
トルコのエルドアン大統領といえば、昨今、あからさまに「表現の自由、報道の自由」に圧力をかけていることで「国際」ニュースを賑わしている。この3月には、政権に批判的だった有力新聞Zamanを政府が非常に強引に接収した(口実は「Zaman紙はテロ組織とつながっている」というものだった)ことが国際的に大ニュースになった(日本ではどの程度報じられていたのかは私は知らないが、3月12日付で朝日新聞の現地記者さんが当事者にインタビューした記事が出ているので、「なぜメディアは報じないのかー」とかいうことでは全然ない)。
Zaman紙の接収の前にもトルコでの報道の状況は悪化していた。またエルドアンは、首相だったころ(大統領になる前)からかなり強権的な態度を見せており、Twitterを遮断しようとすることも頻繁なら、米国籍を有するジャーナリストが国外追放にされたりもしている。それに、エルドアンであろうとなかろうとトルコでは微妙なトピック(アルメニア虐殺、クルド人のアイデンティティ)をめぐってはたびたび、言論・報道に関する事件が起きてきた。そこにもってきて「治安当局が非武装の民衆に対し催涙ガス」というような形で、有力新聞Zamanが強引に接収されたのだから、いやがおうにも関心は高まる。3月以降、English PENが『包囲下のジャーナリズム』と題する報告書(筆者はトルコのジャーナリスト)を出すなど、国際的に思想の自由・言論の自由・表現の自由・報道の自由を追求している諸団体や人々の目がトルコに注がれている。
そんな中で、4月15日にエルドアン大統領が注目されていたのは、トルコ国内でのメディア統制・規制よりさらに上を行くことが、欧州で進行していたためだ。
12日付のNYT記事によると、事のあらましはこうだ――ドイツのテレビで活躍しているコメディアンで、時事ネタ(風刺ネタ)が得意なJan Böhmermannさんが、数週間前、ドイツの公共放送ZDFでやっている番組でエルドアン大統領をネタにした詩を読み上げた。これが本人の逆鱗に触れたようで(なぜトルコまで伝わっていったのかはちょっとわからない)、アンカラではドイツの大使が呼びつけられた。事態はそこで終わらず、ドイツとトルコの外交問題になった。
ZDFは番組を放送後、オンラインで見られるようにしているが、当該の番組は一時取り下げて、問題とされた詩を削除した形で再度アップした。事はこれで収まらず、4月9日から10日の週末に、トルコ大使館が正式にドイツ外務省に対し、コメディアンのJan Böhmermannさんを、ドイツの法律に基づいて起訴するよう要請した。
ドイツには、ほとんど知られていない法律がある。「外国のリーダーを侮辱すること」を犯罪・違法行為とするというものだ(今回の騒動後、メルケル首相はこの法律を撤廃する意向を示している)。トルコ大使館はこの法律を使うよう、ドイツ外務省に要請したのだ。
NYTの記事の後半には、この法律について詳しいことも書かれているが、ここでは割愛する(最高刑は5年だそうだ)。問題は、「ドイツ国内でドイツ人が行使した言論の自由について、国家元首とはいえ外国人がいちゃもんをつけられるのか」と要約できる。
Comedian’s takedown of Turkish president tests free speech in Germany https://t.co/tjIebfU8m2 pic.twitter.com/3rrRD7DnMa
— New York Times World (@nytimesworld) April 12, 2016
ドイツとトルコの間には「大人の事情」がある。ユーラシア大陸のアジア側からトルコを経由して欧州に入ってくる「移民・難民」たちのことだ。彼らを「難民」と位置づけないことも問題だし、「難民」は難民条約で保護することになっているのに、欧州に来る前にいたところに送り返すなどということをしようとしていることはとんでもないことだが、今はそのことには触れない。
その件に関し、ドイツはトルコと「よい関係」を築き、強化するようにしなければならない。(多分にアレな気質のある)国家元首を怒らせることは、ドイツにとって望ましいことではない。と、こういう話は下記のPolitico記事に詳しいのではないかと思う(私は「あとで読む」にしたままだが)。
Merkel says Germany won't sacrifice values in exchange for Turkey’s migration cooperation https://t.co/Y14lmkKxgD pic.twitter.com/YT6TTIlmcV
— POLITICO Europe (@POLITICOEurope) April 12, 2016
この「コメディアンの詩」は、もちろんドイツ語で書かれているのだが、以前当ブログでも紹介したIndex on CensorshipのMapping Media Freedomのページに英語での概略が掲載されている。4月1日付なので、もう2週間前だ。
https://mappingmediafreedom.org/#/2133
それによると:
Böhmermann read out a profanous poem called Abusive Criticism in front of a Turkish flag on his show to highlight that this type of satire or criticism is not allowed in Germany. He acknowledged that he was being deliberately offensive. Many observers criticised Böhmermann’s poem as offensive for its use of crude Turkish stereotype and references to Erdogan having sex with animals.
