英地下鉄のアナウンサー、ユーチューブでの「冗談」により解雇
11月27日16時46分配信 ロイター
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071127-00000683-reu-ent
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-29068320071127
→このテクストが実際に存在していたということを証明する目的で、魚拓
※追記@28日午後8時すぎ
今見てみたところ、Yahoo! トピックス掲載の記事(この上に並べて貼り付けたURLの1つ目のほう)は訂正されていました。(詳細はエントリ末尾に追記します。)
※追記ここまで
上記ロイター通信日本語記事では:
・エマ・クラークさんは「ロンドン地下鉄に勤続8年」で、「アナウンスを担当する職員」
・エマ・クラークさんは「米グーグル
ということになっているのだが、どちらもfalse (嘘)である。
まず、エマ・クラークさんは「ロンドン地下鉄の職員」ではなく、声優である。クラークさんがロンドン地下鉄で8年間仕事をしていることは事実だが、それは雇用契約ではなくフリーランスとしての契約だ。(よって「解雇された」というのも、事実とは違う。)
それから「ユーチューブ」だが……ええと、クラークさんが実際にYouTubeにアカウントを持っていたかどうかを確認したりしてもいいんだが、その前に、とりあえず、Emma ClarkeとYouTubeでニュース記事がないかどうかを確認してみた結果が下記画像@11月28日朝:

※つまり、「該当記事なし」です。
この日本語記事の「誤報」は、根本的には「誤訳」の問題であると考えられる(正確には「誤訳」以前の問題、といったほうがいいのだが)。
以前、日本の宗教について「ちょっとは聞いたことがある」という程度であろう英語圏の人が、ShintoとShinshuを同じものだと思い込んで何かを書いて、結果、かなりものすごいことになっていたのを見たことがあるのだが(おわかりだろうが、前者は「神道」、後者は「真宗」である)、このロイター記事もそれと同類だ。
「クラークさんは職員」という「誤訳」は、おそらく、英文記事で "London transport sacks announcer" とか "An official announcer for London's Underground railway system has been sacked" という記述のsackに、機械的に「解雇する」という「訳語」を当てたことが原因だろう。「解雇する」→「彼女は職員である」という推論。でもそれはまったく間違っている。
英語(not米語)のsackには「社員を解雇する」のほかに、「業務を委託している部外者との契約を切る」といった“意味”がある。最近ではイングランド代表のマクラーレン監督(当時)についても "The FA sacked Steve McClaren" という表現があったが、マクラーレンはFAの「職員」ではない。でもsackされるのである。
で、sackを「解雇する」という日本語にするまではまだありがちなことだとしても、その「訳語」を根拠として、勝手に(=どこにもその事実は書かれていないのに)、「解雇されるのだから職員である」と推論し、断定するのは、「翻訳」ではなく「創作」だ。
もうひとつの「誤訳」である「ユーチューブ」の件だが、これは私が直感で思ったとおりだとしたら、呆れて物も言えないような劣悪な「誤訳」であるのだが……。
別な例でいえば、"people in the Big Apple" というフレーズを、担当者は「ニューヨークにいる人々」ではなく、「大きなリンゴが好きな人々」と「翻訳」して納品し(inはin favour ofと同義である、というような知識がある場合にこういうことが起こりやすい)、翻訳チェックでも誰も気付かなかった、みたいな話だ。
って、先に行く前に、エマ・クラークさんがYouTubeに例の「パロディ・アナウンス」をポストしていないことを確認しておこう。次のURLを参照。
http://youtube.com/results?search_query=%22emma+clarke%22&search=Search
現時点で1人が彼女の「アナウンス」をポストしているが、この投稿はクラークさん本人によるものではない。(おもしろいと思った人が彼女自身のサイトで公開されている音声に画像を添えてポストしたのだろう。)
前に書いたように、問題の「パロディ・アナウンス」がアップされたのは、クラークさんの個人サイトである。YouTubeではない。
で、「私が直感で思ったとおりだとしたら」というのは、英文記事にある "Tube" を "YouTube" のことだと思い込んだのではないかということだ。
London Undergroundの愛称がTubeである、ということは高校生向けの英和辞典にも載っているくらいに一般に知られていることである。(私は大修館書店の『ジーニアス英和辞典』の第3版を参照している。)
