kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2016年04月23日

「聖ジョージの日」に、イングランドの「ナショナリズム」が炸裂しているっぽい件について。

twtrndsptbe.png今日、Twitterにログインして、びっくりした。Trendsを見ると、「イングランドのナショナリズム」が炸裂している。あまりのことに、一度はそっとじしたくらいだ。

キャプチャ画像を見ればわかると思うが、今日、2016年4月23日は、ウィリアム・シェイクスピアの没後400年にあたる(シェイクスピアの生没年は1564年〜1616年、「ひとごろし、いろいろ」と覚える)。シェイクスピアといえば「英国」が生んだ最も偉大な文学者(劇作家)である(という英作文の練習問題を記憶している人も多いだろう)……というより、「イングランド」が生んだ最も偉大な文学者である。だから「イングランド」熱が高まるのは、まあ、わからんでもない。

また、4月23日はイングランドの守護聖人である「聖ジョージ」の日(※人名の英語読みについて文句をつけてきたりしないでいただけると嬉しいです)でもある。この日は毎年、何かしら「ネイション」というか「イングリッシュネス」についての話題が大きく取りざたされる。

しかし、4月23日でも、「ナショナリスティックなムード」がメインストリームになることは、少なくとも最近まではなかった。イングランドについて、やたらと「ネイション」をかさに着た態度を取るのは「極右 far-right」的な態度であり、「恥ずかしい」ことというのが、多くの人々の目に触れるような言葉を書いたり口にしたりするような人たちの間での共通認識だった。それが、ここ数年で明らかに変わってきた。それまで見えなかったものがネット環境の発達で見えるようになったという要因も大きいと思うが(「国を誇りに思って何が悪い」という態度を堂々と取る人の発言が、主にSNSという場の発展につれて、多くの人が目にするところにどんどん出てくるようになった)、それ以上に、メインストリームの、というか政府や公的な機関の態度が、「ナショナリズム」に傾いている。11月の戦没者追悼の「レッド・ポピー・デイ」で、テレビに出る人が全員、左胸に赤いポピーをつけているという光景が当たり前になりつつある(英国による植民地支配を受け、英軍による武力弾圧にさらされたアイルランドの俳優まで、胸に小さなポピーのバッジをつけていたくらいだ)。そういうときにポピーを着けないということが「非国民」的に指弾されるような状況が、最近の英国では例外的に特別ではないようになりつつあり、国会という自由な言論の場では、「反戦」思想を明確にしている労働党党首を、首相が「愛国心に欠けている」的な言辞でdisるというとんでもないことが見られるようになっている(いくら何でもここまで品性に欠けるようなことをキャメロンがするようになるとは、思ってなかったよね)。

それでも、4月23日にやたらと「ナショナリスティック」になるということは、なかったはずだ。それが、今年はどうだろう。あろうことか、"Proud to be English" というフレーズをハッシュタグ化したものが、Trendsに入っている。

このあと、試行錯誤して超大作を書いてるんですが、まだアップできる状態ではないのでしばしお待ちを。書きあがったらTwitterにフィードします。本稿は、このままだとアップしないで終わるので、自分に対する強制という意味で途中でアップしています。→だいぶ進んで、最後のセクションを残した段階で一度フィードしました




"Proud to be English" というフレーズは、少なくとも私が把握している限り、「極右」のフレーズだった(スコットランドやウェールズの「ナショナリズム」はイングランドのそれとは異なる。後述)。このフレーズをGoogleで検索してみるとこうなる。

ptbeggl.png

※画像は減色加工済み。クリックで原寸表示。以下、同。

表示されている画像は、3つ目はサッカーのイングランド代表の応援のエンブレムだが、ちょっとあからさまに「アレ」である。残りは全部、言うまでもなく「アレ」である。

検索結果として表示されている記事は下記。まずは2014年のデイリー・ミラー。Fleet Street Fox(匿名の女性ジャーナリスト)のコラムで、「イングランドに生まれてよかった」的なことを称揚しているのではなく、「UKIPやニック・ロビンソンのような右翼から、聖ジョージを取り戻せ」という意味の見出しで、「イングランドで発明されたもの、イングランドで創造されたもの」を列挙しているような記事だ。

Be proud to be English – and take St George’s day back
10:36, 23 Apr 2014
http://www.mirror.co.uk/news/uk-news/st-georges-day-21-reasons-3445250

一部を抜粋すると:
Listen to some ska, or northern soul, or the Rolling Stones, David Bowie, or Purcell or John Tavener – English, every one.

Eat buttered crumpets (English invention) cooked in a toaster (English invention) and if they catch light put them out with a fire extinguisher (also an English invention).