つまり、非常に非常に下品なものだ。そういうのを「風刺」と位置づけるかどうかについては意見はいろいろあると思うが(ドイツ語がわからないので「詩」について評価することはできないのだが、私は個人的には、ここに説明されているような「自称・風刺」は「言ってる本人と身内だけがおもしろがっているもの」だと思うし、単に口汚くけなして言いがかりをつけているだけのものは、何も「風刺」などしていないとも思う)、このコメディアン氏の発想や表現は「自由」だというのは、ゆるがせにできない大前提だ。
しかし彼は、その表現(ふざけた詩という形式での、言葉による表現)により、罪に問われるべきである、というのがトルコ政府の言い分である。
それを突きつけられたドイツ政府はどう出るか……というのが今週の話題で、その結論が出されるのが15日(金)だったので、金曜日はエルドアンという名前が注目されていた。その名前がUKでTrendsに入ったのは、メルケル首相が件のコメディアンの訴追を認めるかどうか、結論を出したときだった。
首相の結論は、聞いた瞬間に「これはひどい」と言わざるをえないものだった。
Chancellor Merkel announced the government has given persmission for the prosecution to go ahead under section 103 of the criminal law, offence to a state representative.
https://mappingmediafreedom.org/#/2133
こうしてウェブはふき上がった。
Germany to prosecute German comic over Erdogan poem https://t.co/cXcLfR7iKP
— Financial Times (@FinancialTimes) April 15, 2016
Merkel is now helping Turkey's Erdogan attack freedom of speech in Germany? Madness. https://t.co/JiZq8WkrKP pic.twitter.com/WUvHifel5r
— Andrew Stroehlein (@astroehlein) April 15, 2016
Erdogan has attacked media & freedom of speech ruthlessly in Turkey; Now he's getting Germany's help to do it there? https://t.co/rW70BS33Yv
— Andrew Stroehlein (@astroehlein) April 15, 2016
Angela Merkel was long seen as an idealist, but pragmatism has taken hold in Germany https://t.co/ihC3pxX5XX pic.twitter.com/zMAAPN3aQL
— New York Times World (@nytimesworld) April 15, 2016
Germany to prosecute satirist for a poem mocking Turkey's Erdogan https://t.co/Lf9eFrhaoU pic.twitter.com/EqhQuGJMyc
— The Atlantic (@TheAtlantic) April 15, 2016
UPDATE: Germany: Satirist faces criminal investigation and death threats over poem on Erdogan https://t.co/F4iElR3RBx#mediafreedom#ECPMF
— Index on Censorship (@IndexCensorship) April 15, 2016
Germany's prosecution of a comedian justifies Erdogan's endless insult cases back in Turkey. A shameful moment https://t.co/0WAL1rfa4d
— Mahir Zeynalov (@MahirZeynalov) April 15, 2016
The best headline about Erdogan's insult case in Germany :) pic.twitter.com/BAYmqAa5NU
— Mahir Zeynalov (@MahirZeynalov) April 15, 2016
The second word should've been "off": Merkel allows inquiry into comic's Erdogan insult https://t.co/kd6m3gcYC4
— Kevin Maguire (@Kevin_Maguire) April 15, 2016
Turkey's president wants Berlin to punish a German satirist for calling him a "professional idiot" https://t.co/Mb0WPlnrRZ
— RFE/RL (@RFERL) April 15, 2016
Germany OKs possible prosecution of comedian over poem that insulted Turkey's president https://t.co/818rOcn9GT pic.twitter.com/n95SANdUxk
— AJE News (@AJENews) April 15, 2016
Germany allows criminal probe over TV comic's Erdogan satire https://t.co/4k7HvY9koB
— AFP news agency (@AFP) April 15, 2016
WTF? Germany is investigating comedian Jan Boehmermann because he recited a poem https://t.co/SWfA1ig16H pic.twitter.com/cptxZeiq2A
