kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年09月10日

日本における裁判報道を読むには、独特の読解力が必要とされる(のかもしれない)

現在進行中のとある裁判で、都内の、いかにも「通勤通学用の路線」といった感じの私鉄路線で、とんでもないことが行なわれようとしていたかもしれない、という点をめぐって、立証されるべき「事実」が次のように提示されたようだ――ある男(被告)が爆薬を持っていた。「男は持っていた爆薬を本当に使うつもりだった」というのが事実なのか、「爆薬は、使うつもりはなかったが、持っていた」と言うのが事実なのか。「本当に使うつもりだった」場合、どこでどのように使うつもりだったのか。

この事件&裁判自体、いつぞやUKであった「BNP元メンバーのテロ計画」裁判(陪審が結論に達せず)によく似ているように思われるのだが、それはここでは措いておくとして、Yahoo!トピックスに出ている各紙報道などを見てみよう。

■読売新聞:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000405-yom-soci
「西武新宿線爆破計画」検察側の主張、寺沢被告が否認
9月10日14時7分配信 読売新聞

 薬局などで購入した化学薬品を調合して爆発物を製造したなどとして、爆発物取締罰則違反の罪に問われた東京都東久留米市、無職寺沢善博被告(38)の初公判が10日、東京地裁であった。

 寺沢被告は「(爆発物を)持っていたのは事実だが、人の身体や財産を害するつもりはなかった」と述べ、殺傷目的について起訴事実を否認した。

 一方、検察側は冒頭陳述で、「三つのアルバイト先を解雇された寺沢被告が、仕事がある人をねたみ、通勤ラッシュ時に西武新宿線の急行などの電車内で爆弾を爆発させて、多くの人を殺傷しようと考えていた」などと主張した。

……後略

# 略した部分には被告が所持していた爆発物の種類と、被告がその爆発物を作ったきっかけが「ロンドンでの自爆テロについての記事」であったと検察側が述べた(指摘した)ということが書かれている。

最終更新:9月10日14時7分


この読売の記事に示されている「事実」(<法律用語の「事実」と一般用語の「事実」を区別して書こうとしたのですが、私ではそれは難しいのでちょっと曖昧かも)は:
- 「被告は、爆発物を持っていた」、
- 「被告は、薬局などで購入した化学薬品を調合して爆発物を製造した」、
- 「被告は、爆発物取締罰則違反の罪に問われている」、
- 「被告は、殺傷目的について起訴事実を否認している」(「爆薬は、人に対して使うつもりはなかったが、持っていた」または「爆薬は、持っていたが、人に対して使うつもりはなかった」)、
- 「検察側は、被告は妬みから通勤電車で爆薬を使おうとしていた、と主張した」

この中で「すでに立証された事実」としてある程度雑に扱っても問題がないのは、「被告人が爆発物を持っていたこと」だけだ。それを持っていたことは、被告人本人も「(爆発物を)持っていたのは事実だが」という言葉で認めているからだ。

ただし、ここで気をつけなければならないのは、この人がどうやってそれを所持するに至ったのかさえ、「すでに立証された事実」として明確には提示されていないということだ。記事の1行目に「被告は、薬局などで購入した化学薬品を調合して爆発物を製造した」と書かれているが、それは起訴状(公訴状)に書かれた「起訴事実(公訴事実)」の文言もしくは内容だと考えるのが妥当だ。被告人が法廷で「いや、取調べでは薬局で買ったものを調合したと供述していたのですが、実は人から譲り受けたのです」というようにまったく別のことを言ったとは書いていないが、言っていないとも書かれていないし、「薬局などで購入した云々」について被告人がどう述べたのかも書かれていない。そういうのが現れないのが、裁判についての新聞報道というものだ(少なくとも日本では多くの場合)。

2番目の「爆発物取締罰則違反の罪に問われていること」は、「問われている」まで含めれば「事実」としてある程度は雑に扱っても問題はなかろうが、「〜の罪に問われている」イコール「〜の罪で有罪だ」というほどまでに雑に扱ってはならないので、ある程度の慎重さが要求される。*

