英国での「移民」をめぐる「歪曲された現実」についての熱い記事だ。
What about a welcome amid the warnings, chief constable?
Mary Riddell
Sunday September 23, 2007
http://observer.guardian.co.uk/comment/story/0,,2175091,00.html
冒頭、ケンブリッジシャーのWisbechという町で、「英国人」の若者10人が、ポーランドからの「移民」(ポーランドはEU加盟国である)を寄ってたかって暴行しているCCTVの映像についての描写があり(こういう行為がCCTVで録画されても平気な人、むしろそれを一種の「英雄的行為」とあがめる人たち――SOHOネイルボム事件の犯人をヒーローとして見るような人たち――に対しては、CCTVは「犯罪抑止効果」など持たない。最近のhappy slappingの流行とかからでもわかるように)、続いて、この「事件」の前なのかな、ケンブリッジシャーの警視総監が、「ナイフを持ち歩き、酒を飲んで運転し、互いに争ってばかりの欧州からの移民たちの取締りを強化していく」と述べていたことを説明する。
記事はその後、ケンブリッジシャーの警視総監の言説がいかに現実と乖離したものであるかを、「CCTVで撮影された暴行事件はレアケースだが」としながら、「東欧からの移民」についての「問題」――より正確を期すなら、「彼らを問題視するという問題」――について、記述していく。そして:
移住してくる人たちの中には少数、法律を犯す者がいる、ということに異論のある人は誰もいない。しかしながら、本当に悪いのは、週に6日間働かせてろくに給料も支払わないギャングの親分たちであり、3ベッドルームの家に労働者たちをぎゅうぎゅうに詰め込んで月に£1,200の家賃収入を得ている大家たちである。確かに、家賃相場が上がるのは地元の人にとっては迷惑な話だ。そうであるにしても、外部から来た者はその地域での物価の相場というものを知らないのだからという見解は疑問視すべきである。21世紀のイングランド東部は、ますます豊かになり事実上完全雇用が実現しているが、それは、ディケンズの時代(19世紀後半)のような暗い、スウェットショップ労働の中にいる人たちによって推進された好況なのである。
明日、チャンネル4でケン・ローチの新作映画、『It's a Free World』が放映される。書類を持たない(非合法)移民たちの搾取についての映画だ。ローチの言うことをそのまま鵜呑みにしないように。東部の海岸地方(Fens)に行けば、合法的な移民の人たちにいくらでも会える。教会の慈善活動で暮らし、文明国がそういう扱いをするとは恥だというような扱いを受けている移民たちが。距離をどんどん縮めつつある世界で、地理的障壁は、恐怖と偏見に取って代わられているのだ。
そして決定的に恥となるのは、有力な市民や政治家が、ずうずうしくも、犠牲になっているのは私たちなのだということを言っていることだ。英国人こそが、英国を貪るように搾取している連中の犠牲者なのだ、と。
英国が移民ポイント制度に移行している中、そして富裕国が貧困国を締め出しておくためにグローバライズされたアパルトヘイトともいうべきものを導入している中、このような歪められた現実には、高い代償が伴う。純粋に故国から脱出せざるを得ない難民が、かつてユグノーやユダヤ人を歓迎した国で庇護を求める(=難民申請をして受け入れられる)ことが、どんどん難しくなっているのである。EU加盟国の国籍を有する労働者を受け入れるひねくれた保護主義が、将来的見通しを暗いものにしているのだ――2050年までに、戦争や自然災害で、全世界の難民は10億にまで増大するかもしれない、というのに。
移民(の受け入れ)は、英国のこれまでの成功のうち、最も大きなものだった。しかしながら、何ら十分な理由もなく、玄関に置かれた「歓迎」のドアマットは、危険なまでに薄く擦り切れてしまっている。連中は何もせずただ社会福祉を吸い上げていくだけだという神話は、将来的に英国人となるかもしれない人たちが、税金を納めるだけでなく、定住するための試験を受けるだけで£34を支払い、市民権獲得の儀式で£80を支払う、ということだけでも否定される。
※記事の途中の部分だけなので、原文の抜粋を下のほうにつけてあります。
オブザーヴァー記事から抜粋し日本語化した部分の最後にある「定住するための試験」とは、レジデンシー獲得のための試験、当ブログでいう「英国検定」試験のことだ。詳細は過去記事をごらんいただきたい(あ、その前の記事も)が、受けるだけで£34(おおざっぱに円換算して、7000から8000円くらい)、試験前に購入するテキストブック(このテキストブックを暗記しているかどうかを問う試験なので、どんなにオタクでもこのテキストの購入は必須)が£10(同2000から2500円くらい)かかる。つまり、最低でも£44の出費。これに交通費などの実費もかかる。試験のために仕事を休めばその分も負担になる。
