do you regret that there's nothing left of the alleged, or actual, wild and revolutionary spirit that rock music represented in the 1960s and 1970s?

Yorke: No. Music is always a reflection of its time. We are living in a world of consumerism. That's why, first and foremost, the purpose of music is to accommodate demand. For many people, the decision about a particular type of music is a lifestyle commitment, they are kind of associating their existence with the music they are listening to, without being touched by it too deeply.

In addition, there will always be people who interact passionately with music, people for whom there are songs that indeed change lives; songs that open their eyes about the state of the world.

質問:60年代や70年代のロックにあった反逆の精神がすっかり消えてしまったということについて残念に思いますか。

ヨーク:いや。音楽ってのは常にその時代を映すものだから。今は人々は消費主義の世界に生きている。だからこそ、音楽は需要にそぐうものでなければならないのだ、ということになっている。多くの人にとって、こういうタイプの音楽を聞こうとかっていうのはライフスタイルの問題で、自分の存在を、自分がどういう音楽を聴くのかと結び付けようとしている。それも音楽によってあまりに深いところまで触られないように。

さらに言えば、音楽と本気で付き合っている人というのも常にいるものだ。この曲が人生を変えたんだ、っていう人たちがね。その曲を聴いて、世界の見方が変わった、という。

この点でトム・ヨークと話をしたらきっとものすごくおもしろいのに、スルー。あまりに華麗にスルーしているのでインタビュアーさんの名前でググってしまったが、ドイツの音楽記者さんだそうだ。っていうかこのインタビュー記事の末尾には、"This interview first appeared in Der Spiegel." (初出はシュピーゲル)とあるのだが、いつのものかは書かれていない。ひょっとしてIn RainbowsのDLによる頒布が始まってそんなに間がないころのインタビューが、In Rainbowsの盤のリリースに合わせて、英語で紹介されているだけかもしれない。

ていうかIn Rainbowsのリリース祭りをするなら、インディペンデントはUK/Irelandのメディアなんだから、XLの人にインタビューすればいいのに。(^^;) そっちの方が読みたいのだが。

ついでだからメモっておくが、このインタビューをしたインタビュアーのスゴい質問はまだある。
Q: Have you ever downloaded a song from the net yourself, for free?
あなたはこれまで、ネットから曲を無料でDLしたことがありますか?

ドイツ語から英語への翻訳で省略などが起きているのかもしれないけれども、ネット上には「無料でDLできる曲」、というか、「金を払いたいと思っても払えないmp3ファイル」はいろいろある。それも「本来は有料だが、誰かが勝手に無料でDLできるようにしたもの」や「それ用のソフトを使えばDLできるもの」などではなく、プロモ用とか、最初っから無料で公開されているものとか、パブリックドメインのものとか。例えばLast.fmのFree Downloadのところや、CNetのDownload.comの「音楽」カテや、Archive.orgの「オーディオ」のところ(サブカテゴリに「音楽」、「ライヴ」、「グレイトフルデッド」などあり)など。

トム・ヨークはこのインタビュアーの質問の意図を「正確に」把握したのだろう、「ない。いつも金は払っている」と答えている。が、母親に聞かせるために自分たちのアルバムを自分たちのサイトから無料でDLしたのを記者に見つけ出されて(どこでこういうのがわかるんだろう)、「本人が無料でDLしている」と書き立てられたという件を「ばかばかしい話」として引き合いに出している。

「本人が金を払っていない」という報道があったことはよく覚えている。ブクマしてあるのを見ると、これ↓だ。Radio 6のスティーヴ・ラマックとのインタビューでトム・ヨークが「無料DLを『認めた』」らしい。くだらない。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/7103071.stm

何かここまで無駄のない形式のインタビュー(質問と答えを淡々と並べた形式のインタビュー)なのに、こんなに「ノイズ」が多いというのは、どういうことだろうとか少し思うのだが、とにかく「本人のことば」よりも、インタビュアーの質問に現れている「世間の思い込み」とか、自分が知っている「事情」や「状況」といったことによる「ノイズ」が大きくて、「本人のことば」が聞き取りづらい。

それが、ぼーっと読んでてもかなりはっきりと聞こえてくるのが次の箇所だ。上の「お母さんに聞かせるために自分は無料でDLした」というくだりに続く部分で:
Q: What was the highest price that a buyer paid online to download In Rainbows?

