kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年12月26日

France24はごっついニュースチャンネルだ。

前のエントリで、アフガニスタンのタリバン支配地域での取材を紹介したが、この取材を行なったフランスの24時間ニュース専門チャンネル、France24はかなりごっつい。変なたとえだが、「欧州のアル・ジャジーラ」という印象を受ける。

この局については、「日本語」でググったらトップで表示されたウェブログ「B3 Annex」さんのエントリに詳しい。局のバックはフランス政府で、ラムズフェルドとかに「フランス? あそこはほら、古いヨーロッパでしょ」とバカにされたことがきっかけで、「フランスの視点」を全世界に、というコンセプトで始められたとか。開局は2006年の12月6日(まだ1年ちょっと。ということは、例のアフガンレポートは開局して1年に満たない時点で取材されている、ということになる)。言語はフラ語、英語、アラビア語で、英語レポートは、自サイトだけでなく、今年の春からはYouTubeに公式チャンネルを開設して流している。(「全世界に発信」を具体化するには、現時点ではやはりこれなんだろう。)

ざっと見た感じ、France24の英語レポートは、フランス国内ニュースよりも、世界各地の現地取材の方が多いようだ。それも、ほかではなかなか見ないような地域がちょこちょこと。

例えば、アゼルバイジャン国内のアルメニア人地域(Nagorno-Karabakh地域、1991年のソ連崩壊後に共和国として独立宣言を出し、現在も事実上独立国家の状態)で「独立戦争が起きた場合に備える」アルメニア人の軍隊のレポート、イエメンにあるソマリア人難民キャンプのレポート(16年前の内戦勃発以来、難民キャンプとなって1万人が暮らしているが、状況は最悪で、EUが援助を約束している)、21日のシェンゲン協定拡大で「EUの東端」となったスロバキアとウクライナの国境からのレポート(アジアからの難民申請者が次々に到着している)、モスクワのダークサイド(売春)のレポート(本当に物理的に「地下」で行なわれている。地方の若い女性たちが「モスクワでのバーの仕事」と言われてつれてこられ、身分証などを取り上げられ暴力を振るわれて売春させられる)、メキシコの新たな農業のレポート(米国の移民法が厳しくなって米国内で「安い」労働力を使えなくなったので、米国企業がメキシコにやってきて「安い」農産物を生産している)、アフガニスタンの古美術品売買のレポート(誰も守っていない遺跡から盗掘された歴史的に貴重な物が、カブールでどんどん外国人に売られている。カブール博物館も中はほとんど空になっている)、レバノンの若者たちのレポート(セクタリアニズムが強まる中、宗教や過激主義に反対し、「レバノンはレバノンだ」と考える20代の一般の人たち。普通の街角の様子とか、デート中と思われる男女とか、イスラム教徒でスカーフなどを着けていない女性とか、街角の兵士とか)などなど、盛りだくさんである。あと、これはBBCにもあったと思うが、スペイン内戦を素材としたヴィデオゲームのレポート(これ、かなりきっついんですけど)とか。

必見なのが、「リビアのカダフィ大佐、独占インタビュー」(@12月14日アップロード、34年ぶりのフランス公式訪問のときに行なわれたもの):
http://www.youtube.com/watch?v=4C3geDx4fdw

# 4分程度の抜粋で話が途中で終わっている。全部見たい人はFrance24のサイトで見てくださいとのこと。
# カダフィ大佐が、服装のせいか、「往年のロックスター」に見える。

あと、observerという位置づけで、北朝鮮国営放送の平壌宣伝ビデオを(たぶん)そのまま流していたりもする(なぜか途中で終わっているけど)。

というわけで、BBC WORLD NEWSも、Al Jazeeraの英語放送もYouTubeを使っているが、これにFrance24を入れて、YouTubeで見られる「国際ニュース」の最強3トップ@2007年、ということで、このブログの左側のサイドバーにもFrance24のYouTubeチャンネルへのリンクを付け加えておく。

なお、France24の英語でのレポートは、レポートによってUKアクセントと米語の両方があり、中には混在しているものもある。ある意味、TOEICのリスニング対策の耳慣らしにも好適。(ちょっと疲れるけど。)あと、ときどき母語がフランス語の人のようなボイスオーバーもあり。



追記@30日:
もう1つ、British Satellite Newsを左のサイドバーに追加しておく。
http://www.youtube.com/profile?user=BritishSatelliteNews

British Satellite Newsは、説明のしかたが変だが、「英国版のFrance24」のようなニュース・チャンネルだという理解でOKだと思うが、英国発のニュース専門。外務省とは関係があるのかないのか。。。
http://www.bsn.org.uk/?action=about

YouTubeでは映像だけだが、BSNのサイトで見るとスクリプトもついている。
http://www.bsn.org.uk/

ついでに外務省のYouTubeチャンネルも追加しておこう。王室は……まあいいか。
http://www.youtube.com/ukforeignoffice
http://www.youtube.com/theroyalchannel

※この記事は

2007年12月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:52 | Comment(1) | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うー、ら、ら。France24 EnglishとArabicが休止になる見込み。

Sarkozy says 'non' to France 24
Last Updated: Wednesday, 9 January 2008, 05:05 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7178158.stm
[quote]
President Nicolas Sarkozy has said his country will stop broadcasting its English- language 24-hour news channel, France 24.

The French premier has called for a French-only network to replace it.

"With taxpayers' money, I am not prepared to broadcast a channel that does not speak French," he said.

...

Mr Sarkozy said a new channel, France Monde, would be created as fast as possible to replace France 24.

The new channel will pull together the resources of France 24, TV Cinq television and Radio France Internationale, to provide a more French perspective to global viewers.
[/quote]

フランス語だけで放送を行なってグローバルに、というのは、残念ですけど、現実を冷静に見ているとは言いがたいような。
Posted by nofrills at 2008年01月09日 20:29

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