記事:
What we know about 'unknown unknowns'
Last Updated: Friday, 30 November 2007, 14:33 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/magazine/7121136.stm
前提として、2003年12月02日のエントリをご一読ください。
http://nofrills.seesaa.net/article/24593730.html
「ご一読ください」というのもあれなので再掲しますが、2002年、ドナルド・ラムズフェルドは下記の発言により、英国のPlain English Campaignから、Foot in Mouth Award(「口の中に足」賞、つまり「何を言っているのかわけわからん」大賞)を受賞しました。
Reports that say that something hasn't happened are always interesting to me, because as we know, there are "known knowns"; there are things we know we know. We also know there are "known unknowns"; that is to say we know there are some things we do not know. But there are also "unknown unknowns" - the ones we don't know we don't know.
できるだけ忠実に日本語にすると:
何かがまだ起きていないということを述べている報道は、常に、私にとって興味深いものであります。といいますのは、私たちが知っている通り、「known knowns(判明していると知られていること)」があり――私たちがわかっているということを私たちが知っていることがあります。また私たちは、「known unknowns(判明していないと知られていること)」が存在するということも知っています。つまり、私たちにはわかっていないことがあるということを、私たちが知っている、そういうことです。しかしながら、「unknown unknowns(判明しておらず、知られてもいないこと:まったくの想定外のこと)」もあるのです――私たちにはわかっていないということを私たちが知らない、そういうものごとです。
何度読んでも、このわけのわからなさは異常(笑)。ただ、ラム爺の発言のコンテクストは、当時最もホットだった(ホットなものにされていた)「イラクのサダム・フセインが隠し持っている大量破壊兵器について」であり、ラム爺は結局、「何が出てくるかわかりませんからね」と言いたくて、たったこれだけの長さのなかに14回もknowが出てくるこういう言い回しをした、ということだった。
で、これは当時かなりの話題となり(あまりにわけわからないので)、挙句の果てには「わけわからん大賞」まで受賞したのだが、このたび、5年の月日を経て大西洋の対岸で華麗によみがえった、というのがBBCの記事が伝えている内容である。
BBC記事から:
Yet despite this mocking, the term "unknown unknowns" has been quietly gaining support. Its latest advocate is Justice Secretary Jack Straw, who used it on the BBC's Today programme on Friday when questioned about the donations controversy engulfing Labour.
"To quote Don Rumsfeld," said Mr Straw, "for a long time this was an unknown unknown. The moment it became a known known, we got on to it."
ストローも何を血迷っているのか、そんなところでラム爺を引用しますと明言してどうする、というか、unknown unknown/known knownのわけのわからなさに、さらに「ラム爺」の名前を出してよりわけわからなくしたつもりなのか、まったくひどい(笑)。ジャック・ストローといえば弁論術に長けた人であったはずだ。どうしたんだ(笑)。弁論術においては、相手を煙に巻きたいときとか、ストローマン(no pun intended)を立てて話をそらしたいときに、「私はこれからあなたを煙に巻きます」とか「ストローマンを立てます」とか、先に宣言はしないものだろう。いきなり「ラムズフェルドのことばを借りれば」と宣言している、その意味/意図がわからない。ひょっとして、インタビュアーにつっこまれて何を言うか考えている間の時間稼ぎに口走ったのだろうか。だとしたらヤキが回ったものだ。(イラク戦争直前、強引な法解釈についてツッコミ入れられたときのしどろもどろっぷりもかなりひどかったが。)
上記引用中にあるとおり、ストローのこの発言は、今週浮上した労働党の政治資金疑惑(<詳しいことは私も記事を読んでいないので知りません。興味がもてなくて)について、ラジオのインタビューで質問されたときのもの。「ラムズフェルドのことばを借りれば、ずいぶんと長いこと、これ(=献金問題)はunknown unknownだったのです。それがknown knownになったときに、初めて気付くわけです」というように答えた、というわけだ。
BBC記事によると、ストローはそれ以上は述べなかったらしい。
っていうか、何もラム爺を引用しなくても、単に「まったく知らなかった、青天の霹靂だ」とでも言えばいいじゃん。なぜそこでラムズフェルド……という具合に、あまりにツボにはまりすぎてしまったので、同じことを何度も書いてしまうよ。げらげら。
このBBC記事がすごいのは、このあとの部分である。
記事によると、まず、"unknown unknowns" というフレーズは、アメリカのビジネスや土木建築の分野では長く使われてきたものである。OEDの総合監修者であるJesse Sheidlowerさん(ご専門は米語)によると、記録に残っている最も古い用例は、1969年の土木建築産業でのもので、"unk-unk" という省略表現まで存在している。
BBC記事には "unk-unk" のOEDでのエントリのページのスクリーンショットが掲載されている。私はOEDには登録していないので参照できないのだけれども、下記に「1969年8月のFortune誌に実例あり」と記載されている。
http://www.doubletongued.org/index.php/dictionary/unk_unk/
BBC記事には、Sheidlowerさんの解説が掲載されているが、これもまたすごいことになっている。
"Known unknowns are things we know we don't know, but unknowns are things we don't know we don't know and while we can't predict them because they're unknown unknowns, we're aware they're out there.