— Newsweek (@Newsweek) April 15, 2016
Merkel vows to repeal law, after it is used to prosecute comic for insulting Erdogan https://t.co/2hGFBdIL1p by @RobertMackey
— The Intercept (@theintercept) April 15, 2016
#Merkel accepts #Erdogan's demand; allows prosecution of @janboehm but says law will be abolished in the future. Solomonic but disgraceful
— Bojan Pancevski (@bopanc) April 15, 2016
これは「多くの人々がいっせいに "Je suis..." と叫んで連帯の意を表明する」事案なのではないかと私などは思うのだが、"Je suis..." のブームはとっくに過ぎ去ったようで :-P 管見ながらそういう言葉は見かけない。今回のコメディアンさんは(ドイツ語が読めない私は英語になっている情報でしか判断できないので、「笑い」に重要な要素を見ていないかもしれないが)、ステレオタイプを使い、下品なくさしかたをするのが「風刺」だと主張しているというあたりも、シャルリーエブドそっくりなのだが。
ともあれ、この事態に、「風刺」の人たちが黙っているはずがない。
🎶 I'm your private dancer, a dancer for money, I'll do what you want me to do ... 🎶 #Merkel #Böhmermann #Erdogan pic.twitter.com/oyIpy5uCjm
— Alfred E. Tetzlaff (@POTTRlOT) April 15, 2016
Do not anger the Do-Not-Insultan. Today’s cartoon by Tjeerd Royaards: https://t.co/aWUDtcCjPC #Erdogan pic.twitter.com/eZVfuTRJrX
— The Cartoon Movement (@cartoonmovement) April 15, 2016
Erdogan’s umbrage. This week's KAL's Cartoon, April 15th, 2016 https://t.co/nUiwsithGp pic.twitter.com/4v3wUuzkbo
— The Economist (@EconEurope) April 15, 2016
エコノミストさん、ぱねぇ。
(・_・) 特に4コマ目が。

ソーシャル・メディアでの情報の伝達や広がり方について研究してきた@zeynepさんは、下記のように、いわば「ストライザンド効果」を生じさせるのではないかと指摘している。
The most likely result of Erdogan taking an insult case to Germany. Millions more hearing, searching for it. https://t.co/vk6nPgX3cJ
— Zeynep Tufekci (@zeynep) April 15, 2016
その通りだろうとは思うが、問題は、それが「エルドアンはいい笑いものになる」という結果を生じさせるにしても、「エルドアンが政治的にダメージを受ける」という結果にはなりそうにもないということだ。トルコは「戦争」中である(対クルド)。それも、何年もかけて「和平プロセス」のムードをさんざん漂わせてきた挙句に、「それでは票が集まらない」とでも判断したのか、かなり唐突に180度方針を転換してPKKのエリアに空爆を行い、トルコ国内のクルドのエリアには苛烈な包囲戦を行い(報道写真を見たが、シリアのアレッポくらいの破壊。というか、写真をチラ見したときはサラエヴォかと思った)最近はPKKの分派だという組織がトルコの軍隊や都市を標的にした爆弾攻撃を行なっているという「戦争」状態だ。そんなときに、国家元首の足元が、「笑いものになった」くらいで揺るぐことはなかろう(ほかの例としては、近いところで、米国のGWBなども参照)。
これ、エルドアンにとっては「ストライザンド効果」を生じさせるだけで赤っ恥の上塗りだろうけれども(ただし政治的には影響はゼロだろう)、ズームアウトすると「EU加盟国に対するトルコの圧力」の問題で、Brexitへの追い風になるというふうに見えてくる。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 15, 2016
何でもかんでもBrexitに関連するように見えるというのは神経症的かもしれないが、私がストラテジストだったら確実に、この一件は大いに喧伝してキャンペーンで利用する。自分たちの意図とは関係なく外部・外圧に決定権を握らせることが「今のEUの問題点」という立論なのだから。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 15, 2016
あと、「我が国に対する侮辱である」と言って、ことを「外交問題」にしたりするという方向性は、今、リアルに恐ろしいと思っている。
エルドアンとドイツのコメディアンの件、やたらと外務省がしゃしゃり出てくる「我が国」的には、笑い事じゃないし他人事でもないと思う。先日など、メディアの記事に異論があった場合に「反論の掲載を申し込む」のではなく「編集部にメッセージを送る」などという方向性が報じられたばかりだが。
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 15, 2016
↑↑この件↑↑、下記。
承前、"例えば、2月10日付のウォールストリート・ジャーナル電子版の「アベノミクスは袋小路」と題した記事を書いた記者には「この記事には賛同しかねる。評価を下すには時期尚早」とのメッセージを送った" と朝日記事にあるが、なぜ媒体に反論を寄稿するのではなく「メッセージを送信」するのか
— nofrills/新着更新通知・RTのみ (@nofrills) April 9, 2016
※この記事は
2016年04月16日
にアップロードしました。
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