上の箇条書きの一番下の2つは、いずれも、「事実かそうでないかがまだまるでわかっていない」ことであり、どちらも「事実」として扱うべきではない。

つまり、被告が爆発物を所持していたのは、「人に対して使うつもりだった」のか、「人に対して使うつもりはなかった」のかは、これから立証されるべきことである。(「物に対して使うつもりだった/なかった」という話も、取り調べの段階では出ていたのだろうが、それがこの記事に出ていないということは、その線は消えた、ということだろうか。)

「立証」される前の段階では、「〜つもりだった」も「〜つもりはなかった」も、どちらも対等に扱われるべきだろう。

しかし、この記事においては、検察側の主張、つまり「人に対して使うつもりだった」というのが「事実」だという「主張」には、ディテールたっぷりで一種の物語性があり(読んでいて納得しやすく)、一方の被告側の主張、つまり「使うつもりはなかった」というのが「事実」だという主張には、一切のディテールがない。

で、この記事を読んだときに私は、「そんなもん持ってて、(人に対して)使うつもりはなかったって、そんなバカな」という反応をしたくなる。

自分がどうしてそういう反応をしたくなったのか、少し詳しくみてみたい。まず、検察側の主張はディテールが詳しく、物語性(<首尾一貫性、というべきか)があり、説得力がある、ように見える。「なるほど、そういう人なのか。ならそういうことならありそうだな」というように見える。それがどんなにとんでもない「物語」でも、「世の中広いから、こういうとんでもない人もいるよね」というわけのわからない一般論で納得してしまう。

そして何よりも、「あんな殺人的に混雑した東京の通勤路線の車両内でって、マジですか」と仰天しているのだ。仰天してしまうから、記事を読んだ結果、「西武線で『自爆テロ』をしようとして爆薬を作った男がいた」ということしか頭に残らない。

それ以外のことを頭に残しておくのは難しいのだ。

それ以外のことを頭に残しておくには、努力が必要なのだ。

そして私は、新聞記事なんか努力して読んだりしないのだ、あんまり。

ところで、読売新聞の報道の内容(検察側の主張)についての(法律用語ではなく一般語としての)「事実」の確認だが、問題の爆発物、つまり「TATP」(トリアセトン・トリパーオキサイド)が「ロンドンでの自爆テロに使われた」というのは「事実」である。また、この「ロンドンでの自爆テロ」は2005年7月7日の、リーズ近郊の子たちの起こした事件である。さらに、2006年8月に「警察が摘発した航空機爆破計画」で「犯人たちが使おうとしていた」とされた爆発物も、TATPである。
http://en.wikipedia.org/wiki/Acetone_peroxide
※一番下のExternal LinksにTimesの記事とかがリンクされているので、Wikipediaでは確認が不十分だという人はそれらを参照。(英語版のウィキペディアはこういうふうに使います。日本語版はソースが明示されていないものがあまりに多いから「使えない」のだが、日本の新聞のウェブ版のURLはすぐに無効になっちゃうからね。。。)

だから、この被告人が元々化学に関心の高い人で(じゃないと作れないと思う)、2005年7月7日のロンドンでの事件の報道記事を見て、そこからさらに調べて、こういう物騒なものを作ってしまった、というのは、私はありそうな話だと思う。だが「ありそうな likely」ということは、それが「事実」であるということはまったく意味しない。「事実」であるためには、まだ必要なものがある。

それと、読売新聞のこの記事では、「2005.07.07の事件で使われた爆発物」として被告人がTATPのことを知ったのかどうか(あるいはそういうものとして認識していたのかどうか)、それについて被告人が何かを述べた、ということは書かれていない。被告人が「『(爆発物を)持っていたのは事実だが、人の身体や財産を害するつもりはなかった』と述べ」たことは書かれているし、「殺傷目的について起訴事実を否認した」ことは書かれているけれども、ではその「爆発物」をどうやって入手したのかについての検察側の主張(検察が述べたこと)――つまり、被告人が「薬局などで購入した化学薬品を調合」したということ――について、「間違いありません」と言っているのか、それとも違うのか、そういうことがまったく書かれていないのだ。

書かれていないから何も判断はできない。「いや、実はあれは人からもらったんです」という話になってはいないという証拠は、新聞記事の読者は、何も与えられていない。

新聞記事ってそういうものだと私は思っている。

では別の新聞。

■毎日新聞:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000044-mai-soci
<爆発物>「持っていただけ」初公判で38歳被告
9月10日13時4分配信 毎日新聞

