kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年09月23日

White noise in a white room

GAのAJのインタビューで、私が以前日本語化したGAの文章(下記に抜粋)がGAの新著に収録されているのだなあと思って寝て起きたら、頭の中でGang of FourのEtherがぐるぐるしていた。
服を脱がされ,頭に黒い袋をかぶせられた者もいる。袋は光を完全に遮るもので,頭から肩までこれをかぶせられるのだ。壁に向かって四肢を広げて立つと,脚を下から蹴られる。睾丸や腎臓を警棒や拳で殴られ,股間を蹴られる。ベンチに寝かせられ,身体の下にラジエータや電気ヒーターが置かれる。腕がねじ曲げられ,指がねじ曲げられ,肋骨をしたたかに殴られ,肛門に物を突っ込まれ,マッチで火をつけられ,ロシアン・ルーレットをやらされる。ヘリコプターに乗せられ宙吊りにされた者もいた。中空高く飛んでいると思っているが,実は地上5〜6フィートでしかなかった。彼らは常に袋をかぶせられ,手錠をかけられ,途切れることのない高音のノイズを聞かせられていた。

のちにこれはextra-sensory deprivation(extra感覚遮断)であると説明されることになる。これが何日も続くのだ。この過程において,何人かが裸の写真を撮影された。

……

私は何度か逮捕されたことがある。逮捕の都度,RUCかあるいは英軍の人間たちによる尋問を受けた。最初は1972年,パレス・バラックスにおいてだった。兵舎様の木造の小屋の正方形の小部屋に入れられ,私は穴の空いた板壁に向かわせられた。それをやられると,映像や形や影が(幻覚として)見えるようになってくる。他にも正方形の小部屋はあり,拘留者が入れられていた。彼らも私と同じ扱いを受けているだろうと推測した。後頭部や耳,腰のくびれや股間を殴られているだろうと。数日にわたって,私はこの部屋から尋問室へと往復させられていたのだ。

私を拘留した者たちは,部屋と尋問室を往復する間に,私が誰も見ないよう,また誰も私を見ないよう,非常に念入りに確認していた。私は文字通り,壁にぶつけられ,出入り口に押しこまれた。一度,指紋を押捺するように言われたとき,私の手は無理やりテーブルの上に広げさせられた。奇声を上げ,何かを叫び,明らかに錯乱した,血の染みのついたエプロンをつけた男が,手斧を手にして私のところに来た。

別のときには,私を拘留した者たちは,彼らが自白剤(truth drug)と読んでいたものを投与しようとした。

逆上した男が叫び声を上げながら部屋に入ってきたこともある。その男は銃を取り出し,他の者たちに押さえられつつも,私を撃とうとするかのような仕草をした。

こういったことが起き,その合間に,私は壁に向かって四肢を開いて立たされ,腎臓の辺りや股間や背中,脚の裏側をしたたかに殴られた。殴打はシステマティックで極めて冷静なものだった。怒りは込められていなかった。


APが、先日のBlackwater USAの銃乱射事件は、まったく一方的なものだったことを伝えている。

Iraq: Blackwater Fired Unprovoked
Saturday September 22, 2007 10:01 PM
By ROBERT H. REID
Associated Press Writer
http://www.guardian.co.uk/worldlatest/story/0,,-6941512,00.html

2003年、ファルージャの小学校で抗議デモがあったときに米軍がデモの参加者13人を射殺した事件は、北アイルランドでは「ブラッディ・サンデー事件と同じだ」と受け止められていた(当時、ナショナリストのニュースサイトで見た)。それから何年かたって、また同じことだ。北アイルランドの「紛争 the Troubles」は、「終わる」までに38年を要した。

Gang of FourのEther:
Trapped in heaven life style (locked in Long Kesh)
New looking out for pleasure (H-block torture)
It's at the end of the rainbow (White noise in)
The happy ever after (a white room)

Dirt behind the daydream
Dirt behind the daydream
The happy ever after
Is at the end of the rainbow

Dig at the root of the problem (Fly the flag on foreign soil)
It breaks your new dreams daily (H-block Long Kesh)
Fathers contradictions (Censor six counties news)
And breaks your new dreams daily (each day more deaths)

Dirt behind the daydream
Dirt behind the daydream
The happy ever after
Is at the end of the rainbow

White noise in a white room
White noise in a white room
White noise in a white room
White noise in a white room

...

http://www.sing365.com/music/lyric.nsf/Ether-lyrics-Gang-of-Four/E1116F7D31C701E948256A9B0020A2BC


この曲は、私のfinetuneのプレイリストに入れてあるので、運がよければわりと早く聞けると思う(このプレイリストは全部で80曲くらいだが:曲目一覧)。


2006年のライヴ(ステージ袖からのショットだからスタッフのショットかな)の映像がYouTubeにあるが、残念なことに音質はよくない。
http://youtube.com/watch?v=Jhugqj-Zpqk


で、finetuneを自分で聞いてみたら、Killing Joke "War Dance" → GoF "Ether" → The Clash "I'm so bored w/ the USA" → Dead Kennedys "Holiday In Cambodia" → Sex Pistols "No Feelings" と、狙ったかのような順番でプレイされて、ちょっとすっきりした。

※この記事は

2007年09月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 11:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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