なお、以下はイミグレ法関連の用語の点においては100パーセントの正確性は保証できません。あやふやなところは単語だけ英語だったりしますが、正確性を求める方はこんな個人のブログではなく専門家の本や論文に当たってください。
【目次】
■現状どうなってるのか:
■英国での報道はどうなのか:
■ペガーさんの件での「問題」は何か:
■ペガーさん強制送還問題の要点:
■ペガーさん強制送還問題の経緯:
■ペガーさんの難民申請が認められなかった理由は何か:
以下は次のエントリに。
■英国内務省の判断の根拠となる文書にはどう書かれているか:
■英国内務省の「イランでは同性愛者への迫害はない」との判断の根拠は何か:
■正直、イランはどうなのか:
■「死刑」と英国:
■補足:
■現状どうなってるのか:
8月28日21時35分発のBA6633便(ロンドン発テヘラン行き)で強制退去の予定(BA6633便については検索ですぐにわかります)。イタリアが身柄受け入れを表明しているが、27日は英国がバンクホリデー(休日)だったし、これからどうなるかはまだ不明。
■英国での報道はどうなのか:
前の記事のコメント欄に書いたとおり、Google News英語版でPegah Emambakhshの名前で記事検索してもゲイ・ライツ中心のニュースサイトとインディメディアUKの記事しか出てこないに等しい状態だが、ガーディアンが24日金曜日に報じている(このガーディアンの記事がGoogle Newsに出てこないのだが。謎すぎる)。ほか、AFPの記事がYahoo UKにあった(25日付け)。(なお、26日付けのUK Gay Newsの記事によると、英国の主要紙でペガーさんのことを報じた記事は、上記ガーディアンの1件だけとのこと。)
ガーディアンの記事:
http://www.guardian.co.uk/iran/story/0,,2155893,00.html
→日本語化@http://pega-must-stay.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_09f4.html
イタリアが英国に対する働きかけを行なっているという内容(しかも与野党共闘、あのベルルスコーニまで「強制送還反対」の論陣に加わった)。
UK Gay Newsによると、ペガーさんの受け入れを表明したイタリアでは、かなりの勢いで報道があったとのことである。(余談だが、こういうことからも「カトリックだから」とかいう見方はあんまり有効ではないということがわかるだろう。)
http://www.ukgaynews.org.uk/Archive/07/Aug/2601.htm
また、同じく26日付けのUK Gay Newsの記事によると、全国紙以外では、ペガーさんが住んでいるシェフィールドの地域メディア、the Sheffield Starで取り上げられている。同紙のオンライン版の記事検索結果をしてみたところ、現状、記事が2本、投書が1本あるが、記事のうち1本は類似の別件についてのもの(難民申請を却下され送還になりそうなカメルーン人について)で、ペガーさんについて真正面から取り上げた記事は17日付けのものだけだ(16日に送還されるはずだったが延期された、という報道内容)。(取り消しをせずに延期を重ねるというのは精神的にものすごくストレスを与えるやり方だ。とっとと取り消せばいいのに。)
なお、新聞と違ってブログではかなり取り上げられている(→Google blog検索結果:日本語のブログも含まれているが)。中でも、UKの政治・時事系ブログとして最も有名なブログのひとつであるHarry's Placeが、23日にURGENT ACTION - Stop UK deporting Iranian to her death!という記事で取り上げたことが大きかったように見受けられる(Harry's Placeは、意匠としては「共産趣味」だが中身は必ずしもそうではない。念の為)。また、世界で最も有名な左派のグループブログのひとつであるDaily Kosでも米サンフランシスコのMichael Petrelisが取り上げている。
■ペガーさんの件での「問題」は何か:
この「問題」は実はいろいろなことをはらんだ「問題」で、すべてを網羅的に検討することは私には無理である(能力的にも、時間的にも)。特に、イラン・イスラム共和国において同性愛行為が「法」に反するものであると位置付けられていることについては、その「法」がlawであれjusticeであれ、そのことだけ純粋に問われてしかるべきと個人的には考えているが、ここではそのことは本題ではない。
別な書き方をすると、この件のキーワードが「イラン」と「同性愛」なので、「うぬぬ、イランってのは」と反射的に思ってしまいかねないが、現在実際に問題とされていること/問題とすべきことはそうではない、ということだ。
つまり、ペガーさん側が訴えているのは、彼女がイランに送還されたら死刑になる可能性があるので(それも決して低い可能性ではない)、英国は彼女をイランに送還すべきではない、ということであり、現在行なわれているオンライン署名や内務大臣へのレター送付(FAXおよびメール)の呼びかけは、この点についてなされているもので、署名やレターの文面を読めばわかるが、訴えかけの内容は「イランは彼女を死刑にするな」ではない。(訴えかけている相手はイランではない。)「英国は彼女をイランに送還するな」である。(つまり、オンライン署名のコメント欄にどうせ書くならDon't kill her! ではなく Don't let them kill her! で。)