 国際テロにも使われる爆発物「TATP」を自宅で製造・所持したとして、爆発物取締罰則違反に問われた東京都東久留米市の無職、寺沢善博被告(38)は10日、東京地裁の初公判で「持っていただけ」と、人に危害を加えるつもりはなかったと主張。これに対し、検察側は「電車内で爆発させようと考えていた」と指摘した。

最終更新:9月10日13時4分

※あまりに短いので全文を引用するほかなかない。

一見して、読売のトーンとはずいぶん違うなあという印象だが、それについては言葉を尽くす必要はないだろう。一目瞭然だ。行数が全然少ない。

目立つ問題点としては、まず最初の「国際テロにも使われる爆発物『TATP』」の「国際テロ」が未定義である。TATPが「国際テロ」に使われたことがあったのかどうか? それは例えばどのような事件のことか?

と考えてくると、例えば2005.07.07で使われたのは事実だが、あれは英国人が英国内で起こした事件であり、「国際」と呼べる事件なのかどうか。確かに背景は「国際」だったが、それを言い出したら、バックグラウンドにはアイルランド共和国やら米国やらリビアやらが様々な形で存在していたIRAの「爆弾テロ」も「国際テロ」、ということになり、定義をめぐるゲームの始まり、ということになってしまう。

新聞記事で字数が少なくて厳しいことは十分に理解しているつもりだが、用語には慎重を期していただきたいと強く思う。(まあ、単に「海外の」を「国際」と表しているだけじゃないかとも思うのだが。)

で、毎日新聞のこの記事は、あまりに短すぎて、情報がなさ過ぎる。ただ、
検察側は「電車内で爆発させようと考えていた」と指摘した。

という記述からは、読売の記事の見出しになっていた「西武新宿線爆破計画」(<新聞社がつけた見出しだろう)とか、「三つのアルバイト先を解雇された寺沢被告が、仕事がある人をねたみ、通勤ラッシュ時に西武新宿線の急行などの電車内で爆弾を爆発させて、多くの人を殺傷しようと考えていた」(<検察側の主張のまとめ)といった記述から受けたショックは受けない。

あと、あえて言うなら「持っていただけ」という記述は、「あんなものを『持っていただけ』だなんて、そんなバカな」という反応を引き起こすかもしれない、ということか。

では次の新聞……これが本日のメインディッシュ、「今そこにあるデイリー・メイル」、っていうか「日本のメイル」そのもの!

■産経新聞:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070910-00000918-san-soci
# 引用文中、見出しを除き、太字は引用者による。
西武線で爆弾テロ狙う ダイナマイト並みの爆薬原料も保有
9月10日12時18分配信 産経新聞

 インターネット通販などで購入した薬品で爆発物を製造、所持したとして、爆発物取締罰則違反容疑で警視庁公安部に逮捕、起訴された男が「職のある人を狙い、西武新宿線の電車内で爆弾テロを起こそうと思った」と供述していたことが、分かった。10日午前、東京地裁で開かれた初公判で検察側が冒頭陳述で明らかにした。男は、1995年の米オクラホマシティーの連邦ビル爆破テロ事件で使われ、ダイナマイト並みの破壊力がある「ANFO爆薬」の原料を保有していたことも新たに判明した。

 男は東京都東久留米市柳窪、元会社員、寺沢善博被告(38)。今年4〜5月にかけ、ネット通販や薬局で購入した化学剤アセトン500ミリリットルなどを使い、爆発物「TATP」(トリアセトントリパーオキサイド)約100グラムを製造、所持していた。TATPは海外で自爆テロなどに使われている。

 公安部の調べに、寺沢被告は「電車内で自爆テロを起こすため、ネットで製造方法を学び、爆発物を作った」と供述。都内の国立大を卒業後、専攻した暗号学を生かそうとして通信会社に就職したが、人間関係が合わずに退職。スーパーや登録した人材派遣会社の紹介で職を転々としたが、長続きせず、社会に不満を抱き始めた。