こんな感じで、読んだ人は「ニヤリ」とできるようなトーン。

キャプチャの2番目にあるのは、ミラーとは向いている方角が全然違うデイリー・エクスプレスの2015年の記事。これは「選挙前でしたからね」(2015年5月の総選挙の直前)と涼しい顔をして眺めておけばよい物件。

Being proud to be English should not result in racist slurs – Ukip boss
By Rebecca Perring
PUBLISHED: 14:36, Thu, Apr 23, 2015 | UPDATED: 07:16, Sat, Apr 25, 2015
http://www.express.co.uk/news/uk/572408/Ukip-St-Georges-Day-bank-holiday-British-racism-English-pride

ほかにもいろいろあるので、興味のある方はご自身でチェックしてみてほしい。下記のような検索結果になるはずだ。
https://encrypted.google.com/search?q=%22proud+to+be+english%22

https://encrypted.google.com/search?q=%22proud+to+be+english%22
Google 検索 via kwout

で、今日(4月23日)、Twitterにログインして目にした "Proud to be English" の画面は、私がその画面を見たときには既に(私のフィルター・バブルの中では)まぜっかえす発言のほうが多くなっていたが:
ptbetwtt3.png


Trendし始めたときは大真面目に「イングランドに生まれてよかった」的な発言が相次いでいたことが伺えた。


このキャプチャで上から2番目のツイート:



#ProudToBeEnglish などというハッシュタグは、私は見たことはなかったのだが、今回初めてできたわけではないということも確認が取れた。近いところでは、2週間ほど前にゴルフのマスターズで優勝したゴルファー(イングランド人)についてこのフレーズが使われている。

スポーツの「イングランド代表」の文脈なのか(ゴルフは「英国」でひとつなのでその文脈はないけれど……)、それとも政治の文脈なのか……なぜ、どこから生じて、#ProudToBeEnglish などというハッシュタグが広く使われるようになったのか、正確なところは簡単には確認はできない。だが、「これで『イングランドを誇りに思う』という言説に対する態度に関して、潮目が明確に変わったな」と思った出来事は覚えている。2014年のことだ。

In class obsessed Britain, tweet of 'white van' man hits nerve
Fri Nov 21, 2014 1:03pm GMT
http://uk.reuters.com/article/uk-britain-politics-flag-idUKKCN0J515Z20141121

Posting a picture on Twitter of a two-storey house, displaying three English flags of St. George and with a white tradesman's van outside, might seem innocuous to a foreign eye.

When a British politician appeared to sneer at the modest Rochester home of a 'white van' voter, she was vilified as a member of an arrogant London elite.

In a Britain where disaffected voters increasingly view politicians as snobbish, patronising and out of touch, the picture was laden with social cliches.

Translation: White van = working class. English flags = right-wing working class feeling insecure about immigration in an England that no longer exists.

The timing - coinciding with a local election that delivered victory to an anti-EU, anti-immigration party - was disastrous.

Within 7 hours of posting the photograph, Labour lawmaker Emily Thornberry had resigned as the opposition's chief spokeswoman on legal matters.


この "white van man" (というステレオタイプがある。リンク先参照)の一件で「バカにされた」と激怒した「労働者階級の白人男性」たちがネットで「騒いだ」ことで、「イングランドを誇りにしていると表明して何が悪い」という言説が足場を得たんじゃないかと思う。そのときは、半年後に控えていた総選挙でUKIPへの追い風になるのだろうなあと思いはしたが、実際には、その総選挙ではUKIPは結局泣かず飛ばずで(小選挙区制で「新興の政党」が議席を得るのは難しい)、選挙戦においてUKIPを阻止することに注力した保守党が「UKIP的なもの」を保守党に取り込んでいくという方向に行った。

2005年にデイヴィッド・キャメロンが党首になったときには、「トニー・ブレアのコピーだな」と風刺されるほどに「リベラル」色を前面に出していたのだが(今からでは信じがたいかもしれないが、当時はまだまだ「エコ」といえば「左派」の専売特許で、「エコ」を気にかける「保守党議員」というだけで注目を浴びることができたのである。キャメロンにせよボリス・ジョンソンにせよ、「自転車通勤」の姿をマスコミのカメラにやたらと撮影させていたのはそれ)、10年が経過してみれば、保守党としては「リベラル、なにそれくえるのおいしいの」ときょとんとして見せているというような感じだ。

