kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2007年06月27日

【ブレア首相最後の日】本日の式次第&最後のPMQ(BBC Live)

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※日本時間27日午後8時から、BBCのサイトでBBC Liveとして最後の「首相質問(日本でいえば党首討論)」をストリーム中。→8時35分に終わりました。BBC Liveはその後もストリームを続行。このあとバッキンガムパレスでの儀式を経て、ブラウンがナンバー10に入るまで、ストリームが続くようです。
http://news.bbc.co.uk/


ガーディアンのトップページ@27日午後10時ごろ(日本時間)
tb-lastday-guar.png
※画像クリックで原寸。



最終的に、トニー・ブレアの在任期間は3708日間となった。というわけで、せっかくの機会なので、首相が辞任する日というものがどういうふうに進むのか、メモっておこうと思う。

労働党についてはガーディアンが一番強いので、このあとはだいたいガーディアンで。

まずは本日の式次第。

Order of play today
Wednesday June 27, 2007
http://politics.guardian.co.uk/tonyblair/story/0,,2112310,00.html

今日のトニー・ブレア首相の予定

- 午前中:特に公的な予定なし。いつもの水曜日と同様に、党首討論(<意訳:prime minister's questions)の準備を行なう。

- 正午:ブレアにとって最後の下院での党首討論のため、ダウニング・ストリートから出発。10番地の外には報道陣の撮影のための巨大な台が設置されているが、出発時にブレアからのコメントの予定はない。

- 午後:党首討論が終了したあとは10番地に戻り、スタッフに別れを告げる予定。スタッフの多くは、ジョナサン・パウエル参謀長や報道室長のデイヴィッド・ヒルやトム・ケリーを含め、ブレアとともにダウニング・ストリートを去る(現在の役職を辞める)。

- 午後:シェリー夫人も同行し、バッキンガム宮殿まで車で赴き(5分かかる)、それから午後1時を過ぎたころに女王に正式に辞意を伝える。首相が女王に辞意を伝えている間は、夫人は控えの間に待機する。辞意の表明には書状は必要ない。口頭だけで十分である。【<口頭だけとは知らなかった! でも映画『クイーン』で見る限り、就任のときにも口頭だけでしたね。】

- 宮殿を辞去したあとは、ブレアはおそらくバッキンガムシャーの首相公邸(チェッカーズ)に向かう。公邸にはまだ数日滞在することができるので、その間に公邸のスタッフに別れを告げる。ブレア夫妻はハイド・パークの側のコノート・スクエア(Connaught Square)に新居を購入済みだが、入居の準備はまだ整っていない。

- 数分の間、英国には首相が不在となるが、ブレアがバッキンガム宮殿を去るタイミングで、ゴードン・ブラウンが宮殿に向けて出発する。ブラウンもおそらくサラ夫人を伴うだろう。女王がブラウンに組閣の要請を行なう。またブラウンは即座にブレアの護衛隊を引き継ぐ。

- 午後2時ごろに、ブラウンが首相としてダウニング・ストリート10番地に入る。その時点ですでに、ブラウン首相にしか決定できない事項がある(首相権限)。ブレアが首相のときにも彼はより大きな11番地を住居としており、ブラウンはこれまで10番地の上に住んできたので、引っ越しは必要ない。その後、ブラウンが組閣の作業に入る。

別の記事によると、組閣には今日一杯かかって、明日(28日)に発表になる運びとのこと。

一方、今日(日本時間)は保守党のクエンティン・デイヴィスが保守党を離党し、労働党に入党するというかなりのびっくりニュースがあった。デイヴィス議員は元シャドウキャビネットのNI担当大臣で、2001年のArdoyneでのセクタリアン衝突の際、現地に入って、ロイヤリストのバカどもから投石などの威嚇行為を受けていたカトリックの小学生を学校まで送り届ける保護者に同行したことがあるという人物であり、また、保守党だけど親欧州でケネス・クラーク支持で、ウエストミンスターでは「デイヴィスはゴードン・ブラウンには左翼すぎる」というジョークが既に流れているとのこと。