 寺沢被告は「朝の通勤ラッシュ時、自宅の最寄り駅の西武新宿線鷺ノ宮駅から高田馬場駅の間で爆発させ、職のある人を巻き添えにしようと思った」とも供述した

最終更新:9月10日13時55分

※これも短い記事で、当エントリの主旨から、全文を引用せざるを得ない。

まず、冒頭の「インターネット通販などで購入した薬品で」の部分が、先に見た読売新聞の記事の「薬局などで」と一致していない。まあ、被告が爆発物を自作したというのが事実であると仮定して話を進めると、被告はネット通販も薬局も利用したのだろうし(産経記事中ほどにそうある)、というだけの話だが、「インターネット通販」というものには「何だかわけのわからないものが売買されている」というイメージがべったりと貼り付いているなあ、とか思ったりもする。そのべったりと貼り付いた「イメージ」の利用というものは、私はけっこう警戒していていいと思う。

それよりむしろ、全文を通して太字にした部分に注目すべきだろう。つまり「被告が〜と供述した」で構成されているということ。そしてそれは、検察側の冒頭陳述の内容であること。

すなわち、ここに書かれているのは、検察側の主張だけである、ということ。

これは当たり前のこと、いちいち指摘するまでもないことだ。産経新聞のこの記事を書いた人は、「こう書いておけば、これを読んだ人は『これは検察側の主張であって、事実だと立証されたことではない』と考えるだろう」と想定していたのかもしれないが、個人的には、そういう書き方は読者を信頼しすぎだと思う。

ところで、英語の記事であれば、形式がまったく違うから、「これは検察の説明なのだ」ということがはっきりとわかる。例えば(検察官がMr Ichiro Suzukiであるとして):
Procecutor Ichiro Suzuki said that Mr Terasawa bought the chemicals over the internet to make a pipe bomb, with intention to use it on a morning train in Tokyo.
スズキイチロウ検察官は述べた/寺沢被告は東京の朝の電車で使うつもりでパイプ爆弾を作るためにネット通販で薬品を購入した

という形式で表されるため、読む側が「ここは検察側の主張だな」ということがはっきりとわかる。だから検察側が言っていることがどれほどショッキングであろうとも、心理的にワンクッション置いてから読むことができる。(むろん「ショッキングであること」を目的とするライティングもあるので、すべてのケースでこうというわけではない。)

しかし日本語では、どうしても、
寺沢被告は東京の朝の電車で使うつもりでパイプ爆弾を作るためにネット通販で薬品を購入した 【従属節】

の部分と、
検察官は述べた 【主節】


の部分がバラバラになってしまうか、従属節の内容だけが頭に残ってしまうということになりがちだ。

しかも、
公安部の調べに、寺沢被告は「電車内で自爆テロを起こすため、ネットで製造方法を学び、爆発物を作った」と供述。

のように、形式的には直接話法でカギカッコで示されてインパクトのある部分が、実は、
公安部は、「寺沢被告は『電車内で自爆テロを起こすため、ネットで製造方法を学び、爆発物を作った』と供述した」と述べている。

というように、二重カギカッコで表されてもいい部分だったりする。

そしてこういうことは、産経新聞のこの記事だけに見られるわけではないし、産経新聞だけということでもない。私は新聞記事はそう熱心に読まないが、朝日でも読売でも毎日でも、「事件の初公判」の報道はだいたいこんな調子だし、テレビのニュースでもだいたいこんな感じだ。

さて、産経新聞のこの記事がさらにたちが悪いのは、「初公判の法廷で、被告人は何を認め、何を認めていないか」がまったく示されておらず、ほぼ全文が「検察側の主張」で構成されていることだ。

というか、この記事で「検察側の主張」でない(と考えられる)のは、
男は、1995年の米オクラホマシティーの連邦ビル爆破テロ事件で使われ、ダイナマイト並みの破壊力がある「ANFO爆薬」の原料を保有していたことも新たに判明した。

の太字部分、つまり「ANFO爆薬」についての説明の部分だけだろう。(これだって、検察側が述べたことかもしれない。明示されていないからわからない。)