さらに、記事には書かれていないけれども、定住ヴィザの申請料金は£500(約12万円)、ILR (Indefinite Leave to Remain) が£750(約18万円)で、急ぐ場合はILRは£950(約22万円)かかる。このほか労働許可(ワーパミ)が£200、長期滞在ヴィザが£200、学生ヴィザが£99、などなど、今年の4月にものすごく大幅に引き上げられた。こういったこともまた、「保護主義」というか「アパルトヘイト」というか、そういう流れに位置付けられる。また、難民申請却下事例などもその流れに位置付けられるだろう。つまり「簡単には受け入れない」ということだ。そしてこの記事が指摘するとおり、英国の場合、その背景には約10年前から本格化した「EUの統合、域内の人の移動の自由」がある。
といっても、このオブザーヴァー記事が主に説明しているのは「東欧からの移民」のケースで(フランスやオランダなどからの移住者ではなく)、その「東欧」は今や多くの国がEU加盟国だ。つまり「EU域内」という前提/建前があっても、「外国」から入ってくるのは「移民(immigrants)」で、「入ってくることを制限するべき」という「物語」が作られつつある、というのがこの記事がレポートしているケンブリッジシャーでの事例の示すことである。
なお、英国において「反EU」というスタンスは、EUの東方拡大(2003年のニース条約以後)の前と後とでは、ほとんど別のものと扱ってよいと私は思う。東方拡大前は、それこそ、「また英国とフランスが対立しているのか」的な、古きよき「欧州の大国」どうしの話として見ていればよかった側面もかなりあったかもしれないが(特に通貨統合の件)、今はそういう話ではない(英国は通貨統合には加わっていないし、つい先日「度量衡統一問題」でもポンド・ヤード法の維持が確定したと報じられており、つまり英国は「英国らしさ」の点では譲らずに済んでいるのである)。
「もうEU加盟国というステータスは終わりにしては?」という意見は昔からあるが、かつては「経済」とか「独自の文化」の話だったものが、最近はあからさまに「移民」の話になっているのだ。
なお、「東欧」というか、「EU新加盟国」であるブルガリアとルーマニアについては、次のような記事も今日のオブザーヴァーに出ていた。
Home Office shuts the door on Bulgaria and Romania
http://observer.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,2175200,00.html
外務省は「ブルガリアとルーマニアからの人の受け入れを」と主張し、内務省は「ブルガリアとルーマニアからの人の受け入れの制限を」と主張しているのだそうだ。国益うんぬんはどちらも前提中の前提にしているが、それでもこういう対立が生じる。内務省というのは元々「右翼的」と呼べるスタンスではあるが、最近省庁再編でjusticeの部門(刑務所などを管轄する)が別個になって、内務省はイミグレとテロ対策に専念することになり、ますますその「右」な色合いを強めてきているように私には思える。といっても、「思える」の段階で、まだ十分に「事実」を把握してはいないのだが(そして、これはそんなに簡単に「事実」が把握できる話でもないのだが)。
以上、過日、当方のエントリにトラックバックを送ってくださったウェブログ、「多文化・多民族・多国籍社会で『人として』」さんの9月5日エントリでリンクが掲載されている日本国の政府インターネットテレビから、2007/08/2908:35の「安倍内閣閣僚記者会見『鳩山邦夫大臣』」も併せてどうぞ。(そこらへんのおっさんじゃあるまいし、「国」の定義も雑なままでこういう話が公式の場でできてしまう人が、結果的には驚くほど短期間であったのかもしれないが、「法務大臣」になったという現実の薄ら寒さたるや。)
※オブザーヴァー記事原文の抜粋:
No one doubts that a few incomers break the law. But the real villains are the gang masters paying slave wages for six-day weeks and the landlords getting £1,200 a month for a three-bedroomed house by stacking workers in every room. Obviously, high rents are bad news for local people. Even so, mistrust the view that outsiders don't understand the price being paid by local communities. The East of England, increasingly affluent and with virtually full employment, has been propelled into the 21st century by people existing in a Dickensian shadowland of sweatshop labour.
