kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年09月01日

それは、ハッシュタグになりすらしない〜ハーロウ、少年グループによる「東欧人狩り」事件

夕刻、Yahoo! Japanのトップページを見たら、「英の少年6人が移民殺害 逮捕」というヘッドラインが「ニュース」のところに来ていた。


※キャプチャは18:30ごろ取得。Kwout.comに直接Yahoo! JapanのURLを打ち込んで取得したため、実際にブラウザでアクセスしたのとは見た目が異なっている。

「ニュース」のところだけのキャプチャ。



Yahoo! Japanで配信されているのは、毎日新聞の下記記事である。

<英国>少年6人、移民殺害 東欧出身者へ攻撃増
毎日新聞 9月1日(木)11時43分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160901-00000034-mai-int
※毎日新聞のサイトで読むにはこちら。(→アーカイヴ

記事より:
【ロンドン矢野純一】英南東部ハーローでポーランド移民の男性(40)を暴行して殺害したとして、地元警察は8月31日までに15〜16歳の少年6人を殺人容疑で逮捕したと発表した。……

 警察によると、少年6人は8月27日深夜、ハーローの商店街のピザ店前で食事をしていた精肉工場従業員の男性ら2人を暴行。男性は頭などを強く打ち同29日に死亡。もう一人のポーランド人男性(43)も腹などを負傷した。死亡した男性は2012年にポーランドから移住していた。

……


少年グループが路上で暴行した「8月27日」は土曜日、襲われた男性が亡くなった「29日」は月曜日だったが、この間、この「ハーロウでの暴行事件」がUKの大手メディアで大ニュースとして取り上げられていたかどうか……一応、当方は毎日BBCとガーディアンのトップページは見ているが(正確には、いつもよりペースが落ちてはいるし、ガーディアンはInternational版をチラ見しただけという日もあった)、このニュースが大々的に取り上げられているのを見た記憶はない。ただ、あとからTwitterのフィードを見たらタブロイドが一面にしてはいたので、当方が見落としただけかもしれない。

事件が起きたタイミングは、慣習的に「重大ニュースはあまりない日」ではあった。8月最後の月曜は、英国では「サマー・バンク・ホリデー」で(英国ではキリスト教の祝祭由来の「クリスマス」などを除く「国民の祝日」には特に名称がなく、そっけなく「バンク・ホリデー」と呼ぶ)、8月最後の週末は「バンク・ホリデーの週末」である。ロンドンのノッティング・ヒル・カーニバル(カリビアンの人たちの夏祭り。今では「観光資源」化してさえいるこの祭りも元々は「人種差別対策」だったんすよね)、レディングとリーズで開催されるレディング・フェスなどが行なわれ、職場に行かなくてもいい「夏の終わり」の月曜日までの週末を、人々はそれぞれに過ごす。そういうまったりした週末なので、ニュースも全体としてあまり緊迫した調子にはならないとは言われている。また、「少年ギャング同士の抗争」のような日常茶飯事のことは、基本的に、全国ニュースにはならない(地域ニュースにはなる)。

しかし、「少年6人による街中での暴行」で人が殺されたという事件は、「ギャング同士の抗争」で人が殺されたようなこととはまったく違う。いくらまったりムードの週末でも、それなりの注目があってしかるべきニュースだ。被害者が亡くなってしばらくは、その町の人々へのインタビューなどが行なわれて大きく扱われたり、状況を分析した論説記事が出たりして、報道機関のサイトの目立つところに配置されるような。

しかし、私がこのニュースを知ったのは、BBC NewsのUKのところを詳しく見ていたときだった。Twitterでイングランドのどこかの地名(もう忘れた)がTrendsしていて、そのニュース(「警察に追われた車が振り切って逃げようとして道路を逸れ、通行人の中に突っ込んで犠牲者が出た」という痛ましい事故)を確認しようとしてそのページを見た。そうしたら、もっとひどい「少年グループによる暴行死」のニュースが、下の方に埋もれていたのだ。




見たとき、発熱で頭がぐらぐらしていたので、同じタイミングの下記ツイートで被害者をstore ownerと書いているのは、私の読み間違いかもしれない(取材に応じたstore ownerと被害者を混同したのかもしれない)。










この地域選出の下院議員(MP)の発言が、すごい。ちなみに保守党の議員である。





議員は駐英ポーランド大使とともに、現場で献花している。







レイシスト・アタック、レイシズムに対する啓蒙活動を行なってきたHope Not Hateのフィード(Hope not Hateは今度の週末に差別反対の大掛かりなイベントを広域で組織するようで、ポーランド人襲撃事件に関するフィードはその関係のフィードの中に埋もれている):






そして、英国最大の恥知らず集団、The Sunの1面。少し前に「移民がぁぁぁっ」という煽動をがんがんかましておいて、事件が起きたらこれかよ、という。






ちなみに今日(9月1日)夕刻、Yahoo! Japanのトップページに毎日新聞の記事のヘッドラインが出ていたのと同じころのBBC Newsのトップページのキャプチャ。「ハーロウでのポーランド人襲撃」の話は、どこにもない。(しかしBBCは、ドナルド・トランプが本当に好きだな。呆れて物も言えなくなるレベルで特大ニュースにしている)



同じく、BBC News UKのトップページ。サイドバーに1つだけ、映像報告がある



今、Twitterの検索窓にHarlowと打ち込んだらこうなる。この事件は、ハッシュタグになりさえしていない。
https://twitter.com/search?q=harlow&src=typd&lang=en

harlowmurder.png









事件があったハーロウ (Harlow) はロンドンのベッドタウン(第二次大戦後に開発されたニュータウン)で、日本語ウィキペディアにも項目がある。(ロンドン市内のHarrowとは異なる。)ロンドンとの位置関係は下記のマップを参照。



こういうところで「レイシストのヘイト・クライム」が発生するというのは、ずっと前からある類型的なパターンを逸脱しているのではないかとも思う。「類型」は、英国においては、Asianと呼ばれる南アジア人(インド亜大陸出身者)や黒人(カリブ諸国出身者、アフリカ諸国出身者)に対する差別を前提としてきた。一方で、Brexitキャンペーン後に火がついた「レイシズム」というか「移民排斥」運動は、英国の「コントロール」が及ばない(と彼らは信じている)ところで、いわば「勝手に」拡大したEUに含まれるようになった東欧諸国からの「移民」(正確には「移民」の概念では語れないはず……EU域内の人の移動は自由なので)を対象としている。

2010年の総選挙でゴードン・ブラウンがうっかりbigoted womanと呼んでしまった(マイクを外し忘れていたので外部に聞こえてしまった)マンチェスター地域の住宅街の有権者が、「とにかくいやでいやでたまらない」とブラウンに言っていたのは、ポーランド人の学生集団のことだった。

※この記事は

2016年09月01日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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