"Doing a multi-billion-dollar project, there are things you don't even know you don't know."
何回か読み直さないとわからない(笑)。
つまり、「Known unknownsとは、こちらで把握していないということがわかっていること」で、これはわかる。例えば、かつて化学工場があった土地に、ある化学物質が残留していることはわかっているが、それがどのくらいの濃度であるか、人体に影響があるのかどうか、といったことをこれから調べなければならない、ということが該当するだろう。
そして、「unknownsとは、こちらで把握していないということも把握していないことで、そのunknownsがunknownであるためにそれについてまったく想定もできないが、それがあるということはわかっているもの」、ということになるのかな。もう笑いすぎて言語機能が変になってきた(笑)。つまり、おばけが出るらしいぞという場所に大槻教授を送り込むようなものだ。(←たぶん全然違う。)
そして、「巨額のプロジェクトをやっているときに、自分でわかっていないということにすら気付いていないことがあるものだ」と。
Sheidlowerさんの考えでは、ラム爺の例の発言は誤誘導しようとしてなされたものではなく、通常この表現が用いられる文脈から取り出して使っただけだ、という。
……いやあ、あの戦争は十二分に、a multi-billion-dollar projectだと思いますけれど。(^^;) 復興事業はすべてハリバートンで、とかね。(しかしその復興予算とやらが使途不明になったのはunknown unknownsだったのか、それともknown knownsだったのか。)
一方で、英リーズ大学の英語のレクチャラーであるFiona Douglasさんは、このフレーズが広く使われるようになってきていると述べている。
「これらのフレーズ(terms)は、一見するとトートロジーのように見えますが、用例をみると、"known knowns" や "unknown unknowns" は意味空間を獲得しているようです。これらのフレーズを使う人々は、自分の言語的な幅を広げるものだと受け取っているようです」
んー、しかしジャック・ストローのこれは "a useful addition to their linguistic repertoire" って感じじゃないと思うけど。逆に幅を狭くしているとすら見える。そう見えるのは、おそらくソーシャル・コンテクストのせい。
辞書編集者(lexicographer)のTony Thorneさん(←リンク先は「たぶん」)は、ストローの発言は、政治家が守りに回り、責任逃れをしようとしているときのものに感じられる、と断罪している。私も「そうだよねー」と思う。
"Linguists talk about the speaker's intent as opposed to the speaker's meaning. What they are really trying to say is 'we're not in control and we don't know what's going on and we're not going to be held responsible.'
"I'm surprised that Jack Straw would use that strategy because once Rumsfeld used it, it was discredited in many people's eyes."
言語学者は「話者の意図」と「話者の意味」を対置します。ストローが言おうとしているのは、「私たちはこの件については埒外にあり、何がどうなっているのかは知らず、したがって私たちには責任はない」、ということです。ジャック・ストローともあろう人がこの戦略を使うとは、驚きますね。なぜなら、ラムズフェルドが使ったというだけで、多くの人は、しょーもないものだと断定しているのですから。
# 以上、かなり意訳。あと、私には「speaker's meaningとliteral meaning」は多少はわかっていても、「speaker's intentとspeaker's meaning」がopposed to、というのが実はよくわからないので、その部分については意味を取り違えているかもしれません。
"because once Rumsfeld used it, it was discredited in many people's eyes" で、「深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む」な気分になったのは私だけでしょうか。もう笑いすぎて、涙でモニタの文字が滲んで読めません!