Tomorrow, Channel 4 will screen Ken Loach's film, It's a Free World ..., about the exploitation of immigrants without papers. Don't take his word for it. Go to the Fens and you will meet legal visitors existing on church charity and treated in ways that shame a civilised country. In a world of shrinking distances, the barriers of geography have been replaced by those of fear and bias.
As a final insult, leading citizens and politicians have the gall to suggest we are somehow the victims of those so shamelessly exploited in our land. Such warped reality bears a high price as Britain moves towards an immigration points system and the rich world imposes a form of globalised apartheid to keep the poor world out. It is getting harder all the time for genuine refugees to claim asylum in a country that welcomed in the Huguenots and the Jews. The sour protectionism that greets EU workers bodes ominously for a future in which wars and natural disasters may swell the world's refugees to a billion by 2050.
Immigration has been one of Britain's great triumphs. But, for no good reason, the welcome mat wears dangerously thin. The myth of the feckless welfare sponger is countered by the stream of would-be Britons paying, on top of their taxes, £34 a go to sit (or resit) their settlement exam and £80 for a citizenship ceremony.
■追記:
英国での難民申請却下事例について考えるには、このエントリで言及したオブザーヴァー記事に書かれているようなことを知っておく必要がある。日本人もEU外だから基本的にはアパルトヘイトの柵の外側に置かれているのだけれども(これは80年代の昔から……女性の一人旅は「こっちで男をつかまえて結婚して居つくつもりだろう」と見られ、男性の一人旅は「こっちでスシ職人にでもなるつもりだろう」と見られ、etc etc)、「日本人」への扱いは、相対的に見て、そんなに厳しいものではない。(ただし「怪しい日本人」への扱いは話が別だが。)
※この記事は
2007年09月23日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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早めに受ければ、だめだったときに再挑戦できるかな、と思いまして(トライアルもあるらしいのですが、そんなにしょっちゅう仕事も休めませんし)。
>試験のために仕事を休めば
そうなんですよねえ。「社会に貢献しろ」とかいいながら、仕事を休まないと受験機会がない、というのは、もはやパイソン的パラドックスで笑うしかないですが。
幸いにもうちの上司は理解してくれてます。
よく「そんなら鎖国しろよ!」ときつい冗談を吐いてしまいます。相方によれば、大昔(ローマ時代)から人の流れのダイナミズムで成り立ってる国が、国を閉ざしてうまくいくはずがない、と真剣に返してくれますが。
おお、ご予約されましたか。Fingers crossed!! です。「テキストを予習していけば大丈夫」という話を複数の筋から聞いています。
> 「社会に貢献しろ」とかいいながら、仕事を休まないと受験機会がない、というのは、もはやパイソン的パラドックスで笑うしかないですが。
まさに。(脳内で、哀願するエリック・アイドルと冷たく跳ね返すテリー・ジョーンズが会話を始めました。。。)
> 大昔(ローマ時代)から人の流れのダイナミズムで成り立ってる国が、国を閉ざしてうまくいくはずがない
そうなんですよね。それがBritishnessだと思う。しかもそのダイナミズムがかなりの程度まで可視的なところが。
オブザーヴァーの記事にはユグノーとジューイッシュという大きな2つの「移民」のことが書かれていますが、もっと新しい時代でも例えばイタリアの革命家たちとか(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティのお父さんがそう)。政治家でも2代前は移民というか亡命者という人も少なくないし(政界引退しちゃったけどマイケル・ポーティロがスペインの共和派の亡命者の息子だったり)、第一王室が半分はドイツですし。
私が思うに、ルーマニアとブルガリアはストローマンではないかと。一番目立つから「彼らを制限する」という口実にされやすい。法治国家ですからそう無茶苦茶なことはしないとしても(いや、ブレア政権下でブランケットとかクラークの青写真で相当無茶苦茶なことになっていますが)、法律ってのは運用だから……。第一、ポイント制っていうのはオーストラリアでかの白豪主義を撤廃し、もっとオープンな形式と制度をということで着想されたもののはずですが、それが英国やカナダなど他国に導入されるときはなぜか、白豪主義的な「英語テスト」を伴うというパラドックス。