で、NI担当といえば、ブラウンは先日、労働党ではなく野党(第3党)のLibDemのロード・アッシュダウンにNI大臣就任を要請して断られている。ということは、論理的に考えれば、副党首戦で第2ラウンドで消えた(つまりブービー賞)ピーター・ヘイン(→NI大臣としてはたぶん最後のインタビュー)は、少なくともNI担当からはお役ごめんということになる。NIに関して言えば、政治プロセスとしては現在は大仕事は終わった段階で(シン・フェインの警察支持から自治政府再起動までで)、人選のプライオリティはかなり低いと思うのだが、これは一応メモ。

いずれにせよ、クエンティン・デイヴィスのCon→Labの移籍 (?) は、その人物がどのような政策の持ち主であれ、「元保守党」が労働党で閣僚ポストを与えられることはまずないと考えられるため、「ブラウン政権」にとって直接的な意味は持たないだろうが、新たな「ニュー・レイバー内閣」(そういえばここんとこまったく「ニュー・レイバー」という言い回しを見てない)の発足に際しては、保守党への先制パンチということで意味を持つだろう、と、BBCのNick Assinderは分析している

ともあれ、デイヴィスの移籍と、組閣人事の見通しについては:
Blair exits British politics as new era begins with a Tory defection
http://politics.guardian.co.uk/tonyblair/story/0,,2112340,00.html

で、この記事を見てびっくりしたのが:
A new political order in Britain will take shape this afternoon when Tony Blair flies to his Sedgefield constituency to resign from parliament with immediate effect, and Gordon Brown enters No 10 to prepare a shakeup of government which will see at least six ministers quit the cabinet.

つまり、首相を辞しても議員は続けると言っていた(のか、言われていたのか、記憶が定かではない)ブレアは、首相辞任と同時に議員も辞すると。

どうやらこれはガーディアンのスクープのようで:
Mr Blair had planned to keep the decision to quit as an MP secret until after his 318th and final prime minister's questions at noon today. But news leaked that his local party was being called to an extraordinary meeting to be addressed tonight by Mr Blair.

つまり、今日の党首討論(318回目だそうで)まで秘匿しておくつもりだったのに、地元から漏れた、と。

One of Mr Blair's closest friends said: "Tony is already psychologically out the door of No 10, and on to new challenges." He "had no desire to hang around Westminster for two years waiting for votes aged 54", the friend added. He will spend the next four days in Chequers before moving to his London home, north of Hyde Park.

誰だこの「匿名の友人」。。。「任期満了までのあと2年をだらだらと英国会で過ごすたいという気持ちは彼にはない」って、セッジフィールドの有権者に失礼だよね。なお、ハイド・パークの側の新居(ものすごい高級住宅街ですなあ)への引っ越しまではあと4日間だそうで。

ブレアは「EUとUSとUNとロシアを代表する中東特使」になると考えられるのだが、ブレア自身がどうというより、まずは、彼が議員辞職すれば当然補欠選挙ということになるわけで、ガーディアン記事には「7月にも補選か」とある。

それからガーディアン記事にそっと書かれているこれ:
His departure from parliament means his earnings from the lecture circuit will be kept from the register of members' interests.

議員を辞めれば、講演会などで稼いだお金は議員として申告する必要がない。当たり前の話だが、これは生臭いなあ。

というわけで、現在、日本時間20:05です。そろそろ党首討論が始まってますね。

あ、BBC Liveで「最後のPMQ」をストリーミングしています。
http://news.bbc.co.uk/

私がつないだときには保守党のデイヴィッド・キャメロンの質問の途中だったんだけど、そのあとの労働党議員からの質問でジェレミー・コービンらバックベンチャーから「イラク」について矢のような質問が。「撤退のタイムテーブルを示すべきではないか」など。そのなかで「イランはテロリズムを行なっている」とものすごい言葉での非難がブレアから。

また、誰だかわからないけど「中東和平」と「北アイルランド」を関連付けて質問した議員がいて、それに対する答えは議員の質問の内容をまとめただけのようなものだったけれど、「強硬派、『敵』とみなされる人たちをも巻き込んでいくことが重要」というような答えで、「中東」というのでそれを考えるときに、その「強硬派」を具体的に誰のことだと考えているのかが極めて重要。

どうでもいいけど、今日の討論はフェスティヴな雰囲気だなあ。いつものようなガチガチの攻撃ではなく、「最後のブレアのPMQを楽しむ」という雰囲気。もちろん鋭い質問も飛んでいるけれど、ブレアの側に受け答えの余裕があるのだと思います。