Yorke: £99.99. That's the limit we had set beforehand.

Q: And how many buyers were willing to pay that much?

Yorke: Until now, 15. And I swear the band members are not among that 15.

質問:In Rainbowsのダウンロードでの最も高い金額は?
ヨーク:£99.99。前もって設定しておいた上限の金額で。
質問:そこまで払ったのは何人ですか?
ヨーク:今のところは15人。言っとくけど、バンドのメンバーはその15人のなかにはいないから。

※太字部分は笑うところ。と考えないと、ロジックとして整合性が取れていなさすぎる。(笑)

インタビューの最後がまたびみょうに噛み合わないのだが、「ブログに書かれたことを読みますか」という質問に対し、ヨークは「読まない。それに、評論家がレディオヘッドについて書いているのも絶対に読まない」と答えている。そして「読んだら最後、頭の中で変な声が聞こえるようになる」と(わかりづらい)笑いを取り、「僕の頭の中ではもうあれこれ音がしているから」と結んでいる。

たぶん、大レーベルに所属していることでの「おつとめ」には、プロモのためと称するインタビュー取材なども含まれていたはずなのだけれども、Radioheadにはもう、「このバンドが好きだから」とか「この曲がすごいと思ったから」とか「ライヴでしびれたから」とかいった、ほんとに「響いた」ことでインタビューしたいんですけどってなるファンジンなどのインタビューではなく、お仕事でインタビュー記事を仕上げる音楽ライターや音楽評論家による大メディアでのインタビュー(もちろん、アルバムやシングルを「売る」ことを目的として、レーベルがセッティングするもの)を受ける必要性もなくなっただろう。

彼らはそのことだけでもほっとしているかもしれない。

このインタビューが掲載されたインディペンデントのページには、インタビューのあとにTim Walkerによる「まとめ」的な文が添えられている。Napsterが「不法なファイル共有」で法廷に引っ張り出されてから8年となるが、その後、MySpaceやiTunes、またKazaa, LimeWire, BitTorrentといったものがNapsterの「革命」を引き継いで、レコード会社の収益は激しく落ち込んだ、と。

レコード会社の収益の落ち込みとネットでの「音楽のストリーム」や「ファイル共有」との関連は、もっともっと厳密に調査すべきことだと私は思うけれども、この文を書いた人の言いたいことはそういうことではなく、単に、「革命」があってアンシャン・レジームは倒れかけてますよ、ということなのだと思う。

そしてこの文を書いた人は、明らかに、その「革命」への参加をより多くのアーティストに呼びかけている。
While no official figures have been forthcoming, sources at the time suggested the band sold well over one million In Rainbows downloads before the end of the album's first week online. Estimates as to the average price paid have been pitched anywhere between £2.50 and £5; even a conservative estimate of the profits sounds impressive. The balance sheet will encourage other bands to follow in Radiohead's footsteps.

販売額などについて正式な数値が公表される見込みはないが、In RainbowsはDLが開始された週の終わりには100万件以上のDLを記録したという。平均購入額は£2.50から£5までと幅があるが、最も少なく見積もっても収益はかなりのものだろう。こうした収支結果を見れば、ほかのバンドもレディオヘッドの後に続こうという気になるだろう。

この文ではこの直後にシャーラタンズの事例とアッシュの事例が言及されているが、こういう「革命」論を読むといつもなんか安定しない気分になるのは、UKでは昔っから「インディーから出して大ヒット」なんて別に珍しい話じゃなかったじゃん、と思うからだ。昔の話をすればファクトリーがある(ただしレーベルの運営はめちゃくちゃ大変だったそうだが)。今だってアークティック・モンキーズなど、メジャーを拒んで大ヒットを飛ばしているバンドはいる。