それがおもしろいように見えると指摘されているのが22日付のガーディアン、ジョナサン・フリードランドの論説なのだが、その話はまた下の方に。

話を元に戻して、「イングランドに生まれてよかった」的な言説にとって明らかに潮目が変わったと私が思ったのは、上述の通り、2014年秋のことだったが、その何年か前から、イングランドでは「ナショナリズム」に対する態度が変わっていた。「ナショナリズム」を高らかに歌うことは、もはや「極右」の独占ではない、ということが、いくつかの機会において、はっきりと示されるようになっていた。

その変化が最もはっきりと見えたのは、2012年の女王即位60周年(ダイヤモンド・ジュビリー)とロンドン・オリンピック&パラリンピックのときだった。特にオリンピックの開会式(ダニー・ボイル監督)での見事な「英国」の物語のあとは、誰も彼も、臆面もなく「ユニオン・フラッグ」を振り、優勝した英国人の選手には「サー」の称号をつけてツイートする、といったことが無邪気に行なわれた。

Proud to be Britishと人々が素直に言い合っている場では、かつて、あれほど多くいたリパブリカン(共和主義者、つまり王政廃止論者)の発言は、見当たらなかった。

その点での変化は、実は既に2011年4月のウィリアム王子の結婚式のときには明らかになっていた。「ノン・コンフォーミスト」というルーツを有するあのガーディアンが、「王室支持者と共和主義者の切り替えボタンをつける」という冗談めかした態度(今にして思えば「照れ隠し」だね)を見せながら、「ロイヤル・ウエディング」祝賀ムード一色の報道を行なっていた。ガーディアンのこの「切り替えボタン」は、2012年6月のダイヤモンド・ジュビリーのときも見られたが、その後はそのようなギミックなしで、王室の行事(ジョージ王子関連やシャーロット王女関連のような「家族」ネタでも)を堂々と伝えるようになっている。たぶん、それをするのとしないのとでは、ウェブ版の閲覧数が全然違うのだろう。(紙は、「王室の行事」を伝える記事を読むために新聞を買うという人たちがガーディアンを選択することは、たぶんほとんどないが。)

さて、王室ネタや五輪のときに称揚された「ナショナリズム」は、英国全体、つまり「ブリテン」、「ブリティッシュネス」のそれだった。

英国では「ナショナリズム」といっても、場合に応じて例えば「イングランドのナショナリズム」と「ブリテン(UK)のナショナリズム」は使い分けられるし、使い分けられなければならない。本稿もその使い分けが前提だ。

ブログという「断片化上等」の場ではそういうところから説明すべきとは思うが、そんなところから書いてたら書き終わらない……というのが、本稿を書くのにやたらと時間がかかっている理由である。

ネットで見る「英国」は、特定の注意を払わない限りは、「イングランド(を中心とする英国という連合体)」である。イングランドの中でもロンドンを含む南東部が中心で、西部や北部は「辺境」扱いであるが(そこに「イングランド北部」のアイデンティティといったものが独自のものとして語られる空間ができる)。「イングランドのナショナリズム」は、「英国(ブリテン)のナショナリズム」と多くの部分が重なっている。(実際、現在でもアメリカ英語の用法では、EnglishがBritishとほとんど区別なく用いられている。)

「イングランド」を「英国(ブリテン)」から切り離して別に扱おうというナショナリズムは、実に極端な政治的な主義主張として扱われてきた。英国の「極右」はBNPであれナショナル・フロントであれ、「ブリテン」が前提だし、かのUKIPも、党名に冠しているのは「UK」であり「イングランド」ではない。「イングリッシュ・ナショナリズム」を掲げる政党がないわけではないが、ナショナル・フロントよりさらに端のほうの「泡沫政党の極み」といった扱いで、存在すら知らない人が多いのではないかと思う。彼らは「イングランドには(スコットランドやウェールズから口出しされない)イングランドの議会が必要だ」と主張してきたが、ごく最近まで、例外的な単発の発言を除いては、その主張は彼らのような極端な人々のみのものだった。

それほどに「イングランド」は「英国(ブリテン)」と一体化しているのだが、英国の「イングランド以外」ではもちろん話が違う。

「スコットランドのナショナリズム」や「ウェールズのナショナリズム」は、「イングランド中心の(イングランドに帰属する)連合体の一部」としての位置づけから、自身(スコットランドやウェールズ)を……というより自身の自己決定権(民族自決権。つまり、立法権、課税権)を回復しようという理念・主張である(これが日本語圏ではほとんど通じず、「ナショナリズム」という言葉だけに反応して「ムッキー」となる人たちが青筋立ててこちらをにらみつけてくるのだが、お茶でも飲んでもちついてください)。「私たちのことを、ロンドンのウェストミンスターが決定しているのはおかしい」ということでの「ナショナリズム」だ。それが「地域、地方 region」の話ではなく「ネイション nation」の話になるのは、いろいろあって(詳しいことを知りたい人は自分で調べれ)、英国は4つの「ネイション」の連合体だからである。