■ペガーさん強制送還問題の要点:
端的にいえば、難民申請が却下されたので(<詳しくはfailed asylum seekersという用語でネットを検索)在留資格がなくなってしまっている、というのが今回の「強制送還」の背景。
支援者らが訴えているのは、第一に、イラン政府が彼女に何もしないとは考えられないのだから、彼女を難民認定しないという当局(英内務省IND)の決定は不当なものである、ということ。
第二に、英国は死刑・拷問が行なわれる国に誰かを送還するということはしないはずだったのに、2005年以降はこのような送還が行なわれている、という問題がある(これは「ブレア政権の遺産」である)。例えば2006年12月に20歳の男性同性愛者が、ナイジェリアに送還されている(この人もペガーさんと同様に難民申請を却下されている。ナイジェリアも同性愛行為を違法と位置付けている)。英国政府の方針転換が明らかになったときにLibertyが出したプレスリリースに目を通すと、この方針転換が「国際テロ対策」として進められていたことがはっきりとわかるが、実際には「難民認定を難しくする」ように運用されている。
というわけで、ペガーさんの件は、彼女が同性愛者であるためゲイ・ライツ関連各所で大きく取り上げられているが、本質的にはゲイ・ライツの問題ではなく、イミグレの問題であり、英国の政策の一貫性の問題であり、EUの「人権」についての考えかたを変えてしまうかもしれない問題である。
failed asylum seekersについては、彼女のケースだけでなく山のように「問題」が存在している。過去に私がヘッドラインだけでも見た記憶のあるのは、ジンバブエ、ルワンダ、ナイジェリア、アルジェリア、ソマリアなど。で、immigrantsについて「問題」視する傾向が非常に強い人たちがいる英国では(保守党のような大きな勢力でさえ、2005年の選挙でこれを「問題」視していたのだ)、「合法的な在留」の申請が通らなかったために「滞在しているだけで非合法な状態」にならざるをえないfailed asylum seekersに対して「法を犯しているのだから送還が当然」という意見もときどき出る。これが暴走することすらあり、例えば、昨年5月にBBCが人違いで「IT専門家」としてスタジオでインタビューしてしまったガイ・ゴーマさんについても、「観光ヴィザで渡英してオーバーステイになっている」との怪情報が流れたことがあった(彼はコンゴ民主共和国出身で、英国永住資格がある)。
こういった「オーバーステイ=違法行為=送還」という見方が皮相なものであることは言うまでもないが、ペガーさんの件でますますおかしいのは、ほぼ同時期に、1995年にロンドン市内で中学校の先生を殺害した当時15歳のイタリア人(96年に「終身刑で、最低で12年」との判決)が、刑期を終えてもイタリアに送還されず英国に在留する資格があるとの判断が下されていること(さらには報復などの危険があるため名前など個人情報は新たなものが与えられるという話まである)である。
また、ペガーさんが申請却下後に異議申し立てを行い、そこでも難民申請を却下されたのだとすれば(このあたりは詳細は後述)、ペガーさんには在留資格を認めないとしたのと同じ機関(the Asylum and Immigration Tribunal)が、このイタリア人の「元少年」には英国での在留資格を与えると判断したということになり、実にばかばかしい。「元少年」は出所後に報復されるかもしれないから、名前も変えさせてあげる、という報道が真実なのであれば、そんなことをしてあげるほど温情のあるAITが、逮捕・投獄され死刑になる可能性が非常に高いイランのレズビアンには在留資格を認めないというのだから、一貫性もなにもありゃしないということになる。(なお、「元少年」についての判断の是非はここでは度外視する。興味のある人はオブザーヴァー記事を参照。)
※1995年の殺害事件についてはBBC On This Dayの記事やen.wikipediaのエントリを参照。被害者は、この学校の生徒を襲撃しにきた別な学校の生徒から自校生徒を守ろうとして殺された。
なお、failed asylum seekersの「問題」が急増している背景には、英国が以前ほど難民認定をしなくなっているという事情がある。そのへんは後述。正直、今の私には、2003年11月にアフメド・ザカーエフが難民認定されたことがいわば「ミラクル」のように思えるのだが、そのころまでは英国の難民認定はああいうものだったと認識している。まあ、私にそんなに知識があるわけではないのだが。
■ペガーさん強制送還問題の経緯:
参照できる資料からわかっていることをまとめておこう。参照できる資料自体が少ないので、細部が曖昧な記述になることはご容赦願いたい。
ペガーさんはイランにいたときに家同士の決めた結婚(arranged marriage)をさせられていて子供もいたが、実際には同性愛者であり、年下の恋人(女性)がいた。この恋人が(明示されていないがおそらく「同性愛行為」で)当局に逮捕され拷問を受け、最終的には「投石による死刑」を宣告された。ペガーさんの身柄も捜索対象となり、彼女の父親は当局に拘束され、拷問を受けて「娘はどこだ」と尋問された。その後、父親は釈放されているが、恋人がどうなったのかはわからない。(以上、特にインディメディアUKの記事とガーディアンの記事を参照した。)