DUPのイアン・ペイズリーからは篤い感謝のことば(例によって「説教」調で、何度か「最後に」が出てきて議場が笑いに包まれる)と、「北アイルランドで起きたような和平の実現が、世界のほかの紛争地でも繰り返されることを望んでいる」。

議場でのブレアの最後の言葉はThat's it. The end. (ええ、声が詰まってました。感極まって、というか、この人の場合どうしても「役者(それも大根役者)」か「自己陶酔」にしか見えないんだけど。)

最後は満場の拍手(ストリームの映像がつぶれてて確認できないので全員ではなかったかもしれないと思うけど、スタンディング・オベーション)に送り出されるブレア。

中継見ながら、画面左にプレスコット、真ん中にブレアで右にブラウンというスリーショットもこれで見納めと思うと、「ってか、この並びを10年間やってたのか」ということになぜかぞっとしました。下記BBC in picturesの6枚目参照(脇の2人の表情が・・・BBCって意地悪。笑)。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/in_pictures/6244804.stm

最後のPMQ'sの評価@ガーディアンCiF, by Martin Kettle:
http://commentisfree.guardian.co.uk/martin_kettle/2007/06/tony_blairs_last_prime_ministe.html
Tony Blair's last prime minister's questions offered a journey from darkness to light. He started in utmost seriousness with Iraq, recording military deaths that have resulted from decisions he notoriously took. He said that he was sorry - he has not often used the word before in this context - about the dangers that the troops face. He looked close to tears, which he rarely does.

私がぼーっとしてて見逃した冒頭の数分で「イラクについての謝罪」があったのね。しかも "I'm sorry" と言ったのか。

遅いよ。もう遅い。そう言わなければならない状況を作ったというだけでも、首相としては責められて当然だが、もうほんとに遅い。しかも「首相として」ツッコミを受けなくて済むようになる間際に言う。

「政治家」としてはこれも当たり前なのだろう。しかし彼はバリスターでもある。国際法を軽んじた彼は法律家なのだ。・・・これ以上考えてると怒りで頭がおかしくなりそうなのでストップ。



今、BBC Liveがスタジオと議事堂のロビーみたいなところを結んでのコメントの時間なんですが、保守党のウィリアム・ヘイグ(元党首)もまとめてるんですが(この人のしゃべりは案外わかりやすい)、ブレアは「北アイルランドでの経験を中東で生かす」という方向のようです。んなことヘイグの話を聞くまでもないのだけれども。北アイルランドでブレアがどんなことをやったかはこのブログのNorthern Irelandのカテゴリにもありますが、「和平」の影で、奥の闇は闇のままにしておく方向は放置された、もしくは強化すらされてきた。そのことは、ブレアを「平和の使者」として歓迎したい人たちにも、頭の片隅に置いておいていただきたいと思います。北アイルランドにおいて、トニー・ブレアは「和平」と「政治プロセス」の人ではあるかもしれないけれど、「正義(というかjustice)」の人ではなかった。自身はバリスターなのに。

あと、この中継でスタジオが「ではヘイグさん」と水を向けたとたん、「今日のブレア」について「いつもどおりすばらしい役者」とコメントしたのにはふきだしました。あと「われわれにとってはこの200年で最も手ごわい敵でしたから、今日が最後というのはほっとしますね」とも言ってた。確かに、あのthe Oscar goes to... ものの演技は、ゴードン・ブラウンのものではない。ってか今後はキャメロンがthe Oscar goes to な感じになるんでは。

予定より10分くらい遅れたようですが、ブレア一家がNo 10から出てきました。子供たちも一緒。夫妻が車に乗り込んで、子供たちはドアからまた家(No 10)に入るのだけれど、おそらく彼らも別の車で官邸を去るのでしょう。

中継では今はデイヴィッド・ブランケットがしゃべってます(21:00)。で、予定ではそろそろブレア一家が10番地のドアから出てくるはずなのになかなか出てこないのでBBCの中継が「なかなかきませんねー」みたいになって、予定変更で議事堂の外でのジョン・プレスコット副首相へのインタビュー。また「中東」については「北アイルランド」を引き合いに出している。少なくとも、英国の世論を相手にしたときには「ブレアといえばNI」ということで「和平の人」で説得できると労働党は考えている。バカバカしい。誰もが判で押したように「北アイルランド、北アイルランド」と。