Thorneさんは、unknown unknownsといった言い方は「もったいぶっていて portentous」、「深い意味がありそう meaningful」な感じがするけれども、ビジネスや軍隊の世界では上手く作用するにせよ、政治で使うことにはリスクがもれなくついてくる、と語る。
"It's typical of politicians, they either use the short, brutal, unanswerable soundbite or the convoluted like a cantation, a magical mantra to bamboozle people. First you have to compute it. If you actually try to decipher it, it takes five minutes to work out."
政治家には典型的ですね、短くて、ものすごくストレートで、反論の余地のないサウンドバイト(ワンフレーズ)を使うか、cantationばりに複雑にした魅惑のマントラを使うかのいずれかで、人を煙に巻く。(そういう言い方をされると)まず計算しなければならない(からその場はとりあえずしのげる)。本気で読み解こうとしたら、5分はかかりますよ。
# 文中、cantationはリーダーズ英和辞典にも載ってないのだけど、たぶん、聖書の詩篇などを歌にすることを言う。
ということは、やっぱりストローは人を煙に巻こうとしてあえてラムズフェルドを持ち出してきたのかな。つまり、ラムズフェルドはストローマン、という可能性。誰だって、「なぜそこでラム爺?」と思うもん。でも、そうだとしたら末期的だ。
BBC記事は、"bottom line" という表現(「純益・純損」の意味。「帳簿の一番下」から)が取締役会から発生して一般に広がったように、"unknown unknowns" も広がるのではないか、と水を向けているが、Thorneさんは、皮肉の用途でならありうるかも、と回答している。なぜならば、それが必要とされるような「レキシコン・ギャップ」(新たな語やフレーズでないと言い表せない何かがある状態)はないのだから、と。
「言語」というものについて、何だかいろいろと示唆されたような気がする。「ラム爺のあれをストローが使った」という話からは想像もしていなかったことだ。……ひょっとして、これがunknown unknownsか?!(笑)
一方で、この記事のThorneさんの言い分には次のような反論(?)がある。
http://www.bbc.co.uk/blogs/magazinemonitor/2007/11/your_letters_312.shtml
Isn't Mr Thorne missing the point with respect to unknown unknowns? Just because he doesn't know of any 'lexicon gap' doesn't mean there isn't one, so this would be a known unknown. There could be unknown gaps that nobody has even thought of, which would be unknown unknowns.
Paul, Milton Keynes
こ、これは……
ポール……恐ろしい子!
∴ポールさんの肖像(推定)↓:
※ポールさんにとって、これはan unknown unknownだろう。
(すいませんすいません。)
※この記事は
2007年12月01日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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unknown unknownsは確かに文字で読むとさっぱりですが、耳で聞くと多少わかりやすかったりするような気がします。報道では落ちている部分(we know "that" we know)などが含まれているだけではなく、多少の間が空いていたり抑揚がついていたりするので、文章や意味の切れ目が把握しやすかったです。こういう事例を見ると、英語を話す際には大げさなくらいのアクセントでちょうどいいのかな、と改めて感じます。
わりとどうでもいいのですが、Reports that say thatの2つ目のthatは、僕には接続詞だとしか読めません。あえて拙い日本語にするならば「『何かが起きてない』と述べる報道は」というような意味でしょうか。「まだ起きていないこと」(something hasn't happenedを目的語として解釈する)でしたら、2つめのthatは不要に思うのですが、いかがでしょうか。英語はいつもフィーリングで読んでいるので、途方もない勘違いをしているのかもしれませんが。
ご指摘ありがとうございます。修正しました。
> Reports that say thatの2つ目のthatは、僕には接続詞だとしか読めません。
その通りです。タイポです。「〜という」が抜けていました。つまり:
×「まだ起きていないこと」
○「まだ起きていないということ」
最初に「まだ起きていないということをいう報道」として、ウザい日本語だなあと思って修正したときに、ウッカリしていたみたいです。いやはや面目ないです。あと、主語のsomethingも最初は訳出していなかったのですが、コメントを拝読して、やっぱ入れといたほうがよさそうに思えてきたのでそこも修正します。
いずれにせよ、さして根拠があるわけでもない話をするときに、「根拠があるわけではないのですが」と言わず、わかりづらい言い方をして自分の逃げ道は確保し、同時に他人を煙に巻く、というのは、ラム爺のこのことばで終わりにしてもらいたいですね。
おっしゃる通り、わかりにくい表現や逃げ道を確保する言い回しは早くやめてほしいですね。これ以上政治不信を拡大させてどうする、と思います。