いつどのようになど細かいことはわからないのだが、ペガーさんは英国に渡り、難民申請を行なった。しかし申請は却下された。これが2005年のことである。
なお、Daily Kosの24日付け記事(米国時間)によると、シェフィールドの支援団体からの連絡で、ペガーさんに、望める限りで最強の弁護士チームがついた(ソリシターもバリスターも手腕の優れた人である由)とのことで、ということは彼女は申請却下後にappeal(決定に対する異議申し立て)の手続きを取っていなかったのだろうか。そこがどうもわからないのだが。
(たまたまだが、イランでは2005年に大統領選挙があり、ゴリゴリの保守派でポピュリストであるアフマディネジャドが大統領となった。そしておそらくアフマディネジャド政権になったことを受けているのだと思うが、2006年に、ドイツの法廷がイラン人の女性の同性愛者の国外退去・強制送還処分について、ノーとの判断を下している。)
UKの入管法では難民申請が却下された時点で(異議申し立てのための若干の猶予はあるが)滞在許可が切れ、administral removal(「強制送還」ではないのだが「国外退去」)の対象になる(はずだ)。(異議申し立てでトリビューナル行きとなった場合も基本的に同じ。)経緯を見る限り100パーセント確実に、ペガーさんはその対象になっている――彼女には在留資格がなくなっている。
※ただし、あちこちでremovalではなくdeportationという語が使われている。さらにこのdeportationの定義がわかりづらい(removalとどう違うのか。内務省のサイトにもこの語は出てくるのだが、定義がない)。
彼女は2007年8月13日に居住地のシェフィールドにおいて入管当局に身柄を拘束され収容施設に入れられた。当局は彼女を強制送還(deport, deportation)することを前提として拘束したが、これまで送還は寸前に延期されており(16日、23日)、現時点での送還予定日は28日である。(「28日に彼女はBAの飛行機に乗せられることになっている」とのこと。)
素人考えだが、内務省、というか入管が送還を延期しているということは、それなりに検討の余地があるとの判断もないわけではない、ということを示していると思う。それゆえ、支援者らが「あと一押し!」でジャッキー・スミス内務大臣に直接レターを送るということを行なっているのだろう。ジャッキー・スミスはジョン・リードじゃないから希望はある、という方向で。
なお、ペガーさんの健康状態はあまりよくなく精神状態は非常に不安定で、自殺企図も見られるとのこと(Pegah is also suffering from hyperthyroidism and has been on medication for depression with suicidal idiation. --- 17.08.2007 10:15)。
■ペガーさんの難民申請が認められなかった理由は何か:
難民申請が却下される詳細な理由は公開されない。よって彼女の申請が却下された理由は確実にはわからないが、どうやら「イランにおいて、同性愛者であることで身の安全(生存権)が保障されないということにはならない。よって彼女の身柄を保護する必要はない」との判断があったことは確実だ。(彼女が英国社会にとって何らかの「甚大な脅威 a severe threat to the public」であると認められているという事実は、確認できる範囲では、存在しない。)
なお、彼女の申請が却下された2005年といえば英国の内務大臣はジョン・リードであった。この政治家は内務大臣としてfailed asylum seekers(難民申請が却下された人たち)の国外退去の件数を増やすということを一生懸命に行なってきた。ブレア政権の内務大臣は強硬派というかコワモテが続いたが、ジョン・リードは一番のコワモテだ。(「コワモテ」という表現の俗っぽさはご容赦を。)
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/5193018.stm
ブレア政権が終わり、ゴードン・ブラウン首相のもとで内務大臣を務めているジャッキー・スミスは、ジョン・リードとはかなりタイプの違う人であるとのこと。私はあまり詳しいことは知らないのだが(ウィキペディアとかBBC記事でしか知らないので)。
■英国内務省の判断の根拠となる文書には、イランについてどう書かれているか:
……以後、すごく長くなるので別記事に。
http://nofrills.seesaa.net/article/53042663.html
この件、非常に手がかかるのでコメントはクローズで(コメントに対応している余裕がありません)。誤訳のご指摘は前の記事のコメ欄にお願いします。
※この記事は
2007年08月27日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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