そして、「自分たちのサイトからDL、お代はあなたのお気持ちのままに」という形でやって、かなりの収益を上げられるバンドがどのくらい存在するのか――あるいは、「かなりの収益」でなくても、「生活に困らない程度の収益」なり、「家賃を払えるくらいの収益」なり、のほうが現実的かも――、そういったことを伝えずに「革命だ、革命だ」と書くことは、90年ごろの「インディーブーム」と「ブリットポップ」のときの「バンドワゴン」状態とどこがどう違うのか、私には今ひとつわからない。

わからないけれども、Radioheadが自分たちの作品を自分たちのものとしておくためにできることをしていることだけは、はっきりと、事実だと言い切れる。

けれども、In Rainbowsリリース後のRadioheadに対する大メディアの扱いは、一言で言ってひどすぎる。インタビューしてればまだましだが、それでも発言のごく一部を取り出してスキャンダラスに見せたりしている。例えば次のBBC記事のように。

Web-only album 'mad', says Yorke
Last Updated: Wednesday, 2 January 2008, 11:27 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/7167759.stm

BBC Radio 4のTodayに出演したトム・ヨークが、オンラインだけでリリースするなど「狂っている」と述べた、という記事だが、記事をしっかり読めば、見出しにあるようなことを述べている彼のことばは、語の単位でしか引用されていない(下記引用部分太字箇所を参照)。
Radiohead frontman Thom Yorke has said releasing latest album In Rainbows solely on the internet would have been "stark raving mad".

...

Yorke said the band would have been "mad" to ignore a physical release, which is being distributed by XL Recordings.

記事のもう少し下の方には、ある程度のコンテクストがわかる形でトム・ヨークの発言が引用されている。それにしたってこんな形だ。
"We didn't want it to be a big announcement about 'everything's over except the internet, the internet's the future', 'cause that's utter rubbish.

"And it's really important to have an artefact as well, as they call it, an object," the musician added.

「あれをすることで『ネット以外はすべては終わった。ネットこそが将来だ』とかいうことを大々的に宣言してますみたいにはなりたくなかった。だって『ネットだけが』というのはまったくばかばかしい妄言だから。製作された物、いわゆる形あるものが手にできるっていうことは実際にとても重要なことだ」

まあ、今ならまだこのTodayはオンラインで聞けるだろうから、Listen Againすればもっとはっきり確認できるのだが、トム・ヨークが、「音源を記録した盤の終わり」とか「ネット万能主義」みたいなものの唱道者ではない、とかいうことは言われなくてもわかるだろう、音聞けば。ましてやIn RainbowsのDL頒布のファイルは音が悪い。BBCの音楽記事を書いてる人は、あの音源を「はい、どうぞ」と提供されて、あの音源がすべてだとか思ったんだろうか。そもそもobjectとしてのCDが存在しなかったわけではない。最初っから、彼らのサイトで「豪華ボックスセット」の一部として売られていたではないか。

オンラインで、やろうと思えば無料ででも99.99ポンドででも買うことのできたあの音源は、「どうせiPodで聞くだけだし、CD買ってもリップしてmp3にして中古屋に持っていっちゃうし」という層には10ポンドも払うことなく音源を楽に手に入れられた、というだけの話、Radioheadの音をある程度ちゃんと聞きたい層にとっては先行で全曲が視聴できた(それもネット接続がない環境でも聞けるようにファイルの頒布という形で)、というだけの話、「音楽なんて買わねーよ、どっかに転がってるファイルを拾うだけ」という層にとっては、完全に合法な形でコレクションを増やすことができた、というだけの話、そうでしょ。本質的に注目されうるのは、楽曲の所有権を、一度メジャーでやって所有権を失うことになったバンド自身が取り戻したこと(それも、「売れなくなったためにレーベルから切られたバンド」ではなく、「出せば確実に売れる、引く手あまたのバンド」がそれをやったために、音楽業界はその分は収縮することを余儀なくされた、ということ)だけなのに、なぜ「ネットでダウンロード」という形式だけが、「豪華ボックスセット」の予約販売という厳然たるファクト(つまり「レディオヘッドはCDという形を否定しているのではない」というファクト)を塗りつぶさんばかりの勢いで取り上げられるのか。腐ってる。