逆に、YouTubeをTubeという略称で表すことがあるのかというと、まあこの広い世の中にはいろいろな呼び方が存在するであろうが、「一般的」と考えられる範囲で、YouTube = Tubeという略称があるとの説明は発見できない。
http://en.wikipedia.org/wiki/Youtube
http://dictionary.reference.com/search?q=tube
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=tube
http://www.urbandictionary.com/define.php?term=youtube
以上、2つのあまりに右斜め上な誤訳のために、ロイターの日本語記事はまるでデタラメなものになっている、ということを指摘しておきたい。
※事実がどうであるかについては、当ブログの過去記事参照。
http://nofrills.seesaa.net/article/69565660.html
なお、日本語記事末尾の:
同職員[原文ママ]は、これを「ただの冗談」と釈明。しかし、地下鉄を運営するロンドン交通局(TfL)は同職員[原文ママ]の解雇を決定したという。
との記述(TfLにはクラークさんの「冗談」が通じず、そのためにクラークさんはクビになった、との因果関係を示唆する記述)は、当ブログの過去記事で既に見たとおり、ロイター以外の報道(具体的にはBBCだが)にあるTfL当局者のコメントから判断するに「誤報」である。
TfLは「冗談」が通じずにクラークさんとの契約を切ったのではなく、クラークさんの「冗談」を報じたイヴニング・スタンダード紙の記事(11月24日付け)に掲載されていたクラークさんの発言(「私はロンドン地下鉄は利用しません。だってひどいから」と読まれても仕方のない記述)が「クライアントを侮辱する行為」にあたるとして、契約の打ち切りを判断したのだ。
だがこの点は、ロイターの日本語記事の元となったであろうロイターの英文記事の段階からちょっとおかしな話になっているので、この点については日本語版には責任はない。
日本語の習慣で、人名に肩書きをつける(「○○大臣」、「○○社長」、「○○選手」、「○○容疑者」、「○○被告」、「○○メンバー」←笑など)というのに引きずられている雰囲気もあるかもしれない。
ふとはてブを見てみたら、「ShintoとShinshuを同じものだと思い込んで何かを書いて」のところに反応があったので追記。
それは「論文」などの立派なものではなく、ネット上の記述だったのですが、Shinto, also known as Shinshu, is the largest religion in Japan and its originator was Shinran(神道は真宗とも呼ばれ、日本最大の宗教であり、親鸞が開祖である)とあって、参考の画像は神道のもので(宮島とか京都の春日大社のような有名なもの。観光ガイドブックにありそうな写真)、Shinshu temple(真宗のお寺)というキャプションつきでした。(以上、記憶に間違いがなければ。なお、宗教についての文章ではなく、風物を紹介する旅行記みたいなページの一部でした。)
コケました。
あ……っていうか、これ、そうですよね。
"Japanese flag flying behind a Shinto temple in Nagasaki"
http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Shinto_temple_Nagasaki.jpg
このお坊様(銅像)はどなた様でしょうか。弘法大師?(でも杖持ってない!) 誰かわかる人、頼む、wikipediaで修正してきてください。
そうそう、shrine(日本ではこれが「神社」と習う)とtemple(日本ではこれが「お寺」と習う)でconfusing/confusedなことになっている例もときどきあります。例えば:
http://www.jref.com/forum/archive/index.php/t-30133.html
つまり、「神社」について "Shinto temple" という表現は存在するらしく、そこで「神社」と「お寺」の区別は曖昧になる(日本人は神社へも行けばお寺にも行くし、なおさら)。
※追記@28日午後8時すぎ
今見てみたところ、Yahoo! トピックス掲載の記事(このエントリの最初のほうに並べて貼り付けたURLの1つ目)は訂正されていました。
訂正後の見出しは:
訂正:英地下鉄のアナウンサー、個人サイトでの「冗談」により契約解除へ
以下、本文についても訂正が為されています。今朝、このエントリをポストしたときにロイター・ジャパンさんのサイトの「お問い合わせ」のところから、この件についてメールで連絡しておいたのですが、ひょっとしたらそれを読んだうえでご対応いただけたのかもしれません。
※この記事は
2007年11月28日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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