「紛争」という事象は似通っているかもしれないけれど、中東とNIとでは構図がまったく違う。NIでは何百年もそこに暮らしてきた人たちが(大まかに)2つの勢力に分かれ、またその勢力の1つが政治・行政・経済を独占し、もう1つは法的にも冷遇・差別を受けていたことが元であったが、中東はイスラエルによる軍事的な占領が根底にあり、さらに「パレスチナ」として認められている地域への非合法の入居地の建設、「壁」の建設を行なっているのはイスラエルであり、それが一番の問題であるはずだ。で、そういうのに対して何もすることができない(パレスチナが国であったら「自国の領土すら守れぬ」ということになる)ばかりか、私腹をこやすことだけはしっかりやってると見られているファタハは、「IRAの政治部門」である「強硬派」のシン・フェインとは違う。ていうか現状、中東でシン・フェイン的な位置を占めているのはファタハではなくハマスだ。なんか政治家たちの発言を聞いていると、そこをぼやかそうとしているのか、把握してないのかという発言が多いような気がしてくる。妄想かな。



1時のニュースを挟んで、私もその間にさらさらっとお茶漬け食って、ブレアはバッキンガム宮殿にいるのですが、BBCの解説でおもしろいことを言っているのでメモ。女王(英国王)に辞意を伝えに行くときは首相の公用車を使うのですが、辞意を伝えたあと、宮殿から去るには、そのときにはすでに首相ではなく公用車は使えないので、別の車(待機させておく)で去るそうです。公用車はコードネーム「ペガサス」。

あと、ロイド・ジョージが辞任したあとボナー・ローが首相になるまでは4日間もインターバルがあったそうです。

ブレアがバッキンガム宮殿をあとにします。BBCの中継はさっきからときどき2画面分割で、一方はブレアで、一方は財務省。財務大臣Chancellor of the Exchequerとしてのゴードン・ブラウンが最後に財務省を出るのはひとつのセレモニーだそうです。財務大臣は特別なものだからな。。。今、ブラウンが奥から出てきて、財務省の人たちに挨拶してます。歓声。

ブラウンが宮殿に向かいます。車は赤いので、BBCでは「たぶんヴォクソールですね」って言ってる。到着。宮殿で侍従(だと思う)に迎えられて中に入りました。今頃は映画『クイーン』の冒頭みたいなことになっとるわけですな。

そうそう、宮殿の中には当然取材のカメラは入っていません。これも一応メモしておきます。



定時ニュースを挟んで再度中継。トニー・ブレアが議員を辞職することはBBCでも伝えられました。

また、ブレアが中東特使を引き受けたとアイルランドのバーティ・アハーンが述べています。
http://politics.guardian.co.uk/tonyblair/story/0,,2112696,00.html
Mr Ahern told RTE Radio his longstanding friend had already informed him he would take up the envoy position, which would see him play a central role in the formation of a Palestinian state.

He said: "I spoke to him about this on Friday night when he told me that he was going to take it. Until then it had been speculation, so I think I can tell you that's exactly what he's going to do.

"It's tricky but he believes that if there is direct engagement and if there is determined and persistent engagement, and exactly what he said to me was, like Northern Ireland, you just have to stay at it. He thinks, and I believe he's right, that if you have hands-on, persistent engagement that you can make real progress."

つい先ほど、ロシアもブレアを中東特使とすることに異議なしと言明したそうです。
As Mr Blair made his final appearance as prime minister in the House of Commons at lunchtime, it emerged that the outgoing Labour leader may have cleared the final hurdle to his appointment as a Middle East envoy after a "positive" telephone discussion yesterday with the Russian president, Vladimir Putin.