で、この「ANFO爆薬」についての説明も非常に危険というか、この爆薬はそりゃ確かにテロリストも使うが(ティモシー・マクベイを参照するまでもない、私にはPIRAやRIRAなど、IRAを名乗るあの人たちの事例で十分、ちなみにETAとかFARCとかもご愛用、こういう人たちに使われる場合のこの爆薬の呼称は「肥料爆弾」だ:一応のソース)、この爆薬自体は「テロリスト専用」じゃないんじゃないのと思ってウィキペディア:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%9B%E7%88%86%E8%96%AC
日本で製造が始まったのは1964年である。ダイナマイトより安全 (発生ガスの量に比して発生熱量が少ない) かつ安価なので砕石などの坑外発破に急速に使用を広げた。


ついでにグロセキュさん:
http://www.globalsecurity.org/military/systems/munitions/explosives-anfo.htm

またこの爆薬の原料は基本的には肥料と燃料であり、被告がそれら「原料」を所持していたことと「爆発物」を関連付けることは、すぐにはできない(被告は農業とは無縁で、肥料など持っていても爆薬製造のほかに用途はない、などを事実として示してからだ)。(まあ、そう書きながら、、私も「たぶんマニアの人なんだろうなあ」くらいには思っていますが。しかし、法廷ではそんなユルいことではいけない。)

ちなみに、「ANFO爆薬」を作る過程は小説でも出てきたりする。これがスリリングに描かれた英国の小説に日本で文庫化されているものもある。いつもみたいにamazonにリンクして書籍紹介をしたいのだが(すいすい読める小説ですが、ディテール重視でストーリーはイマイチかも)、こういうコンテクストで紹介するような本ではないからやめておく。ストーリーは、「IRAから足を洗って平和に暮らしている元爆弾製造担当者が、正体不明の別なグループに拉致されて脅迫されて、ロンドン某所で大量の爆薬を作らされる」というのが大筋。作る過程については、すごく大変そうだなあと思いました。

あと、ほかにも産経新聞の報じているディテールで「んー?」と思うところもあるのですがこのへんで。

というか、一番のツッコミどころは、産経だけではないが、この被告人のやろうとしていたことが検察の言うとおりだったとして、それは「テロ」なのか、ということだ。

つまり、「テロ」は「政治的主義主張のための暴力」を言うはずだが、彼の行動は政治的主義主張によるものなのか。

「社会への逆恨み」での「度を越した暴力」は、どれほど「度を越した」ものであろうとも、「テロ」ではないだろう。

行動形式というか行動様式だけで「自爆テロ」などという四字熟語を用いたとしたら、軽率にもほどがあろう。

というか、この被告人のやろうとしていたことが「自爆テロ」ならば、1995年3月の東京の地下鉄でのあの事件はなぜ「地下鉄サリン事件」であって「地下鉄サリンテロ」ではないのか。1995年当時は「テロ」は「海外」で起きるものだったから、だろうか。(<皮肉)

とにかく、検察が法廷で述べた未検証のディテールをそのまま信じることがいかに危なっかしいか、裁判員制度ってのが始まろうとしているこのときだからこそ肝に銘じたい。(←新聞のコラムの文体か。)



*:
今、英国で、5月にポルトガルで行方不明になった女の子の両親がポルトガル警察に容疑者として断定されたというニュースが盛り上がっているが、警察が「容疑者」として扱っただけで彼らが「犯人」だということにはならない、ということを示す報道として好例であるので(やや「国際問題」化している面もあるので少しややこしいが)、こういうことにご興味がおありの方はBBCなどで記事をごらんになるとよいかもしれない。少なくとも、両親の説明では「娘がいなくなってから借りたレンタカーから娘の血痕が発見されたと断定された」など、矛盾した「証拠」で「容疑者」として断定されたとのこと。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6983604.stm
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/6985454.stm

なお、この事件についての日本語の報道で十分な情報量のあるものはほとんどない。



「逮捕され起訴された」とか「初公判が開かれた」だけの段階で報道されることがいかに「事実」とかけ離れたものになりうるのか、この点については、陪審制だから法廷侮辱罪があって逮捕後は報道規制がかかる英国の事例ですが、「2003年1月に北ロンドンのフラットでリシンが発見された」事件について、ご参照ください。最新の記事は下記。ここから過去記事へのリンクがあります。
http://nofrills.seesaa.net/article/54658341.html


※この記事は

2007年09月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 21:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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