はしょって説明すると、1970年代に高まったスコットランドやウェールズでのその「ナショナリズム」は、1997年に発足した労働党ブレア政権での「地方分権 devolution」の促進の方針における、ウェールズ(自治)議会 the National Assembly for Wales(ちょ、日本語のウィキペディアのページ、ないwww)と、スコットランド(自治)議会 the Scottish Parliament(→日本語ページは★がついてる。ウィキペディアンのみなさま、お疲れさまです)の設立(1998年〜99年)において、ひとつの明確な形として結実したといえよう。

※なお、ここまで「連合王国」のもうひとつの構成要素である「北アイルランド」をスルーしているのは、それについて書くと終わらなくなるからだが、簡単に重要なことだけ書いておくと、現在の「北アイルランド自治議会 the Northern Ireland Assembly」は、ウェールズやスコットランドの「自治議会」の設立の流れとは、まるっきり関係がない北アイルランド(北部6州)は、1910年代の「反ホーム・ルール」運動からの流れで1921年のアングロ・アイリッシュ条約において「南」の26州から切り離されたときからずっと、「ウエストミンスターの統治」から離れ、「自治議会 the Parliament of Northern Ireland」を有してきた。南アフリカのアパルトヘイト政権にもたとえられる「民族分離」政策(「アイリッシュ」は二等市民だった)のその議会が「北アイルランド紛争」の激化の局面で停止し、1970年代から90年代にかけて、ウエストミンスターによる直轄統治が導入されていたが、1998年のグッドフライデー合意で「自治議会 Assembly」が新たに設立されるという形で北アイルランドの「自治」が回復され、その後、「和平プロセス」の進展(No, no, noばかりだったDUPがYesと言ったこと)で「機能する自治議会」が2007年に実現し、現在に至る。というわけで、北アイルランド自治議会について「ブレアの地方分権」云々の流れだけで語っているものは、基本的に、デタラメである。また、北アイルランドにおける「ナショナリズム」は、何も説明がなければ「アイリッシュ・ナショナリズム」で、すなわち南の26州と北の6州との統一(再統一)を核とする理念のことを言う(IRAなど)。「北アイルランドの独立」を主張する「アルスター・ナショナリズム」は、存在しないわけではなかったが、ユニオニスト側(反アイルランド側、反IRA側)の極端な一部での主張にすぎない。非常によくあるのだが、IRAについて「北アイルランドの独立を目指し」云々という説明は、まったく無根拠なデタラメである。……こうなるから書き終わらないんだよね。しかもこれを書いてる間に、次に何を書こうとしていたか忘れてしまう。(^^;)

ウェールズとスコットランドの「自治議会」の成立のあとに生じたのが、いわゆる「ウエスト・ロージアン問題」である。元々は19世紀のアイルランド自治をめぐる国会(ウエストミンスター)での議論で提起された問題だが、自治権を得たネイションから選出された国会議員が、(英国全体の、いわば「支配者」であるがゆえに)「自治」の仕組みの埒外となっているイングランドだけに関係する事柄について投票権を有するということは、おかしいのではないか、ということがある。つまり「イングランドのことは、イングランドの議員が決めるべきではないのか」という問題提起だ。そう、少し上で述べた「イングランドのナショナリズム」のフリンジにおける「イングランド議会設立を」という理念である。この件に関して、最新の状況としては、MPs back English votes for English laws (22 October 2015) ということになっている。詳細は下記を参照(どちらも、あまり整理はされていない)。
https://en.wikipedia.org/wiki/Devolved_English_parliament
https://en.wikipedia.org/wiki/West_Lothian_question

これが「ウエスト・ロージアン」とスコットランドの地名で呼ばれているのは、1977年(上述した「ナショナリズム」の高揚の時期)にウェストミンスターの議場でそれについて発言したタム・ダリェル議員(労働党)の選挙区に因んだためで)、内容から言えば「イングランド問題」と呼ぶのがふさわしい。検索したら1999年のBBC記事が出てきたので、ついでにURLをはりつけておく。保守党のウィリアム・ヘイグ党首(そんな時代もあったね)と労働党のトニー・ブレア首相の論戦だ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/394545.stm

