kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年10月05日

CLの試合で観客がピッチに乱入、キーパーが負傷退場

3日、欧州チャンピオンズ・リーグ、セルティック対ACミランの試合(グラスゴウ、セルティック・パーク)で、試合中に観客がピッチに侵入し、ミランのキーパーのジダの顔をはたく(初期報道では「殴る」のニュアンスだったが)という事件が発生した。試合は2−1でセルティックが勝利した。

Celtic 2-1 AC Milan
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/europe/7019611.stm

こうなると当然UEFAが調査に乗り出すわけで、最初に聞いたときは「うへぇ、最悪の場合は出場権剥奪とかもありえるんじゃないの」と思ったのだが:

Celtic face probe into fan attack
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/europe/7027114.stm
The impact appeared minimal, but Dida collapsed to the ground and was taken off on a stretcher after initially chasing the culprit for a few steps.

というわけで、ジダは叩かれた直後にその侵入者を数歩追いかけたが、そのあとでグラウンドに倒れこみ、最終的には担架で運び出されるという、the Oscar goes to... な感じだったらしい。BBCによると。

っていうか映像を見たが、確かに、殴ってはいない。セルティックがゴールを決めたあと(起点は中村俊輔)、セルティックのプレイヤーがわーっと集まって大騒ぎをしているときに、プレイヤーが集まっているのとは反対側のゴール裏から観客がピッチに入って、わーと腕を広げてジダの前を通り、そのときに左手を軽くジダの首のところ(右顎の下)に入れて通り過ぎ(いわば「空手チョップ」の形で)、ジダはその後でうほーと駆け出して3歩行ったところで突然倒れている。この乱入者が刃物か何かを持っていたのならああいう倒れ方も納得できるが、そうではないのだそうだ。ある人は「観客席にスナイパーか(Must have been a sniper in the crowd.)」とか書いてて、うははは、いくらセルティックでも、冗談きつすぎます。(しかしグラスゴウのアクセントはほんとに聞き取れんね。あんまり聞き取れないから笑ってしまう。)

というわけで、セルティックの会長は、UEFAの調査を前に、「ああいうことをしたファンはまったく恥ずかしいと思うが、それにしてもジダは、演技過剰だ」と述べている。
Celtic chief accuses keeper Dida
http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/football/europe/7027538.stm
Celtic chairman Brian Quinn has accused Dida of play-acting while condemning the fan who confronted the AC Milan goalkeeper on the pitch in Glasgow.

...

And Quinn told BBC Sport: "I'm making no excuses for the behaviour and the fan behaved disgracefully.

"But the contact made with the goalkeeper was minimal. His antics have to be taken into account as well."

...

"All I saw were the TV pictures," said Quinn. "He took a couple of steps after the fan and then obviously made this decision that he should go to ground.

"Unless I missed something, he was carried off on a stretcher for what seemed to be the lightest tap you can imagine."

うにゃ。しかも試合終了間際(90分)でこういうことをする意味がわからない。>ジダ。

まあ、真相がどうであれ、ミランのサポさんが過剰反応しないことを祈る。まさかディフェンディング・チャンピオンがセルティックに負けるとは予想外だろうし、私が確認した映像でもミランが試合を支配していたとpunditが言っているし(聞き取れる範囲で)、何かちょっとしたことで過剰反応になりそうな気もしなくもない。

2006-07のCLで、マンU対ローマの試合(ローマ)でマンUサポ席に警察が乱入してファンを殴る蹴るの暴行、ファンも反撃ということが発生、マンチェスターでのお礼参りリターン・マッチでも試合開始前の場外が相当熱くなった。同じく2006-07のCLでは、スパーズのスペインでの試合でもちょっと騒動があった。

でもセルティックだからなあ・・・イングランドのチームなら即「フーリガン」で「怖い」と思うところだけれども、セルティックの場合は「フーリガンだから怖い」というのとはまた別な要素があって、次のグラスゴウ・ダービーが少しだけ心配(制裁の結果次第では何か無闇に殺伐としたムードになりかねない)。まあ、今さらこんなことで「緑対青」に何らかの変化があるとは思えないのだけれども。北アイルランド紛争もああいう形で決着しているし、80年代とは違って、ピッチで宗派対立を煽るプレイヤーもいないでしょうし。(誰とは言いませんが、青の方で、イングランド人のスタープレイヤーが、プロテスタントのシンボルである「フルート吹き」の動作をして緑を煽った、ということがある。)

と言いつつ、やっぱ書き足しておこう。北アイルランドで爆発物関連の罪状で起訴されている人(保釈中)が、警察への出頭を条件に北アイルランドを離れることができるようになったというニュースが2日にあった。しかもこの被告人、一緒に起訴されているほかの4人ともども、Real IRAのメンバーシップでも起訴されている。といっても現在23歳だから北アイルランド紛争が一番ひどかったときにはまだ子供でしかなく、RIRAがPIRAから分派したとき(1997-98年)もまだ13歳とかそんなもんでしかなく、背景はよくわからない。そもそもこの容疑が妥当なものなのかどうかも不明だし。なお、被告は爆発物関連の容疑を否認している。

また、第一に、こんなことをわざわざ報じているのはBBCとNews Letter程度である。



the Oscar goes to... ってのは、試合を見ている側がシミュレーションとかのときに使う冷笑のセリフで、「最優秀(主演)男優賞」の意味。私の周囲では2002年ワールドカップではリバウド、2006年のときはクリスチアーノ・ロナウドが受賞している。(マテラッツィは演技ではなくほんとに急所に入っていたとの評価。)個人的には2002年は元ガナのMy Little Ponyこと引退後はお蝶婦人化してしまった彼の、枠にガーンと行って弾き返されたあのシュートの記憶もいまだに生々しい、ウルグアイのあいつが主演男優賞。(この後、交通事故で足を切断して引退を余儀なくされたことは非常に気の毒に思う。)

タグ:Football Celtic

※この記事は

2007年10月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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