kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年07月04日

IRA潜入スパイの手記、映画化決定

「IRA潜入スパイ」の手記が、カナダの映画監督、Kari Skoglandによって、映画化されるとのこと。

Life of IRA informer made into film
Last Updated: Monday, 2 July 2007, 16:02 GMT 17:02 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6260806.stm

映画化されるのは、Martin McGartlandという人の"Fifty Dead Men Walking"という手記だそうだ・・・というわけで書名を検索してみたら、どなたかがまとめられているミステリの翻訳本のリストがヒットして、この手記が日本語に翻訳されていることを知った。今知ったくらいなので私はもちろん未読である。

4821105691IRA潜入逆スパイの告白
マーティン マガートランド Martin McGartland 野沢 博史
ぶんか社 1997-10

by G-Tools


BBCから、本の内容:
In it, Mr McGartland tells the story of how he joined the IRA at 16 after he was recruited by RUC Special Branch who asked him to infiltrate the group.

He chronicles how he spent four years between 1987 and 1991 working within the organisation until his cover was blown.

つまり、筆者は16歳のときにIRAに入ったが、その前にRUCのSB(北アイルランド警察の特殊ブランチ)に「IRAに潜入してくれないか」ということでスカウトされていた。それから4年間、IRA内部でスパイ活動を行なっていたが、スパイであることがバレてしまった。

彼はIRAに拉致されたが(こうなると通常は拷問で情報を吐かされて最後は「処刑」される)、自力で脱出し、新たな名前と身分を与えられてイングランドで新生活をスタートさせた。が、この新たなアイデンティティも、1999年の交通法違反がきっかけでバレてしまい、彼はIRAから銃撃されて重傷を負った(→2003年に、その犯人を警察がそれ以上追わないことに決定したときのタイムズ記事。まったく、どれだけの「真実」が「和平」のために埋められたのだろう)。以降、彼はまた別のアイデンティティをMI5から与えられて、別の場所に暮らしている。

BBC記事には彼が最近「サンデー・タイムズのインタビューで、映画化については喜んでいると語った」とあるのだが、timesonline.co.ukで検索しても出てこないので、オンラインには上がっていないのだろう。本人が監督から、「ベルファストは16年の間に相当変わっているので、撮影はオリジナルとは別なところで行なわなければならないケースもある」と聞かされている、とBBC記事にある。

timesonline.co.ukで検索した結果のひとつ:

From The Sunday Times
December 18, 2005
Focus: The spy at the heart of the IRA
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article767439.ece

ジェリー・アダムズの側近ともいえる位置にいたデニス・ドナルドソンが「自分は英国のスパイだった」と告白した直後の記事で、今回映画化される手記の主であるMartin McGartlandは記事には出てこない(最後、4ページ目の「そのほかのスパイ」のところに出てくる)が、今読むとなおさら興味深い記事である。


※この記事は

2007年07月04日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 16:34 | Comment(2) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 気になります。この記事を読んで、久しぶりにクライングゲームが見たくなりました。
Posted by shu at 2007年07月06日 22:21
>shuさん
『クライング・ゲーム』は『プルートで朝食を』のあとにもう一度見たくなって、近所のレンタル屋をのぞいてみたんですが、置いてなかった。(T T)  今見れば、いろいろわかるんだろうなと思ってます。VHSならレンタル落ちで激安で出ているから買おうかな。。。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005FW7M/nofrills-22/ref=nosim/
Posted by nofrills at 2007年07月06日 23:18

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