そもそも、「ウェスト・ロージアン問題」などとわかりづらい呼び方をされているのは、イーノック・パウエルのせいだという。パウエルは、イングランドの保守党の政治家だったが、とにかく「極右」色が濃い人で、いろいろあって保守党から離脱し、1974年の総選挙ではUUP(アルスター・ユニオニスト党、北アイルランドで「停止」されていた自治議会でずーっと与党だった党)からサウス・ダウン選挙区で立候補して当選していた。ちなみに、この1974年の選挙のときにナショナル・フロント(言わずもがなですが「ものすごい極右」)がパウエルを候補としたいと打診していたが、パウエルはそれを断わってUUPから出た(UUPってそういう党なんですよ)。パウエルは、1975年のEEC(現在のEU)メンバーシップに関する英国でのレファレンダム(国民投票)では「反対」の陣営の旗振り役となった大物政治家の1人だったが、このレファレンダムは「賛成」が「反対」にダブルスコアで圧勝という結果になった。

そして2016年、今からぴったり2ヵ月後の6月23日に、EUメンバーシップに関するレファレンダムが行なわれる。ここ1ヶ月ほどの英国の政治に関するトップニュースは、このレファレンダムのことがほとんどで、「地方」面のようなコーナーでは、5月5日に予定されている地方選挙(ロンドン市長選挙、スコットランドなどの自治議会の選挙など)のことがトップニュース、というのが基本的な状態である。

※日本ではなぜか「パナマ文書でキャメロンに退陣要求」とかいうのが「英国の大ニュース」、場合によっては「トップニュース」になってるような扱い方をされているが、4月上旬のあの「キャメロンやめろ」デモは呼びかけ人は「いつもの人たち」で、Twitterは例によって例のごとく「エコー・チャンバー」化していたし、UK Uncutや学費デモのときのような広がりはなく、デモは1回限りであとが全然続いていないし、あの1回だけのデモでも参加者が少なすぎて、いつもの「大規模デモ」で使われるような、引きの「大群衆」の映像すら出てきてない。それをいかにも大ごとのように取り上げているのがNHKなど日本語圏の主要メディアで、一体誰がああいう情報操作をするのか知らないが、英メディア報道を見てる人が少ないということにつけこまれてるんだよね。そもそも仮にキャメロンを退陣させたとして、あとに出てくるのはオズボーン、場合によってはジョンソンで、キャメロンよりさらにタチが悪い。そういうときに「ヤメロ」と叫ぶことに、(感情の吐露という程度にしか)意味などないということくらい、英国の人々は知っている。(表面的な情報しかない日本語圏ではひょっとしたら、「キャメロンが退陣したらコービンの労働党が政権をとる」とかいう話になってるのかしら。2015年に総選挙して保守党がバカ勝ちしたばかりで、今すぐにでも政権交代するということは、ありえないですからね。)

で、そのEUメンバーシップに関するレファレンダムを前に、「賛成」派と「反対」派それぞれがキャンペーンを展開しているのが現状だが、国家予算を握ってる現政権が「賛成」派で、国のお金で「賛成」論のリーフレットを大量に印刷し、ウェブサイトを開設するなどしていることが「パナマ文書」にデイヴィッド・キャメロンの父親のオフショア信託が出てきたときと同じタイミングで「問題視」されたが、印刷しちゃったものはしょうがないので、ここは英国流のプラグマティズムなのか何なのか、あんまり突っ込まれずに終わっていたような印象だ。

※こういうの、書いてても、日本語圏でのバカみたいに怠惰な混同(数年前のOffshore Leaksで公開されているデータを、今回のリークでのデータと間違えて、「あの企業の名前がぁぁぁっ」とネットもタブロイドも大騒ぎ、みたいなの)に端を発した「パナマ文書パナマ文書うっきっきうっきっき、ぎゃーぎゃー、キャメロン退陣せよーってイギリス人も言ってるよ!」的な騒ぎの中では全然目立たないし、そうでなくても、何をソースにしていても「個人の書いてること」なんか無視されるのが当然。実に、ばかばかしい。

というところで、上のほうで言及した22日付のガーディアン、ジョナサン・フリードランドの論説である。EUレファレンダムが2ヵ月後というタイミングで英国を訪問している米バラク・オバマ大統領(イエメン、サウジアラビアのことをどう話し合ったのかとか、めっちゃ気になりますよね)が、英国とEUの関係について「EU離脱 Brexit 支持派」にクギをさすような発言を行なった。その周辺の言説の「まとめ」的論説である。筆者が「EU離脱反対派」(Bremain派)なので、その立場からの文章であることは見出しを見れば一目瞭然、説明の必要はないだろう。

It took Barack Obama to crush the Brexit fantasy
Jonathan Freedland
Friday 22 April 2016 19.32 BST
http://www.theguardian.com/commentisfree/2016/apr/22/barack-obama-crush-brexit-fantasy-eu-referendum


※途中


※この記事は

2016年04月23日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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