それと、2007年12月末にはタイムズがとんでもない飛ばし記事を出したようだ。いわく、「レディオヘッドはEMIと再契約するために大変な額を要求している」という内容。これはたまらなかったらしく、トム・ヨーク本人がバンドのサイトで「タイムズの記事は真っ赤な嘘」と言明している。問題のタイムズの報道を一応見てみたが、タイムズのスクープという形式で書かれていて(..., The Times has learnt ←タイムズって新聞は表記までアメリカ流かよ、この変なところに出てくる大文字、気持ち悪い)、そのことと内容を勘案すれば、EMI内部から記者にリークされた話だ。トム・ヨークがバンドのサイトでものすごく怒っているのは、「やめろ、ちくしょう、あることないこと言うのは」という意味だろう。

でもまだしばらく続くんだろうな、このいかにも英国(特に音楽関連メディア)らしいねちねちとしたいやがらせは。彼らほどの「ビッグな」バンドが「叛旗をひるがえす」ということは、こういうことなのだろう。ピストルズみたいに「はい、全部ぺてんです」とゲタゲタ笑っていれば「ユーモアのセンス」と受け流されるのに、真面目に叛旗をひるがえせばこれか、と。心底げんなりする。



In RainbowsのUK盤:
B000YIXBVIIn Rainbows
Radiohead
Xl 2007-12-27

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同、US盤:
B000YXMMAEIn Rainbows
Radiohead
XL 2008-01-01

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日本盤:
B000YY68MGイン・レインボウズ
レディオヘッド
Hostess Entertainment 2007-12-26

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ついでに、インディペンデント掲載のインタビューで言及されているアルバム:
Lou Reed, Transformer:
Transformer
Lou Reed
Transformer
曲名リスト
1. Vicious
2. Andy's Chest
3. Perfect Day
4. Hangin' 'Round
5. Walk On The Wild Side
6. Make Up
7. Satellite Of Love
8. Wagon Wheel
9. New York Telephone Conversation
10. I'm So Free
11. Goodnight Ladies
12. Hangin' 'Round (Acoustic Demo)
13. Perfect Day (Acoustic Demo)

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The Beatles, Revolver:
Revolver [FROM US] [IMPORT]
The Beatles
Revolver [FROM US] [IMPORT]
曲名リスト
1. Taxman
2. Eleanor Rigby
3. I'm Only Sleeping
4. Love You To
5. Here, There and Everywhere
6. Yellow Submarine
7. She Said, She Said
8. Good Day Sunshine
9. And Your Bird Can Sing
10. For No One
11. Doctor Robert
12. I Want to Tell You
13. Got to Get You into My Life
14. Tomorrow Never Knows

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David Bowie, Hunky Dory:
Hunky Dory
David Bowie
Hunky Dory
曲名リスト
1. Changes
2. Oh! You Pretty Things
3. Eight Line Poem
4. Life on Mars?
5. Kooks
6. Quicksand
7. Fill Your Heart
8. Andy Warhol
9. Song for Bob Dylan
10. Queen Bitch
11. The Bewlay Brothers

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タグ:音楽 英国

※この記事は

2008年01月04日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 07:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
http://www.bbc.co.uk/radio1/zanelowe/zanedeps_radiohead.shtml
1月18日、BBC Radio 1にRadioheadのトム・ヨークとエド・オブライエンが番組パーソナリティとして出演。番組のパーソナリティが冬休みで代理で。

上記ページにはビデオクリップや写真もありますが、番組そのものが、24日までなら確実に、「Listen Now」をクリックで聞けます。(放送後1週間を過ぎると聞けなくなるかも。)

Podcastもありますが、これは残念ながら英国外からはDLできません。

番組はおもしろかったです。ことばが聞き取れなくても選曲だけでも楽しめると思いますが、エド・オブライエン(マンチェスター大学出身)の語る「ハシエンダ」あたりの話とかも。(まあ、彼は当時はマンチェスター大の学生さんですし、毎週末行ってたというわけではなかったそうですが。)
Posted by nofrills at 2008年01月20日 23:35

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