バーティ・アハーンはNIを引き合いに出しているけれど、ぶっちゃけ、パレスチナ内部で深刻な対立があり(ファタハ対ハマス、およびそのほかの勢力)、さらにパレスチナに対するイスラエルの攻撃も止まっていない(今日もイスラエルがガザを攻撃し、12人死亡した)という状況で、「英国人」、それも「アメリカのブッシュ政権の飼い犬」と呼ばれたような人に何ができるのか、というのは未知数。あと、NIが「成功」したのは、しょっぱなにモー・モーラムの機動力と「あの女だからしょーがねーな」と思わせる何かがあったからで、彼女がメイズ刑務所のUDAを説得することができなかったら、ロイヤリストの暴力は、ギャング活動以外のパラミリタリー活動の面で、もっと大変なことになっていたかもしれないし、それ以上に、シン・フェインが「マシンガンと投票箱」のポリシーから「投票箱だけ」のポリシーに転換しつつあったことが大きい。

って書いてたらBBCではやっぱり「北アイルランドの場合は」としつこいほど言ってるし。



うはは。the Queen invites to form the governmentの儀式の説明のところで、BBCは映画『クイーン』のクリップを使って説明している。

ブラウンが宮殿に入って40分、なかなか出てこないのでBBCの中継でも「いろいろ話をしているのでしょう」とか言いつつ、という感じで進展なし。

私も飽きてきたので、テレグラフの特設ページとか見てみたら、1997年5月3日、ブレアが大勝利して首相になったときの紙面がPDFで公開されてる。
http://www.telegraph.co.uk/news/graphics/2007/05/01/blair.pdf

紙面の下4分の1が、北アイルランドでの結果(シン・フェインのジェリー・アダムズが議席をSDLPから奪還、マーティン・マクギネスがDUPを破ってミッドアルスターで議席獲得)にさかれていて、当時まだIRAが活動してたから(大きな流れでいえば94年に「停戦」はしてたけど、96年からはそれを破って活動していた)、まるっきり「異常事態」扱いでスゴい。記事の最後のところに「アライアンスを破って議席を獲得した、UVFの政治部門であるPUPのデイヴィッド・アーヴァイン」のコメントとして、「IRAの暴力が続いているなかでシン・フェインの得票が伸びたということは、ロイヤリストの停戦の終わりを意味するかもしれない」とある。また、まだ正式にNI大臣に任命されてなかったモー・モーラムが「IRAが永続的停戦を宣言しないかぎりは、シン・フェインは蚊帳の外だ」という発言をしていたことも報じられている。

いやぁ、10年前ってこうだったんだなぁ。。。

もしも、シン・フェインが「英国の国会には出ない」というポリシー(abstentionism:英国会議員は女王への忠誠を誓わなければならないが、アイリッシュ・ナショナリストはそこでいろいろある)を取っていなかったら、今日のPMQ'sでどういうことを言っていただろう、とちょっと想像してみる。

とかやってるうちにゴードン・ブラウンが首相となり、バッキンガム宮殿をあとにしました。日本時間で22時47分ごろ。あとはブラウンがNo 10に到着して演説して、No 10に入って、これで今日の儀式は終わり。

到着。演説は妙にエモーショナル(声が上ずっている)。内容は特に意外性なしだが「こんにちの状況には新しい政治が必要だ、古い政治ではなく」として「党派にこだわらず、あらゆる才能にドアを開けておく」という一節あり(<最近のLibDemへの声かけなどを連想。閣僚人事はサプライズありかもね)。それと、「ブリティッシュネス」とか「ヴァリュー」については、その言葉を使わずに言及。スピーチはすぐに書き起こされてどっかに上がるでしょう。それは次のエントリで。

こういうときも、ホワイトホールは完全通行止めではなく片方の車線(トラファルガー・スクエア方面)は通しているんですね。ペル・メルは通行止めにしてあったけど。

日本時間23時ごろ、BBCの中継は終了し、定時ニュースになりました。BBC LiveでPMQを見始めてからもう3時間になるのか。

なお、ブレアはキングズ・クロス駅から電車で選挙区セッジフィールドに向かったそうです。もう平議員なので、平議員として行動しています。そこらへんにいる一般の人たちが、そこらへんにブレアがいるので、びっくりしてます。(ボディーガードはいたけど、がっちがちに周りを固めているという状況ではない。)

※この記事は

2007年06月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 19:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本日のPMQ's (Question Time) は首相官邸のサイトで映像が見られます。トランスクリプトもしばらく待ってれば出ます。
http://www.number-10.gov.uk/output/Page12124.asp
Posted by nofrills at 2007年06月27日 23:26

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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